Ob-La-Di Oblako 文庫

帝国日本の侵掠戦争と植民地支配、人権蹂躙を記憶し、再現を許さないために、ひたすら文書資料を書き取る。姉妹ブログ「歴史を忘れる民族に未来はない!」https://obladioblako.hateblo.jp/ のデータ·ベースを兼ねる。

宋子文工作について 極東国際軍事裁判速記録 第310号 弁護側文書2670号、法廷証3409号、岡田尚の宣誓口供書より 1947.11.7

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 松井将軍は二月中旬、軍の編成改革に連れてその職を免ぜられて日本に歸ることになりました。その節、将軍は

「南京陥落をもって武力戦の一段落となし、今後は南京より上流には戦線を拡大せず、中国政府との和平工作に重点を置く。この仕事こそ軍司令官の地位等より遥かに名誉ある自分の使命であるにもかかわらず、中途にして帰還することは、いかにも残念であるが、勅命である以上、臣としてやむを得ぬことである」

と嘆息しつつ、当時、私に話されました。

九、これより先、12月21日、松井軍司令官は南京滞在わずかに数日にして日本の駆逐艦に乗り南京を出発、途中、烏龍山および鎮江付近の古戦場を視察し、23日、上海の方面軍司令部に帰りました。私は将軍と同行、艦中、将軍とゆっくり懇談をする機会を与えられました。その懇談の内容は次の様でありました。

 大将は「中日両国の不幸なる戦禍はもうこれ以上拡大すべきでない。中国は満洲事変以来、抗日教育を施行した結果、軍部および青年学徒の抗日思想強化され、日本の権益および居留民の生命財産を危殆ならしめたので、日本はその安全を期するために出兵をし、遂に勢いの赴くところ彼我両国の戦禍は激烈を極めるに至り、我が軍は中国の首都南京へ兵を進めざるを得なくなった。しかしかくの如き武力をもってしては彼我両国の問題は決して根本的に解決せらるべき訳のものではなく、単なる一時的の手段に過ぎない。これはどうしても今後、平和的手段、すなわち外交的手段によって根本的に両国の誤解を氷解せざれは、将来、必ず両国ともに非常なる不幸を招くと確信する。自分が軍司令官として中国に派遣せられた使命は、今日までの作戦にはあらずして今後の平和工作にこそ使命の重点があり、今後、それが実現に一意専心、努力したいと考えている。もし作戦に重点があるならば、予備役である老骨を今さら引っ張り出さなくとも優秀なる現役将軍は日本にいくらでもある筈だ。就ては今日、両国間が交戦関係にある以上、お互いに軍部による交渉は困難な事情が種々生じて来ると思うゆえ、この際、中日両国の経済関係者(あるいは文化関係者、しかし出来得れば経済関係者の方がよいと思う)により戦争とは全く別個に接衝を行わしめ、正しき理論の上に平和の途を開き、これを各々が自国政府に進言し、以って自然に平和の雰囲気を醸し、両国政府は各々その面目を損なうことなく戦争状態を解消することが最も適切なる方法ではないかと考える」と申されたので、私はこれに賛成し、種々討議した結果、此の大役を果し得べき中国要人は宋子文であると一決しました。

 私は将軍の旨を受けて上海に帰還するや否や先づ仏租界におった李擇一氏を訪うて将軍の意思を伝え賛助を求めた。1月下旬、李擇一氏は将軍と直接面談した。しかして同氏は宋子文に松井大将の意思を伝え、その奮起を促すことになりました。しかして私は支那人に変装して1月4日、李擇一氏と英国船に便乗して上海より香港に密行し、10日頃、香港に到着しました。

 而して九龍に宿泊して李擇一氏と宋子文氏との会談商議の結果を待っておりました。私は1月15日、香港ホテルに宿泊していた李擇一氏を訪うたところ李擇一氏より次の様な報告がありました。

「目下、宋子文氏とは色々商議中であるが、大体宋氏も全く同感。中日両国のかかる不祥なる事件は、両国のみの不幸ではなく世界人類の悲劇である。かかる人類の悲劇はこれ以上拡大させぬ様努力することは、人類共同の責任である。日本側において松井軍司令官がもし真にその考えならば、自分としても出来るだけ努力をしてもよい」と。

 私は心から有望なる報告を感謝し、さらに具体的なる商談を李擇一氏に依頼して帰宿しましたが、翌16日、日本総領事館にて「蔣介石を相手とせず」という近衛声明が発せられ、その翌日、上海の臼田大佐より「軍司令官更迭する至急上海に帰られよ」という電報を貰い、万事休しました。かくて宋子文氏より最後の決意を得るに至らず、私たちの努力は水泡に帰しました。


