[以下「内務省」事務用箋]
要再回
昭和十一年一月三十日
警保曲警発乙第四三号 主査 警務課長
警保局長 事務官【印】
大臣
次官【湯沢】
秘書官【山崎】 【印】
文書課長【印】
内 8 10. 司
娼妓が自由廃業するに当たり、娼妓と楼主間の問題に対し警察当局はその職務の執行方法を誤れるにつき、謝罪文を交付せよとなす民事訴訟に関する件
大阪市東成区■町■丁目■番地、A理髪店方、金井鉄之助より内務大臣外五名を被告とし標記の件に関し謝罪文交付請求の訴へについては、当省よりの不出頭のまま十二月十三日及同十六日の両日口頭弁論をなし、十六日、直ちに次のごとき判決言ひ渡しありたり。
主文
原告の請求はこれを棄却す。
訴訟費用は原告の負担とす。
事実
省略
理由
按ずるに、官吏にしてそれぞれ原告主張のごとき官職にある被告らが、かりに原告主張のごとくその職務を懈怠し、原告の代理権を侵害したりとするも、我が法制においてはこれにつき被告らは民法上その責に任ぜざるものなるのみならず、金銭賠償主義を採りたる我が民法は、代理権の侵害につき原告主張のごとき賠償方法を認めざるがゆゑに、原告の本訴請求を失当として棄却すべきものとし、民事訴訟法第八十九条にしたがひ主文のごとく判決したり。
参照
第八十九條 訴訟費用は敗訴の当事者の負担とす。
なほ原告金井は控訴期間内の最終日たる
[上余白書き込み]金井は訴訟費用を予測せず。
昭和十一年一月七日、大阪地方裁判所に控訴したり。
参照
第三百六十六条 控訴は判決の送達ありたる日より二週間内にこれを提起することを要す。ただしその期間前提起したる控訴の効力を妨げず。
前項の期間は不変期間とする。
[以下「裁判所」事務用箋]
警保局へ 【警保局/1.7火/警49号】
【昭和十年 十月十六日 判決 同月同日 判決原本】
判決
原告 金井鉄之助
被告 後藤 文夫
被告 安井 英二
被告 鈴木信太郎
被告 渡辺一太郎
大阪市東成区鶴橋警察署内
被告 森永 茂市
右訴訟代理人 園田 忠□
被告 鎌 田 蒋
右当事者間の昭和十年(ハ)第2992号謝罪文請求事件につき当裁判所は判決すること左のごとし。
主文
原告の請求はこれを棄却す。
訴訟費用は原告の負担とす。
事実
原告は「被告等は左の様式に随[したが]ひ、用紙は奉書を用ひ、毛筆をもつて認[したた]め、各自署名捺印して作成したる謝罪状を、内務大臣たる被告後藤文夫、大阪府知事たる被告安井英二および京都府知事たる被告鈴木信太郎は各代理人をもつて、その他の被告らは自身原告方に到り、陳謝意を表して原告に手交すべし。
謝罪文
