出渕勝次(1878年~1947年)
1923年(大正12年),本省に戻りアジア局長,翌年には外務次官となる。
http://www.city.morioka.iwate.jp/shisei/moriokagaido/rekishi/1009526/1009629/1009648.html
【極秘】王希天問題及び大島町事件善後策
決定の顚末(追て焼き捨てること)
十月二十九日、岡田警保局長、出渕亜細亜局長を来訪し、王希天問題及び大島町事件は結局、之を隠蔽すること得策なる可しと思考する処、本件は頗る重大問題なるに付き、閣議、又は総理及び本件に最も関係深き内務、外務、陸軍、司法の五大臣協議の上、其の方針を定むるの外なからん、右に付きては内務大臣より発議すること至当なる可しと思考し、其の意向を質したる処、内務大臣に於ては何等異存なし、就ては外務大臣の意向如何なる可きやと尋ねらるを以て、亜細亜局長は、外務省としては成る可く事実の明瞭すること、対支政策上得策とするも、右両件は種々なる経緯ありて内政上、余程困難の問題と思はるる故、関係各省に於て之を隠蔽する方針なるに於ては、外務大臣も亦、強く之を摘発する意向には非る可し、然れ共、外務大臣としては外交上必要の理由を以て之が隠蔽を主張すること困難なる可しと思考す、兎に角、篤と大臣の意向を聞きたる後、何分かの返事をなす可しと答へたり。
三十日、出渕局長より右の次第を外務大臣に報告したる処、大臣に於ては内務大臣発議の下に本件を閣議又は五大臣会議の議に付するは異存なきも、外務大臣としては何分、事件の内容を詳知せざる故、兎も角、本件に最も関係密接なる諸大臣等の説明を聞き、且つ其の態度を見極めたる上、自己の意見を述ぶることと為さんと語れり。
十一月一日、亜細亜局長は警保局長を往訪し、右の次第を伝逹せんとしたるに、偶々先方より来訪、即ち之を伝へたる処、警保局長は早速、内務大臣に於て関係大臣会議を開く様、手配す可しと答へ辞去せり。
然るに其の後、本件に付き警保局長より何等回報なかりし処、六日、同局長来訪の際、亜細亜局長より前記根本方針決定問題を尋ねたるに、警保局長は、本件に付きては非常なる困難多々これ有り、其の一つは警視庁内部に本件処理方法に付き意見一致せざる事にて、或は之を徹底的に隠蔽するを可となし、或は大島町事件のみは、鮮人が危害を免るる為め支那服を着用し居りたる処、民衆の為め之を看破せられ殺傷を加へられたるものとして、或程度迄、真相を明かにするを得策なりとする処、此等内部の議を纏める為め、又 大島町方面居住邦人間には本件に付き相当言説せられ居る故、此等言説を取締る為め、将又(同局長は、実は目下、警視庁より大島町方面に警部補一名を派遣し、支那人殺害者を厳重処罰す可き旨を以て陽に之が捜査をなすの気勢を示さしめ居る処、同町居住在郷軍人、青年団等の間に多大の恐慌を来し、何れも本件を否認するの態度を示し居る処にて、右逆宣伝は相当効果ありたるものの如しと付言せり)将又、新聞紙其の他の言説取締困難の事情も考へ、彼是、 此の際、急速の手筈を為すの必要ある故、何れ両三日中に方針決定方、内務大臣に於て何等措置する様致す可しと述べたり。
七日、閣義散会後、内務大臣より本件に付き相談し度しとて外務、司法、陸軍各大臣の集合を求め、四大臣鳩首協議中、偶々総理大臣も参加して本件を議したるが、結局、本件は諸般の関係上、之を徹底的に隠蔽するの外なしと決定し、其の実行方法は之を警備会議の議に付することとなれり。
