Ob-La-Di Oblako 文庫

帝国日本の侵掠戦争と植民地支配、人権蹂躙を記憶し、再現を許さないために、ひたすら文書資料を書き取る。姉妹ブログ「歴史を忘れる民族に未来はない!」https://obladioblako.hateblo.jp/ のデータ·ベースを兼ねる。

塚本浩次證人の審問 極東国際軍事裁判速記録第211号より 1947.5.6

昭和二十二年五月六日(火曜日)
極東國際軍事裁判速記錄 第二百十一號

 

◯ロバーツ辯護人 [前略]

 昨日病氣でありました證人は、本日出廷することになつておりますので、マタイス氏が直接尋問いたします。
〔塚本證人、證人臺に登る〕
〔證人宣誓〕
◯法廷執行官 證人の宣誓は終りました。
◯マタイス辯護人 證人お名前と住所をおつしやつて下さい。

◯塚本證人 名前は塚本浩次。

◯マタイス辯護人 證人に辯護側文書一〇七四號を見せて下さい。

〔證人に文書を渡す〕
 證人、今お手許に上げました文書を御覧になりまして、それがあなたの宣誓口供書であるかどうか、法廷に申し立てて下さい。

◯塚本證人 違いありませんが、訂正する箇所がございます。

◯マタイス辯護人 塚本證人、どこの訂正ですか。

◯塚本證人 八のうち「罪種は主として掠奪、窃盗であり强姦、傷害は少く」とあります中で、「罪種は主として掠奪、强姦」次の强姦、傷害は少なくというのは「傷害、窃盗」に改めたいと思います。訂正します。

◯マタイス辯護人 ほかに何か訂正することがありますか………。

す◯塚本證人 七のうち全部にわたりまして、この點は除きたいと思います。

〔モニター その前に辯護人より、この口述書の全文でなくて、一部除いて提出したいと思います、と言つておられます。〕

◯マタイス辯護人 弁護側は、この文書を證據として提出しようと思うのでありますが、この文書の中から英文二ページの第七節、それから第四ページ全部を除いて提出したいと思います。

◯裁判長 サトン檢察官

◯サトン檢察官 檢察官側は第三節に對して意義を申し立て、それはその口述書から削除されることを動議いたします。それはその部分が存在しない文書の理由を述べねばならぬという證據に對する規則に違反し、ただその文書の内容を証人の口をかりて述べさせようとするものであります。

◯マタイス辯護人 これはただ事實を述べておると思います。と申しますのは、文書に副署したということを書いてあるだけでありまして、その文書の内容についまては全然言及しておりません。

◯裁判長 それは單に軍の命令が遵守されたいうことだけを、述べておるのならばいいのでありますけれども、その命令がどうのであったということを述べておるのです。

〔モニター 軍の規律に關する訓示を述べておるだけであるならばいいのでありますが、その訓示の影響についてまでも證言しておるのであります。〕

 おそらく辯護側は、その一節を提出なさるのではないでしょう。

◯マタイス辯護人 それでは第三節を除外します。

◯裁判長 提出された範囲において受理いたします。

〔書紀 弁護側文書一〇七四合は法廷證二五四八號といたします。〕

◯マタイス辯護人 朗讀いたします。

   宣誓口供書

            塚本浩次

二、私は昭和十八年八月退官する迄陸軍法務官でありました。
 上海派遣軍に於ての履歷は大體左の通りであります。
昭和十二年(一九三七年)八月十五日
 第十號軍法務部長充用
同   年八月三十日
 上海派遣軍法務官 同檢察官
昭和十三年(一九三八年)二月九日
 中支派遣軍檢察官、豫審官、裁判官
昭和十四年一月
 内地に歸還

四、上海周邊の戰鬪が終了し中国軍の追擊に移つた頃から法務部長としての私の仕事は從來に比較して甚しく多忙となりました南京へ入城してからも同樣多忙でありました入場式の當日も四件位の事件を取調べたと思ひます。