貴殿が授[→受]任応援せられしBQ子殿の娼妓稼業廃業は、婦女の貞操保持とともに公序良俗および社会人道上においても歓ぶべきなり。しかして廃業申請に干[=関]しては全く合法的なるにかかはらず、拙者ら各々警察署長として保安の任に当たる地位にありながら、職務怠慢より抱主 貸座敷業 後田ソミカ情夫の西田幸三郎その他をして貴殿に対し甘言、誘惑、強談、威迫をなさしめ、加ふるに該西田幸三郎らが下級警察署員と情実を結び、十数名の無頼の徒を指揮し、BQ子殿が廃業妨害を避くるため実母宅に寄寓中を暴力行為により略取誘拐し、内務省令 娼妓取締規則第六条違反の所業に出づるを抑止し得ず、黙しあるいは間接にこれを援くるの結果を招来致し、貴殿の授[→受]任行為を蹂躪するに至りしは申し訳これなく、職務怠慢甚だしく、帝国政府の官吏として慚愧に堪へず、自今かかる御迷惑繰り返さざる様心掛くべきにつき御寛容遊ばされたく、ここに謹んで陳謝候ふ。
京都府七条警察署長
渡辺一太郎 (印)
大阪府鶴橋警察署長
森永 茂市 (印)
大阪府八尾警察署長
鎌 田 蔣 (印)
拙者らは右三名の警察行政上の職務を監督すべき地位にありながら、管理服務紀律第一条、第十六条の主旨励行を懈怠し、その任務を実行せざりし結果、貴殿に対し甚だしき迷惑を及ぼしたる段、恐縮に堪へず、将来かかる不都合無からしめんこたとを期すべく候ふ。ここに謹んで陳謝の意を表し候ふ。
月 日
内務大臣 後藤 文夫 (印)
大阪府知事 安井 英二 (印)
金井鉄之助殿
訴訟費用は被告らの負担とす」との判決を求め、その請求原因として、原告は人道上および宗教上の信念に基づき多年廃娼運動をなし居れるもの。被告らは官吏にして被告 後藤文夫は内務大臣、同安井英二は大阪府知事、同鈴木信太郎は京都府知事、同渡辺一太郎は七条警察署長、同森永茂市は鶴橋警察署長、同鎌田蒋は八尾警察署長の職にあるものなるところ、昭和十年九月二十五日、京都市七条新地、貸座敷業、後藤[→田]ソミ方において妓名をXと名乗り娼妓稼業をなし居れる訴外BQ子は、原告に対し訴外 CR市と家庭を持ちたきゆゑ娼妓稼業を廃業したく、これが手続きをなしくれたきむね依頼し、これが手続きにつき代理権を付与したるをもつて、原告は右Q子をして同月二十六日、所轄所たる七条警察署の署長、被告渡辺一太郎に対し娼妓登錄名簿より右Q子の氏名削除方の申請書を提出せしめ、多面、雇主、訴外後田ソミに対し、廃業の上、借財を決済すべきむねの通知をなさしめ、かつ原告は被告渡辺署長に対し、右Q子の廃業を応援すべく、なほQ子より代理権を与へられたるむね申し出でたり。しかるに同月二十八日、訴外西田幸三郎ほか一名は訴外 後田ソミの代理人として原告方に来たり、Q子の身柄引き取り方交渉したるをもつて、これ拒絶したるに、その後数回、あるいは懇願的に、あるいは威嚇的に身柄を要求して止まず、かつQ子に面会したきむね申し立てたるをもつて、同月三十日、被告森永警察署長に対し無頼者に対する予戒令の執行方を懇請したる上、原告はQ子に対し訴外西田幸三郎に面会すべきむね勧告したるも、Q子はこれに応ぜざりしところ、訴外西田幸三郎は訴外CR市の母をして右R市に対する家出人保護願を天王寺警察署に提出せしめ、右警察署刑事池田某が右R市の検束に赴くに際し右幸三郎ほか数名はこれに同伴して訴外AP郎方に至り、同家に居たるQ子を連れ出さんとしたるも拒絶せられたりしが、その後同年十月二日、鶴橋警察署巡査某は右幸三郎らと右A方に至り、Q子を連行して鶴橋警察署内勤警部補某に引き渡したるところ、右警部補はQ子に対し直ちに借金を支払ふべきむね強調し、暗に幸三郎らを擁護し、また右幸三郎らはQ子に対し訴外後田ソミ方に帰るべきことを説得したるも、Q子は頑強にこれを拒みたり。