Ob-La-Di Облако 文庫

帝国日本の侵掠戦争と植民地支配、人権蹂躙を記憶し、再現を許さないために、ひたすら文書資料を書き取る。姉妹ブログ「歴史を忘れる民族に未来はない!」https://obladioblako.hateblo.jp/ のデータ·ベースを兼ねる。

朴烈・金子文子 大審院第1回公判調書 ① 1926.2.26

公判調書(第一回)

 被告人 朴烈 事 朴準植
 同   金子文子

右両名ハ刑法第七十三條ノ罪 並 爆發物取締罰則違反被告事件ニ付 大正十五年二月二十六日午前九時 大審院第一特別刑事法廷ニ於テ

 裁判長 判事 牧野菊之助

     判事 柳川勝二

     判事 板倉松太郎

     判事 島田鐵吉

     判事 遠藤武

  補充 判事 中尾芳助

     検事 小山松吉

     検事 小原直

 裁判所書記 戸澤五十三

 裁判所書記 中村文彦

列席ノ上 公判ヲ開廷ス

被告人両名ハ出廷シ身体ノ拘束ヲ受ケス

辯護人 新井要太郎 田坂貞夫 山崎今朝弥 上村進 中村髙一 吾直鉱 出廷ス

裁判長ハ被告 朴準植ニ

問 氏名ハ如何

答 パック ヤール

問 ソレハ朝鮮語テアロウ、漢字テハ何ト書クカ

答 朴烈ト書ク

問 朴準植ト云フノカ本名テナキカ

答 両方 共ニ本名テアル

問 年令ハ如何

答 記憶シテ居ナイ

問 明治三十五年二月三日生ト云フコトナルカ如何

[答] 或ハ左様カモ知レヌ 併シ誰テモ自分ノ生レタ年月日ヲ覺ヘテ居ルモノハ無イト思フ

問 職業ハ如何

答 有ル

問 何テアルカ

答 日本帝國ノ権力ニ反対スルノヲ職業トシテ居ルトシテ置カウ

問 住所ハ如何

答 牛込区富久町百十二番地

問 其處ハ刑務所テアル 其ノ前ハ何處ニ居タカ

答 市外富ヶ谷ニ居タ

問 本籍ハ何處カ

答 無イ

問 戸籍ノアル所ハ何處カ

答 朝鮮開慶郡麻城面悟泉里九十六番地

問 出生地ハ

答 同所ト聞テ居ル

問 被告ハ朝鮮ニテハ常民テアルカ

答 新平民テアロウ

裁判長ハ被告 金子文子

問 氏名ハ

答 金子文子

問 年令ハ

答 御役人用ハ二十五才ト為テ居ルカ 自分ハ二十三才ト思フ 併シ之モ確カノ所ハ判ラヌ

問 身分ハ

答 平民

問 職業ハ

答 人参行商

問 住所ハ

答 牛込区市谷富久町百十二番地 東京監獄

問 其ノ前ハ如何

答 東京府豊多摩郡代々幡町代々木字富ヶ谷千四百七十四番地

問 本籍ハ

答 山梨縣東山梨郡諏訪村杣口千二百三十六番地

問 出生地ハ

答 横濱ト云フコトテアル

裁判長ハ

合議ノ上 本件ノ審理ハ安寧秩序ヲ害スル虞アリト認ムルヲ以テ対審ノ公開ヲ停ムル旨 並 此決定ハ續行期日ニ於テモ其ノ效力ヲ有スル旨 決定ヲ言渡シ

一般傍聽人ニ退廷ヲ命シ