五、私は松井軍司令官の命令を帶し作戰用務令の指示する處に從ひ軍紀風紀を破る者に對しては嚴重に之を處斷し餘す處はなかつたと考へて居ります各部隊としては上海派遣軍法務部が餘り嚴罰を科し微細な罪をも糾明する態度を非難することもあつた程でありました。

 陸軍省の法務局員であつた大塚操中佐が當時現地に連絡に來た時に右の樣な非難のあることを私に聞かせたのであります。

 然し私は松井軍司令官の意のある處を汲み且軍刑法の指示する處に從ひ嚴重に法務を遂行しました。 

六、南京入城後日本兵による不法事件があり私は之を取調べたことを記憶しております而して入城式の當日松井司令官は各部將校を集め不法事件の發生を語り軍紀風紀の維持を嚴守する樣申渡された事を記憶して居ります。

八、右の處斷事件の中に將校は四人か五人だつたと思ひます其の他は兵卒による散發的な事件が大部分だつたと思ひます。

 罪種は主として掠奪、强姦であり、傷害、窃盗は少くそれに起因する致死は極めて少かつたと記憶して居ります殺人も二三件あつたと思ひます然し放火犯を處斷した記憶はありません又集團的虐殺犯を取扱つたこともありません。

九、法務部では犯罪の搜査權はなく軍司令部に直屬する憲兵が捜査したる上法務部へ送致して來ますそれに基いて證據蒐集をなし起訴するのであります。

〔モニター 以上が本文であります。〕

反対尋問がありますれば、してよろしい。

◯裁判長 サトン檢察官。

◯サトン檢察官 あなたは南京にいつおられ、どのぐらいの期間おられましたか。

◯塚本證人 南京到着は、昭和十二年十二月十七、八日ごろであつたと思います。南京を發ちましたのは、昭和十三年八月であつたと思います。

◯サトン檢察官 あなたが、一九三七年すなわち昭和十二年の十二月及び昭和十三年、一九三八年の一月にお調べになりました事件の件數は、いくつでありましたか。

◯塚本證人 明瞭には記憶いたしません。

◯サトン檢察官 大體の數をわれ/\に申し立てていただけますか。

◯塚本證人 十件内外であつたかと思います。

◯裁判長 一時半まで休憩

   午後零時休憩
    ―――▶●◀―――
   午後一時三十五分開廷

◯法務執行官 ただいまより午後の審理を開始いたします。

◯裁判長 サトン檢察官。

◯サトン檢察官 南京は一九三七年すなわち昭和十二年十二月十三日に陷落したのですね。

◯塚本證人 時日は明瞭に知りません。多分そのころと思います。

◯サトン檢察官 松井將軍は南京にいつ入城しましたか。

◯塚本證人 私は知りません。

◯サトン檢察官 松井將軍が入城した時に、なたは南京においでになりましたか。

◯塚本證人 入城式には参りましたが、私が入城したときに、松井將軍がおられたかどうかについては、明瞭でございません。

◯サトン檢察官 私のお尋ねしたのは、松井將軍が南京市にはいつたときに、あなたは南京市においでになりましたかということです。

◯サトン檢察官 松井將軍がこの部下の將校を。[ママ]全部招集、集められたのは、いつですか。

◯塚本證人 明瞭に記憶しませんが、南京入城後でなかつたかと思います。

◯サトン檢察官 この部下の将校を集められたのは、松井將軍が南京に入城されましてから、どのくらい經つてから行われたのでありますか。

◯塚本證人 多分その日でなかつたかと思いますが、明瞭には記憶しません。

◯サトン檢察官 松井將軍は十二月の十七日に、南京にはいつたのではありませんか。それであなたの記憶を新たにしたいと思うのですが………。

◯塚本證人 南京におはいりになつたのは、いつか知りませんが、入城式は十二月の十七日にあつたと記憶します。

◯サトン檢察官 その日に松井將軍は、その部下の將校を全部集められた、とあなたの宣誓口供書の第六節に書いてありますが、その通りでありますか。

◯塚本證人 入城式後、さようなことがあつたのではないかと記憶しております。

◯サトン檢察官 松井將軍はどういうーー日本の兵隊のどういう種類の不法行爲が起つたと述べられましたか。

◯塚本證人 南京入城の前後にあつて、かかる不法行爲があつたということを言われたわけではなく、上海出動以來、南京入城まで途中の狀況について、今後南京にはいつたについては、一層注意してやれという、こういうお話でございましたように記憶します。