しかるに右警部補が退席したる際、Q子が警察署より戸外に出づるや、訴外西田峰太郎ほか一名はQ子をかねて用意し置きたる自動車内に抱き込み誘拐せんとしたるも、訴外CR市および警官に阻止せられその目的を達せず、再び一同警察署に入りたるに、巡査部長田中某はQ子に借金の返済を迫るをもつて、原告は弁護士を同伴して出頭し、交渉の上、Q子は無事帰宅するを得たるが、右警察官の偏跛なる行動は畢竟、右警察署長たる被告森永署長がその職務を懈怠し適当の取り締まりをなさざりしに基因す。しかしてその後引き続き交渉を重ぬる内、訴外山脇淳三はQ子のため尽力し居れる訴外吉川正七に対し、「宜しく頼む」と記入せる被告蒲田 八尾警察署長の名刺を示して、Q子に対し強固なる態度を示したるが、かかる名刺を公布したるについては被告鎌田署長に職務懈怠の責ありとす。かくて交渉するもまとまり付かず、被告渡辺 七條警察署長はその職務を怠りて娼妓登錄名簿よりQ子の氏名を削除せず、これを遷延する内、同年十月十四日、訴外 西田幸三郎はほか数名とともに訴外AP郎方屋内に乱入し、同家に居たるQ子を奪取し、自動車にて訴外後田ソミ方に誘拐したり。以上叙述のごとく原告は、被告渡辺、森永および鎌田の各署長がその警察署長としての職務を懈怠したるため、Q子より与へられたる娼妓稼業廃業に関する代理権を侵害せらるるに至りたるが、右侵害行為はこれが監督の任にありたる被告安井大阪府知事、同鈴木京都府知事および被告後藤内務大臣がその職務を懈怠し部下の監督を怠りたることにも基因するがゆゑに、被告らはいづれも原告が代理権を侵害せられたるにつきその責に任ぜざるべからず。よつて被告らに対し請求の趣旨記載のごとき謝罪状の交付を求むるため本訴に及びたりと陳述したり。
被告 鈴木信太郎 訴訟代理人、被告 渡辺一太郎、被告 森永茂市 訴訟代理人および被告 鎌田蒋は、いづれも原告の請求はこれを棄却すとの判決を求め、答弁として、被告らが官吏にして原告主張のごとき官職にあることはこれを認むるも、その他の原告主張事実は不知と述べたり。被告後藤文夫、被告安井英は本件口頭弁論期日に出頭せず。
理由
按ずるに官吏にしてそれぞれ原告主張のごとき官職にある被告らが、仮に原告主張のごとくその職務を懈怠し原告の代理権を侵害したりとするも、我が法制においてはこれにつき被告らは民法上その責に任ぜざるものなるのみならず、金銭賠償主義を採りたる我が民法は、代理権の侵害につき原告主張のごとき賠償方法を認めざるがゆゑに、原告の本訴請求を失当として棄却すべきものとし、民事訴訟法第八十九条に従ひ主文のごとく判決したり。