其の際、外務大臣より、本件、之を隠蔽するとするも、又、其の真相を発表するとするも、外務当局に於て外交上適宜の処置をなす外なかる可きは勿論なるも、結局、之を隠蔽することとなれば、或は支那人の疑惑を招き排日運動の因をなすに至るやも知れず、従て此の点、御互に決心をなし置くこと必要なりと申述べたり(警保、法務局長の語る所に依れば、当日の協議会にては王希天問題には触れずと云ふ。尚ほ叙上の如く内務大臣が急遽、五大臣会議を召集するに至れるは、七日朝刊読売新聞の本件に関する記事、与て力ありと思はる)
[上余白書き込み]警保局長及び法務局長は何れも、各主管大臣から聞けりとて、王問題に触れずと述べたるも、右は事実に相違す。花押〈出渕〉
同日午後五時より警保局長の召集に依り警備会議を内務大臣官邸に於て開き、警保局長より当日の五大臣会議の決定方針を一同に説明したる後、種々、意見の交換をなせり。其の主なる点、大要三。
(一)警保局長より、小林俊三郎一派の熱心なる運動者に対しては、内閣書記官長に於て国家利益の為め本件隠蔽の止るを得ざる次第を説明し、其の諒解を求むることとなせりと報告したるに対し、小村情報部次長より右等は何れも主義上の運動者なれば、之に諒解を求むることは頗る困難なる可く、此の点、考慮を要すとて、一同の注意を喚起したり。
(二)出淵局長より、隠蔽とは事実無根なりとするものなりや、将又、調査を遂げたるも真相判明せずとするものなりや質問したるに、陸軍、司法側よりも種々意見 出で、結局、調査の結果、真相判明せずとの立前を以て進むこととなれり。
尚ほ出淵局長より、将来、現状目撃者の証言、其の他の事情に依り本件真相、万一判明することあるも、政府としては飽く迄、加害当日の状況不明を以て押通す覚悟を要すと思考する処、此の点如何と問ひたるに対し、右は他日の議に讓る可しとの議論も出たるも、結局、
多数は大体、其の気分にて進み行くことに一致せり。
(三)警視総監は頗る沈痛なる態度を以て、本件は同官の未だ際会せざる重大問題なり、本件は実在の事件なれば、之を隠蔽する為には、或は新聞、言論又は集会の取締をなすに付きても、事実に於て或種のクーデターを行ふことになる義にて、誠に心苦しき次第なり。又、本件は必ず議会の問題となる可き処、其の際には秘密会議を求め得可きも、さり共、事前、予め各派領袖の諒解を求め置くこと必要なり。さればとて本件隠蔽又は摘発、何れが国家の為め得策なるかは、自分として確信これ無く、政府に於て隠蔽と決定したる上は勿論、此方針を体し最善の努力をなす可きも、自分の苦衷は諸君に於て充分推察あり度しと、熱心説述せり。
右の為、会議の際、総監より本件調査の為め支那より民間有志者又は政府委員、渡来す可きやの報道ある処、之に接する我方態度に付き、外務省の意見承知し度しと申述べたる故、出淵局長は、支那政府委員の来否は未だ判明せず、要するに右は彼等来着の上、決定するの外なかる可きも、大体の方針としては之を懇遇し、支障無き程度の便利を与へ、彼等をして我官憲が彼等の調査を阻止するものなりとの感想を与へざること必要なりと述べ、一同、之に同意せり。
次に新聞取締の困難に付き、警視総監及び警保局長より交々説明し、警保局長に於て適当の機会に主なる新聞代表者を招致し、大島町事件調査は厳密調査を遂げたるも結局、事実により判明せず、就ては事実不明なるに拘らず之を揣摩憶測して無根の記事を掲載するに於ては、厳重取締んなす可き旨を告げ、以て暗に発売禁止の意をほのめかさば効果ある可しと語れり。
尚ほ警保局長より、新聞取締の必要上、戒嚴撤廃延期如何と申述べたるも、同意者少く、其の侭となれり。(終り)
十一月八日 出淵局長 口述
【極秘】王希天問題 及 大島町事件善後策
決定ノ顚末(追テ燒捨テルコト)