特別二傍聽ヲ許可シタル者ヲ入廷セシムル為 一寸 休憩シタリ

此時 特ニ許可セラレタル傍聽人 入廷シタリ

同日午前九時四十分 前同一法廷ニ於テ

前同一ノ判事 検事 裁判所書記列席 辯論ヲ續行ス

本件ノ審理ハ公開セス

被告人両名 出廷シ 身体ノ拘束ヲ受ケス

前同一ノ辯護人 並ニ弁護人 布施辰治 出廷ス

布施辯護人ハ

公開禁止ノ決定ニ対シ 異議ノ申立ヲ爲ス 其ノ理由ハ 本件ニ付 公開禁止ノ侭審理ヲ進メラルルハ 即チ安寧秩序ヲ維持シ裁判ノ権威ト公平ヲ保持スル上ニ於テ 誤テ居ルト思フ 本件ハ 公判開始決定ニ掲クル所ニヨレハ 刑法第七十三条ノ罪 即 極刑ヲ唯一ノ法定刑トスル所謂大逆罪ニシテ 裁判手續モ初審ニシテ終審 一旦 判決アランカ 死モ之ヲ動カスヘカラサル手續ヲ取ラルルナリ 而シテ被告 朴準植ハ我裁判所ニ□處セラルルトハ謂ヘ 新附ノ國民ト為リタル朝鮮ニ生レタルヲ以テ 民族問題 國際問題ニ重大ナル影響ヲ有ス 故ニ裁判ノ形式 並 態度ハ出來得ル限リ愼重ナルヲ望マサルヲ得スシテ 愼重ナルニハ之ヲ一般ノ人ニ知ラシメ 民心ノ不安ヲ除去スル様 考ヘサルヘカラス 蓋シ公開セス事案ノ内容ヲ知ラシメサルトキハ 一般ノ人カ疑心ヲ抱クハ當然ナレハナリ

余ハ本件ニ付 如何ナル判決ヲ為サルヘキヤヲ知ラサルカ 大逆罪ノ事実アリトセンカ 裁判所ハ社會ト共ニ恐レサルヘカラス、重キ刑ヲ或ラサルヘカラサルニ於テハ社會ト共ニ重キ刑ヲ科スル態度ニ出テサルヘカラス 此意味ニ於テ公開禁止ハ間違テ居ルト思フ 再考ヲ望ム次㐧ナリ

更ニ憲法㐧五十九條ノ裁判ノ公開ヲ原則トスル根本義ヨリスルモ 裁判所ハ總テ公開ノ上ニ裁判セラルルコトカ 裁判ノ権威ヲ保障サルル所以ナリト信ス 殊ニ本件ハ刑法㐧七十三条ノ罪ノ裁判ナルカ故ニ 尚更 公開セラレ 慎重ノ態度ニ出ルコトヲ必要トスルモノニシテ 異議ノ申立ハ理由ノアルモノト信ス 但シ公開禁止ノ決定ヲ取消サルルニ於テハ 裁判所ノ再度ノ考□ニ出テラルルモ異存ナシ 之ヲ要スルニ 本件ノ審理ヲ公開セラレンコトヲ求ムル次㐧ナリト述ヘ

此ノ申立ハ対審公開ヲ停メタル裁判長ノ宣言ヲ刑事訴訟法㐧三百四十八條ニヨリ異議ノ申立ヲ為スモノナル旨釈明セリ

上村辯護人ハ

本件ハ刑法ヨリスレハ國内問題ナルカ 新附ノ國民カ民族思想ニ驅ラレテ 起リタルモノニシテ 世界ノ主張ニ對スル判断ト為ルカ故ニ 切ニ本件ノ内容ヲ公開シテ 朝鮮國民ノ疑心暗鬼ヲ除ク為 布施辯護人ト同様 異議ノ申立ヲ為ス旨申述シタリ

小山検事ハ

右申立ハ裁判所ノ再考ヲ求ムルモノナラハ 意見ヲ述フル必要ナシ 然レトモ刑事訴訟法㐧三百四十八條ニ基ク異議ノ申立ナラハ 裁判所ノ決議ヲ以テ 公開スルコトハ安寧秩序ヲ害スルモノト認ムル旨 理由ヲ付シテ公開ヲ停メタル決定ノ言渡ナルカ故ニ 異議ノ申立ヲ為スヲ得サルモノト思料スト意見ヲ述ヘタリ