大坂区裁判所
判事 古賀勝
右、正本なり。
昭和十年十二月二十三日
大阪区裁判所
裁判書記 木叉□□治
[判決書送達の封筒 表]
内務省内
後藤文夫殿
[切手・消印 10. 12. 24]
[封筒 裏]
大阪区裁判所
大阪市北区若松■■■
電話北⑳ 一二番(書記掛)
一〇九〇番(調停掛)
十保第五、五一二号
昭和十年十二月二十八日
京都府知事
【京都府知事之印】
内務大臣殿
官吏に対する告訴事件に関する件報告
昭和十年十月廿六日大阪市東成区■町■丁目■番地A理髪店方金井鉄之(明治丗五年八月四日生)は原告となり内務大臣後藤文夫大阪府知事安井英二京都府知事鈴木信太郎京都府七条警察官署長渡辺一太郎大阪府鶴橋警察署長森永茂市八尾警察署長鎌田蔣を被告として「娼妓の廃業妨害に伴ふ謝罪文請求之訴」を提起され昭和十年十二月二十三日大阪区裁判所に於て口頭弁論あり昭和十年十二月十六日「原告の請求は之を棄却す訴訟費用は原告の負担とす」との判決有之しが当府に於ける関係部分左記の如き状況に有之此段及報告候也
記
原告の主張は被告七条警察署長は原告が代理権を以てBQ子の廃業に関し最も合法的且機宜を得たる方法に依り提出したる申請書を受理し乍ら徒らに娼妓名簿削除の完了を遷延したれば楼主後田そみが情夫西田幸三郎其他をして下級警察吏員と情実を結び原告に対し強談威迫を為し或は徒党を組みみ暴力行為を敢て為しQ子の人権を蹂躪し国法を無視し擅なる振る舞ひにて原告の代理権を完全に蹂躪し娼妓取締規則第六条違反を敢行する機会を与へたり
被告京都府知事は右の監督を完行せざるによるなりと謂ふにあり之に対し本職及七条警察署長は左の如き答弁を為したり
昭和十年九月廿五日BQ子より委任を受けたる娼妓稼業廃業に付登録名簿削除方の申請は天王寺郵便局取扱昭和十年九月廿六日第に一九号書留内容証明郵便として仝年九月廿七日七条郵便局より配達を受けたる点は之を認むるも其の余は之を否認す即ち娼妓名簿削除取扱に関しては娼妓取締規則に明記する如く娼妓自から出頭して之を為すを原則とし申請書郵送ありたる場合は申請者自から出頭すること能はざる事由ありと認むるときに限り受理せらるべきものにして当府に於ては娼妓保護の立場より事由認定の資料として申請者居住地所轄官公署に照会するを常とす依て本件に関しては九月廿八日書類収受と共に九月丗日(月曜日)BQ子居住地管轄天王寺警察署に対し事実調査方照会したる処十月九日住所不明の為調査不能の回答あり更に十月十一日再照会したるに十月廿二日所在不明調査不能の旨囘答ありたり然るに十月廿三日BQ子は楼主後田そみ内縁の夫西田幸三郎と共に七条警察署に出頭し十月十四日帰楼し廃業は本名の真意に基くに非ずとの事由の許に申請書取下願を、提出したるを以て之を受理したるものにして被告渡辺一太郎は何等故意又は過失により原告に対し代理権行使を妨げ娼妓取締規則第六条違反を敢行する機会を与へたることなし従て被告鈴木信太郎は官吏服務規律違背せず依て原告の請求に応ずるを得ず
