Ob-La-Di Облако 文庫

帝国日本の侵掠戦争と植民地支配、人権蹂躙を記憶し、再現を許さないために、ひたすら文書資料を書き取る。姉妹ブログ「歴史を忘れる民族に未来はない!」https://obladioblako.hateblo.jp/ のデータ·ベースを兼ねる。

2021-02-08から1日間の記事一覧

「共同して経済的に圧迫し来る場合、その兆候を察知せば、これを機会として国内経済機構の戦時態勢化を断行し…」「共同武力をもつて圧迫し来る場合、現戦争指導方針に準拠し、かつ英·仏に対しても我が国防威力圏内において積極的に対応す。この際、資源の獲得をも考慮す」 英、仏、ソ三国共同して強制干渉をなさんとする噂あるに鑑み、之が対策案 五相会議 1938.6.23

【極秘】 昭和13年6月23日 軍務課 英·仏·ソ3国共同強制干渉をなさんと する噂あるに鑑み、これが [✕実現を見る場合の✕]対策<案> 方針 干渉挫折を策し、成らざれば積極的にこれを排除し、現戦争指導の方針を変更せず。 対策 1.全般的対策 (1) 干渉…

「日本貨幣ヲシテ急ニ完全ナル流通ヲナサシメントスルハ頗ル困難ナルヲ以テ 我兵站部ニ於テ支拂フヘキ人夫賃 其他ハ 半額 乃至 三分ノ二ハ我貨幣ヲ用ヒ 他ハ葉銭ヲ混用シテ支拂フ義ニ付テハ…」 釜山総領事 室田義文 発 外務次官 林董 宛 1894.9.8

次官【林董】廿七年九月十四日接受 主管 通商局【原敬】公㐧一八二号 受第一一一五四號 當館出勤 永龍領事官輔 大邱ヘ出張ノ上 取調タル事項ニ関シ 別紙ノ通リ復命書 提出致候間 茲ニ冩一通 差進候且ツ右復命書中記載ノ左ノ事項ニ付テハ 一 日本貨幣ヲシテ急…

清国「朝鮮ノ請求ニ応シ清國ヨリ兵ヲ派遣シタルハ属邦ヲ保護スルノ先例ニ因レリ」1894.6.9 日本「日本政府ハ未タ曽テ朝鮮ヲ以テ清国ノ属邦ト認メタルコトナシ」1894.6.11

上奏 六月十一日大臣 花押 次官【林董】政務局【栗野愼一郎】 通商局【原敬】電受第二一七号 115 wds 【佐藤愛麿】 Mutsu Tokio The reply to my communication of 六月七日 received from 総理衙門 六月九日 is as follows: The dispatch of troops from Ch…

参謀総長発 神尾少佐宛 電報 1894.7.20

七月二十日午後六時 参謀総長 神尾少佐 我艦隊ハ二十二三日 佐世保ヲ発シ 朝鮮西海岸 安眠島附近ヲ根拠トシ 支那ノ増兵ヲ送ルニ當テハ之ヲ擊破シ 朝鮮ノ我兵ハ主力ヲ以テ牙山ノ敵ヲ擊ツ計画ナリ ↑明治27年自7月1日至8月24日 「発電綴(二)」7月20…

「異國 若シ朝鮮ニ増加兵ヲ送ラハ 進ンテ其軍艦 運送船ヲ破碎スへキヲ命シタリ」「敵ノ増加セサルニ乗シ 首力ヲ以テ眼前ノ敵ヲ擊破スヘシ」 大島少将宛 参謀総長命令(サメ32号) 1894.7.19

七月十九日午後九時 在京城 大島義昌 我艦隊ハ二十二日 佐世保ヲ發シ 朝鮮西海岸 豊島 若クハ安眠島ニ根據ヲ示メセ 異國 若シ朝鮮ニ増加兵ヲ送ラハ 進ンテ其軍艦 運送船ヲ破碎スへキヲ命シタリ 清國軍増加ノ景况アラハ 其旅團ハ一部ヲ京城ニ止メテ従来ノ任務…

「サメ三十二号 受取ル 京城 大島少將  参謀総長」 1894.7.20

七月二十日午後五時四十分發 〃 廿一日午後四時着 サメ三十二号 受取ル 京城 大島少將 参謀総長 ↑大本営電報綴 明治27年7月~8月 「着電綴(三)」より7月20日 大島少将発 参謀総長宛https://www.jacar.archives.go.jp/das/image/C06060798600

