Ob-La-Di Облако 文庫

帝国日本の侵掠戦争と植民地支配、人権蹂躙を記憶し、再現を許さないために、ひたすら文書資料を書き取る。姉妹ブログ「歴史を忘れる民族に未来はない!」https://obladioblako.hateblo.jp/ のデータ·ベースを兼ねる。

リンク・メモ 対支那軍戦闘の参考 昭和12年7月

表紙「対支那軍戦闘の参考」 昭和12年7月 https://www.jacar.archives.go.jp/das/image/C11110829200

支那軍戦闘の参考 参謀本部 https://www.jacar.archives.go.jp/das/image/C11110829300

目次「対支那軍戦闘の参考 昭和12年7月」 https://www.jacar.archives.go.jp/das/image/C11110829400

支那軍戦闘の参考 第1 通説 其1 支那軍の統帥並戦闘法の一般的特性 https://www.jacar.archives.go.jp/das/image/C11110829500

第1/其2 対支那軍戦闘法通則 https://www.jacar.archives.go.jp/das/image/C11110829600

第2 攻撃 其1 支那軍防御の特性 https://www.jacar.archives.go.jp/das/image/C11110829700

第2/其2 対支那軍攻撃 1 通則 https://www.jacar.archives.go.jp/das/image/C11110829800

3 遭遇戦 4 夜間攻撃 第3 防御 其1 支那軍攻撃の特性 https://www.jacar.archives.go.jp/das/image/C11110830000

第3/其2 対支那軍防御 https://www.jacar.archives.go.jp/das/image/C11110830100

第4 住民地の戦闘 其1 攻撃 https://www.jacar.archives.go.jp/das/image/C11110830200

第4/其2 市街内の攻撃 https://www.jacar.archives.go.jp/das/image/C11110830300

第4/其3 防御 https://www.jacar.archives.go.jp/das/image/C11110830400

第5 追撃  https://www.jacar.archives.go.jp/das/image/C11110830500

第5/其1 支那軍退却の特性  https://www.jacar.archives.go.jp/das/image/C11110830600

第6 退却 其1 支那軍迫撃の特性 https://www.jacar.archives.go.jp/das/image/C11110830700

第6/其2 対支那軍退却 https://www.jacar.archives.go.jp/das/image/C11110830800

第7 捜索警戒 其1 支那軍探索警戒の特性 https://www.jacar.archives.go.jp/das/image/C11110830900

第7/其2 対支那軍捜索警戒 https://www.jacar.archives.go.jp/das/image/C11110831000

第8 捕虜の取扱 其1 武装解除に関する注意 https://www.jacar.archives.go.jp/das/image/C11110831100

「(イ) 朝鮮における労務動員の方式 およそ徴用、官斡旋、勤労報国隊、出動隊のごとき四つの方式がある。……(ハ) 動員の実情 徴用は別として、その他いかなる方式によるも出動は全く拉致同様な状態である。それはもし事前においてこれを知らせば、みな逃亡するからである。そこで夜襲、誘出、その他各種の方策を講じて人質的略奪拉致の事例が多くなるのである。」 小暮泰用の復命書から 1944.7.31

    復命書

               嘱託 小暮泰用

 命に依り小職最近の朝鮮民情動向ならび邑面行政の状況調査のため朝鮮へ出張したるところ、調査状況別紙添付の通りにこれあり。右復命に及び候うなり。

   昭和十九年七月三十一日

  管理局長 竹内徳治殿

 

[中略]

 

七、朝鮮内における労務規則の状況ならびに学校報国隊の活動状況如何

 従来朝鮮内においては労務給源が比較的豊富であったために、支那事変勃発後も当初は何ら総合的計画なく労務動員は必要に応じてその都度行われた。ところがその後、動員の度数と員数が各種階級を通じて激増されるに従って、ほぼ大東亜戦争勃発ごろより本格的労務規制が行われる様になったのである。

 しかして今日においてはすでに労務動員はもはやほぼ頭打ちの状態に近づき、種々なる問題を露出しつつあり、動員の成績は概して予期の成果を納め得ない状態にある。今その重なる点を挙ぐれば次の様である。

(イ) 朝鮮における労務動員の方式

 およそ徴用、官斡旋、勤労報国隊、出動隊のごとき四つの方式がある。

 徴用は今日までのところ、極めて特別なる場合は別問題として、現員徴用(これも最近の事例に属す)以外は行われなかった。しかしながら今後は徴用の方法を大いに強化活用する必要に迫られ、かつそれが予期される事態に立ち到ったのである。

 官斡旋は従来、報国隊とともに最も多く採用された方式であって、朝鮮内における労務動員は大体この方法によってなされたのである。

 また出動隊は多く地元における土木工事、例えば増米用の溜池工事などへの参加の様な場合に採られつつある方式である。しかしながら動員を受くる民衆にとっては徴用と官斡旋、ときには出動隊も報国隊も全く同様に解されている状態である。

(ロ) 労務給源

 朝鮮内の労務給源はすでに頭打ちの状態にあるというのが実状であろうと思われる。

 今なお余裕があると見る向きも相当にあるが、しかしこれは頭数のみを見、人は男女ともに内地人男女と同等の能力を有するものという前提の下に立っている見解である。端的には労銀の想外の昂騰がその一つの証拠であり、また朝鮮人の婦女子は潜勢力としては存在するが、現実の家計収入をもたらすべき労働力としては一般に評価し得ない実状にある。かくのごとく観じてきたるときは、朝鮮内の労務給源は非常に逼迫を告げているというべきである。