[以下「内務省」事務用箋]
要再囬
昭和十一年一月三十日
警保曲警發乙第四三號 主査 警務課長
警保局長 事務官【印】
大臣
次官【湯沢】
秘書官【山崎】 【印】
文書課長【印】
内 8 10. 司
娼妓ガ自由廃業スルニ當リ娼妓ト楼主間ノ問題ニ対シ警察當局ハ其ノ職務ノ執行方法ヲ誤レルニ付謝罪文ヲ交付セヨト為ス民事訴訟ニ関スル件
大阪市東成区■町■丁■番地A理髪店方金井鉄之助ヨリ内務大臣外五名ヲ被告トシテ標記ノ件ニ関シ謝罪文交付請求ノ訴ニ付テハ當省ヨリノ不出頭ノ儘十二月十三日及同十六日ノ両日口頭弁論ヲ为シ十六日
直ニ次ノ如キ判決言渡アリタリ
主文
原告ノ請求ハ之ヲ棄却ス
訴訟費用ハ原告ノ負担トス
事実
省略
理由
按スルニ官吏ニシテ夫レ夫レ原告主張ノ如キ官職ニ在ル被告等ガ仮ニ原告主張ノ如ク其ノ職務ヲ懈怠シ原告ノ代理権ヲ侵害シタリトスルモ我法制ニ
於テハ之ニ付被告等ハ民法上其ノ責ニ任セサルモノナルノミナラス金銭賠償主義ヲ採リタル我民法ハ代理権ノ侵害ニ付原告主張ノ如キ賠償方法ヲ認メサルカ故ニ原告ノ本訴請求ヲ失當トシテ棄却スヘキモノトシ民事訴訟法㐧八十九條ニ従ヒ主文ノ如ク判決シタリ
参照
㐧八十九條 訴訟費用ハ敗訴ノ當事者ノ負担トス
尚原告金井ハ控訴期間内ノ最終日タル
[上余白書き込]金井ハ訴訟費用ヲ予測セズ
昭和十一年一月七日大阪地方裁判所ニ控訴シタリ
参照
㐧三百六十六条 控訴ハ判決ノ送達アリタル日ヨリ二週間内ニ之ヲ提起スルコトヲ要ス 但シ其ノ期間前[×控訴×]提起シタル控訴ノ效力ヲ妨ケス
前項ノ期間ハ不変期間トスル
[以下「裁判所」事務用箋]
警保局へ 【警保局/1.7火/警49号】
【昭和十年 十月十六日 判決 ヽ月ヽ日 判決原本】
判決
大阪府中河内郡加美村正覚寺二千三百七十二番地
原告 金井鉄之助
大阪市東成区鶴橋警察署内
被告 森永 茂市
右訴訟代理人 園田 忠□
右当事者間ノ昭和十年(ハ)㐧二九九二號謝罪文請求事件ニ付当裁判所ハ判決スルコト左ノ如シ
主文
原告ノ請求ハ之ヲ棄却ス
訴訟費用ハ原告ノ負担トス
事実
原告ハ被告等ハ左ノ様式ニ隨ヒ用紙ハ奉書ヲ用ヒ毛筆ヲ以テ認メ各自署名捺印シテ作成シタル謝罪状ヲ内務大臣タル被告後藤文夫大阪府知事タル被告安井英二及京都府知事タル被告鈴木信太郎ハ各代理人ヲ以テ其ノ他ノ被告等ハ自身原告方ニ到リ陳謝ノ意ヲ表シテ原告ニ手交スヘシ
謝罪文
貴殿カ授[ママ]任応援セラレシBQ子殿ノ娼妓稼業廃業ハ婦女ノ貞操保持ト共ニ公序良俗及社会人道上ニ於テモ歡フ可ナリ而テ廃業申請ニ干シテハ全ク合法的合法的ナルニ拘ラス拙者等各々警察署長トシテ保安ノ任ニ当ル地位ニ在リ乍ラ職務怠慢ヨリ抱主貸座敷業後田ソミカ情夫ノ西田幸三郎其他ヲシテ貴殿ニ対シ甘言誘惑强談威迫ヲ為サシメ加フルニ該西田幸三郎等カ下級警察署員ト情実ヲ結ヒ十数名ノ無頼ノ徒
