Ob-La-Di Oblako 文庫

帝国日本の侵掠戦争と植民地支配、人権蹂躙を記憶し、再現を許さないために、ひたすら文書資料を書き取る。姉妹ブログ「歴史を忘れる民族に未来はない!」https://obladioblako.hateblo.jp/ のデータ·ベースを兼ねる。

【工事中】「敵の艦上千八十機、中部·四国·東海へ 飛行場、船舶等を攻撃」「沖縄血戦に学ぶ 二将校帰還談」 朝日新聞 昭和二十年七月二十九日(日) 1945. 7. 28

(日刊)朝日新聞
発行所 朝日新聞東京本社
東京市麹町区有樂町二丁目三番地
昭和二十年七月二十九日(日曜日)
第二万一千三百三十一号(一)面

 

 敵 の 艦 上 千 八 十 機
  中  部 · 四  國 · 東  海  へ
    飛行場、船舶等を攻擊

廿八日午前六時半󠄁頃より十二時頃までに敵艦上機凡そ四百四十機が中部軍管區に侵󠄁入、松山、米子、八日市、廣島などを行動、また同時頃凡そ百八十機が東海軍管區に侵󠄁入、半󠄁田、名古屋、大井、浜松、淸水、豊橋、明野などに來襲、主としてわが飛行場を狙ひ一部は船舶、漁船などを攻擊した

 東海軍管區司令部発表(七月二
十八日十五時三十分)
本二十八日敵艦載機の第一波約󠄁九
十機は六時頃より約󠄁一時間半にわ
たり第二波九十機は十一時より約󠄁
二時間にわたり何れも熊野灘方面
より侵󠄁入し東海地區の飛行場、交
通機関並に一部の生產施設に対し
攻擊を実施せり、被害は極めて軽
微なり
なほ敵機動部隊󠄁は依然本州南方洋
上を遊弋しあるものの如く引續き
警戒を要す(名古屋)

中國軍管區司令部発表(七月二十
八日十二時)
一、敵機動部隊󠄁よりの艦上機第一
波二百六十機は二十八日五時五十
五分紀伊水道および豊後水道を経
て中國地區に侵󠄁入、主として內海
沿岸および島根半󠄁島附近の飛行場
ならびに軍事施設を攻擊ほゞ同一
経路を経て八時五十四分脫去せり
第二波約󠄁三百機は九時二十三分豊
後水道および四國中部を経て侵󠄁入
廣島湾および沿岸附近の軍事施設
を攻擊の後十時十五分脫去せり
二、現在までに判󠄁明せる戰果(陸
軍部隊󠄁による)左の如し
擊墜九機、擊破四機
三、敵の第三次攻擊は目下續行中
なり
    ◇
敵機動部隊󠄁は二十八日もP51の硫
黃島基地航空󠄁軍に協力して午前󠄁五
時半󠄁すぎから艦上機延約󠄁一〇八〇
機をもつて四次󠄁に亙り四國、中國
近畿、東海の各地區に波狀來襲、
主として我が飛行場、軍需工場、
海上船舶に対し銃爆擊を加へ來つ
た、この日攻擊目標は我が作戰戰
力の直接破碎と一部海上交通の破
壞に指向されたとはいへ攻擊力は
頗る緩慢でむしろ波狀攻擊による
長時間の神経戰的󠄁な点に狙ひがお
かれたことは大いに警戒を要す
る、また午後から開始された第三
波の連襲には沖繩基地のB24P47
P38の戰爆連合約󠄁一三六機が参加
出擊、瀬戶內海方面に行動したこ
ともまた注目を要する處である
(大阪)

 英 戰 鬪 機 も 混 る

二十八日中國地區に來襲した敵艦
上機は午前󠄁中のみで五百六十機を
算へたがこの日の敵の波狀攻擊は
極めて執拗で同一地点を執念深く
攻擊し來つた、なほこの日の來襲
機の中に英戰鬪機スピツトフアイ
ヤーが混つていたことは注目すべ 
きである(廣島)

 呉 で 在 泊 艦 船 を 攻 擊

二十八日午前中呉地方に敵艦上機
二波が來襲した、卽ち第一波は約󠄁
三十機で六時から約󠄁二時間に亙り
行動、偵察を兼󠄁ねて内海方面航空󠄁
基地の一部を攻擊し、次󠄁いで八時
二十分約󠄁二百五十機が來襲、主と
して在泊艦船を攻擊、その一部は
地上をも攻擊し十時退去した、戰
果並びに被害は調査中であるが擊
墜󠄁多数ある見込み、また十二時過
ぎB24二つに分れて呉地區に侵󠄁入
行動の後脫去した(廣島)

 P 5 1  二 百 四 十 機 來 襲
   千葉、土浦、帝󠄁都等を行動

二十八日午前九時四十五分頃より
正午過ぎまでにP51凡そ二百四十
機がいづれもB29少数機に誘導さ
れ三波に分れ分散來襲した、第一
波は午前󠄁九時四十五分凡そ百機が
勝󠄁浦より侵󠄁入、土浦、千葉などを
行動、第二波は午前十一五十分
頃凡そ百機を以て第一波と同樣
の行動をなし、第三波は十二時頃
約四十機を以て伊豆半󠄁島より侵󠄁入
八王子、立川、帝󠄁都方面に行動銃
擊を加へた

 茨城でP 5 1 一機撃墜

二十八日P51の一部は茨城南部の
航空󠄁基地を狙つたが被害はなく、
わが航空󠄁部隊󠄁は十一時半󠄁頃北相馬
郡井野村上空󠄁でP51一機を擊墜󠄁、
醜翼󠄂は利根川南岸に落下した(士
浦)

 通行人にも機銃掃󠄁射

二十八日午後十二時三十分頃熊谷
市に來襲したP51数機は爆彈を投
下したほか學校や往來の荷馬車、
通行人にも機銃掃󠄁射を加へた(熊
谷)

 橫 濱 で 低 空󠄁 掃󠄁 射

二十八日京浜地區に侵入したP51
の第三波の一部十機内外は午後零
時四十分頃橫浜市内の工場及び民
家に低空󠄁で機銃掃射を行つたが被
害はなかつた(橫浜)

 敵小型機農家を銃撃

二十八日午後零時四十分頃八王子
市上空󠄁に飛來した小型機編隊󠄁は市
外農家を銃擊、火災を発したが官
民防火陣は直ちに消󠄁し止めた
(八王子)

 宇都宮でも一機擊墜󠄁

二十八日午前󠄁十一時十五分頃茨城
方面から栃木縣下に侵󠄁入したP51
の編隊󠄁は、宇都宮市周辺の軍事施
設及び列車、市街地などに機銃掃󠄁
射を行つたが、飛行場を始め軍事
施設の損害は皆無だつた、わが方
は対空󠄁砲火をもつてその一機を擊
墜󠄁した、尙列車銃擊では若干の死
傷者を出した(宇都宮)

 農村も油斷がならぬ

今度の敵機來襲で熊谷市附近の農
家に相當機銃掃󠄁射を浴びせ、市内
の學校その他も鬼のごとき本性を
現した米兵の攻擊を受けてゐる
〝學校だから〟〝農村だから〟との
一切の安易感を投げ捨て、敵機來
襲の際は待避こそ肝要である(熊
谷)
廿八日午後一時小型編隊󠄁の一部は
相模湾に脫去の途中、平󠄁塚市に侵󠄁
入機銃掃󠄁射を加へて遁走、被害は
なかつた(平󠄁塚)