「王城附近ニ居リシ韓兵ヨリ挑マレタルヲ以テ 止ムヲ得ス之レニ應シタリ 今 小戰中」 1894.7.23

七月廿三日 午前八時發七月廿三日 午后一時四十分着 王城[ワヲジヨウ]附近ニ居リシ[ヲイシ]韓兵ヨリ挑マレタルヲ以テ 止ムヲ得ス[シムヲンズ]之レニ應シタリ 今 小戰中 京城 大島少將 参謀総長 ↑大本営電報綴 明治27年7月~8月 「着電綴(三)」7月23日 大島少将…

「韓兵 逃ケタ 鐵砲五十取リアゲタ 王城ヲ守備ス」 大島少将発 参謀総長宛 1894.7.23

七月廿三日 午前八時廿分發七月廿三日 午後一時四十分着 韓兵 逃ケタ 鐵砲五十 取リアゲタ 王城ヲ守備ス 京城 大島少將 参謀総長 ↑大本営電報綴 明治27年7月~8月 「着電綴(三)」7月23日 大島少将発 参謀総長宛 韓兵逃げた 鉄砲50取り上げた王城…

「七月廿三日 午前一時廿分發 同九時著 公使ノ求メニヨリ明日朝 王室ヲ囲ム筈 戦鬥[タタカイ]ハ ドヌカレ(免レ ナラン)サルベシ」 大島少将発 参謀総長宛 電報 1894.7.23

發ノ日附ヨリ考レハ 明日朝トハ廿四日ナレトモ 此発信時ハ電信局ノ発信時ニシテ 旅団長ノ発信時ハ廿二日ノ午後ナラン 故ニ明日朝トハ今朝ノコトナラン乎 七月廿三日 午前一時廿分發同 〃 九時 著 公使ノ求メニヨリ明日朝 王室ヲ囲ム筈 戦鬥[タタカイ]ハ ドヌカレ…

「公使ノ需メニ依リ明朝 王城ヲ囲ム筈 闘ヒハ免レサルベシ」 大島少将発 参謀総長宛 電報 1884.7.23 

公使ノ需メニ依リ明朝 王城ヲ囲ム筈 闘ヒハ免レサルベシ 義昌ノ考ヘハ 大同江ニ敵兵 来ラサル前 牙山兵ヲ擊破スルニアレトモ 御通知ノ景況ニ依レハ其暇マナシ 依テ彼レノ上陸ヲ確メタル上ハ臨津江附近ニ首力ヲウツスコトトナルへシ 然シヒマアルコトヲ確メタ…

日本「朝鮮國ニ於テ現ニ変乱 重大ノ事件アリテ 我國ヨリ派兵ノ必要有之候ヲ以テ 帝國政府ハ若干ノ兵ヲ派遣スル積ニ有之」1894.6.7 清国「我国ニテハ朝鮮ノ求ニ應シテ兵ヲ派遣シ其乱民討伐ノ援助ヲ为ス次苐ニシテ 是ハ従来 属邦ヲ保護スル慣例ニ有之 且ツ專ラ内地ノ乱民ヲ討伐スル为メニシテ 平定次㐧 直チニ引揚可申」 1894.6.9

廿七年六月廿一日接受主管 政務局 花押 【中田敬義】 通商局【原敬】大臣【陸奥】 次官【林董】機密受第八一四號 機密苐二十號信我國ヨリ朝鮮ヘ出兵ノ義ニ関スル来電 並ニ総理衙門ヘノ照會 其他往電冩差出ノ件 一昨六日附別紙甲號冩ノ通リ電信ヲ以テ訓令ニ付…

「川上兵站総監より電報あり 東学党に対する処置は厳烈なるを要す 向後 悉く殺戮すべしと」「劇烈の手段を尽すべし」「此際 一刀両断の処置を下すにあらずんば 迚も安全を期す可らず」 「東学党斬殺の事 貴官の意見通り実行すべし」 陣中日誌 南部兵站監部 第3号より 1894.10.27~28

十月六日 土曜 晴 四 午后三時四十五分 可興 福富大尉より左の電報あり 仍て次の返電を為す 安保の西方約五里に在る槐山に於て支那人四名捕縛し 憲兵 守備隊 只今 帰着せり 目下 取締中 取締済 何れへ護送するや 指揮を乞ふ 答 支那人は仁川に送れ 五 午后五…

「清国兵ノ永ク朝鮮國内ニ駐屯スルハ朝鮮國ノ獨立ヲ侵害スルモノナレバ 之ヲ驅逐スベキ旨 七月二十日 同政府ヘ要求セリ 而シテ右ニ對スル囬答ハ七月二十二日ヲ以テ限リトセリ」 京城 大鳥公使 発 東京 陸奥大臣 宛 電報 1894.7.20