ヲ指揮シBQ子殿カ廃業妨害ヲ避クル為メ実母宅ニ寄寓中ヲ暴力行為ニ依リ略取誘拐シ内務省令娼妓取締規則㐧六条違反ノ所業ニ出ツルヲ抑止シ得ス黙シ或ハ間接ニ之ヲ援クルノ結果ヲ招来致シ貴殿ノ授[ママ]任行為ヲ蹂躪スルニ至リシハ申訳無之職務怠慢甚敷ク帝国政府ノ官吏トシテ慚愧ニ堪ヘス自今斯ル御迷惑繰返ササル様心掛ク可キニ付御寛容遊度茲ニ謹ンテ陈謝候
京都府七条警察署長
渡辺一太郎 (印)
大阪府鶴橋警察署長
森永 茂市 (印)
大阪府八尾警察署長
鎌 田 蔣 (印)拙者等ハ
右三名ノ警察行政上ノ職務を监督スヘキ地位ニ在リ乍ラ管理服務紀律㐧一条㐧十六条ノ主旨勵行ヲ懈怠シ其ノ任務ヲ実行セサリシ結果貴殿ニ対シ甚敷キ
迷惑ヲ及シタル段恐縮ニ堪ヘス將来斯ル不都合無カラシメン事ヲ期ス可ク候茲ニ謹ンテ陈謝ノ意ヲ表シ候
月 日
内務大臣 後藤 文夫 (印)
大阪府知事 安井 英二 (印)
金井鉄之助殿
訴訟費用ハ被告等ノ負担トストノ判決ヲ求メ其ノ請求原因トシテ原告ハ人道上及
宗教上ノ信念ニ基キ多年廃娼運動ヲ為シ居レルモノ被告等ハ官吏ニシテ被告後藤文夫ハ内務大臣同安井英二ハ大阪府知事同鈴木信太郎ハ京都府知事同渡辺一太郎ハ七条警察署長同森永茂市ハ鶴橋警察署長同鎌田蔣ハ八尾警察署長ノ職ニ在ルモノナルトコロ昭和十年九月二十五日京都市七条新地貸座敷業後藤[ママ]ソミ方ニ於テ妓名ヲXト名乗リ娼妓稼業ヲ為シ居レル訴外BQ子ハ原告ニ対シ訴外CR市
ト家庭ヲ持チ度故娼妓稼業ヲ廃業シ度ク之カ手續ヲ為シ呉レ度旨依賴シ之カ手續ニ付代理权ヲ付與シタルヲ以テ原告ハ右Q子ヲシテ同月二十六日所轄所タル七条警察署ノ署長被告渡辺一太郎ニ対シ娼妓登錄名簿ヨリ右Q子ノ氏名削除方ノ申請書ヲ提出セシメ多面雇主訴外後田ソミニ対シ廃業ノ上借財ヲ決済スヘキ旨ノ通知ヲ為サシメ且原告ハ被告渡辺署長ニ対シ右Q子ノ廃業ヲ應援スヘク尚Q子ヨリ代理权
ヲ與ヘラレタル旨申出テタリ然ルニ同月二十八日訴外西田幸三郎外一名ハ訴外後田ソミノ代理人トシテ原告方ニ来リQ子ノ身柄引取リ方交渉シタルヲ以テ之ヲ拒絶シタルニ其ノ後数回或ハ懇願的ニ或ハ威嚇的ニ身柄ヲ要求シテ止マス且Q子ニ面会シ度旨申立テタルヲ以テ同月三十日被告森永警察署長ニ対シ無賴者ニ対スル予戒令ノ執行方ヲ懇請シタル上原告ハQ子ニ対シ訴外西田幸三郎ニ面会スヘキ旨勧告シタルモP
子ハ之ニ應セサリシトコロ訴外西田幸三郎ハ訴外CR市ノ母ヲシテ右R市ニ対スル家出人保護願ヲ天王寺警察署ニ提出セシメ右警察署刑事池田某カ右R市ノ检束ニ赴クニ際シ右幸三郎外数名ハ之ニ同伴シテ訴外CR郎方ニ至リ同家ニ居タルQ子ヲ连出サントシタルモ拒絶セラレタリシカ其ノ後同年十月二日鶴橋警察署巡査某ハ右幸三郎等ト右C方ニ至リQ子ヲ连行シテ鶴橋警察署内勤警部補某ニ引渡シ
タルトコロ右警部補ハQ子ニ対シ直ニ借金ヲ支払フヘキ旨强調シ暗ニ幸三郎等ヲ擁護シ又右幸三郎等ハQ子ニ対シ訴外後田ソミ方ニ歸ルヘキコトヲ説得シタルモQ子ハ頑强ニ之ヲ拒ミタリ然ルニ右警部補カ退席シタル際Q子カ警察署ヨリ戸外ニ出ツルヤ訴外西田峰太郎外一名ハQ子ヲ豫テ用意シ置キタル自動車内ニ抱キ込ミ誘拐セントシタルモ訴外CR市及警官ニ阻止セラレ其ノ目的ヲ達セス再ヒ一同警察署ニ入リタルニ