◯サトン檢察官 あなたはあなたの宣誓口供書の第六節に、「南京入場後、日本兵による不法事件があり」と述べておられます。そしてあなたの口供書には「而して入場式の當日松井司令官は各部將校を集め、不法事件の發生を語り」と述べております。再びお尋ねいたしますが、松井司令官は、どういう不法事件が起つたとおつしやつたのですか。

◯塚本證人 具體的には、一々記憶いたしませんが、各種の犯罪があるから、たとえぱ掠奪、强姦等のごとき事件が起る。これは特に注意しなければならぬのであるから、不法事件が起らぬように軍紀を嚴肅にせよと、こういう趣旨でありました。

◯サトン檢察官 强姦、それから掠奪の事件が旣に起つてしまつておつたのですか。

◯塚本證人 過去のことについて、かくのごとき事件の犯罪が起つたことがあるから注意せよ、これは必ずしも最近に起つたのではなく、上海上陸以後、南京に到着するまでの間に、かくのごとき犯行があるからという、こういうご趣旨であつたと思います

◯サトン檢察官 あなたは、あなたの宣誓口供書のなかで、南京入城後、日本兵による不法事件があると述べられておられます。この諸種の事件はどういう種類のものでありましたか。

◯塚本證人 南京入場後に起こりました事件は、さらに掠奪、强姦、その他各種の犯罪でございます。それは强姦その他傷害等の事件もありますから、それらの事件について注意するようにお話があつたのではないかと思います。

◯サトン檢察官 これら諸種の不法な事件につきまして、松井將軍は、だれから情報を得られたのでありますか。

◯塚本證人 私が法務部長として、事件の内容について、これまでお話したことがありましたから、それについての御注意でなかつたかと思いますが、その他については私は知りません。

◯サトン檢察官 あなたが、南京において、日本の兵隊が不法犯罪的な行爲を犯したということを、いつ松井將軍に報告しましたか。

◯塚本證人 南京入城のころにお話したことは、記憶がございません。その前にお話したことはあると思います。入場前にお話したことはあると思います。

◯サトン檢察官 南京における日本兵の不法行爲に關して、あなたが松井將軍に提供された情報のほかに、松井將軍には南京におつた日本の領事からも、日本兵の不法行爲について、報告が提供されたのではありませんか。

◯塚本證人 その點も私はわかりません。

◯サトン檢察官 松井將軍は、南京に入城するや否や、卽刻松井將軍の部下の、日本兵が犯しましたところのいろ/\の犯罪につきまして、日本側の南京にいた外交官及び領事から報告を受けたというのが事實ではありませんか。

◯塚本證人 その點は私は存じません。

◯サトン檢察官 この質問は、法廷記錄の三四五三ページ、法廷證二五七號であるところの、松井大將の訊問書に基づいているのであります。あなたは、あなたの宣誓口供書の中で、相當數の犯罪が南京の難民地區に於て起つたと考えますと述べておられます。この南京の難民地區というのは、國際救濟委員會が管理しておつた、參畫しておつたところの地帶國際救濟委員會が管理しておつた、參畫しておつたところの地帶でありますか。

◯裁判長 八節の最後の文章です。

◯さようであると思います。

◯サトン檢察官 この國際委員會は、昭和十二年の十二月十六日から昭和十三年の二月二日に至るまで、ほとんど連日日本の領事館に對して、犯罪事實を報告したのではありませんか。