 若 狹 灣 に 投 雷

二十七日夜B29七機が関西各地を
旋回行動したが、二十二時五十五
分から二十三時四十四分の間に熊
野灘から侵󠄁入したB29約󠄁十五機は
主力をもつて若狹湾に行動機雷投
下ののち脫去、同廿二時四十分頃
大分附近から北上侵󠄁入して來たB
29十数機は関門周防灘、廣島湾、
岡山南方海上を旋回行動、機雷投
下ののち脫去した(大阪)
   朝鮮で船舶攻擊 沖繩
基地を出発せる敵大型十数機は二
十七日零時三十分頃より四時十五
分頃の間逐次󠄁南鮮地區に來襲、主
力約󠄁八機は三時頃釜山南方に侵󠄁入
船舶を攻擊、機雷若干を投下した
模様次󠄁、いでPB4Y二機は方魚
津附近に侵󠄁入、船舶を攻擊した
(京城)

 船 舶 等 を 攻 擊
  九州へ百四十機

沖繩の敵戰爆連合約󠄁百四十機は二
十七日九州各地へ侵󠄁入主として沿
岸地方の船舶その他工業都市など
に対し銃爆擊した
 すなはち二十七日の來襲敵機は
 B24約󠄁四十機、中型約󠄁五十機
 (うちB25約󠄁四十五機、P38約󠄁
 五機)P51五十機で午前󠄁十一時
 二十分頃から九編隊󠄁に分れ侵󠄁入
主力は長崎縣平󠄁戶附近、薩摩半󠄁島
北部および熊本、八代両市附近そ
の他一部は福岡、大分、宮崎附近
を旋回行動沿岸の船舶その他を銃
爆擊十二時三十分頃から午後三時
過ぎまでに脫去した(福岡)

荒鷲  機 動 部 隊󠄁 を 攻 撃
  十日以來  四百十八機を屠 る

七月十日以來旣に二旬に垂んとし
て本土沿岸に蟠踞し洋上補給によ
つて執拗に長期行動をしてゐる敵
艦隊󠄁は依然わが本土要地に対し反
復來襲しつゝある、敵はわが本土
基地航空󠄁兵力に挑戰せんとしてゐ
るが、わが満を持して放たざる態
勢に焦慮して反復來襲の擧に出て
ゐる、殊に二十四日には敵の基地
航空󠄁兵力と相呼應し大擧來襲、來
るべき次󠄁期作戰に対する前󠄁哨作戰
としての根强さを表してゐる、之
に対し我方は戰鬪機および地上砲
火によつて邀擊してゐるが、大本
營報道部の情󠄁報によれば二十一日
より二十九日までの間に主として
艦上機に対して次󠄁の戰果を擧げた
 擊墜󠄁百十五機、擊破二十八機
十日以來の戰果を通算すると
 擊墜󠄁二百七十五機、擊破百四十
 三機、計四百十八機である
因みにこの期間におけるわが邀擊
は敵艦上機に主として力を注いだ
ためB29に対する戰果は二十一日
から二十五日までの間において擊
墜󠄁三機、擊破五機であつた、この
敵機動部隊󠄁に対しわが航空󠄁部隊󠄁は
二十五日薄暮ならびに夜間に決然
攻擊を決行したが戰果は確認され
てゐない

 沖  繩  の  敵  艦  船  猛  攻
    荒 鷲 、 三 隻 を 擊 沈 破

わが航空󠄁部隊󠄁は二十七日夜沖繩の
敵飛行場並に本島周辺の敵艦船を
攻撃少くも敵艦船一隻を擊沈二隻
に損害を與へた

 

「笑止!米英蔣共同宣言 自惚れを撃砕せん 聖戦を飽くまで完遂」 毎日新聞 昭和二十年七月二十八日(土) 1945. 7. 28

毎日新聞 發行所󠄁 毎日新聞社(東京)
紀元二千六百五年
昭和二十年七月二十八日(土曜日)
第二万四千八百十八號

  笑止!米英蔣共同宣言
 自  惚  れ  を  擊  碎  せ  ん
     聖戰を飽󠄁くまで完遂󠄂

廿亡七日の定例閣議は午後二時より首相官邸に開催、鈴木首相ほか閣僚出席、東郷󠄁外相よりトルーマン、チヤーチル、蔣介石によつて廿七日早朝 (日本時間) 宣言された三國共同宣言について詳細に報告し、午後五時散會した

トルーマン、チヤーチル、蔣介石による三國共同宣言は笑止にも帝󠄁國に對し軍隊の武裝解除或は軍需產業の全廢、皇土の割讓等不遜極まるものである、わが國の大東亞戰爭遂󠄂行の眞目的󠄁は飽󠄁くまでも帝󠄁國の自存自衞及び大東亞民族の米英よりの解放にあり、この神聖なる戰爭目的󠄁は世界人類の斉しく認むるところである、米英の戰爭目的に對比し天地の相違がある、最近の戰況にうぬぼれを来し、わが戰力を過小評󠄁價するに至つた米國は戰爭の集結近しと独断、かくて今囘の許すべからざる三國共同宣言をなしたものと想像せらる、しかし戰局の今後はわが方に絕對の自信をもつ本土決戰において米軍を徹底的に殲滅し得ることは軍當局並に政府

が屢々その確信を披瀝してゐるところである、國民もそれに對し絕對信賴を寄せ戰爭の完遂󠄂に全󠄁力を傾注してゐるのである、こゝにおいてわが方としてかゝるうぬぼれに基く三國共同宣言に對しては一顧も與へることなくひたすら大東亞戰爭の神聖なる目的󠄁に徹し飽󠄁くまでも彼等の戰意を放棄せしめるまでは戰ひ拔き頑張り拔くだけである、政府またかゝる方針であることは勿論である

 最後條件の放送要旨

【チューリッヒ特電廿七日發】米
大統領トルーマン、英首相チャー
チル及び重慶の蔣介石は廿五日ポ
ツダムより連名にて日本に課すべ
き降伏の最終條件なるものを放送󠄁
した。その條件の要旨は左の如し
各條項はわれ〱の課すべき降伏
の條件なり、われ〱はこの條件
を固守するものにして他に選択の
余地なし、われ〱は今や猶󠄁豫す
ることなし
一、世界征服を企つるに至れるも
のの権威と勢力は永久に芟除せら
るべきこと、軍国主義を駆逐する
こと
一、日本領土中聯合國により指定
せらるゝ地点はわれ〱の目的󠄁達
成確保のため占領せらるゝこと
一、カイロ宣言の條項は実施せら
るべく日本の主権は本州、北海道、
九州、四國及びわれ〱の決定す
べき小島嶼に限定さるべきこと
一、日本兵力は完全󠄁に武裝解除せ
らるべきこと
一、戰爭犯罪人は嚴重に裁判󠄁せら
るゝこと、日本政府は日本國民に
民主主義的傾向を復活すること、
日本政府は言論、宗敎及び思想の
自由並に基本的人権の尊󠄁重を確立
すべきこと
一、日本に留保を許さるべき產業
は日本の経済を確保し且つ物によ
る賠償を支拂ひ得しむる如きもの
に限られ、戰爭のための再軍備を
可能ならしむる如き產業は許さざ
ること、この目的のため原料の入
手は許可せらるゝこと、世界貿易
関係に對する日本の参加はいづれ
許さるべきこと
一、聯合國の占領兵力は以上の目
的󠄁が達成され且つ日本國民の自由
に表明せられたる意思に基づく平󠄁
和的󠄁傾向を有する責任政府の樹立
を見たる場合は撤退せらるゝこと
一、日本政府は卽刻全󠄁日本兵力の
無條件降伏に署名し且つ適切なる
保障をなすこと、然らざるにおい
ては直ちに徹底的破壊をなすこと