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 松井將軍は二月中旬軍の編成改革に連れ

て其の職を免ぜられて日本に歸ることにな

りました其の節將軍は

「南京陷落を以つて武力戰の一段落となし

今後は南京より上流には戰線を擴大せず中

國政府との和平工作に重點を置く此の仕事

こそ軍司令官の地位等より遙かに名譽ある

自分の使命であるにも拘はらず中途にして

歸還する事は如何にも殘念であるが勅命で

ある以上臣として已むを得ぬ事である」と

嘆息しつゝ當時私に話されました。

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九、之より先十二月二十一日松井軍司令官

は南京滞在僅かに數日にして日本の驅逐艦

に乘り南京を出發途中烏龍山及鎭江附近の

古戰場を視察し二十三日上海の方面軍司令

部に歸りました。私は將軍と同行艦中將軍と

ゆつくり懇談をする機會を與へられました

其の懇談の内容は次の樣でありました。

「大將は中日兩國の不幸なる戰禍はもう此

れ以上大す可きで無い中國は滿洲事變以

來抗日敎育を施行した結果軍部及靑年學徒

の抗日思想强化され日本の權益及居留民の

生命財產を危殆ならしめたので日本は其の

安全を期する爲に出兵をし遂に勢ひの赴く

ところ彼我兩國の戰禍は激烈を極めるに至

 

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り我軍は中國の首都南京へ兵を進めざるを

得なくなつた。併し斯くの如き武力を以つ

てしては彼我兩國の問題は決して根本的に

解決せらるべき譯のものでは無く單なる一

時的の手段に過ぎない此れはどうしても今

後平和的手段卽ち外交的手段に依つて根本

的に兩國の誤解を氷解せざれは將來必らず

兩國共に非常なる不幸を招くと確信する自

分が軍司令官として中國に派遣せられた使

命は今日迄の作戰には非らずして今後の平

和工作にこそ使命の重點があり今後其れが

實現に一意專心努力したいと考へてゐる。

若し作戰に重點があるならば豫備役である

老骨を今更引張り出さなくとも優秀なる現


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役將軍は日本にいくらでもある筈だ就ては

今日兩國間が交戰關係にある以上お互に軍

部による交渉は困難な事情が種々生じて來

ると思ふ故此の際中日兩國の經濟關係者

(或は文化關係者併し出來得れば經濟關係

者の方がよいと思ふ)により戰爭とは全く

別個に接衝を行はしめ正しき理論の上に平

和の途を開き此れを各々が自國政府に進言

し以つて自然に平和の雰圍気を醸し兩國政

府は各々其の面目を損ふ事無く戰爭狀態を

解消することが最も適切なる方法ではない

かと考へる」

 と申されたので私は之に贊成し種々討議

した結果此の大役を果し得べき中國要人は


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宋子文であると一決しました。私は將軍の

旨を受けて上海に歸還するや否や先づ佛租

界に居つた李擇一氏を訪ふて將軍の意思を

傳へて贊助を求めた。一月下旬李擇一氏は

將軍と直接面談した而して同氏は宋子文

松井大將の意思を傳へ其の奮起を促すこと

になりました而して私は支那人に變裝して

一月四日李擇一氏と英國船に便乘して上海

より香港に密行し十日頃香港に到着しまし

た。

 而して九龍に宿泊して李擇一氏と宋子文

氏との會談商議の結果を待つて居りました

私は一月十五日香港ホテルに宿泊して居た

李擇一氏を訪ふたところ李擇一氏より次の


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樣な報告がありました。

 「目下宋子文氏とは色々商議中であるが

 大體宋氏も全く同感中日兩國の斯る不祥

 なる事件は兩國のみの不幸では無く世界人

 類の悲劇である斯る人類の悲劇は此以上

 擴大させぬ樣努力することは人類共同の

 責任である。日本側に於て松井軍司令官

 が若し眞に其の考へならば自分としても

 出来る𠀋努力をしてもよい」と

 私は心から有望なる報告を感謝し更に具

體的なる商談を李擇一氏に依頼して歸宿し

ましたが翌十六日日本總領事館にて「蔣介


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石を相手とせず」と云ふ近衞聲明が發せら

れ其の翌日上海の臼田大佐より「軍司令官

更迭する至急上海に歸られよ」と云ふ電報

を貰ひ萬事休しました。斯くて宋子文氏よ

り最後の決意を得るに至らず私達の努力は

水泡に歸しました。

 

↑極東國際軍事裁判速記録. 第310號 (昭和22年11月7日)

https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/10269566/13