 絶対的頭数の上から見て朝鮮の労務給源が今なお豊富であるという見解から、さらに男子を動員することは可能であるが、しかるときは婦女子のみが残ることとなり、朝鮮の特殊事情からその実質的労働力は実に薄弱なものとなるから、この点、深く実態の観察調査が必要であるものと思われる。

 一例を見ると、慶北安東郡のごときは総人口十七万人の内、農業労務者が六万人、一般労務者に登録されたのが九千九百二十九人となっている。この一般労務者約一万人からは、すでに昭和十四年以降内地へ供出したもの六千四百二十六人、北鮮地方へほぼ八百人、合計八千人近くすでに送出したのであるから、残有の労働力としては極めて僅少になっているにもかかわらず、今年さらに残留労務者数よりも多く内地送出を命ぜられてあるため、第一線における当局者および農村においては食料増産上多大なる影響を及ぼすものとして憂慮しある状態である。

(ハ) 動員の実情

 徴用は別として、その他いかなる方式によるも出動は全く拉致同様な状態である。

 それはもし事前においてこれを知らせばみな逃亡するからである。そこで夜襲、誘出、その他各種の方策を講じて人質的略奪拉致の事例が多くなるのである。何故に事前に知らせれば彼等は逃亡するか。要するにそこには彼らを精神的に惹き付ける何物もなかったことから生ずるものと思われる。内鮮を通じて労務管理の拙悪極まることは、往々にして彼らの身心を破壊することのみならず、残留家族の生活困難ないし破壊がしばしばあったからである。

 ことに西北朝鮮地方の労務管理は全く御話にならないほど惨酷である、故に彼らはむしろ軍関係の事業に徴用されるのを希望するほどである。

 かくて朝鮮内の労務規制は全く予期の成績を挙げていない。いかにして円満に出動させるか、いかにして逃亡を防止するかが、朝鮮内における労務規制の焦点となっている現状である。

(ニ) 労銀

 朝鮮の労働力も右の様にますます逼迫しているため、いかなる事業も請負人に労働者を官公署が斡旋するのでなければ到底事業遂行は不可能である。故に個人が自由契約により四苦八苦して労働者を雇い入れることになると、全く驚く程想外の高賃金を要求されるのである。

 これに反し官公署の事業は予算その他の関係にて右のごとく高い賃金は支払えない。そこで多くは部落連盟に請負でやらせる。故に朝鮮の部落民は官の事業にはほとんど賦役(強制奉仕)の心構えにて参加するという実情である。

(ホ) 学校報国隊の活動状況

 朝鮮も最近は勤労教育の強調に伴い学校報国隊の活動は文字通り予期以上の成績を挙げているが、しかしそこには簡単に見過ごし得ない種々の問題が惹起していることも事実である。すなわち、

1. 上司または一般に対する見物式の出動で実績の挙らざるものあること。

2. 学校によって勤務の時間、程度において著しき差別のあること。

3. 児童生徒の個々人の身心の状態を無視し一律に過重なる勤労を課し、全く身心疲労し切って親たちの憂慮惻々たるものあること。

 一般に朝鮮の地方農村には勤労過重なる場合が多く、極端な□になれば三食とも草根木皮の粥腹であるため体操の時間にすら貧血卒倒する頑是ない子供が、勇々しくも鍬や鎌を手にし文字通り身を粉にして勤労に従事しあるのを目睹し、一掬の涙なきを得ない実情である。

 朝鮮の労務規制の現状と学徒報国隊の活動状況は大略以上のごとくであって、端的にいえば悲観すべき点極めて多く、これをいかにして今後是正し円滑化させるかについて考えて見るに、労務管理の根本的革新が先決問題であることはいうまでもない。上欄にも少し述べてあるが、一体朝鮮には戦争に必要な物資も豊富であり、労働力も過剰する程にあったので、これを戦力化するか否かは一にかかって勤労管理の善否にあったのである。それが労務管理の根本対策が足らなかったために今日早や行き詰まりを示す悲観的状態に至ったことは、誠に残念と言わざるを得ないのである。

 朝鮮の労務者をして真に日本人としてのいわゆる玉砕的勤労をなさしむるためには、従来のごとき形式観念的勤労管理を捨て、まず日本人としての国体思想の自覚、戦争精神の興揚、特に彼らに対する後顧無憂の生活掩護、労力涵養の生活必需物資の充足など、精神的、生活的にわたる幾多の指導的条件が必要である。すなわち朝鮮の労務管理は思想管理、生活管理にまで及ぼさなければ万全を帰することは不可能であるものと思う。

 朝鮮における従来の労務管理がどうであったかについては、その現実の状況を要点だけ上欄に略述してあるが、今これを詳細にするには相当長文にもなるし、またもはや内外周知のことに属する故に、ここにあらためて蛇足を付するを避けるのであるが、しかし矛盾している二つの要点だけを指摘して速やかに改善したいのである。

 第一はいまだ朝鮮にはあらゆる部門にわたり資本利潤の確保とその増進を図る目的の下に行われていること。

 第二は自由主義者ないしはマルクス理論を肯定しかねない、すなわち反資本主義的インテリーによって組織せられていることの多いことである。そうしてこの二つの精神要点は必然的に相矛盾し、朝鮮の労務管理担当者は常にこの矛盾の中に苦悩しつつあることである。