◯塚本證人 その事は私は存じません。

◯サトン檢察官 これらの報告は、今申しました期間の間におきまして四百二十五群の犯罪、その一つの群の中に三十ぐらいの個々の犯罪を含むところの、四百二十五群の犯罪事實を報告しておるのではありませんか。

◯塚本證人 その點について、私は何も聞いておりません、また知りません。

◯サトン檢察官 今の質問は、法廷證三二三號すなわち法廷記錄四五三ページにあるところに基づいておるのであります。南京の國際救濟委員會の委員長でありましたロビー氏は、みずから每日日本の領事館に行きまして、この難民地區おいて起つたところの犯罪について、報告したのではありませんか。

◯塚本證人 さような事については、私は何も聞いておりませんが、この際申し上げておきたいことがあります。お許しくださいますか。

◯裁判長 サトンさん、どうお考えですか。

◯サトン檢察官 證人、あなたは私の質問に答えていただいた方がよろしいと思います。

 十二月の後のこと、すなわち十二月占領後とそれから翌年の一月、ほとんど每日のことでありますが、南京の難民地區國際委員會の幹事でありましたスマイス博士が、日本の領事館に、そこに起つたところの犯罪事實について、抗議を申し込んだのではありませんか。

〔モニター ほとんど每日二通の抗議書を提出したというのが事實ではありませんか。少くとも二通の………。〕

◯塚本證人 私はさようなことについては、何ら聞いたことは、まつたくございません。

◯サトン檢察官 あなたは、こういうことをご存じではありませんでしたか。南京大學の副總長でありましたベイツ博士が、日本の南京入場後、三週間にわたりまして、ほとんど每日日本の大使館に行きまして、ベイツ博士自身が知つたところの犯罪事實につきましつて、タイプで打つた報告を提出されたということ、それを御存じではありませんか。連日に起つたそういう犯罪事實について、タイプで打つた報告を三週間にわたむて續いて出したということ。

〔モニター 連日起つたものであり、かつベイツ博士自身で知つておる件に關して、タイプライターで打たれた報告を、ほとんど每日三週間續けて出したということを知りませんか。〕

◯塚本證人 私はその事實について何も聞いたことはございません。さようなことは、私ども少しも聞かぬところであります。

◯サトン檢察官 あなたは、ベイツ博士が非常にしば/\領事館、すなわち特に福井領事、田中副領事、福田副領事、豐安(音譯)副領事らと會談したということについて御存じありませんか。

◯塚本證人 存じません。

◯サトン檢察官 これらの領事館官憲は、引續き、いつも/\南京の事態は、改善せられるであらうと約束したということは、事實ではありませんか。

◯塚本證人 さようなことについて、私は全く知りません。

◯サトン檢察官 昨日この法廷におきまして、當時日本の大使館參事官でありました日高氏が證人として、そのように報告したことを御存じですか。すなわち南京における大使館に提出されましたところの、いろ/\の報告は、南京におけるところの日本軍に送付されたと證言しておるのでございますが、それを御存じではありませんか。

◯塚本證人 さような事実があつたかどうかにつきましては、私は記憶がございません。

◯サトン檢察官 あなたがこの報告について聞いたことがあるかどうか。あるいは報告が送られたかどうかということを御存じないのですか。

◯塚本證人 私はないと思います。

〔モニター 證人、何がないというのですか。報告がなかったというのですか。〕

 私はその事實については、何も知りません。私は何も聞いたことはございません。

◯サトン檢察官 南京における日本の兵隊によつて犯されましたところの、一切の犯罪を起訴するのが、あなたの任務でありましたか。

◯塚本證人 私の任務ではありません。

◯サトン檢察官 犯罪に關するあなたの任務は、一體何であつたのですか。

◯塚本證人 私の任務は、司令官から命ぜられた法律事項に關する諮問、お尋ね並びに憲兵隊其の他の隊長から送られた犯罪事件についての處理をすることが、私の權限でございまして、その他………。