 白 晝 夢 · 錯 覺 を 露 呈

東亞問題を重要議題として討議す
ると稱したポツダム會議中、米
英蔣共同声明が廿七日全世界に
発表された、曰く日本の武装解
除、曰く軍需生產の全󠄁面停止、曰
く領土の割讓、彼らはこれを目し
ドイツに對する無條件降伏の要求
に非ざる日本への和平󠄁條件として
ゐるのである、然しこれこそ完全
に日本に對する無條件降伏の要求
である、日本國民の誰一人として
かゝる敵の要求に一瞬と雖も耳を
籍すものがあるか、否その一項目
を聽くだに憤怒の念を起さないも
のがあるか、かれらがかゝる不遜
窮まることを討議聲明したことに
對してあくまでわれら一億戰はん
の決意と敵愾心を固くするのみで
ある、実に彼らがかゝる白昼夢を
描くに至つたのは表面われ勝て
り、日本本土攻略容易なりとの謀
略から出てゐるのである、否彼ら
はドイツを屈服せしめるに當つて
無條件降伏の態度に出でた、これ
がドイツを最後まで抵抗せしめる
原因になつたとさへ錯覺してゐる
のである
そこで前記の日本に對する三條件
は最大の講和条件でさへあるとの

飛んでもない錯說を犯してゐるの
である、他の一面において米英國
內の大東亜戰爭を早く終結せしめ
よとの輿論に對してかゝる條件に
も日本が應じないならばえくまで
戰ふ以外に道なしとの戰意昂揚の
國內對策に資󠄁してゐると見られる
のであつて全󠄁く笑止の外ないので
ある
これは一島嶼の爭奪にさへ硫黃島
から沖繩と最大の出血を强要され
た國民を兵士を無理に戰爭継續に
駆り立てんとする國內對策以外の

何ものでもなく、しかもこの每日
に亘つて北海道からはじまつた日
本本土に對する威力偵察的󠄁艦砲射
擊、B29その他の爆擊をポツダム
會談と並行して日本國民を威嚇し
もつて米英の威力を誇示しこの両
者の並用によつて日本國民をして
反軍的󠄁ならしめる、或は軍民離間
の道具たらしめようとしたものだ
けで、全󠄁く歯牙にもかけえないの
である
しかしながらわれらは戰局の進展
につれて敵のかゝる謀略戰がいよ
いよ激化し來ることに對して今後
とも嚴重に警戒しなければならな
い、本土決戰は好むと好まざると
に拘はらず必至であり、今後とも
敵の本土空󠄁襲はいよ〱激化して
來るのであるが、わが方はひたす
ら戰力を溫存して神機到るを待つ
てゐるのてあつて、この最後の五
分間を頑張ることが絕對に必要で
あり、物量、恐るゝに足らず、物資󠄁限
りあり、鬪魂こそは無限であり戰
勝の最大原動力であることを銘記
して一億あくまで戰ふの意思をこ
の際いよ〱固くしなければなら
ない、われら一億断じて本土決戰
に勝ち拔かんのみである

↑毎日新聞. [東京]
国立国会図書館請求記号:YB-6
国立国会図書館書誌ID:000000054885

1945年(7-12月) (_L)
マイクロ
資料貼付ID:1200400020195

https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000002-I000000054885?from=0&f-year=1945&select=5161989#archive

「笑止、対日降伏条件 トルーマン、チャーチル、蔣連名 ポツダムより放送す」 読売報知 昭和二十年七月二十八日(土) 1945. 7. 28

讀賣報知 發行所󠄁 讀賣新聞社
昭和二十年七月二十八日(土曜日)
第二萬四千六百二十八號 (一)面

 笑  止  、  對  日  降  伏  條  件
  トルーマン、チヤーチル、蔣連名
      ポ ツ ダ ム よ り 放 送 す

【  チ  ユ  ー  リ  ヒ  特  電  廿  五
日  発  】  トルーマン、チャーチ
ルおよび蔣介石は廿五日ポツダム
より連名で日本に課すべき降伏の
最後的󠄁條件なるものを放送󠄁した、
右條件要旨次󠄁の如し
 以下の各條項は吾々の課すべき
 降伏の條件なり、吾々はこの條
 件を固守するものにして他に選
 択の余地なし、吾々は今や猶󠄁余
 するところなし
一、世界征服を企つるに至れるも
 のゝ権威と勢力は永久に芟除せ
 らるゝこと
一、戰爭犯罪人は嚴重に裁判󠄁せら
 るゝこと、日本政府は日本國民

 に民主々義的󠄁傾向を復活するこ
 と、日本政府は言論、宗敎およ
 び思想の自由並びに基本的󠄁人権
 の尊󠄁重を確立すべきこと
一、日本に留保を許さるべき產業
 は日本の経済を維持し且つ物に
 よる賠償を支拂得しむる如きも
 のに限られ、戰爭のための再軍
 備を可能ならしむるが如き產業
 は許さゞること、この目的のた
 め原料の入手は許可せらるゝこ
 と、世界貿易関係に對する日本
 の参加はいづれ許さるべきこと
一、聯合國の占領兵力は以上の目
 的が達成され且つ日本國民の自
 由に表明せられたる意志に基づ
 く平󠄁和的󠄁傾向を有する責任政府
 の樹立を見たる場合は撤退せら
 るゝこと
一、日本政府は卽刻全󠄁日本兵力の
 無條件降伏に署名し且つ適切な
 る保証をなすこと、然さざるに
 おいては直ちに徹底的破壞を齎
 らさるべきこと

 國 內、 對 日 兩 天 秤
    老   獪   な   謀   略
    敵宣言の意圖するもの

トルーマン、チヤーチルおよび蔣
介石の三名は別項特電の通り廿五
日のポツダム放送󠄁において對日降
伏條件なるものを公開したが、右
の各條項は何れもカイロ宣言の延
長擴大に外ならず、歐洲戰の終末
大東亞戰爭の最終段階突入の世界
情勢を背景として次󠄁の如き意圖を
織込んだ多分に方略的要素を有す
るものであることはいふまでもな

一、ドイツに對し無條件降伏一点
 張りでドイツをして最後まで抵
 抗せしめそれによつて必要以上

 の損害を受けたことに米國內に
 非難があるため今囘は方針を改
 めて對日勧告をなし自國民の諒
 解を求めんとしたこと
一、國內に平󠄁和要望の聲が次󠄁第に
 高いため彼らからみて相當緩和
 した條件を出して、もし日本が
 これをも肯んぜず戰爭を継續せ
 んとふるならばあくまで戰はざ
 るを得ずと自國民を納得せしめ
 戰意の昂揚に資󠄁せんとしたこと