 そこへ最近特に大東亜戦争勃発以後急に湧発された国体主義的大勢の前に、朝鮮人は官民上下ほとんど戸惑いしつつ、それぞれ異なった思想と考え方を内包しつつ、表面的に形の上でとにかく大勢に順応してきた様に見えることも事実であるが、しかし本当のことをいうと勢い朝鮮人の国体観念、戦争挺身は多く形式的ならざるを得ないのであり、従って幾多の内在的困難を生じてきている。

 さらに最近に至り非職業労務、すなわち徴用、学徒、女子挺身隊のごときものが混入され、朝鮮における勤労管理はその困難性をますます加重して来た感がする。

 要するに朝鮮における労務管理問題の根本対策としては、まず今までの様な官の斡旋とか一般募集のごとき方法をやめていわゆる皇国的制度を強化し、国民皆兵としての指導精神の下に日本的給与、国体的勤労管理に戻らなければならない。すなわち徴用をもっと強化し、一応等しく赤子としての報国性、いわゆる同一の資格と同一の重要性に、家族主義を融合したる絶対標準の保証を原則とし、これに内鮮間における特殊事情や勤労者個人の歴史的地位、能力、知識、技術、勤怠、労務量を加算条件とすることである。要するに原則としては全家族を養い、各員をして各々その性能に応じて尽忠報国をなし得るまでの向上をなさしめ得ることの絶対保証を速やかに実践しなければならないと思われる。

 以上をもって簡単ながら上司より内命を受けた調査事項の復命を終わることにする。

                    以上

 

 

    復命書

               嘱託 小暮泰用

依命小職最近の朝鮮民情動向並邑面行政の状況調査の為朝鮮へ出張したる処調査状況別紙添付の通に有之右及復命候也

   昭和十九年七月三十一日

  管理局長 竹内徳治殿

 

[中略]

 

七、朝鮮内に於ける労務規則の状況並に学校報国隊の活動状況如何

 従来朝鮮内に於ては労務給源が比較的豊富であつた為に支那事変勃発後も当初は何等総合的計画なく労務動員は必要に応じて其の都度行はれた、所が其の後動員の度数と員数が各種階級を通じて激増されるに従つて略大東亜戦争勃発頃より本格的労務規制が行はれる様になつたのである

 而して今日に於ては既に労務動員は最早略頭打の状態に近つき種々なる問題を露出しつつあり動員の成績は概して予期の成果を納め得ない状態にある、今其の重なる点を挙ぐれば次の様である

(イ)、朝鮮に於ける労務動員の方式

 凡そ徴用、官斡旋、勤労報国隊、出動隊の如き四つの方式がある

 徴用は今日迄の所極めて特別なる場合は別問題として現員徴用(之も最近の事例に属す)以外は行はれなかつた、然し乍ら今後は徴用の方法を大いに強化活用する必要に迫られ且つ其れが予期される事態に立到つたのである

 官斡旋は従来報国隊と共に最も多く採用された方式であつて朝鮮内に於ける労務動員は大体此の方法に依つて為されたのである

 又出動隊は多く地元に於ける土木工事例へば増米用の溜池工事等への参加の様な場合に採られつつある方式である、然し乍ら動員を受くる民衆にとつては徴用と官斡旋時には出動隊も報国隊も全く同様に解されて居る状態である

(ロ)、労務給源

 朝鮮内の労務給源は既に頭打の状態にあると云ふのが実状であらうと思はれる

 今尚余裕があると見る向も相当にあるが然し之れは頭数のみを見、人は男女共に内地人男女と同等の能力を有するものと云ふ前提の下に立つてゐる見解である、端的には労銀の想外の昂騰が其の一つの証拠であり又朝鮮人の婦女子は潜勢力としては存在するが現実の家計収入をもたらすべき労働力としては一般に評価し得ない実状にある、斯の如く観じて来るときは朝鮮内の労務給源は非常に逼迫を告げてゐると云ふべきである

 絶対的頭数の上から見て朝鮮の労務給源が今尚豊富であると云ふ見解から更に男子を動員することは可能であるが、然る時は婦女子のみが残ることとなり朝鮮の特殊事情から其の実質的労働力は実に薄弱なものとなるから此の点深く実態の観察調査が必要であるものと思はれる

 一例を見ると慶北安東郡の如きは総人口十七万人の内農業労務者が六万人、一般労務者に登録されたのが九千九百二十九人となつて居る、此の一般労務者約一万人からは既に昭和十四年以降内地へ供出したもの六千四百二十六人、北鮮地方へ略八百人合計八千人近く既に送出したのであるから残有の労働力としては極めて僅少になつて居るにも拘らず今年更に残留労務者数よりも多く内地送出を命ぜられてある為め第一線に於ける当局者及農村に於ては食料増産上多大なる影響を及ぼすものとして憂慮しある状態である

(ハ)、動員の実情

 徴用は別として其の他如何なる方式に依るも出動は全く拉致同様な状態である

 其れは若し事前に於て之を知らせば皆逃亡するからである、そこで夜襲、誘出、其の他各種の方策を講じて人質的略奪拉致の事例が多くなるのである、何故に事前に知らせれば彼等は逃亡するか、要するにそこには彼らを精神的に惹付ける何物もなかつたことから生ずるものと思はれる、内鮮を通じて労務管理の拙悪極まることは往々にして彼等の身心を破壊することのみならず残留家族の生活困難乃至破壊が屢々あつたからである