◯サトン檢察官 あなたは法務部長ではありませんでしたか。

◯塚本證人 法務部長は犯罪を搜査し、またはこれを檢察する積極的の任務はありません。

◯サトン檢察官 今まで私があげましたいろいろの報告の中に書いてありますところの犯罪は、一つもあなたのお手許に報告されたことはないというのか事實でありますか。

◯塚本證人 その通り相違ありません

◯サトン檢察官 南京における兵隊の犯罪につきまして、あなたの部のほか、何かこれに關して任務をもつておつた部がありましたか。裁判をした部がありましたか。

〔モニター 裁判をしたり處罰したりした部がありましたが。あなたのほかに………。〕

◯塚本證人 私の何以外にでありますか。

◯小野寺モニター あなたの法務部以外に………。

◯塚本證人 法務部以前に處分したところがあつたかと、こうおつしやるのですな。

◯サトン檢察官 そうです。

◯塚本證人 大體司令官直屬の憲兵隊並びに各部隊長から搜査報告をされた事件を受理して、その起訴、不起訴を決してこれを處分するのであります。

◯サトン檢察官 それでは犯罪事件は、あなたの部で裁判されたことがありますか。

◯塚本證人 あります。

◯サトン檢察官 南京のY·M·C·A、キリスト敎靑年館の燒却に基く結果として起つたところの事件に關して、あなたの法務部で裁判をしたことがありますか。

◯塚本證人 記憶ありませんが、多分ないと思います。

◯伊藤辯護人 異議を申し立てます。放火の事件は扱つたことはないということを、はつきり口供書で述べております。

◯サトン檢察官 あなたは、日本の兵隊が南京における聖公會の敎會を燒いたということをお聞きになりましたか。

◯塚本證人 聞いたことはありません。

◯サトン檢察官 あなたは日本軍が南京にはいつた後に、キリスト使徒敎團の建物を燒いたということに關して、あなたのところに報告を受けたことがありますか。

◯塚本證人 ありません。

◯サトン檢察官 あなたは一九三七年、昭和十二年十二月、南京占領後におきまして、キリスト敎會の經營する學校が南京の各地に於て燒かれたということをお聞きになりましたか。

◯塚本證人 私の記憶では、さようなことは一度も聞いたことがないと思います。

◯サトン檢察官 あなたは昭和十三年一月一日、ロシア大使館を日本軍が燒客した事件から起りました事件を、お調べになりましたか。あるいは起訴なさいましたか。

◯塚本證人 さような記憶はまつたくありません。

◯サトン檢察官 あなたの宣誓口供書第八節に、犯罪人の集團的虐殺犯ということが書いてありますが、これに關しまして、ある時におきましては、千五百人の人が百人ずつ縛られましてつれ出され殺され、そして揚子江に抛りこまれたということをご存じですか。池の中に抛り込まれたということを………。

〔モニター 千五百人の避難民が……。〕

◯塚本證人 さようなことをこれまで聞いたことはございません。おそらくそれは僞わりであろうと思います。

◯サトン檢察官 今の質問は、法定記錄二五六六から六七ページに記載してありますところのフイツチ博士及び周博士の證言に基くものであります。

 あなはた昭和十二年十二月十六日、支那の非戰鬪員一千名が南京市からつれ出されまして、揚子江の傍において日本軍に機關銃で殺されたということをご存じですか。

〔モニター その事件を調べたことはありますか。〕

◯塚本證人 ありません。

◯サトン檢察官 今の質問は、法廷記録三八九八ページにありますところの、マギー氏の證言に基くものであります。あなたは昭和十二年十二月の十五日、千三百の支那の非戰鬪員が縛られて、射殺されたという事件につきまして、お調べになったことがありますか。