十月廿九日 岡田警保局長、出渕亜細亜局
長ヲ来訪シ 王希天問題 及 大島町事件
ハ結局 之ヲ隱蔽スルコト得策ナル可シト思考
スル処 本件ハ頗ル重大問題ナルニ付キ 閣議 又
ハ総理 及 本件ニ最モ関係深キ内務、外務
陸軍 司法ノ五大臣協議ノ上 其ノ方針
ヲ定ムルノ外ナカラン、右ニ付キテハ 内務大臣ヨリ
発議スルコト至当ナル可シト思考シ 其ノ意
嚮ヲ質シタル処 内務大臣ニ於テハ何等 異存
ナシ、就テハ外務大臣ノ意嚮 如何ナル可
キヤト尋ネラルヲ以テ 亜細亜局長ハ 外務
省トシテハ成ル可ク事実ノ明瞭スルコト、対支
政策上 得策トスルモ、右両件ハ種々ナル
経緯アリテ内政上 余程 困難ノ問題ト
思ハルヽ故 関係各省ニ於テ之ヲ隱蔽スル方
針ナルニ於テハ 外務大臣モ亦 強ク之ヲ摘
発スル意嚮ニハ非ル可シ、然レ共 外務大臣
トシテハ外交上必要ノ理由ヲ以テ之ガ隱蔽
ヲ主張スルコト困難ナル可シト思考
ス、兎ニ角 篤ト大臣ノ意嚮ヲ聞キ
タル後 何分カノ返事ヲナス可シト答ヘタリ
三十日 出渕局長ヨリ右ノ次第ヲ外務大臣ニ
報告シタル処 大臣ニ於テハ内務大臣発議
ノ下ニ本件ヲ閣議 又ハ五大臣会議ノ議
ニ附スルハ異存ナキモ 外務大臣トシテハ何分
事件ノ内容ヲ詳知セザル故 兎モ角 本件
ニ最モ関係密接ナル諸大臣等ノ説明ヲ
聞キ 且ツ其ノ態度ヲ見極メタル上 自己ノ意見
ヲ述ブルコトヽ為サント語レリ
十一月一日 亜細亜局長ハ警保局長ヲ往訪シ
右ノ次第ヲ傳逹セントシタルニ 偶々 先方ヨリ
来訪、即チ之ヲ傳ヘタル処、警保局長
ハ早速 内務大臣ニ於テ関係大臣会議ヲ
開ク様 手配ス可シト答ヘ 辞去セリ
然ルニ其後 本件ニ付キ警保局長ヨリ何
等 囬報ナカリシ処 六日 仝局長
来訪ノ際 亜細亜局長ヨリ前記根
本方針決定問題ヲ尋ネタルニ 警保
局長ハ 本件ニ付キテハ非常ナル困難 多々
有之、其ノ一ハ警視庁内部ニ本件処理方法ニ付キ
意見一致セザル事ニテ
或ハ之ヲ徹底的ニ隱蔽スルヲ可トナシ 或ハ
大島町事件ノミハ 鮮人ガ
危害ヲ免ルヽ為メ支那服ヲ着用シ居タル処
民衆ノ為メ之ヲ看破セラレ殺傷ヲ加ヘラレタル
モノナリトシテ 或程度迠 眞相ヲ明ニスルヲ
得策ナリトスル処 此等内部ノ議
ヲ纏メル為メ、又 大島町方面居住邦人間
ニハ本件ニ付キ相当 言説セラレ居ル故 此等言
説ヲ取締ル為メ、將又(仝局長ハ 実ハ目下 警視
廳ヨリ大島町方面ニ警部補一名ヲ派遣シ
支那人殺害者ヲ嚴重処罰ス可
キ旨ヲ以テ陽ニ之ガ捜査ヲナスノ気勢ヲ示サ
シメ居ル処 仝町居住在郷軍人、青年団等ノ
間ニ夛大ノ恐慌ヲ来シ、何レモ本件ヲ否認
スルノ態度ヲ示シ居ル処ニテ 右逆宣傳ハ相当
效果アリタルモノヽ如シト附言セリ)將又
新聞紙 其他ノ言説 取締困難ノ事情モ
考ヘ 彼是 此際 急速ノ手筈ヲ為スノ
必要アル故 何レ両三日中ニ方針決定方
内務大臣ニ於テ何等 措置スル様 致ス可
シト述ベタリ
七日 閣義散会後 内務大臣ヨリ本件ニ付キ
相談シ度シトテ外務、司法、陸軍 各大臣ノ
集合ヲ求メ、四大臣鳩首協議中 偶々
総理大臣モ参加シテ本件ヲ議シタル
ガ 結局 本件ハ諸般ノ関係上 之ヲ徹底的ニ
隱蔽スルノ外ナシト決定シ 其ノ実行方法ハ
之ヲ警備会議ノ議ニ附スルコトヽナレリ
其ノ際 外務大臣ヨリ 本件
之ヲ隱蔽スルトスルモ、又 其ノ眞相ヲ発表スル
トスルモ、外務当局ニ於テ
外交上 適宜ノ処置ヲナス外ナカル可キハ勿論
ナルモ 結局 之ヲ隱蔽スルコトヽナレバ 或ハ
支那人ノ疑惑ヲ招キ 排日運動ノ因ヲナス
ニ至ルヤモ知レズ 従テ此ノ点 御互ニ決心ヲ
ナシ置クコト必要ナリト申述ベタリ
(警保、法務局長ノ語ル所ニ依レバ当日ノ協議