 殊に西北朝鮮地方の労務管理は全く御話にならない程惨酷である、故に彼等は寧ろ軍関係の事業に徴用されるのを希望する程である

 斯くて朝鮮内の労務規制は全く予期の成績を挙げてゐない、如何にして円満に出動させるか、如何にして逃亡を防止するかが朝鮮内に於ける労務規制の焦点となつてゐる現状である

(ニ)、労銀

 朝鮮の労働力も右の様に益々逼迫してゐる為如何なる事業も請負人に労働者を官公署が斡旋するのでなければ到底事業遂行は不可能である、故に個人が自由契約に依り四苦八苦して労働者を雇い入れることになると全く驚く程想外の高賃金を要求されるのである

 反之官公署の事業は予算其の他の関係にて右の如く高い賃金は支払へない、そこで多くは部落連盟に請負でやらせる、故に朝鮮の部落民は官の事業には殆んど賦役(強制奉仕)の心構にて参加すると云ふ実情である

(ホ)、学校報国隊の活動状況

 朝鮮も最近は勤労教育の強調に伴ひ学校報国隊の活動は文字通り予期以上の成績を挙げてゐるが然しそこには簡単に見過し得ない種々の問題が惹起してゐることも事実である、即ち

1. 上司又は一般に対する見物式の出動で実績の挙らざるものあること

2. 学校に依つて勤務の時間、程度に於いて著しき差別のあること

3. 児童生徒の個々人の身心の状態を無視し一律に過重なる勤労を課し全く身心疲労し切つて親達の憂慮惻々たるものあること

 一般に朝鮮の地方農村には勤労過重なる場合が多く極端な□になれば三食とも草根木皮の粥腹である為め体操の時間にすら貧血卒倒する頑是ない子供が勇々しくも鍬や鎌を手にし文字通り身を粉にして勤労に従事しあるのを目睹し一掬の涙なきを得ない実情である

 朝鮮の労務規制の現状と学徒報国隊の活動状況は大略以上の如くであつて端的に云へば悲観すべき点極めて多く之を如何にして今後是正し円滑化させるかに付て考へて見るに労務管理の根本的革新が先決問題であることは云ふ迄もない、上欄にも少し述べてあるが一体朝鮮には戦争に必要な物資も豊富であり労働力も過剰する程にあつたので、之を戦力化するか否かは一にかかつて勤労管理の善否にあつたのである、其れが労務管理の根本対策が足らなかつた為めに今日早や行詰りを示す悲観的状態に至つたことは誠に残念と言はざるを得ないのである

 朝鮮の労務者をして真に日本人としての所謂玉砕的勤労をなさしむる為には従来の如き形式観念的勤労管理を捨て先つ日本人としての国体思想の自覚、戦争精神の興揚、特に彼等に対する後顧無憂の生活掩護、労力涵養の生活必需物資の充足等精神的生活的に亘る幾多の指導的条件が必要である、即ち朝鮮の労務管理は思想管理、生活管理に迄及ぼさなければ万全を帰することは不可能であるものと思ふ

 朝鮮に於ける従来の労務管理が如何であつたかに就ては其の現実の状況を要点だけ上欄に略述してあるが、今之れを詳細にするには相当長文にもなるし、又最早や内外周知のことに属する故に、茲に更めて蛇足を付するを避けるのであるが、然し矛盾してゐる二つの要点丈を指摘して速に改善したいのである

 第一は未だ朝鮮にはあらゆる部門に亘り資本利潤の確保と其の増進を図る目的の下に行はれて居ること

 第二は自由主義者乃至はマルクス理論を肯定しかねない即反資本主義的インテリーに依つて組織せられて居ることの多いことである、そうして此の二つの精神要点は必然的に相矛盾し、朝鮮の労務管理担当者は常に此の矛盾の中に苦悩しつつあることである

 そこへ最近特に大東亜戦争勃発以後急に湧発された国体主義的大勢の前に朝鮮人は官民上下殆んど戸惑ひしつつそれぞれ異つた思想と考へ方を内包しつつ表面的に形の上では兎に角大勢に順応して来た様に見えることも事実であるが然し本当のことを云ふと勢ひ朝鮮人の国体観念戦争挺身は多く形式的ならざるを得ないのであり、従つて幾多の内在的困難を生じて来て居る

 更に最近に至り非職業労務、即ち徴用、学徒、女子挺身隊の如きものが混入され朝鮮に於ける勤労管理は其の困難性を益々加重して来た感がする

 要するに朝鮮に於ける労務管理問題の根本対策としては先つ今迄の様な官の斡旋とか一般募集の如き方法をやめて所謂皇国的制度を強化し国民皆兵としての指導精神の下に日本的給与、国体的勤労管理に戻らなければならない、即ち徴用をもつと強化し一応等しく赤子としての報国性所謂同一の資格と同一の重要性に、家族主義を融合したる絶対標準の保証を原則とし、之れに内鮮間に於ける特殊事情や勤労者個人の歴史的地位、能力、知識、技術、勤怠、労務量を加算条件とすることである、要するに原則としては全家族を養ひ、各員をして各々其の性能に応じて尽忠報国を為し得る迄の向上を為さしめ得ることの絶対保証を速に実践しなければならないと思はれる