巡査部長田中某ハQ子ニ借金ノ返済ヲ迫ルヲ以テ原告ハ弁護士ヲ同伴シテ出頭シ交渉ノ上Q子ハ無事歸宅スルヲ得タルカ右警察官ノ偏跛ナル行動ハ畢竟右警察署長タル被告森永署長カ其ノ職務ヲ懈怠シ適当ノ取締ヲ為ササリシニ基因ス而シテ其ノ後引續キ交渉ヲ重ヌル内訴外山脇淳三ハQ子ノ為メ盡力シ居レル訴外吉川正七ニ対シ「宜敷賴ム」ト記入セル被告蒲田八尾警察署長ノ名刺ヲ
示シテQ子ニ対シ强固ナル態度ヲ示シタルカ斯ル名刺ヲ公布シタルニ付テハ被告鎌田署長ニ職務懈怠ノ責アリトス斯クテ交渉スルモ纏付カス被告渡辺七條警察署長ハ其ノ職務ヲ怠リテ娼妓登錄名簿ヨリQ子ノ氏名ヲ削除セス之ヲ遷延スル内同年十月十四日訴外西田幸三郎ハ外数名ト共ニ訴外CR郎方屋内ニ乱入シ同家ニ居タルQ子ヲ奪取シ自動車ニテ訴外後田ソミ方ニ誘拐シタリ以上叙述ノ
如ク原告ハ被告渡辺森永及鎌田ノ各署長カ其ノ警察署長トシテノ職務ヲ懈怠シタル為メQ子ヨリ與ヘラレタル娼妓稼業廃業ニ関スル代理权ヲ侵害セラルルニ至リタルカ右侵害行為ハ之カ監督ノ任ニ在リタル被告安井大阪府知事同鈴木京都府知事及被告後藤内務大臣カ其ノ職務ヲ懈怠シ部下ノ監督ヲ怠リタル事ニモ基因スルカ故ニ被告等ハ孰レモ原告カ代理权ヲ侵害セラレタルニ付其ノ責
ニ任セサルへカラス仍テ被告等ニ対シ請求ノ趣旨記載ノ如キ謝罪状ノ交付ヲ求ムル為メ本訴ニ及ヒタリト陈述シタリ
被告鈴木信太郎訴訟代理人被告渡辺一太郎被告森永茂市訴訟代理人及被告鎌田蔣ハ孰レモ原告ノ請求ハ之ヲ棄却ストノ判決ヲ求メ答弁トシテ被告等カ官吏ニシテ原告主張ノ如キ官職ニ在ルコトハ之ヲ認ムルモ其ノ他ノ原告主張事実ハ不知ト述ヘタリ被告後藤文夫被告安井英二ハ本件口
頭弁論期日ニ出頭セス
理由
按スルニ官吏ニシテ夫レ夫レ原告主張ノ如キ官職ニ在ル被告等カ假ニ原告主張ノ如ク其ノ職務ヲ懈怠シ原告ノ代理权ヲ侵害シタリトスルモ我法制ニ於テハ之ニ付被告等ハ民法上其ノ責ニ任セサルモノナルノミナラス金銭賠償主義ヲ採リタル我民法ハ代理権ノ侵害ニ付原告主張ノ如キ賠償方法ヲ認メサルカ故ニ原告ノ本訴請求ヲ
失当トシテ棄却スヘキモノトシ民事訴訟法㐧八十九条ニ従ヒ主文ノ如ク判決シタリ
大坂区裁判所
判事 古賀勝
右正本也
昭和十年十二月二十三日
大阪区裁判所
裁判書記 木叉□□治
[判決書送達の封筒 表]
内務省内
後藤文夫殿
[切手・消印 10.12.24]
[封筒 裏]
大阪區裁判所
大阪市北區若松■■■
電話北⑳ 一二番(書記掛)
一〇九〇番(調停掛)
[以下「京都府」事務用箋]
十保第五、五一二號
昭和十年十二月二十八日
京都府知事
内務省 警保局長殿
官吏ニ對スル告訴事件ニ關スル件報告
昭和十年十月廿六日[以下略。次の内務大臣宛報告と同文]
十保第五、五一二號
昭和十年十二月二十八日
京都府知事
【京都府知事之印】
内務大臣殿
官吏ニ對スル告訴事件ニ關スル件報告