一、硫黄島、沖縄における米側の
 犠牲が多大であつたに鑑み日本
 がこれを受諾せざる場合は戰爭
 を継續するより他なし、従つて
 更に大なる犠牲を忍ばねばなら
 ぬことを明らかにして自國民の
 覺悟を促したこと
一、自らの武力の壓倒的󠄁に大なる
 ことを誇示し日本の敗戰氣分を
 醸成し併せて日本の軍民離間を
 狙つたこと

 戰 爭 完 遂󠄂 に 邁 進
   帝󠄁國政府問題とせず

敵米英並に重慶は不逞にも世界に
向つて日本抹殺の對日共同宣言を
発表、我に向つて謀略的󠄁屈服󠄁案を
宣明したが、帝󠄁國政府としてはか
かる敵の謀略については全󠄁く問題
外として笑殺、断乎自存自衞戰た
る大東亞戰爭完遂󠄂に擧國邁進、以
て敵の企圖を粉碎する方針である

 敵 對 日 共 同 宣
 言 内 容 報 告
     定例閣議

廿七日の定例閣議は午後二時から
首相官邸に鈴木首相以下各閣僚出
席の下に開かれ東郷󠄁外相より目下
ポツダムに於いて進行中の三頭會
談に付隨してトルーマン、チヤー

チル、蔣介石の三者連名により発
せられた對日共同宣言の内容につ
き詳細なる報告あり同五時散會し

 閣  議  決  定  事  項   一、高松
 控訴院の設立等に關する件
一、裁判󠄁所󠄁職員定員令中改正の件
一、昭和十九年勅令第二百六十八
 号、昭和十九年法律第四号経済
 関係罰則の整備に関する法律に
 基く経済團体指定に関する件中
 改正の件
一、燃料局特別會計規則外三勅令
 中改正の件

読売新聞. [東京]
国立国会図書館請求記号:YB-41
国立国会図書館書誌ID:000000054892

19450700-19451200
マイクロ
資料貼付ID:1200301204297

https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000002-I000000054892?from=0&f-year=1945&select=5169110#archive

「米英重慶、日本降伏の最後条件を声明 三国共同の謀略放送」 朝日新聞 昭和二十年七月二十八日(土) 1945. 7. 28

(日刊)朝日新聞
發行所 朝日新聞東京本社
昭和二十年七月二十八日(土曜日)
第二万一千三百三十号 (一)面

 米 英 重 慶 、 日 本 降 伏 の
   最   後   條   件   を   聲   明
       三國共同の謀略放送󠄁

【チユーリツヒニ十六日発同盟】
米大統領トルーマン、英首相チヤ
 ーチルおよび蔣介石は二十五日ポ
ツダムより連名にて日本に課すべ
き降伏の最後條件なるものを放送󠄁
した、その條件の要旨は次󠄁の如く
である
    ◇
以下の各條項はわれ〳〵の課すべ
き降伏の條件である、われわれは
この條件を固守するもので、他に
 選擇の余地はない、われわれは今
や猶󠄁予することはない
一、世界征服を企てるに至つた者
 の権威と勢力は永久に芟除せら
 るること、軍國主義を駆逐する
 こと
一、日本領土中聯合國により指定
 せられる地点はわれわれの目的
 達成確保のため占領せらるること
一、カイロ宣言の條項は実施さら
 るべく日本の主権は本州、北海
 道、九州、四国およびわらわれ
 の決定すべき小島嶼に限定せら
 れること
一、日本兵力は完全に武裝解除せ
 られること
一、戰爭犯罪人は嚴重に裁判せら
 れること、日本政府は日本国民
 に民主主義的傾向を復活するこ
 と、日本政府は言論、宗敎およ
 び思想の自由並びに基本的人権
 の尊󠄁重を確立すべきこと
一、日本に留保を許さるべき產業

 は日本の経済を維持し、かつ物
 による賠償を支拂ひ得しむるも
 のに限られ、戦争のための再軍
 備を可能ならしめる如き產業は
 許さぬこと、この目的のため原
 料の入手は許可せられること、
 世界貿易關係に対する日本の参
 加は何れ許さるべきこと
一、聯合國の占領兵力は以上の目
 的が達成され、かつ日本國民の
 自由に表明せられたる意思に基
 く平󠄁和的󠄁傾向を有する責任政府
 の樹立を見たる場合は撤退せら
 れること
一、日本政府は即刻全󠄁日本兵力の
 無條件降伏に署名なし、かつ適
 切なる保障をなすこと、然らざ
 るにおいては直ちに徹底的破壞
 を齎すべしこと

 政府は默殺

帝󠄁國政府としては米、英、重慶三
國の共同聲明に關しては何等重大
な價値あるものに非ずとしてこれ
を默殺すると共に、断乎戰爭完遂󠄂
に邁進するのみとの決意を更に固
めてゐる

 多分に宣伝と對日威嚇

米英重慶三國共同聲明によつて敵
の意圖するところは多分に國內外
に対する謀略的󠄁意圖を含むものと
見られ、その主なるものを據げれ
ば大要次󠄁の如くであらう、すな
はち
一、自國內に和平󠄁希望の要望が臺
 頭しだしたことを考慮し、これ
 ぐらゐの條件すら、日本が聞か

 ねばあくまで戰鬪を継續する以
 外はないといふことを國民の腦
 裡に叩き込み、戰意昂揚に資󠄁
 せんとしてゐる色彩が濃厚で
 ある
一、ドイツに無條件降伏を強要し
 たゝめ犠牲多く、ために國內に
 おいても非難が多かつた先例に
 鑑みて、ある程度の條件を國民
 に示し、戰爭継續への了解を國
 民より得んとしてゐる点
一、硫黃島、沖縄島に於る戰鬪に
 おいて米側の出血量が多大であ
 り、今回の條件発表によつて日
 本側がこれを受諾しない以上、
 戰ひを継續する他なく、從つて
 さらにより大なる出血と犠牲を
 拂はねばならぬことを明らかに
 し、國民の戰意を継續せしめん
 としてゐる点
一、武力の量的󠄁に壓倒的󠄁に多大な
 ることを呼号し、宣傳的󠄁效果をね
 らふほか、それによつて大東亞
 諸國間の離反を計らんとする謀
 略を含めてゐる
一、世界制覇の傳統的󠄁政策によ
 り、武力による一方的󠄁條件を日
 本に押しつけ威嚇的󠄁效果を狙つ
 てゐる
一、さらに日本國內の軍民離反を
 計らんとする謀略をも含めてゐ
 るなど敵の意圖するところを注
 視すべきである

 外相閣議に報告

米、英、重慶三者の共同聲明に關し
東郷󠄁外相は二十七日の閣議でこれ
を報告した

 

朝日新聞. [東京]
国立国会図書館請求記号:YB-2
国立国会図書館書誌ID:000000054633

19450700-19451200
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【工事中】「保安隊󠄁俄然進出 上海将に累卵の危機」夕刊 東京朝日新聞 昭和十二年八月十三日 1937. 8. 12