裁判長ハ

合議ノ上 布施 上村 両弁護人ノ異議ノ申立ハ理由ナキヲ以テ却下スト決定ヲ言渡シタリ

布施弁護人ハ

公開禁止ノ決定ニ対シ異議ヲ申立テタルカ却下ノ決定ヲ得タリ 此決定ハ服スル能ハサル所ナルカ 形式ニ於テハ服セサルヲ得サルナリ 然ラハ此事件ノ対審公開スルコトカ安寧秩序ヲ害スル趣旨ヲ徹底スル上ニ於テ 尚ホ 一般傍聽人ト大差ナキ程多数ノ特別傍聽人ヲ許可スルハ 公開禁止ノ趣旨ヲ没却スルコトト為ル故ニ 特別傍聽ヲ許シタル裁判長ノ處分ニ対シ異議ヲ申立ツル旨申立テリ

山崎弁護人ハ

公開禁止ハ一般ノ人ニ知ラシメサル為メナラハ 審理ノ方法ヲ公判準備ノ為メノ訊問ノ如クセンコトヲ望ム 其方法ニスルトキハ普通ノ公判廷ニ於ケルヨリモ能ク事実ノ真想ヲ知ルコトヲ得ヘシ 故ニ此理由ニ於テ 布施弁護人ト趣旨ヲ異ニスルモ 特別傍聽ヲ許可シタル處分ノ取消ヲ求ムル為メ 異議ノ申立ヲ為スト述ヘタリ

小山検事ハ

右異議ノ申立ハ孰モ理由ナシト思料スト意見ヲ述ヘ

裁判長ハ

合議ノ上 布施 山崎 両弁護人ノ異議ノ申立ハ理由ナキヲ以テ却下スト決定ヲ言渡シタリ

小山検事ハ

被告 朴準植ハ帝国政府ノ統治ノ下ニ在ルヲ憚ハスシテ 陰ニ朝鮮ノ独立ヲ計ル計画ヲ致シ 大正八年十月頃
東京ニ來リ 飴賣 其ノ他 種々ノ勞務ニ從事致シテ形勢ヲ見テ居リシカ 其ノ内ニ被告カ信シテ居タ社會主義ノ思想ニ変化ヲ来シ 無政府主義ニ変シタルカ 又 其思想ニモ據ラスシテ 人世ヲ以テ醜悪ノ府ト為シ 自己ノ生存ヲ否定シテ 人類 及 萬物ノ絶滅ヲ期スルコトヲ以テ最終ノ理想トスル 所謂虚無主義ヲ信スルト共ニ 帝國ノ基礎ヲ破壊シテ反逆的復讎ヲ為サント欲シ 畏クモ  天皇陛下又ハ  皇太子殿下ニ對シ危害ヲ加ヘ奉ランコトヲ企テ 或ル時ハ人ニ依頼シテ海外ヨリ爆弾ヲ輸入セントシ 又 或ル時ハ朝鮮人ノ某ト會シテ其ノ輸入ヲ謀議シタルモ未タ之ヲ手ニ入ルコトカ出來サル内、圖ラスモ被告 金子文子ト相識ルニ至リ 被告 金子文子ハ 幼時 不幸ニシテ父母ニ顧ミラレス 親族ノ扶助ニ依リテ成長シ 其ノ間、諸方ニ轉々シ 朝鮮ニモ至リタルコトアリシカ 後 内地ニ戻リ 甲州ニ居リシカ 大正九年四月頃 志ヲ立テテ東京ニ来リ修學中 近親ノ監督ヲ脱シ 新聞夕刊賣 其ノ他ノ勞務二從事シ居ル内 社會主義者ト交際ヲ結ビ 四囲ノ刺戟二因リ漸ク思想ノ変遷ヲ来シタル際 被告 朴準植ト相識ルニ至リ 其ノ思想ニ共鳴シ 大正十一年五月中 東京府豊多摩郡代々幡町代々木富谷千四百七十四番地ニ同棲シタリ 而テ被告 文子ハ被告 朴準植ノ企圖ニ同意シ 両名相與ニ 當時ノ風評ニ依リ 翌年 即 大正十二年秋頃 行幸啓擧行セラルヘキ皇太子殿下御成婚式ノ当時ニ於テ 行幸啓ノ鹵簿ニ対シ爆弾ヲ使用シテ 畏クモ  天皇陛下 又ハ  皇太子殿下ニ危害ヲ加ヘ奉ランコトヲ共謀シ 而シテ此計画ノ下ニ被告 朴準植ハ大正十一年十一月頃 京城ニ赴キ 當時 帝國政府ニ反抗スル目的ヲ以テ上海ニ於テ暴力團体ヲ組織セル義烈團ト連絡シテ爆弾ヲ朝鮮ニ輸入スルコトヲ計画セル金翰ト會見シテ 爆弾ノ分與ヲ求メテ 其ノ承諾ヲ得 又 一面ニ於ケル大正十二年五月頃 東京市本郷区湯島天神町一丁目三十二番地 下宿業 金城館 其ノ他ニ於テ當時来京セル朝鮮人ノ金重漢ニ対シ上海ニ赴キ右義烈団等ト連絡ヲ取テ爆弾ヲ輸入センコトヲ依頼シ 其ノ承諾ヲ得タルモ 金翰ハ爆弾ノ輸入 若クハ爆弾ヲ投シタルコトノ事実ヨリ入監シ 金重漢モ亦 爆弾輸入ヲ為サヽル内 發覺シタル爲メ 右ノ行為ハ阻止セラレタルモノナリト