上奏 各大臣 枢長 川上中將 【林董】 電信譯文 廿七年七月二十日午後十一時二十五分発 〃 〃二十一日〃 〃 四十五分接 東京 京城 陸奥大臣 大鳥公使 本使ハ七月十九日 我兵ノ為メニ營所ヲ建設スベキ旨 朝鮮政府ヘ要求シ 又 屬邦保護ノ口実ヲ以テ清国兵ノ永ク…

「朝鮮政府 遂ニ我ガ改革案ヲ拒絶シタル件ニ関スル貴電 接受セリ 此時ニ當リ閣下ハ自ラ正當ト認ムル手段ヲ執ラルベシ」 東京 陸奥大臣 発 京城 大鳥公使 宛 電報 1894.7.19

上奏電信譯文 廿七年七月十九日午后六時発京城 東京 大鳥公使 陸奥大臣[大鳥公使ヘ訓令電信案×] 朝鮮政府 遂ニ我ガ改革案ヲ拒絶シタル件ニ関スル貴電 接受セリ 此時ニ當リ閣下ハ自ラ正當ト認ムル手段ヲ執ラルベシ 併シ本大臣ノ五十一号電訓ノ通リ他外国ト…

「今般閣下朝鮮京城へ御帰任相成り候ふ上は、左記の件につき心得置き御遵行相成りたく候ふ。」 陸奥外務大臣より大鳥特命全権公使へ 1894.6.5 他

機密 送第一九號六月五日 此寫ヲ 上奏シ且ツ總理大臣 陸 海軍大臣江送付セリ明治廿七年六月三日起草同 〃 年〃月四日発遣 大鳥公使ニ公布ス大臣「宗光」花押 次官【林董】政務局【栗野愼一郎】 通商局【原敬】 朝鮮駐剳 大鳥特命全権公使 陸奥外務大臣 今般…

「東学党は安東近傍に三千人、その他諸所に群起し、在台寸我が兵站部を襲撃するの挙動顕はる。」 釜山 室田総領事発 陸奥外務大臣宛 電報 1894.9.25

電受第八三四號 60w. 大臣□轉電【呉□】 【林董】 Mutsu Tokyo. (32) It is reported that about 3000 東学党 near 安東 and several of other places are showing the attitude to attack our commissary of stores at 台寸 and 副官 sent therefrom for inv…

暗号電報 釜山 室田 発 陸奥大臣 宛 1894.9.25

暗号【林董】電受第四百五号 明治廿七九月廿五日午後七時二十分發十時 七分着 副官竹内大尉ハ二十四日 リュウキュウ(タツミヤ)龍宮ニテ東学党ニ圍マレ頸筋ニ深手ヲ負ヒ歩行出来サリシトノ事故 多分 殺サレタルナラン 随行兵一名 指ヲ切ラレ自由ヲ奪ハレタ…

「釜山室田ヨリ左ノ電報アリ 副官竹内大尉ハ 二十四日 龍宮ニテ 東学党ニ圍マレ頸筋ニ深手ヲ負ヒ 歩行出来サリシトノ事故 多分 殺サレタルナラン」 陸奥外務大臣宛 電報 1894.9.26 

【林董】【印】暗號【電送第三一六號 明治廿七年九月二十六日 午後五時五十五分(青山)】 廣島 陸奥外務大臣 林外務次官 釜山室田ヨリ左ノ電報アリ副官竹内大尉ハ 二十四日 龍宮ニテ 東学党ニ圍マレ頸筋ニ深手ヲ負ヒ 歩行出来サリシトノ事故 多分 殺サレタ…

京城 大鳥公使 発 東京 陸奥大臣 宛 電報 1894.7.18

上奏 各大臣 枢長 七月十九日諞? 電信譯文 廿七年七月十八日后一時廿五分發 〃 〃 十九日前三時十五分接 東京 京城 陸奥大臣 大鳥公使 本使ヨリ提出シタル改革案ニ関シ 督弁交渉通商事務ヨリ公書ヲ接受ス 其大要 左ノ如シ 該案ハ朝鮮政府ノ意見ニ協ヘリト虽…

京城 大鳥公使 発 東京 陸奥大臣 宛 電報 1894.7.23        

七月廿三夜 上奏 各大臣 川上中將 枢議長 松方伯 電信譯文 廿七年七月二十三日午前八時十分発 〃 〃 〃 午后三時七分着 東京 陸奥大臣 京城 大鳥公使 朝鮮政府ハ本使ノ──電信ニ述ベタル苐二ノ要求[(□□清國兵ヲ國境外ニ驅逐スルノ件)×]ニ對シ甚 不満足ナ…