夕刊 東京朝日新聞 十二日(一)
昭和十二年八月十三日(金曜日)
第一萬八千四百四十一號

 保 安 隊󠄁 俄 然 進 出
    上海將に累卵の危機

【上海特電十二日發】保
安隊󠄁は十二日朝󠄁來日本居留民の密
集せる虹江間近くの北停車場附近
より河用路及び赫司克而路一帶の
支那街に進出上海を蔽つて居た漠
然たる不安の空氣は急󠄁轉して殺氣
立つに至つた
【上海十二日發同盟】支那側の警
戒嚴重を極め中山路一帶及び江灣
路付近は保安隊󠄁及び公安隊󠄁による
非常警戒線が張られ通行人を誰何
し江灣路方面はバスの通行も停止
されるに至つた

 中 央 軍 集 中 か
  一般列車は休止

【上海十二日發同盟】上海南京間
の京滬線旅客列車は十二日朝󠄁以來
軍需輸送󠄁のため往復とも殆と運輸
休止の狀態となつた、恐らく蘇州
より中央軍を上海方面に大規模に
輸送󠄁を開始したためと見られる、
尙滬杭甬鐵路(上海、杭州、寧波
線)も同樣の狀態に陷つた

 豐田紡操業を中止

【上海十二日發同盟】中山路の豐
田紡績工場では十二日朝󠄁出勤の男
子支那職工は保安隊󠄁のため阻止さ
れ出 不可能となり工場は半󠄁ば操
業中止の已むなきに至つた

 保 安 隊󠄁 暴 狀 募 る

【上海十二日發同盟】上海郊外中
山路の大阪中山鐵工場では十二日
拂曉尙工場に搬入すべき鐵屑をク
リークより筏二隻により陸揚げせ
んとした所󠄁突如保安隊󠄁のため不法
にも阻止せられた、會計側では直
に總領事館に急󠄁行し目下總領事館
員が現地にて保安隊󠄁と折衝中であ

 なほ同工場は邦人二十五名、支
 那人職工百五十名を以て經營し
 てゐたが數日來職工に對する附
 近保安隊󠄁の脅迫甚だしく十二日
 遂󠄂にクリー頭が就業不可能の申
 し入れをなすに至つてゐる
【上海十二日發同盟】中山路附近
の野村材木店より搬出中の材木を
積んだトラツク數台も突然中山路
において保安隊󠄁のため阻止された
邦人の正當な營業も保安隊󠄁により
妨害甚だしく領事館當局もこれが
對策に努めてゐる

 不 遜 · 上 海 市 長
     我方に逆捻的抗議

【上海特電十二日發】
岡本總領事の要求に對し俞市長は
今回の大山事件について
 支那側もこれを頗る重大視して
 居るところであり眞相調査の上
 外交方法により、圓滿解決した
 いもので、日本側の自重を要望
 する、將來調査の結果支那側に
 責任あること明かとなれば我が
 方も責任を回避するものでない
 が、日本側に責任あること判󠄁明
 せば同樣公明正大なる態度をと
 られたし
と不遜な言辭を弄した、更に保安
隊󠄁の撤退については
 事件発生の際保安隊󠄁歩哨は旣に
 日本國留民の多數居住する方面
 より後退せしめた、防塁その他
 の構築については市民にも恐怖
 を與へて居るので旣にこれを撤
 去せしめて居るので日本側の要

 求については旣に自動的に處理
  して居る  
とて白々しき回答をなした、岡本
總領事は更に支那保安隊󠄁は日本
陸戰隊󠄁を包圍するの形成をとり全󠄁
然挑戰的態度に出て居る點を指摘
し、支那側のかゝる不法なる處置
を詰りその撤退を嚴重に要求した
ところ兪市長は
 保安隊󠄁のこの處置は防備の範圍
 を出でないものであつて日本側
 も我が方の苦心を察して貰ひ
 たい
と答へ逆襲的に岡本總領事の注意
を喚起するなど全󠄁く誠意のないも
のであつた、又我が沖野海軍武官
は十一日夜上海警備司令揚虎氏の
代理趙副官長と會見、同樣趣旨の
要求を提出したが何等滿足なる回

答を得るに至らなかつた

 共同調査の
   內  容
    海軍省發表

海軍では大山事件の日◯共同調査

の結果につき十二日午後零時半󠄁副
官談の形式を以つて左の如く發表
 大山大尉、齋藤三等兵曹爆殺事
 件實地檢査の結果は左の通りで
 ある
    ◇
 八月十日正午より約八時間に亙
 りわが方よりは田尻駐在武官、
 山內陸戰隊󠄁參謀、吉岡、福井兩
 領事、東川憲兵少尉、支那側よ
 り周市政府祕書長、趙淞扈警備
 司令部副官、上海工部局側より
 はクローチ督察長(英國人)等
 立會實地檢證を行つたが、支那
 側は事件の直接關係者及び實見
 者を出さず主として趙副官がわ
 が方の質問に應待しそのいふと
 ころ全󠄁然條理を失ひ只管眞相を
 糊塗せんとし、弁明これつとめ
 たに過ぎず、わが方に射殺せら
 らたりと稱する支那兵の死體の
 如きは現場附近になく檢證を行
 ふことが出來ず、大山大尉等が
 飛行場に突入せんとし先きに發
 砲せりとの支那側の主張につい
 ては十日以來支那側新聞紙はそ
 の所󠄁說を三度も更改せる狀況に
 してわが方の反問自動車の實地
 運轉による實證に對し遂󠄂に何等
 明確なる說明出來ず、自動車付
 近には打殻、藥莢等多數あり車
 體の彈痕は小銃、機銃をもつて
 遠距離、近距離より亂射亂隙を
 行つたものであつて、結局わが
 方より先きに射擊せりといふが
 如き事實は全󠄁く無根であり、支
 那側は被害󠄂者兩人を社內より引
 出し軍服を着用せるわが死體に
 對し鬼畜にも等しい慘虐なる行
 爲を加へたことが確認せれた、
 尙自動車の機械は完全󠄁であつて
 齋藤兵曹の死亡によつて停車し
 たものである□ [コト] も明瞭となつた

↑朝日新聞. [東京]
国立国会図書館請求記号:YB-2
国立国会図書館書誌ID:000000054633
19370800
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【工事中】「赤誠の四百万円 軍用機第一次次献金 陸海両相に手交 両相に二百万円宛」東京朝日新聞 昭和十二年八月十三日 1937. 8. 12

夕刊 東京朝日新聞 十二日(一)
昭和十二年八月十三日(金曜日)
第一萬八千四百四十一號

赤 誠 の 四 百 萬 圓

 軍用機第一次󠄁獻金
  陸  海  兩  相  に  手  交
     兩相に二百萬圓宛

去月廿日、本社が軍用機獻納の國民運動を提唱するや奮然熱誠なる全󠄁國民各層からの獻金熱は日と共に上昇、現下非常時局の無言の全󠄁國民的團結を思はしめるものがあり係員を感激せしめてゐるが去る十日を以つてこの尊󠄁い獻金は四百萬圓を突破するに至つたので本社では不取敢第一次󠄁獻金として右四百萬圓を陸海兩相に各二百萬圓宛今十二日獻納󠄁した、この日本社緒方主筆は豐原文書課長を帶同、午前八時廿分に官邸に杉山陸相を、同午後二時四十分に米內海相を官邸に夫々訪ひ、本社提唱の一大航空報國運動に寄せられた國民各層の赤心と總意を詳かにし、軍用機製作費の第一次󠄁獻金として右金額を獻納󠄁した、これに對し陸海兩相は非常に感激