◯伊藤辯護人 異議を申し立てます。證人は供述書の第八節におきまして、集團的虐殺犯を取扱つたことはありません、とはつきり申しておるのであります。

、◯裁判長 あなたは第八節に書いてありますーー證人が第八節で述べておることを、單に繰返すだけのことに過ぎないことを質問しておられるように思います。しかしながらもちろんそういうことを聽くことはできますけれども、彼が主尋問のなかで言わなかったことを繰返して、そうして彼が主尋問の中で言つたように、もう一遍宣誓口供書の中で言つたところを、繰返さしてから始めるものではありません。

◯塚本證人 ちよつとお尋ねの趣旨が、まつたく意味がわかりませんですが………。

◯小野寺モニター これは質問ではありません。これは裁判長と檢察側の話であります。

◯サトン檢察官 あなたは十二月十五日、立法院から支那の警察官がつれ出されまして、射殺されたということについて、何等の情報を受けませんでしたか。

〔モニター 立法院か、あるいは司法院かもしれません。〕

◯塚本證人 さようなことは、まつたくないと思います。

◯サトン檢察官 あなたは元支那の兵隊であつた者が、その制服を棄ててしまつたもののこういうものを調べて、そうしてこれを射殺する權限があるということを、日本軍に話したことがありますか。

◯塚本證人 さようなことはないと思います。

◯サトン檢察官 あなたはこういう事件が、日本の將校によつて指揮されたところのある集團によりまして、計畫的に組織的に行われておつたということをご存じありませんでしたか。
◯塚本證人 知つておりません。

◯サトン檢察官 私が今まであなたにお尋ねしましたところの二、三の質問、それから證明として示したところの幾つかの事實に關して、私が示唆したところによつてもなおあなたは、昭和十二年十二月から昭和十三年限一月に至る期間において、あなたが取扱つた事件は、わづか十ばかりであると仰しやるのですか。

◯塚本證人 その報告と私が扱つた事件の十の間に、何等關系はないと思います。別のことだと思います。

◯サトン檢察官 これをもつて反對尋問を終ります。

◯伊藤辯護人 再尋問をいたします。先ほど證人は、十二年の十二月から十三年の一月にかけて十件ばかりの事件を扱つたと言われましたが、十件というのは十人ぐらいと言うことですか、それとも人數はそれよりも多いのですか、その點を少し說明していただきたい。

◯塚本證人 十件と申しましたのは一人一件ではございません。一件の中には數人を含む場合も相當あります。

◯伊藤辯護人 そうすると、人數は無論十人よりも多かつたわけですね。

◯塚本證人 もちろんそれ以上であることは明瞭であります。

◯伊藤辯護人 それから、あなたのところえ不法事件として、送致されましたものは、すべて處斷をいたしましたか。

◯塚本證人 少數の不起訴に附しました事件を除きまして、大部分は書理いたしたことを確信いたしております。

◯伊藤辯護人 それでは、南京において、あなたが在任中に處斷された罪人の人數は、大體どのくらいでしたか、御記憶を述べていただきたい。

◯塚本證人 南京において處斷した人數というのは、いつからいまちまでの期間でありますか、その期間が知りたいと思います。

◯伊藤辯護人 あなたが南京に在任されたのは、いつからいつまででしたか。

◯塚本證人 私が南京に在勤いたしましたのは、十二年十二月以後十三年の八月に至る間であつたと記憶いたします。

◯伊藤辯護人 それならば、その期間中にあなたが處斷された人數はどのくらいでありましたか。

◯塚本證人 その期間において處斷いたしました……。

◯サトン檢察官 この質問は、反對尋問の埒內より起つていないという理由をもつて檢察側は異議を申立てます。

◯裁判長 異議を容認いたします。

◯伊藤辯護人 再尋問を終ります。

◯ローガン辯護人 通例の條件附で證人の退廷をおゆるし願います。

◯裁判長 通例の條件で證人の退廷を許します。

〔塚本證人退廷〕 

 

https://www.jacar.archives.go.jp/das/meta/A08071310100 363~365/435

JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.A08071310100、A級極東国際軍事裁判速記録(和文)・昭和22.2.24~昭和22.5.16(第166~218号)、(国立公文書館 平11法務02220100)