Ob-La-Di Oblako 文庫

帝国日本の侵掠戦争と植民地支配、人権蹂躙を記憶し、再現を許さないために、ひたすら文書資料を書き取る。姉妹ブログ「歴史を忘れる民族に未来はない!」https://obladioblako.hateblo.jp/ のデータ·ベースを兼ねる。

「内務省警務課長より兵庫県警察部長宛『上海徳久陽一、神戸市中野光蔵の両名は 、上海総領事館警察署長の証明書及び山下内務大臣秘書官の紹介名刺を持参し出頭する筈に付き、事情聴取の上、何分の便宜を御取計らひ相成りたし』との電報あり」 醜業婦渡支に関する経緯 1937. 12. 26


f:id:ObladiOblako:20201011181949j:image

https://commons.m.wikimedia.org/wiki/File:Yazo_Koketsu.jpg#mw-jump-to-license

             [内務省 事務用箋]
(写)醜業婦渡支に関する経緯

一、十二月二十六日、内務省警務課長より兵庫県警察部長宛「上海徳久陽一、神戸市中野光蔵の両名は 、上海総領事館警察署長の証明書及び山下内務大臣秘書官の紹介名刺を持参し出頭する筈に付き、事情聴取の上、何分の便宜を御取り計らひ相成りたし」との電報あり。

一、同月二十七日、右両名出頭せるが、内務大臣秘書官の名刺を提出し、徳久は自身の名刺を提出せず、且つ其の身分をも明かにせず、中野は、神戸市福原町458、中野光蔵なる名刺を出したるが、同人の職業は貸座敷業なり。

一、同両人の申し立てに依れば、大阪税関勤務の沖中佐と永田大尉とが引率し行くと称し、最小限五百名の醜業婦を募集せんとするものなるが、周旋業の許可なく、且つ年末年始の休暇中なるが 、枉[ま]げて渡支の手続をせられたき旨の申述あり。

一、兵庫県に於ては一般渡支者と同様、身分証明書を所轄警察署より発給することとせり。

一、神戸より乗船、渡支したる者なきも、陸路、長崎に赴きたるもの二百名位ある見込み。

一、一月八日、神戸発、臨時船丹後丸にて渡支する四五十名中に、湊川警察署に於て身分証明書を発給したるもの二十名あり。

一、周旋業の営業許可なき点は、兵庫県に於ては黙認の状態にあり。

 

https://www.digital.archives.go.jp/img/1026364 30/54

             [内務省 事務用箋]

(寫)醜業婦渡支ニ関スル経緯
一、十二月二十六日、内務省警務課長ヨリ
   兵庫県警察部長宛『上海徳久
   陽一、神戸市中野光蔵ノ両名ハ
   上海總領事舘警察署長ノ証明
   書 及 山下内務大臣秘書官ノ紹
   介名刺ヺ持参シ出頭スル筈二付、

 

https://www.digital.archives.go.jp/img/1026364 31/54

   事情聽取ノ上 何分ノ便宜ヺ御取計
   相成度』トノ電報アリ
一、同月二十七日 右両名出頭セルガ 内務大
   臣秘書官ノ名刺ヺ提出シ 徳久ハ自
   身ノ名刺ヲ提出セズ 且 其ノ身分ヲモ明ニセズ
   中野ハ 神戸市福原町四五八 中野光蔵
   ナル名刺ヲ出シタルガ同人ノ職業ハ貸座敷

https://www.digital.archives.go.jp/img/1026364 32/54

   業[×者×]ナリ
一、同両人ノ申立ニ依レバ 大阪税関勤務
   ノ沖中佐ト永田大尉トガ引率シ
   行クト称シ 最小限五百名ノ醜業婦
   ヲ募集セントスルモノナルガ 周旋業ノ
   許可ナク 且 年末 年始ノ休暇中
   ナルガ 抂ゲテ渡支ノ手続ヲセラレ度キ旨

https://www.digital.archives.go.jp/img/1026364 33/54

   ノ申述アリ
一、兵庫縣ニ於テハ一般渡支者ト同様 身分
   証明書ヲ所轄警察署ヨリ發給スル
   コトヽセリ
一、神戸ヨリ乘船渡支シタル者ナキモ
   陸路長崎ニ赴キタルモノ二百名位アル
   見込ミ

 

https://www.digital.archives.go.jp/img/1026364 34/54

一、一月八日 神戸發 臨時船丹後丸ニテ
   渡支スル四、五十名中ニ 湊川
   察署ニ於テ身分証明書ヲ發給シタル
   モノ 二十名アリ
一、周旋業ノ営業許可ナキ奌ハ兵
   庫縣ニ於テハ黙認ノ状態ニアリ

 

↑「支那渡航婦女の取扱に関する件(庁府県)」JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.A05032040800、内務大臣決裁書類・昭和13年(上)国立公文書館 平9警察00285100)