事変以來各方面のことにつき熱誠なる盡力に預り感謝してゐる次󠄁第である、又前󠄁線に對しては多數特派員派遣敏速且つ正確なる報道の任務を完うせられてゐることはこれ又感激に堪へない處である、今回は又最も時宜に適したる軍用機獻納󠄁運動を計畫され全󠄁國民よりの獻金を頂くことは衷心欣幸に堪へない、何卒貴紙を通じ讀者諸君にこの意を御傅へ願ひ度い

旨の鄭重なる謝辭があつた、右につき十二日夕五時より陸、海軍側代表並󠄁に本社代表者は本社貴賓室において會合、軍用機製作の具體的方法を決定する豫定である

↑朝日新聞. [東京]
国立国会図書館請求記号:YB-2
国立国会図書館書誌ID:000000054633
19370800
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【工事中】首相、外交三原則を闡明 適性行為を断乎排除 戦火波及は極力防止 事変完遂妨害を許さず 夕刊 朝日新聞 東京 昭和十六年十一月十八日(火曜日) 第一万九千九百八十七号(一)面 1941. 11. 17

【十一月十七日発行】
夕刊 朝日新聞 東京
昭和十六年十一月十八日(火曜日)
第一万九千九百八十七号(一)面

 首  相  、  外  交  三  原  則  を  闡  明

第七十七議会の本舞台は十七日、貴衆両院における東條首相、東郷外相、賀屋蔵相の三国務大臣の施政方針演説によつて歴史的な幕を切つて落した。この日東條首相は帝国をめぐつて緊迫の度を加へつつある国際情勢の真相を明かにし、特に日米関係を主体とする南方問題に言及、世界平和を希求する帝国の真意を解せず執拗なる対日包囲と経済包囲を強化しつつある英米蘭諸国の態度は武力戦以上の敵性行為なりと断じ、帝国は肇国以来かつて見ぬ国家隆替の岐路に立つたと述べ、これに対処し帝国の生存と権威を保つため飽くまで貫徹せんとする三項目の交々渉目的を闡明し、交渉の成否は逆睹し難いものがあるが、政府は万般の準備を整へてあらゆる事態に対処せんと政府の断固たる所信を宣示、東郷外相もまた、日米交渉は既に半歳の話合において彼我の見解は明白であり、技術的方面から見ても今後の交渉に長時間を費す必要はなく、わが方の協調的態度にも自ら限度あり、と語調は穏和ながら毅然たる決意を披瀝して全議場に異常な感銘を与へた。
 これに対し貴族院はただちに政府鞭撻決議案を緊急上程して政府を激励、衆議院もまた各派を代表して小川郷太郎氏を演壇に送り政府の方針を質しつつこれを支持鞭撻、両院挙つて政府の確乎たる態度に応へる。続いて貴族院は防空法改正法案等三件を委員付託とし、衆議院は増税案等を始め各重要法案を順次上程して即日審議を開始し、また臨時軍事費は衆議院において即日可決貴族院に送付される。
 かくて今議会の本格的開幕のこの日は、未曾有の時艱突破に邁進せんとする政府の決意表明と、これを鼓舞激励せんとする両院の一致結束した協力とによつて戦時議会の本領を遺憾なく発揮した。

 敵   性   行   為   を   断   固   排   除
   戦  火  波  及  は  極  力  防  止
     事 変 完 遂 妨 害 許 さ ず
          [首相施政演説]

 現下重大なる時局に際し、第七十七回帝国議会開催せられ、開院式に当つては、優渥なる 勅語を賜はり、洵に恐懼感激に堪へない。この議会において政府は国策遂行に関し、率直に所信を披瀝して、
各位の御協力を願ひ、挙国一体鉄石の意志を以て、現下未曾有の国難を克服し、以て 聖慮を安んじ奉り度いと存ずる。
 現下帝国を繞る世界の情勢を按ずるに、支那事変は御稜威の下忠誠勇武なる将兵の奮闘と、熱誠強靭なる銃後の活動と相俟つて赫赫たる戦果を収め、重慶政権の抗戦力は日に月に低下しつつある。また他方国民政府の建設は着々進捗し、今や多数の友好列国は国民政府を承認し、事変解決は最後の段階に到達してゐるのであるが、援蔣諸国の経済的、軍事的策動は益々活溌となり、重慶政権の抗戦力に対する唯一最大の支柱として帝国の事変解決を妨げて居る次第である。

 北 辺 の 安 定 に 遺 憾 な き 措 置

 更に北方においては、本年六月独ソ開戦以来、事端漸く滋からんことを思はしめ、事態の推移は帝国として無関心たるを得ざるものがあるので、我  が  北  辺  の  安  定  の  た  め  、  遺  憾  な  き  措  置  を  講  じ  つつある。又南方においては昨年北部仏印に皇軍の進駐となり、次いで日・仏印の経済協定、泰・仏印の紛争調停等、帝国と仏領印度支那との友好緊密関係は漸く増進し、南方に対する帝国の平和的進展は漸くその緒につかんとしめゐるが、英米蘭諸国の軍事的ならびに経済的合作の強化に伴ひ、蘭印との経済交渉は不調に終り、延いて南太平洋における帝国の地位に、重大なる脅威を及ぼさんとするの形勢となつたので、帝国はヴィシー政府と日・仏印共同防衛に関する取極めをなし、これに基き七月末南部仏印に兵力を増派せらるることとなつた。然るに英米蘭諸国はこの帝国の当然なる自衛的措置を迎ふるに猜疑と危惧との念を以てし、資産凍結を行
ひ、事実上全面的禁輸により、 帝  国  を  目  標  と  し  て  経  済  封  鎖  を  実  施  す  る  と  共  に  、  そ  の  軍  事  的  脅  威  を  急  速  度  に  増  加  して来た、蓋し交戦関係にあらざる国家間における経済封鎖は、であることは言を俟たない。
 かくのごとき行為は帝国の企図する支那事変の解決を阻害するのみならず、さらにまた  帝  国  の  存  立  に  重  大  な  る  影  響  を  与  ふ  る  も  の  で  あ  つ  て  断  じ  て  黙  過  し  得  ざ  る  も  の  で  あ  る  。