 以上を以て簡単乍ら上司より内命を受けた調査事項の復命を終ることにする

                    以上

 

https://www.jacar.archives.go.jp/das/image/B02031286700

JACAR(アジア歴史資料センター)

Ref.B02031286700、

本邦内政関係雑纂/植民地関係 第二巻

8.復命書及意見集/1 復命書及意見集の1(A-5-0-0-1_1_002)(外務省外交史料館

 

 

 

閣議決定「朝鮮総督府部内臨時職員設置制中を改正す」より「経済統制に伴ふ警察事務に従事する者の増員説明」 1944.7.6 

経済統制に伴ふ警察事務に従事する者の増員説明

 戦力増強上、戦時物資の増産は刻下の急務なる処、之が生産の現況を看るに、猶幾多の隘路の存するは遺憾とする処なり。而して其の生産阻害の原因は、資材、労務、輸送力等の全からざるに存すとは謂ひ、就中、労務の不足乃至稼働率の低位、移動の頻発等が其の重要なる原因を為すものなるを以て、朝鮮に於ても労務所管局に於て客年十月「生産増強・労務強化対策」を樹立し、勤労動員の強化、労務者移動防止、稼働率の向上、勤労管理の改善等に付積極的施策を進めつつある処、朝鮮の現状に於ては之が実効挙揚を期する為には労務調整令、国民徴用令等法令の違反取締を是正強化すると共に、警察の有する強力なる組織網と統制ある実践力を以て指導・協力することこそ最も効果的なり。而して警察部門に於ては産業経済界の実相に通暁せる経済警察に於て之を掌るを適切と認め、客年来、労務当局と緊密なる連絡をとり、労務対策に即応して取締の強化に依る協力を為しつつある処、其の成果見るべきものあり。

 翻て□内に於ける労務事情を観るに、支那事変以来、急激なる諸産業の振興と、之に対応する能力の開発、交通施設の拡充等に因り労務需要は益々飛躍的に増大し、昭和十八年度に於ては国民動員計画に基き本府に於て斡旋せるもののみにても138,438名の多きに達し、本年度は本府斡旋鮮内供出105,000名、内地・南洋方面供出300,000名、軍要員30,000名、計435,000名、其の外、道内に於て操作すべき工場、鉱山、土建其の他に於て要望しつつある見込要員は100万名以上を□□せられ、且、本年度以降は徴兵令の実施に伴ふ壮丁の徴収ある等、加速度的に労務の□的逼迫を来たすと共に、一面、半島に於ける民衆は民度低き為に戦時下に於ける労務の重要性に関する認識猶ほ浅く、勤労報国隊の出動をも斉しく徴用なりと為し、一般労務募集に対しても忌避・逃走し、或は不正・暴行の挙に出ずるものあるのみならず、未婚女子の徴用は必至にして、中には此等を慰安婦と為すが如き荒唐無稽なる流言巷間に伝はり、此等悪質なる流言と相俟つて労務事情は今後益々困難に赴くものと予想せらる。

[上部余白:総督府労務課→道労務課→警察]

而して労務の逼迫化に伴ひ□に第一次二月八日、第二次四月八日の現員徴用を実施し、更に第三次徴用も目下計画中なるが、鮮内外に於ける労務者の供給確保の為には、労務動員手段の強化、労務者移動防止、稼働率の向上は必至にして、之が成果を発揚する為には、

1. 国民徴用令・労務調整令違反の絶滅

2. 労務に関する悪質流言の取締

3. 徴募工場、鉱山、事業場に於ける労務者の就労確保(移動防止、稼働率向上、労務斡旋等)の援助

4. 本府斡旋労務者の供出に対する協力

5. 日傭労務者統制機関(労務報公会)の指導

6. 生産増強賃金対策の維持(賃金等政令違反取締)

等、警察力を以て指導・取締を強化すると共に濃厚なる協力・援助とを必要とす。然るに警察に於ける既往配置職員は戦時下激増する諸般の事務に専念し全く余裕なきを以て、道に警部三名、警部補七名を増員し、第一線に於ける経済警察機構の充実を図り、総合生産増強諸施策との関連に於て其の警察的裏付けとして随時適切なる措置を講じ、第一線活動に機動性を賦与し、計画生産の完遂と治安維持に万遺憾なきを期せんとす。

 

經済統制ニ伴フ警察事務ニ從事スル者ノ增員説明

戰力增强上戰時物資ノ增產ハ刻下ノ急務ナル處之ガ生產ノ現況ヲ看ルニ猶幾多ノ隘路ノ存スルハ遺憾トスル處ナリ而シテ其ノ生產阻害ノ原因ハ資材、勞務、輸送力等ノ全カラザルニ存ストハ謂ヒ就中勞務ノ不足乃至稼働率ノ低位、移動ノ頻發等ガ其ノ重要ナル原因ヲ爲スモノナルヲ以テ朝鮮ニ於テモ勞務所管局ニ於テ客年十月「生產增强勞務强化對策」ヲ樹立シ勤勞動員ノ强化、勞務者移動防止、稼働率ノ向上、勤勞管理ノ改善等ニ付積極的施策ヲ進メツツアル處朝鮮ノ現狀ニ於テハ之ガ實効擧揚ヲ期スル爲ニハ勞務調整令、國民徴用令等法令ノ違反取締ヲ是正强化スルト共ニ警察ノ有スル强力ナル組織網ト統制アル實践力ヲ以テ指導協力スルコトコソ最モ効果的ナリ而シテ警察部門ニ於テハ產業經済界ノ實相ニ通暁セル經済警察ニ於テ之ヲ掌ルヲ適切ト認メ客年来勞務當局ト緊密ナル連絡ヲトリ勞務對策ニ卽應シテ取締ノ强化ニ依ル協力ヲ爲シツツアル處其ノ成果見ルベキモノアリ