公訴事実ヲ陳述シ 之カ審判ヲ求メタリ

被告人 朴準植ハ 裁判長ノ許可ヲ得テ 大正十四年十二月二十二日付「所謂裁判ニ對スル俺ノ態度」ト題スル書面ノ通リ陳述シタリ

 西紀一九二五、一二、二二日

   所謂裁判に對する俺の態度

               박 열

俺は總べての權威を否定する。従って國家の權威を否定する。従って又、其の法廷に於ける裁判の權威を否定する。俺に於ては、唯だ俺自身のみが、絶對の權威である。俺を裁き得るものは、唯だ俺自身のみである。其の他の權威は、總べて嗤ふべき迷信である。正体のない幽靈である。

汝等は言ふ。
『裁判は國家の為めに、「天皇の名に於て法律に依り」行はれるものであるが故に、其れは公明正大であり、神聖である』と。

併しながら、其の所謂公明正大とは何か? 神聖とは何か? 其れは、同一の事件に對して、或る内閣の時に、有罪で判決を為し、他の内閣の時には、無罪の判決を為すが公明正大であり、神聖であるか? 又或る内閣の時の或る政党の党員に對しては、保釋若しくは[責?]付を許し、又は假出獄を許し、他の政党の党員に對しては、此れを拒むの公明正大であり、神聖であるか? 又或る階級者の盗奪行為は、此れを公認し、他の階級者の其れは、此れを罰するの公明正大であり、神聖であるか?

若し夫れ果して然りとせば、此れは實に恐ろしく素晴らしい公明正大である。恐ろしく素晴らしい神聖である。斯くの如き『裁判ヲ受クルノ權』、其れに鎖づけられて居る、彼の何も知らない民衆こそ、實に好い面の皮である、と言わねばならぬ。

此れに由って觀れば、所謂裁判に於ける『事實ノ認定ハ証據ニ依ル』といふ其の所謂証據なるものは、有りの儘の事實、其れを言ふのではなく、ご都合次第に依っては、如何様にでも自由自在に、変形できるものであり、延いては無を有とし、有を無とさへする事の出來るものである、と思はねばならぬ。

然し總べて此れ等の事は、掛り裁判官の自由発意に基いてやるのではない。其処には、常に其の根底に於て、其の上官の意志が働いて居る事を、見逃す事は出来ない。若しも『其の上官の命令に従ふ』といふ其の條分に依つて言動するのは、唯だ檢事だけである、と思い込んで居るものがあるとすれば、彼れは明かに、多くの顕著なる事實に目をつぶつて居るのであると言はねばならぬ。

だが、汝等は安心せよ。斯く言へばとて、何も俺は、彼の『証據ノ証明力ハ判事ノ自由ナル判断ニ任ス』といふ、裁判官の、其の『自由』を敢へて此処で否定しようと言ふのではない。唯だ裁判官の其の『自由』は、少なくとも一々其の上官の鼻息を、窺はねばならない所の、憐れなる自由であるといふだけである。常に其の上官の御機嫌を、害はない様にと務めなければならない所の、憐れなる自由であるといふだけである。假りに、今茲に一人の裁判官があつて、其の上官の意志に反する判決を與へたとして見よ。彼は其の首が危くなるであらう。其の地位が危險に瀕するであらう。縦令其れ程までには行かないとして見ても、其のお蔭で彼の昇級が後れる様になるのは、蔽ふべからざる事實である。