 帝 国 百 年 の 計 を 決 す 局 面

 然るにも拘らず常に平和を欲する帝国と致しては隠忍自重、忍び難きを忍び、耐へ難きを耐へ、極力外交交渉によりて危局を打開し、事態を平和的に解決せんことを期して来たのであるが、今尚その目的を貫徹するに至らず、  帝  国  は  今  や  文  字  通  り  、  帝  国  の  百  年  の  計  を  決  す  べ  き  重  大  な  局  面  に  立たざるべからざるに至つた。政府は肇国以来の国是たる平和愛好の精神に基き、帝国の存立と権威とを擁護し、大東亜の新秩序を建設するため、今なほ外交に懸命の努力を傾注致して居る次第であつて、これにより帝国の期するところは、
(一)第  三  国  が  帝  国  の  企  図  す  る  支  那  事  変  の  完  遂  を  妨  害  せ  ざ  る  こ  と
(二)帝  国  を  囲  繞  す  る  国  家  が  、  帝  国  に  対  す  る  直  接  軍  事  的  脅  威  を  行  は  ざ  る  こ  と  は  勿  論  、  経  済  封  鎖  の  如  き  敵  性  行  為  を  解  除  し  、  経  済  的  正  常  関  係  を  回  復  す  る  こ  と
(三)欧  州  戦  が  拡  大  し  て  禍  乱  の  東  亜  に  波  及  す  る  こ  と  を  極  力  防  止  す  る
ことである。以上三項に亘る目的が外交交渉によりて貫徹せらるるならば、独り帝国のためのみならず、世界平和のため、誠に幸ひであると信ずる次第である。
 然しながら従来の経緯に鑑み、交渉の成否は逆睹し難きものがある。従つて政府は前途に横はるあらゆる障碍を予見して、これに対する万般の準備を整へ、断乎として帝国既定の国策を遂行するに万遺憾なきを期し、よつて以て  帝  国  の  存  立  を  完  う  せ  ん  と  す  る  固  き  決  意 を   有  し  て  ゐ  る  。  帝国は実に悠久二千六百余年の歴史の上において、かつて見ざりし国家隆替の岐路に立つてゐるのであるから、政府は深く思ひをこゝに致し、全力を尽して輔弼の責を全う致す覚悟である。

 国 民 生 活 の 確 保 に 万 全 の 策

 事態が如何様に発展しようとも、高度国防国家体制の完成こそは正に喫緊の重大要事である。これがために益々国民志気を緊張し産業経済の能率を最高度に発揮するの要切なるものがある、これと共に  政  府  は  国  民  生  活  の  確  保  に  関  し  て  は  、  万  全  の  策  を講ずるものであるが、これが更に緊縮を見ることは誠に已むを得ざる所である。
 私が茲に衷心より希望することは、全国民が帝国は今や一大飛躍の秋に際会し、前途に洋々たる発展を期待し得べきことを確信して相共に今日の苦を分ち、国民一丸となつて 聖業の翼賛に邁進せんことである。政府においても政治経済の運営について各般の改革整備を行ふ覚悟であるが、その実施に当つては、徒らに理想を追はず、事態に即して各専門的機能の有機的能率を最大限に発揮せしむるやう措置致す心構へである。
 私は全国民がこの政府の意の存する所を認識せられ、積極的に政府に協力せらるることを固く信じて疑はない。今回提案した予算案は主として緊迫せる現下の事態に対するに必要なる経費を計上したものであり、又、提出法律案も、特に今日緊急の要あるもののみに限定致した、諸君においては政府の意のある所を諒とせられ、慎重審議の上協賛を与へられ度い。

 国 民 総 力 を 結 集 し て 時 艱 突 破

 終りに臨み、政府は、満州帝国および中華民国国民政府が帝国に寄せられたる替らざる協力に深甚なる感謝を表し、また盟邦特に独伊両国の偉大なる功業に対して深厚なる慶祝の意を表すると同時に、帝国とともに正義に基く世界新秩序建設に成功せんことを祈るものである。
 本大臣はこの重大時局に処し諸君と相携へて大政を翼賛し奉るを深く光栄とするとともに、責任の愈々重大なるを痛感致す次第である。惟ふに難局の突破、時艱の克服は全国民が職域奉公に邁進し、国民の総力が結集せられて初めて成就し得ると信ずるものである。何卒諸君においてもこの上とも御支援御協力をお願ひ致す次第である。
 最後に、護国の英霊に敬弔の誠を捧げ、戦線銃後の奮闘努力に衷心感謝の意を表するものである。

 

【十一月十七日發行】
夕刊 朝日新聞 東京
昭和十六年十一月十八日(火曜日)
第一万九千九百八十七號(一)面

 首  相  、  外  交  三  原  則  を  闡  明

第七十七議會の本舞臺は十七日貴衆兩院における東條首相、東郷󠄁外相、賀屋藏相の
三國務大臣の施政方針演說によつて歷史的な幕を切つて落した、この日東條首相は
帝󠄁國をめぐつて緊迫の度を加へつゝある國際情勢の眞相を明かにし、特に日米關係
を主體とする南方問題に言及、世界平󠄁󠄁和を希求する帝󠄁國の眞意を解せず執拗なる對
日包圍と經濟包圍を强化しつゝある英米蘭諸國の態度は武力戰以上の敵性行爲なり
と斷じ、帝󠄁國は肇國以來かつて見ぬ國家隆替の岐路に立つたと述べ、これに對處し
帝󠄁國の生存と權威を保つため飽くまで貫徹せんとする三項目の外交々涉目的を闡明
し、交涉の成否は逆睹し難いものがあるが、政府は万般の準備を整へてあらゆる事
態に對處せんと政府の斷固たる所信を宣示、東郷󠄁外相もまた、日米交涉は旣に半歲
の話合において彼我の見解は明白であり、技術󠄁的方面から見ても今後の交涉に長時

間を費す必要はなく、わが方の協調的態度にも自ら限度あり、と語調は穩和ながら
毅然たる決意を披瀝して全議場に異常な感銘を與へた
 これに對し貴族院はたゞちに政府鞭撻決議案を緊急󠄁上程して政府を激勵、衆議院
 もまた各派を代表して小川郷󠄁太郞氏を演壇に送り政府の方針を質しつゝこれを支
 持鞭撻、兩院擧つて政府の確乎たる態度に應へる、續いて貴族院は防空法改正法
 案等三件を委員付託とし、衆議院は增稅案等を始め各重要法案を順次上程して卽
 日審議を開始し、また臨時軍事費は衆議院において卽日可決貴族院に送󠄁付される
かくて今議會の本格的開幕のこの日は、未曾有の時艱突破に邁進せんとする政府の
決意表明と、これを鼓舞激勵せんとする兩院の一致結束した協力とによつて戰時議
會の本領を遺憾なく發揮した

けふ貴族院で施政方針演說の東條首相

 敵   性   行   爲   を   斷   固   排   除
   戰  火  波  及  は  極  力  防  止
     事 變 完 遂󠄂 妨 害 許 さ ず
          [首相施政演說]

現下重大なる時局に際し、第七十七回帝國議會開催せられ、開院式
に當つては、優渥なる 敕語を賜はり、洵に恐懼感激に堪へない、
この議會において政府は國策遂󠄂行に關し、率直に所信を披瀝して、
各位の御協力を願ひ、擧國一體鐵石の意志を以て、現下未曾有の國
難を克服し、以て 聖慮を安んじ奉り度いと存ずる
 現下帝󠄁國を繞る世界の情勢を按ずるに、支那事變は御稜威の下忠
 誠勇武なる將兵の奮鬪と、熱誠强靭なる銃後の活動と相俟つて赫
 赫たる戰果を收め、重慶政權の抗戰力は日に月に低下しつゝあ
 る、また他方國民政府の建設は着々進捗し、今や多數の友好列國
 は國民政府を承認し、事變解決は最後の段階に到達してゐるので
 あるが、援蔣諸國の經濟的、軍事的策動は益々活溌となり、重慶
 政權の抗戰力に對する唯一最大の支柱として帝󠄁國の事變解決を妨
 げて居る次󠄁第である