翻テ□内ニ於ケル勞務事情ヲ觀ルニ支那事變以來急激ナル諸產業ノ勃興ト之ニ對応スル能力ノ開發、交通施設ノ擴充等ニ因リ勞務需要ハ益々飛躍的ニ增大シ昭和十八年度ニ於テハ國民動員計畫ニ基キ本府ニ於テ斡旋セルモノノミニテモ一三八、四三八名ノ多キニ達シ本年度ハ本府斡旋鮮内供出一〇五、〇〇〇名内地南洋方面供出三〇〇、〇〇〇名軍要員三〇、〇〇〇名計四三五、〇〇〇名其ノ外道内ニ於テ操作スベキ工場、鑛山、土建其ノ他ニ於テ要望シツツアル見込要員ハ一〇〇萬名以上ヲ□□セラレ且本年度以降ハ徴兵令ノ實施ニ伴フ壯丁ノ徴収アル等加速度的ニ勞務ノ□的逼迫ヲ來タスト共ニ一面半島ニ於ケル民衆ハ民度低キ爲ニ戰時下ニ於ケル勞務ノ重要性ニ關スル認識猶ホ淺ク勤勞報國隊ノ出動ヲモ齊シク徴用ナリト爲シ一般勞務募集ニ對シテモ忌避逃走シ或ハ不正暴行ノ擧ニ出ズルモノアルノミナラズ未婚女子ノ徴用ハ必至ニシテ中ニハ此等ヲ慰安婦ト爲スガ如キ荒唐無稽ナル流言巷間ニ傳ハリ此等惡質ナル流言ト相俟ツテ勞務事情ハ今後益々困難ニ赴クモノト豫想セラル

[上余白:總督府労务课→道労务课→警察]

而シテ勞務ノ逼迫化ニ伴ヒ□ニ第一次<二月八日>第二次<四月八日>ノ現員徴用ヲ實施シ更ニ第三次徴用モ目下計畫中ナルガ鮮内外ニ於ケル勞務者ノ供給確保ノ爲ニハ勞務動員手段ノ强化、勞務者移動防止稼働率ノ向上ハ必至ニシテ之ガ成果ヲ發揚スル爲ニハ

1. 國民徴用令、勞務調整令違反ノ絕滅

2. 勞務ニ關スル惡質流言ノ取締

3. 對象工場、鑛山、事業場ニ於ケル勞務者ノ就勞確保(移動防止、稼働率向上、労務斡旋等)ノ援助

4. 本府斡旋勞務者ノ供出ニ對スル協力

5. 日傭勞務者統制機關(勞務報公會)ノ指導

6. 生產增强賃金對策ノ維持(賃金等政令違反取締)

等警察力ヲ以テ指導取締ヲ强化スルト共ニ濃厚ナル協力援助トヲ必要トス然ルニ警察ニ於ケル旣往配置職員ハ戰時下激增スル諸般ノ事務ニ專念シ全ク餘裕ナキヲ以テ道ニ警部三名警部補七名ヲ增員シ第一線ニ於ケル經済警察機構ノ充實ヲ圖リ綜合生產增強諸施策トノ關聯ニ於テ其ノ警察的裏付ケトシテ隨時適切ナル措置ヲ講ジ第一線活動ニ機動性ヲ賦與シ計畫生產ノ完遂ト治安維持ニ萬遺憾ナキヲ期セントス

 

↑JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.A03010165000、公文類聚・第六十八編・昭和十九年・第二十五巻・官職二十五・官制二十五(朝鮮総督府四)(国立公文書館)

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第80~82画面

【工事中】朴烈・金子文子 大審院第1回公判調書 ② 1926.2.26

裁判長ハ被告人朴準植ニ

問 検事ノ述ヘラレタル事項ハ判リタルカ

答 聞イタ

問 其ノ事実ニ付 被告ヨリ陳述スルコトアリヤ

答 其ノ前ニ俺ノ出シタ書類ヲ出シテ貰ヒタイ

問 之レテアルカ

此時 押収ノ㐧十七号 乃至 㐧二十号ヲ示ス

答 之レテアル 俺ハ俺ノ立場ヲ宣言シテカラ答ヘル

此時 被告人ハ押収ノ㐧十八号 俺ノ宣言 ト題スル書面ヲ朗讀シタリ

     俺の宣言

       ✕

 人類は生まれながらにして唯 如何にしても死なざらんとする生命欲の塊であると同時に 最も醜惡にして愚劣なる優越欲の塊である。從って又 最も強烈にして無反省なる征服欲、支配欲の塊である。從って又 極めて排他的で嫉妬の塊である。