『其れは餘りにも乱暴なる言い分だ』と汝等は思ふか? 宜しい。其れならば俺は、汝等に三舎を避けて、裁判官は其の裁判に於て、其の其の上官の意志から、全く独立して居るといふ事を、姑らく認めるとしよう。

さァ此れで裁判官は、其の裁判に於て、其の上官の意志からは、自由であるといふ事になつた。然し彼は、彼の議会の協賛を經て、天皇の裁可に成れる國家の法律からも、自由であり得るだらうか? 否、其れは出来ない。然□裁判官は、少なくとも法廷に於ては、常に國家の精神を、眷々と服膺して、言動せねばならないのだ。縦令其の眼前で殺人若しくは強盗が、行はれつゝあるのを見て居ても尚ほ、彼の甚だ無意味にして煩雑極まる、一定の續を經て、公判廷に引き出されるの時までは、手を措いておとなしくして、其れを待つて居らなければならないのが、裁判官の境遇ではないか? 裁判官は明らかに国法の奴隷である。機械である。而も裁判官は皆、其の奴隷たり、機械たることを以つて、寧ろ光栄ある義務であり、又權利であるとさへ思い込んで居る様である。

然らばそれ程までに、裁判官が献身的になつて、臣従し、擁護して居る所の、國家とは何か? 法律とは何か? 其れに協賛を與へる議会とは何か? 又其れを裁可する天皇とは何か?

国家とは、人間の身体、生命、財産、自由を、絶えず、侵害し、蹂躙し、劫掠し、脅威する所の、組織的大強盗団である。大規模の略奪株式会社である。

法律とは、國家てふ大強盗団の、國家てふ略奪会社の、専横を憎悪し、其れに反抗する者に對する脅迫である。

議会とは、國家てふ大強盗団の代表者会である。國家てふ略奪会社の株主の代表者会である。

次に天皇とは、國家てふ強盗団の、國家てふ略奪会社の、偶像である。神壇である。

此に由って之を觀れば、裁判とは明らかに、國家てふ大強盗團の、國家てふ大規模な略奪会社の、代表者会の協賛を經、其の偶像の裁可になれる、叛逆者に對する、脅迫の實現の第一歩である。即ち、復讎の實現の第一歩であるのだ。其処に所謂付でない、如何なる公明正大が有り得るか? 其処に如何なる權威が有り得るか? 其処に有るのは、野卑なる党派的偏見と、党派的憎悪と、そして醜い虚偽と、唯だ此れだけではないか? 此の事實に就いては、他の何人よりも、汝等自身が最も善く承知して居る筈である。此の明白なる事實にも拘らず、尚ほ其處に、自分を正しく裁き得る、神聖なる権威があると、思い込んで居るものがあるとすれば、彼は明らかに、嗤ふべき迷信に陥つて居るのだ。正体のない幽霊に取り憑かれて居るのだ。

日本帝國の法廷に於ける裁判野達よ、汝等は明かに聞け! 俺を裁く權威は汝等にないのだ。俺は、俺を裁く權威を軟弱に與へない。決して與へない。

成る程俺が、日本帝國の皇帝、又は其の皇太子の存在を、此の地上から抹殺し去ろうとしたのは事實である。俺が、汝等の其のお大切な偶像を、其の近づき難しとする神檀を、爆彈を以て打ち砕かうとしたのは確かである。そして汝等は其の俺に對して復讎を企てる事は出来る。其れは汝等の自由である。汝等の權利である。其れを俺は汝等に許す。

併しながら、若しも汝等にして、其の故に俺を裁く権威が、汝等に有ると思い込み、そして其の様に汝等が振舞ふとすれば、其れは到底許すべからざる、僭上の沙汰であると言はねばならぬ。然り、俺を裁く権威は、汝等には絶對にないのだ。