六月十五日 外務大臣ヨリ大鳥公使ヘ左ノ電報ヲ發セリ 1894.6.15

六月十五日 外務大臣ヨリ大鳥公使ヘ左ノ電報ヲ發セリ 六月十四日正午發貴電中ニ開陳セラレタル理由ハ了悉セリ 然レトモ現今ノ暴徒 鎭定シ 平和ニ復スルモ猶ホ 今後 日淸間ニ紛議ヲ生セシムヘキ出來事アルハ 避クルコトヲ得サルヘシ 斯カル事情アルヲ以テ内閣…

陸奥外務大臣発 加藤書記官経由 大鳥公使宛 電報 1894.6.23

電送第二四一号 加藤宛全文電送第二四二号ハ△印以下全文ヲ大鳥公使ヘ直送ス大臣 花押 次官【林董】政務局 花押 通商局 Kato Naniwa kan, Bakan, Take following cipher telegram to Otori and telegraph me when you receive this. △To Otori. 10. You are h…

朝鮮内政干渉・王宮占領・日清戦争 電報集 1894.6.5~6.11

花押〈光〉 印【林董】 印【栗野愼一郎】 Sugimura 電送第158号Nosse 電送第159号 大鳥 left 横須賀 per 八重山艦 about 1 p.m. 六月五日 and sailed direct for 仁川. For the time bring, he will enter 京城 escorted by about 300 Marine force an…

特命全権公使 大鳥圭介 外務大臣 陸奥宗光宛 七月二十三日事変前後に執りし方針の大略ならびに将来に向けての鄙見内申 1894.8.4

機密 受第1241号 大臣【陸奥】 次官 花押二十七年八月十三日接受 稟義機密第146号 本68 中□□□私信に□て一応の返事済 七月二十三日事変前後に執りし方針の大略 ならびに将来に向けての鄙見内申 内政改革の勧告朝鮮政府より拒絶せられたるとき我が取…

混成旅団参謀報告、混成旅団秘報 1894.7.18~20

第七号 七月二十六日到着 混成旅団参謀報告 参謀長 岡外史 七月十八日 昨十七日は近来の出来事多き日にして、撤夜多忙を極めたり。 1 英国公使館護衛の為め士官五名、水兵二十名 入京するとの通知に接したり。一昨十七日、代理公使の我幕営に暴れ込みたるは…

Nosse 発 Mutsu 宛 電報 1894.6.30

大臣 印【陸奥】 次官 印【林董】電受第三三一号 36 wds Mutsu, Tokio. It has been heard that 袁世凱 is planning to remove the king of Corea to 水原 京畿道. 加藤 telegraphed 大鳥 stating that it is deemed necessary to post Japanese soldiers at…

特命全権公使 大鳥圭介発 外務大臣 陸奥宗光宛 事変後大闕内ノ模様 内政改革ノ進行并 外交上ノ変更 1894.7.27

廿七年八月四日接受 主管 政務局【加藤】 通商局【原敬】【陸奥】 機密受第一一八五號 機密第一八三號 本八〇 事変後大闕内ノ模様 内政改革ノ進行 并 外交上ノ変更 本月二十三日事変後 引續キ我兵ハ王宮ヲ守衛シ 宮門ノ出入ヲ監督シ 本舘ヨリ發附シタル門票…

京城 大鳥公使 発 東京 陸奥外務大臣 宛 電信訳文 1894.6.29

上奏 電信訳文明治二十七年六月二十九日午後六時発〃 〃 三十日午前九時三十分接 東京 京城 陸奥外務大臣 大鳥公使 加藤外務書記官は六月二十八日朝来着し、本使は貴大臣の訓令を委しく承りたり。六月二十六日第十一号、本使の電信に述べたる如き、支那を圧…

特命全権公使 大鳥圭介発 外務大臣 陸奥宗光宛 清兵ヲ撤囬セシム可キ最後ノ處置ニ付 伺 1894.6.17

大臣 花押〈光〉 次官 花押〈董〉機密受第八五〇號廿七年六月廿六日接受主管 政務局 印【栗野愼一郎】 通商局長 印【原敬】廿七年六月廿五日接 機密第九六號 清兵ヲ撤囬セシム可キ最後ノ處置ニ付 伺 本日 八重山艦ニ附托シテ發送取計候電稟之趣意ハ既ニ同文…

1894年朝鮮内政干渉・王宮襲撃関連文書まとめ 1894.7.10~8.30

《1894年朝鮮内政干渉・王宮襲撃関連文書まとめ》 機密 受 第一〇九号 大臣 次官 閲二十七年七月十七日接受 主管 政務局【栗野慎一郎】 機密 第一二二号 本七一朝鮮内政改革の勧告拒絶されたる時我が執るべき手段に付伺 朝鮮政府に向て内政改革案提出の顚末…