 北 邊 の 安 定 に 遺 憾 な き 措 置

更に北方においては、本年六月獨ソ開戰以來、事端漸く滋からんこ
とを思はしめ、事態の推移は帝󠄁國として無關心たるを得ざるものが
あるので、  我  が  北  邊  の  安  定  の  た  め  、  遺  憾  な  き  措
置  を  講  じ  つつある、又南方においては昨年北部佛印に皇軍の進
駐となり、次いで日・佛印の經濟協定、泰・佛印の紛爭調停等、帝󠄁國
と佛領印度支那との友好緊密關係は漸く增進し、南方に對する帝󠄁國
の平󠄁和的進展は漸くその緖につかんとしめゐるが、英米蘭諸國の軍
事的ならびに經濟的合作の强化に伴ひ、蘭印との經濟交涉は不調に
終り、延いて南太平洋における帝󠄁國の地位に、重大なる脅威を及ぼ
さんとするの形勢となつたので、帝󠄁國はヴィシー政府と日・佛印共
同防衞に關する取極めをなし、これに基き七月末南部佛印に兵力を
增派せらるることとなつた、然るに英米蘭諸國はこの帝國の當然な
る自衞的措置を迎ふるに猜疑と危惧との念を以てし、資產凍結を行
ひ、事實上全面的禁輸により、  帝󠄁  國  を  目  標  と  し  て  經  濟
封  鎖  を  實  施  す  る  と  共  に  、  そ  の  軍  事  的  脅  威  を  急󠄁
速  度  に  增  加  して來た、蓋し交戰關係にあらざる國家におけ
る經濟封鎖は、  武  力  戰  に  比  し  て  優  る  と  も  劣  ら  ざ  る
敵  性  行  爲  であることは言を俟たない
かくのごとき行爲は帝󠄁國の企圖する支那事變の解決を阻害するのみ
ならず、さらにまた  帝󠄁  國  の  存  立  に  重  大  な  る  影  響  を  與
ふ  る  も  の  で  あ  つ  て  斷  じ  て  默  過  し  得  ざ  る  も  の  で
あ  る

 帝󠄁 國 百 年 の 計 を 決 す 局 面

然るにも拘らず常に平󠄁和を欲する帝󠄁國と致しては隱忍自重、忍び
難きを忍び、耐へ難きを耐へ、極力外交交涉によりて危局を打開
し、事態を平󠄁和的に解決せんことを期して來たのであるが、今尙そ
の目的を貫徹するに至らず、  帝󠄁  國  は  今  や  文  字  通  り  、  帝󠄁
國  の  百  年  の  計  を  決  す  べ  き  重  大  な  局  面  に  立たざ
るべからざるに至つた、政府は肇國以來の國是たる平和愛好の精神
に基き、帝󠄁國の存立と權威とを擁護し、大東亞の新秩序を建設する
ため、今なほ外交に懸命の努力を傾注致して居る次󠄁第であつて、こ
れにより帝󠄁國の期するところは
(一)第  三  國  が  帝󠄁  國  の  企  圖  す  る  支  那  事  變  の  完
 遂󠄂  を  妨  害  せ  ざ  る  こ  と
(二)帝󠄁  國  を  圍  繞  す  る  國  家  が  、  帝󠄁  國  に  對  す
 る  直  接  軍  事  的  脅  威  を  行  は  ざ  る  こ  と  は  勿  論  、
 經  濟  封  鎖  の  如  き  敵  性  行  爲  を  解  除  し  、  經  濟  的

 正  常  關  係  を  回  復  す  る  こ  と
(三)歐  州  戰  が  擴  大  し  て  禍  亂  の  東  亞  に  波  及  す
 る  こ  と  を  極  力  防  止  す  る
ことである、以上三項に亘る目的が外交交涉によりて貫徹せらるる
ならば、獨り帝󠄁國のためのみならず、世界平󠄁和のため、誠に幸ひで
あると信ずる次第である
然しながら從來の經緯に鑑み、交涉の成否は逆睹し難きものがあ
る、從つて政府は前途に橫はるあらゆる障碍を豫見して、これに對
する萬般の準備を整へ、斷乎として帝󠄁國既定の國策を遂行するに萬
遺憾なきを期し、よつて以て  帝󠄁  國  の  存  立  を  完  う  せ  ん  と
す  る  固  き  決  意 を   有  し  て  ゐ  る  、  帝󠄁國は實に悠久二千六
百餘年の歷史の上において、かつて見ざりし國家隆替の岐路に立つ
てゐるのであるから、政府は深く思ひをこゝに致し、全󠄁力を盡して
輔弼の責を全󠄁う致す覺悟である

 國 民 生 活 の 確 保 に 萬 全 の 策

事態が如何樣に發展しようとも、高度國防國家體制の完成こそは正
に喫緊の重大要事である、これがために益々國民志氣を緊張し產業
經濟の能率を最高度に發揮するの要切なるものがある、これと共に
政  府  は  國  民  生  活  の  確  保  に  關  し  て  は  、  萬  全  の  策
を講ずるものであるが、これが更に緊縮を見ることは誠に已むを得
ざる所である
 私が茲に衷心より希望することは、全󠄁國民が帝󠄁國は今や一大飛躍
 の秋に際會し、前途に洋々たる發展を期待し得べきことを確信し
 て相共に今日の苦を分ち、國民一丸となつて 聖業の翼贊に邁進
 せんことである、政府においても政治經濟の運營について各般の
 改革整備を行ふ覺悟であるが、その實施に當つては、徒らに理想

 

 を追はず、事態に卽して各專門的機能の有機的能率を最大限に發
 揮せしむるやう措置致す心構へである
私は全󠄁國民がこの政府の意の存する所を認識せられ、積極的に政府
に協力せらるることを固く信じて疑はない、今回提案した豫算案は
主として緊迫せる現下の事態に對するに必要なる經費を計上した
ものであり、又、提出法律案も、特に今日緊急の要あるもののみに
限定致した、諸君においては政府の意のある所を諒とせられ、愼重
審議の上協贊を與へられ度い

 國 民 總 力 を 結 集 し て 時 艱 突 破

 終りに臨み、政府は、滿州帝󠄁國および中華民國國民政府が帝󠄁國に
 寄せられたる替らざる協力に深甚なる感謝を表し、また盟邦特に
 獨伊兩國の偉大なる功業に對して深厚なる慶祝の意を表すると同
 時に、帝󠄁國とともに正義に基く世界新秩序建設に成功せんことを
 祈るものである
 本大臣はこの重大時局に處し諸君と相携へて大政を翼贊し奉るを

 深く光榮とするとともに、責任の愈々重大なるを痛感致す次󠄁第で
 ある、惟ふに難局の突破、時艱の克服は全國民が職域奉公に邁進
 し、國民の總力が結集せられて初めて成就し得ると信ずるもので
 ある、何卒諸君においてもこの上とも御支援御協力をお願ひ致す
 次󠄁第である
最後に、護國の英靈に敬弔の誠を捧げ、戰線銃後の奮鬪努力に衷心
感謝の意を表するものである