 さうして節操なく我利我利亡者で 常に己の利益の爲には他を欺き 或は友を裏切り 昨日までは口を極めて罵り排斥していた事も 自ら之を平然として行い 頻りに正義人道を口にしながら 自ら反正義反人道を爲して顧みず 自由平等を口にしながら 敢て壓制差別を爲し 平和々々を叫びながら 自ら率先して平和の攪乱者となり 口には神の愛 佛の慈悲を頻りに説きながら 残忍なる虐殺を行い 公明正大を聲言しながら 権謀術策を事としている。さうして此の醜惡にして愚劣なる混戰に於ては弱者は──無権者、貧者、所謂少数黨、無智者等を總べて包含する──常に弱者の──権力者、富者、所謂多数黨、智者等を總べて包含する──為めに犠牲にされ、痛ましく且つ浅間しい、弱肉強食の大罪惡は人類社會の至る處に行はれて現実の人類社會の上には正義は絶無である──俺の所謂正義とは言ふまでもなく人類相互の生存権の尊重、共存共榮である──『昔から弱いものゝ肉は強いものゝ食物と極まつて居る 弱い肉になつているのが惡いのである』とまで或る歴史家は放言して居る位である

 斯く人類は常に欺し合ひ啀み合ひ、殺し合ひを續けながら 或る不可避の運命の為に朝露の如く次から次と滅ぼされて行くのである

 然も人類の大多數は其の強烈なる欲念には到底釣り合はない程 極めて無智にして唯空虚なる誇りか又は卑屈なる諦らめを以って 自分達の生血を吸ひ取る吸血鬼である所の一部少数の強者達を仰いで此れを神聖なる主権者と爲し 日 一日と悲惨なる状態へ自分達自身を導いて居る

 實に此れ等の偉大な馬鹿共は、カルタゴの町を焼野原と化し 巴里に大虐殺を行ひ 埃及に大軍を抛棄し モスクワの遠征に五十萬の大兵を犬死させ、満州の野原に屍の山を築いた大惡人共を、却ってより偉大なる主権者として、此れを壯麗なる記念碑や、神社にまで納めて以って、崇拝して喜んで居るのである

 嗚呼、最も醜惡にして愚劣なる、總べての人類よ! 汝等程譯の分からない動物が 又と在るだろうか? 汝等は有ゆる罪悪の源泉である。さうして如何なる美しい理想、又 如何に功慧なる政策を以ってしても、到底永遠に救ふべからざる、最も憐れな存在である。ホメーロね句を思へ!

『誠に々々、人類は有ゆる衆生の中の最も悲惨なるもの 地上に呼吸し 又 這へる有ゆるものの中の』

       ✕

 世の楽天主義の偽善家共は、放言する。『相愛互助、共存共榮、此れが人類の本性であり、又 萬人の等しく従ふべき正義であり、自然の大法則であり 神の意志である』と。

 偖て 成る程 人類の相愛互助、共存共榮、此れは如何にも正義だ 少なくとも其の概念に於ては 立派に正義だ 然し其れは決して、人類の本性ではない。従って又 自然の大法則でもなければ 神の意志でもないのだ。

 見よ! 現實の人間社會に於て、其の何處に、眞に美しい『相愛互助、共存共榮』の事實を、見出し得るだらう? 最も醜悪にして愚劣なる欺し合ひ、啀み合ひ、殺し合ひ、此れのみが眞に現實の人類社會に於ける偽らざる事實ではないか?

 さうして如何なる場合に於ても、暴力は常に神聖であり、痛ましく 且 浅間しい弱肉強食は、人類社會の到る處に行はれて居る。畢竟 現實の人類社會は、暴力を以って其の根本基礎となし、征服搾取を以って、其の目的として居る。

 先づ國家と民衆との関係に於て此れを観れば、民衆の命を食って居る、人食罪共の寄合ひ世帶なる國家は 法律てふ手械足枷を、造って置いて、民衆にして苟も其の支配、搾取を拒絕する者は、最も組織的に、容赦なく此れを嚴罰して居る、又 强制的徴兵制度なるものを布いて、多數の軍隊を收容し 以て 常に民衆を威壓して居る。又 其の一面に於ては 道德、宗教を始めとし、其の他 有ゆる社會的傳習を以って、民衆を繫縛すると同時に、所謂國民劃一敎育てふ、組織的瞞着怯を以て所謂國家有用の人物の養成に、腐心して居る。

 其の所謂國家有用の人物とは、要するに國家 即ち人食鬼共の幸福の爲めに 其の犬馬となって、忠實に立働くに足る、聡明にして従順なる小動物 又は其の支配、搾取に能く堪へ得る、强健にして善良なる小動物の事である。さうして所謂國家にとって有用なものでなければ 學術でも學術ではなく、技術でも技術ではないとして 此れを蛇蝎の如く擯斥し、或は堅く此れを禁止する。國家は尚ほ、此れでも足りるとしないで、其の他 種々様々なる政策を建てゝ、民衆の瞞着手段を講じて居る。

朴烈・金子文子 大審院第1回公判調書 ① 1926.2.26

公判調書(第一回)