茲に繰り返して言ふ。俺は總べての權威を否定する。従つて國家の權威を否定する。従つて又、其の法廷に於ける、裁判の權威を否定する。俺に於ては、唯だ俺自身のみが絶對の權威である。宇宙間に此の俺を、裁き得る權威を有するものは、唯だ獨り俺自身のみであるのだ。

俺はおれ自身一個の國家である。他の如何なる國家の人民でもない。俺を支配する帝王は、常に俺自身である。俺は他の如何なる帝王の支配をも拒否する。俺自身より他の、如何なる者と雖も眞に俺を罰し、裁くことは出来ない。俺の法律、俺の裁判官は、常に俺自身である。此處にこそ本当に公明正大も有るのだ。此處にこそ本当に神聖なる權威も有り得るのだ。

然るに俺の胸は、今も尚ほ平静である。否、寧ろ自分の正しいと信じ、且為さんと欲する事の為めに、自分に出来得る限りを盡したといふ、其の喜びの咸激に、俺の胸の波は今高鳴つて居るのだ。

俺は此の喜び一つだけでも、俺の總べての損失を、償い得て尚ほ餘りある。俺の身に加へられる、亦現に加えられつゝある、あらゆる迫害、あらゆる侮辱に報ゆる に十二分である。

併し俺の喜びは、唯だ此れだけに止まるのではない。即ち俺は、汝等と戰つて勝[つ]たのだ。而も永遠に勝つたのだ。倒れても尚ほ勝つたのだ。縛られて勝つた奴、ではない、お方とは實に俺の事だ。

聞け! 法律は脅迫である、と俺は先に言つた。又裁判は脅迫の實現の第一歩、即ち、復讎の第一歩である、と俺は先に言つた。然り、國家の刑罰にして、脅迫と復讎とを、其の理想として居ないものはない。国家の總べての刑罰は、皆或る一定の程度の、脅迫と復讎とを其の理想として居る。

併し、如何なる脅迫も、又如何なる復讎も、彼の何物をも恐れる事のない、強い敢為なる魂に出遭ふの時、 其の時は當然、其の理想の破産を来さずにはおかない。此の脅迫の、又復讎の、理想の破産と言ふ事は、此れ取りも直さず、脅迫者の、復讎者の、永遠の敗北を意味するものではないか? 従つて又、其れは、被脅迫者の、被復讎者の、永遠の勝利を意味するものではないか? 此の意味に於て──確かに俺は汝等に勝つたのだ。

併し、俺の勝利は、斯くの如き、單なる主觀的な勝利だけではない。他にもつと實際的な勝利が又あるのだ。即ち俺の此の体は、汝等のギロチンの下に斃れるとしても、俺の手で蒔いた種は、芽を出し、完全に汝等が、此の地上から滅び去るの時、其の時までには 、愈々繁り、益々殖えて行く。そして終には汝等を斃さずには置かない。俺の汝等に與へし傷は、永く汝等の身に残り、汝等の心臓を腐らし、そして終には汝等を滅ぼさずには置かない。見よ! 茲に俺の最も健實なる勝利がある。此の故に俺は、偉大なる勝利者であるのだ。

俺は何にしても、斯くの如き俺自身を罰する事は出来ない。寧ろ其の前に跪き、心から其の勝利を祝し、其の偉大さを賛嘆し、禮拜したいのだ。

善く聞け! 俺は斯うして今此處に立つては居る。けれども其れは、汝等の裁きを受けんが為めにではない。 ああ俺自身を汝等に、正しく宣言せんが為めにである。其れと同時に又、汝等の其の甚だ煩雑にして、愚劣極まる、お芝居を觀てやりたいといふ、好奇心に動かされた為であるのだ。

尚ほ今から、汝等の質問に對しては、曾つて検事局及び豫審廷に於ても左様した様に、俺は偽る事なく、一々相當な挨拶をする。然も此處で言ふが必要を、俺が全然認めない事柄に就いては、汝等から如何に聞かれても、俺は其れに答へる事は出来ない。従つて、其の事は言はれぬ。と斯う俺の言明した事柄に就いては、決して再び聞くことをしないで欲しい。此れだけの事を、汝等の質問に應待する前に當り、豫め宣言して置く。

 

[朴烈・金子文子 大審院第1回公判調書 ② へ続く]