昭和20年8月12日 月曜
1.朝3時過ぎ、次官秘書官広瀬中佐、自動車にて渋井別館に来たり、9日の我が申し入れに対する敵側回答の放送ありし由告げたるにより、竹下、浴、加藤その車にて登庁し、5課に寄り傍受情報を見、軍事課長室に至る。
2.軍事課長荒尾大佐のもとには課員みなあり、極度の緊張を呈しあり。けだし昨夜、井田、畑中、大臣邸に至るや、巡査6人 護衛に来あり、バドリオ側が反対に大臣を保護監禁せんとするにあらずやとの判断にて、憲兵20名を畑中引率のもとに差遣し、かつ台上警戒の処置をしつつあり。
3.9日の後手に鑑み、訳文不充分にかかわらず局長は直ちに外務次官のもとに、軍事課長は書記官長のもとに、次官は侍従武官長のもとに至り、本回答にては受諾し難き陸軍の意思を通し、情勢訓致に努むるところあり。
4.昨日に予定せし大臣の上奏は手続きのため本日となり、人事上奏の後、9日の件につき、軍の実情等につき委細上奏せり。このとき陛下は「阿南、心配するな。朕には確証がある」むね、却って御慰籍[→藉]的の御言葉ありしよし。(通常は陸軍大臣と御呼び遊ばされ、阿南の姓を呼ばるるは侍従武官時代の御親しき心持ちの表現なるよし。)
5.竹下中佐は昨日来計画せる、治安維持のため東部軍管区および近衞師団を用いて宮城、各宮家、重臣、閣僚、放送局、陸海軍省、両統帥部等の要処に兵力を配置し、陛下および皇族を守護し奏[→奉]るとともに、各要人を保護する偽装クーデター計画につき次官に意見を具申す。(人事局長等同席す。)
その席上、佐藤戦備課長入室してこの計画の不可なる理由を具申す。
次官は必ずしも同意の意を表せず、むしろ民間テロを可とする意見を附し、折しも閣議に出でんとする大臣に該案をメモとして渡すべきよしを命じ、竹下はこれを行わざるべからざる一般情勢と該案の骨子を記す
6.メモは林秘書官に次官より手交し、大臣は次官より極めて簡単なる説明を行いたる模様なり。しかるに竹下次官室を出ずるや、省部2課、軍事課、軍務課の少壮将校十数名室外に屯し、直接大臣に意見具申するの要を説きしため全員入室、大臣に対し竹下より要旨説明を行いたり。稲葉補足、次官、局長二、三、荒尾、山田大佐、竹下、椎崎、畑中、稲葉、井田、原等同室。このとき畑中少佐は、軍内すでにバドリオ通謀者ありと発言。竹下は、かかるものは即刻、人事的処理を加えられなきむね述ぶ(目標佐藤裕雄大佐)。 大臣は相互不信を戒めらる。竹下はさらに、東部軍および近衛師団参謀長を招致し、万一ゅ場合に準に準備を命ぜられたきむね具申、大臣は許可し、次官に処理を命ぜらる。
さらに広瀬中佐の発言により、省内将校は大臣を中心とし一糸紊れず行動すべきむね、竹下より発言するところあり。
7.1500〜1700間、皇族会議開催せらる。後に諸情報を綜合するに、午前中、予備会議あり、午后、天皇親臨のもとの皇族会議においては、宮殿下より御発言はなく、陛下よりレイテ以来の戦績にもとづく軍不信の御言葉の後、御決意鞏きよし述べられ、たのむと宣せられしよしに承る。
ちなみに近来、三笠宮殿下の御言動の和平的にして、かつ軍の驕慢を反省すべしとの過激なる御言動、同期生らに洩れ、我ら憂慮の念深し。
8.大臣、夜、三笠宮へ伺候。
9.竹下中佐、夜、竹田宮邸へ伺候。殿下、皇族会議内容については触るるを避けらる。
昭和二十年八月十二日 月曜