昭和十年十月廿六日大阪市東成區■町■丁目■番地A理髪店方金井鐵之(明治丗五年八月四日生)ハ原告トナリ内務大臣後藤文夫大阪府知事安井英二京都府知事鈴木信太郎京都府七條警察官署長渡邊一太郎大阪府鶴橋警察署長森永茂市八尾警察署長鎌田蔣ヲ被告トシテ「娼妓ノ廢業妨害ニ伴フ謝罪文請求之訴」ヲ提起サレ昭和十年十二月二十三日大阪區裁判所ニ於テ口頭辯論アリ昭和十年十二月十六日「原告ノ請求ハ之ヲ棄却ス訴訟費用ハ原告ノ負擔トス」
トノ判決有之シガ當府ニ於ケル關係部分左記ノ如キ狀況ニ有之此段及報告候也
記
原告ノ主張ハ被告七條警察署長ハ原告ガ代理權ヲ以テBQ子ノ廢業ニ關シ最モ合法的且機宜ヲ得タル方法ニ依リ提出シタル申請書ヲ受理シ乍ラ徒ラニ娼妓名簿削除ノ完了ヲ遷延シタレバ樓主後田ソミガ情夫西田幸三郎其他ヲシテ下級警察吏員ト情實ヲ結ビ原告ニ對シ强談威迫ヲ爲シ或ハ徒黨ヲ組みミ暴力行爲ヲ敢テ爲シQ子ノ人權ヲ蹂躪シ國法ヲ無視シ擅ナル振ル舞ヒニテ原告ノ代理權ヲ完全ニ蹂躪シ娼妓取締規則第六條違反ヲ敢行スル機會ヲ與ヘタリ
被告京都府知事ハ右ノ監督ヲ完行セザルニヨルナリ
ト謂フニアリ之ニ對シ本職及七條警察署長ハ左ノ如キ答辯ヲ爲シタリ
昭和十年九月廿五日BQ子ヨリ委任ヲ受ケタル娼妓稼業廢業ニ
付登録名簿削除方ノ申請ハ天王寺郵便局取扱昭和十年九月廿六日第に一九號書留内容證明郵便トシテ仝年九月廿七日七條郵便局ヨリ配達ヲ受ケタル點ハ之ヲ認ムルモ其ノ余ハ之ヲ否認ス卽チ娼妓名簿削除取扱ニ關シテハ娼妓取締規則ニ明記スル如ク娼妓自カラ出頭シテ之ヲ爲スヲ原則トシ申請書郵送アリタル場合ハ申請者自カラ出頭スルコト能ハザル事由アリト認ムルトキニ限リ受理セラルベキモノニシテ當府ニ於テハ娼妓保護ノ立場ヨリ事由認定ノ資料トシテ申請者居住地所轄官公署ニ照會スルヲ常トス依テ本件ニ關シテハ九月廿八日書類收受ト共ニ九月丗日(月曜日)BQ子居住地管轄天王寺警察署ニ對シ事實調査方照會シタル處十月九日住所不明ノ爲調査不能ノ囘答アリ更ニ十月十一日再照會シタルニ十月廿二日所在不明調査不能ノ旨囘答アリタリ然ルニ十月廿三日BQ子ハ樓主後田ソミ内縁ノ夫西田幸三郎ト共ニ七條警察署ニ出頭シ十月十四日歸樓シ廢業ハ本名ノ眞意ニ基クニ非ズトノ事由ノ許ニ申請書取下願ヲ、提出シタルヲ以テ之ヲ受理シタ
ルモノニシテ被告渡邊一太郎ハ何等故意又ハ過失ニヨリ原告ニ對シ代理權行使ヲ妨ゲ娼妓取締規則第六條違反ヲ敢行スル機會ヲ與ヘタルコトナシ從テ被告鈴木信太郎ハ官吏服務規律違背セズ依テ原告ノ請求ニ應ズルヲ得ズ
↑娼妓が自由廃業するに当り娼妓と楼主間の問題に対し警察当局は其の職務の執行方法を誤れるに付謝罪文を交付せよと為す民事訴訟に関する件(大阪地区裁判所)https://www.jacar.archives.go.jp/das/meta/A05032036200 JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.A05032036200、内務大臣決裁書類・昭和11年(上) 国立公文書館 平9警察00281100