会ニテハ王希天問題ニハ触レズト云フ、尚ホ叙上ノ
如ク内務大臣ガ急遽 五大臣会議ヲ召集
スルニ至レルハ 七日朝刊讀賣新聞ノ本件
ニ関スル記事 與テ力アリト思ハル)
[上余白書き込み]
警保局長 及 法務
局長ハ何レモ各主
管大臣カラ聞ケリト
テ 王問題ニ触レズ
ト述ベタルモ 右ハ事実ニ相違ス 花押〈出渕〉
仝日午後五時ヨリ警保局長ノ召集ニ依リ
警備会議ヲ内務大臣官邸ニ於テ開キ
警保局長ヨリ当日ノ五大臣会議ノ決定方
針ヲ一同ニ説明シタル後 種々 意見ノ交換
ヲナセリ、其ノ主ナル点 大要三
(一)、警保局長ヨリ 小林俊三郎一派ノ熱心ナル
運動者ニ対シテハ 内閣書記官長ニ於テ
国家利益ノ為メ本件隱蔽ノ止ムヲ得
ザル次苐ヲ説明シ 其諒解ヲ求ムルコトヽ
ナセリト報告シタルニ対シ 小村情報部次長ヨリ
右等ハ何レモ主義上ノ運動者ナレバ 之ニ
諒解ヲ求ムルコトハ頗ル困難ナル可ク 此ノ点
考慮ヲ要ストテ一同ノ注意ヲ喚起シタリ
(二)、出淵局長ヨリ 隱蔽トハ事実無根ナリ
トスルモノナリヤ 將又 調査ヲ遂ゲタルモ眞相 判
明セズトスルモノナリヤト質問シタルニ、陸軍 司法
側ヨリモ種々意見 出デ 結局 調査ノ結果
眞相 判明セズトノ立前ヲ以テ進ムコトヽナレリ
尚ホ出淵局長ヨリ 將来 現状目擊者ノ
證言、其他ノ事情二依リ本件眞相 万一
判明スルコトアルモ 政府トシテハ 飽迠 加害当日ノ
状况不明ヲ以テ押通ス覺悟ヲ要スト思考
スル処 此点如何ト問ヒタルニ対シ 右ハ他日ノ
議ニ讓ル可シトノ議論モ出タルモ 結局
夛数ハ大体 其気分ニテ進ミ行クコトニ一致セリ
(三)、警視総监ハ頗ル沈痛ナル態度ヲ以テ
本件ハ仝官ノ未ダ際会セザル重大問題
ナリ、本件ハ実在ノ事件ナレバ 之
ヲ隱蔽スル為ニハ 或ハ新聞、言論 又ハ集
会ノ取締ヲナスニ付キテモ 事実ニ於テ
或種ノ「クーデター」ヲ行フコトニナル義ニテ
誠ニ心苦シキ次苐ナリ、又 本件ハ必ズ
議会ノ問題トナル可キ処 其際ニハ秘密
会議ヲ求メ得可キモ、サリ共 事前 予メ
各派領袖ノ諒解ヲ求メ置クコト必要ナリ
サレバトテ 本件隱蔽 又ハ摘発、何レガ國家ノ
為メ得策ナルカハ 自分トシテハ確信無之、
政府ニ於テ隱蔽ト決定シタル上ハ勿論
此方針ヲ体シ最善ノ努力ヲナス可キモ
自分ノ苦衷ハ諸君ニ於テ充分推察アリ
度シト 熱心説述セリ
為右 會議ノ際 総监ヨリ本件調査ノ為メ
支那ヨリ民間有志者 又ハ政府委員 渡来
ス可キヤノ報道アル処 之ニ接スル我方態度ニ付キ
外務省ノ意見 承知シ度シト申述ベタル故
出淵局長ハ 支那政府委員ノ来否ハ未ダ
判明セズ、要スルニ右ハ彼等来着ノ上 決
定スルノ外ナカル可キモ 大体ノ方針トシテハ
之ヲ懇遇シ 支障無キ程度ノ便利
ヲ與ヘ 彼等ヲシテ我官憲ガ彼等ノ調査
ヲ阻止スルモノナリトノ感想ヲ與ヘザルコト
必要ナリト述ベ 一同 之ニ仝意セリ
次ニ新聞取締ノ困難ニ付キ警視総监
及 警保局長ヨリ交々 説明シ、警保局
長ニ於テ適当ノ機会ニ主ナル新聞代表
者ヲ招致シ 大島町事件調査ハ嚴
密調査ヲ遂ゲタルモ 結局 事実ニヨリ判明
セズ、就テハ事実不明ナルニ拘ラズ之ヲ揣摩
憶測シテ無根ノ記事ヲ掲載スルニ
於テハ嚴重取締ヲナス可キ旨ヲ告ゲ
以テ暗ニ発賣禁止ノ意ヲホノメカサバ效
果アル可シト語レリ
尚ホ警保局長ヨリ 新聞取締ノ必要上 戒嚴撤廃ノ
延期 如何ト申述ベタルモ 同意者少ク 其ノ
儘トナレリ(終リ)
十一月八日 出淵局長 口述
↑本邦変災並救護関係雑件/関東地方震災関係
2.大島町事件其他支那人殺傷事件 分割1
https://www.jacar.archives.go.jp/das/image/B04013322800 p.13-p.23