一、朝三時過キ次官秘書官 廣瀨中佐 自動車ニテ澁井別館ニ來リ 九日ノ我カ申入ニ對スル敵側回答ノ放送アリシ由告ケタルニ依リ 竹下、浴、加藤ソノ車ニテ登廳シ 五課ニ寄リ傍受情報ヲ見、軍事課長室ニ至ル
二、軍事課長 荒尾大佐ノ下ニハ課員皆在リ 極度ノ緊張ヲ呈シアリ 蓋シ昨夜 井田、畑中 大臣邸ニ至ルヤ 巡査六人 護衞ニ來在リ 「バドリオ」側カ反對ニ大臣ヲ保護監禁セントスルニ非スヤトノ判斷ニテ 憲兵二十名ヲ畑中引率ノ下ニ差遣シ 且 臺上警戒ノ處置ヲ講シツツアリ
三、九日ノ後手ニ鑑ミ 譯文不充分ニ拘ラス局長ハ直チニ外務次官ノ許ニ、軍事課長ハ書記官長ノ下ニ次官ハ侍從武官長ノ許ニ至リ本回答ニテハ受諾シ難キ陸
軍ノ意思ヲ通シ情勢訓致ニ努ムル所アリ
四、昨日ニ豫定セシ大臣ノ上奏ハ手續ノ爲 本日トナリ 人事上奏ノ後 九日ノ件ニ付 軍ノ實情等ニ付 委細上奏セリ 此ノ時 陛下ハ「阿南 心配スルナ 朕ニハ確證カアル」旨 却テ御慰籍[ママ]的ノ御言葉アリシ由(通常ハ陸軍大臣ト御呼ヒ遊ハサレ 阿南ノ姓ヲ呼ハルルハ侍從武官時代ノ御親シキ心持ノ表現ナル由)
五、竹下中佐ハ昨日來計畫セル 治安維持ノ爲 東部軍管區 及 近衞師團ヲ用ヒテ宮城、各宮家、重臣、閣僚、放送局、陸海軍省、兩統帥部等ノ要處ニ兵力ヲ配置シ 陛下 及 皇族ヲ守護シ奏[ママ]ルト共ニ各要人ヲ保護スル偽裝「クーデター」計畫ニ付 次官ニ意見ヲ具申ス(人事局長等同席ス)
ソノ席上 佐藤戰備課長入室シテ コノ計畫ノ不可ナル理
由ヲ具申ス
次官ハ必スシモ同意ノ意ヲ表セス 寧ロ民間「テロ」ヲ可トスル意見ヲ附シ 折シモ閣議ニ出テントスル大臣ニ該案ヲ「メモ」トシテ渡スヘキ由ヲ命シ 竹下ハ之ヲ行ハサル可カラサル一般情勢ト該案ノ骨子ヲ記ス
六、「メモ」ハ林秘書官ニ次官ヨリ手交シ 大臣ハ次官ヨリ極メテ簡單ナル説明ヲ行ヒタル模樣ナリ 然ルニ竹下 次官室ヲ出ツルヤ 省部二課、軍事課、軍務課ノ少壯將校十數名 室外ニ屯シ 直接大臣ニ意見具申スルノ要ヲ説キシ爲 全員入室 大臣ニ對シ竹下ヨリ要旨説明ヲ行ヒタリ 稲葉補足 次官、局長二三、荒尾、山田大佐、竹下、椎崎、畑中、稲葉、井田、原等同室、此ノ時 畑中少佐ハ 軍内 既ニ「バドリオ」通謀者アリト發言、竹下ハ カカルモノハ卽刻 人事的處理ヲ加ヘラレ度旨述フ(目標 佐藤裕雄大佐) 大臣ハ相
互不信ヲ戒メラル 竹下ハ更ニ 東部軍 及 近衞師團參謀長ヲ招致シ萬一ノ場合ニ準ニ準備ヲ命セラレ度旨具申、大臣ハ許可シ 次官ニ處理ヲ命セラル
更ニ廣瀨中佐ノ發言ニ依リ 省内將校ハ大臣ヲ中心トシ一糸紊レス行動スヘキ旨 竹下ヨリ發言スル所アリ
七、一五〇〇―一七〇〇間 皇族會議開催セラル、後ニ諸情報ヲ綜合スルニ 午前中 豫備會議アリ 午后 天皇親臨ノ下ノ皇族會議ニ於テハ 宮殿下ヨリ御發言ハナク 陛下ヨリ「レイテ」以來ノ戰績ニ基ク軍不信ノ御言葉ノ後 御決意鞏キ由述ヘラレ タノムト宣セラレシ由ニ承ル
因ニ近來 三笠宮殿下ノ御言動ノ和平的ニシテ 且 軍ノ驕慢ヲ反省スヘシトノ過激ナル御言動 同期生等
ニ洩レ 我等 憂慮ノ念深シ
八、大臣 夜 三笠宮ヘ伺候
九、竹下中佐 夜 竹田宮邸ヘ伺候 殿下 皇族會議内容ニ就テハ觸ルルヲ避ケラル
↑昭和20年8月12日 月曜 機密戦争日誌
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JACAR(アジア歴史資料センター)
Ref.C12120362500、