 被告人 朴烈 事 朴準植
 同   金子文子

右両名ハ刑法第七十三條ノ罪 並 爆發物取締罰則違反被告事件ニ付 大正十五年二月二十六日午前九時 大審院第一特別刑事法廷ニ於テ

 裁判長 判事 牧野菊之助

     判事 柳川勝二

     判事 板倉松太郎

     判事 島田鐵吉

     判事 遠藤武

  補充 判事 中尾芳助

     検事 小山松吉

     検事 小原直

 裁判所書記 戸澤五十三

 裁判所書記 中村文彦

列席ノ上 公判ヲ開廷ス

被告人両名ハ出廷シ身体ノ拘束ヲ受ケス

辯護人 新井要太郎 田坂貞夫 山崎今朝弥 上村進 中村髙一 吾直鉱 出廷ス

裁判長ハ被告 朴準植ニ

問 氏名ハ如何

答 パック ヤール

問 ソレハ朝鮮語テアロウ、漢字テハ何ト書クカ

答 朴烈ト書ク

問 朴準植ト云フノカ本名テナキカ

答 両方 共ニ本名テアル

問 年令ハ如何

答 記憶シテ居ナイ

問 明治三十五年二月三日生ト云フコトナルカ如何

[答] 或ハ左様カモ知レヌ 併シ誰テモ自分ノ生レタ年月日ヲ覺ヘテ居ルモノハ無イト思フ

問 職業ハ如何

答 有ル

問 何テアルカ

答 日本帝國ノ権力ニ反対スルノヲ職業トシテ居ルトシテ置カウ

問 住所ハ如何

答 牛込区富久町百十二番地

問 其處ハ刑務所テアル 其ノ前ハ何處ニ居タカ

答 市外富ヶ谷ニ居タ

問 本籍ハ何處カ

答 無イ

問 戸籍ノアル所ハ何處カ

答 朝鮮開慶郡麻城面悟泉里九十六番地

問 出生地ハ

答 同所ト聞テ居ル

問 被告ハ朝鮮ニテハ常民テアルカ

答 新平民テアロウ

裁判長ハ被告 金子文子

問 氏名ハ

答 金子文子

問 年令ハ

答 御役人用ハ二十五才ト為テ居ルカ 自分ハ二十三才ト思フ 併シ之モ確カノ所ハ判ラヌ

問 身分ハ

答 平民

問 職業ハ

答 人参行商

問 住所ハ

答 牛込区市谷富久町百十二番地 東京監獄

問 其ノ前ハ如何

答 東京府豊多摩郡代々幡町代々木字富ヶ谷千四百七十四番地

問 本籍ハ

答 山梨縣東山梨郡諏訪村杣口千二百三十六番地

問 出生地ハ

答 横濱ト云フコトテアル

裁判長ハ

合議ノ上 本件ノ審理ハ安寧秩序ヲ害スル虞アリト認ムルヲ以テ対審ノ公開ヲ停ムル旨 並 此決定ハ續行期日ニ於テモ其ノ效力ヲ有スル旨 決定ヲ言渡シ

一般傍聽人ニ退廷ヲ命シ

特別二傍聽ヲ許可シタル者ヲ入廷セシムル為 一寸 休憩シタリ

此時 特ニ許可セラレタル傍聽人 入廷シタリ

同日午前九時四十分 前同一法廷ニ於テ

前同一ノ判事 検事 裁判所書記列席 辯論ヲ續行ス

本件ノ審理ハ公開セス

被告人両名 出廷シ 身体ノ拘束ヲ受ケス

前同一ノ辯護人 並ニ弁護人 布施辰治 出廷ス

布施辯護人ハ

公開禁止ノ決定ニ対シ 異議ノ申立ヲ爲ス 其ノ理由ハ 本件ニ付 公開禁止ノ侭審理ヲ進メラルルハ 即チ安寧秩序ヲ維持シ裁判ノ権威ト公平ヲ保持スル上ニ於テ 誤テ居ルト思フ 本件ハ 公判開始決定ニ掲クル所ニヨレハ 刑法第七十三条ノ罪 即 極刑ヲ唯一ノ法定刑トスル所謂大逆罪ニシテ 裁判手續モ初審ニシテ終審 一旦 判決アランカ 死モ之ヲ動カスヘカラサル手續ヲ取ラルルナリ 而シテ被告 朴準植ハ我裁判所ニ□處セラルルトハ謂ヘ 新附ノ國民ト為リタル朝鮮ニ生レタルヲ以テ 民族問題 國際問題ニ重大ナル影響ヲ有ス 故ニ裁判ノ形式 並 態度ハ出來得ル限リ愼重ナルヲ望マサルヲ得スシテ 愼重ナルニハ之ヲ一般ノ人ニ知ラシメ 民心ノ不安ヲ除去スル様 考ヘサルヘカラス 蓋シ公開セス事案ノ内容ヲ知ラシメサルトキハ 一般ノ人カ疑心ヲ抱クハ當然ナレハナリ

余ハ本件ニ付 如何ナル判決ヲ為サルヘキヤヲ知ラサルカ 大逆罪ノ事実アリトセンカ 裁判所ハ社會ト共ニ恐レサルヘカラス、重キ刑ヲ或ラサルヘカラサルニ於テハ社會ト共ニ重キ刑ヲ科スル態度ニ出テサルヘカラス 此意味ニ於テ公開禁止ハ間違テ居ルト思フ 再考ヲ望ム次㐧ナリ

更ニ憲法㐧五十九條ノ裁判ノ公開ヲ原則トスル根本義ヨリスルモ 裁判所ハ總テ公開ノ上ニ裁判セラルルコトカ 裁判ノ権威ヲ保障サルル所以ナリト信ス 殊ニ本件ハ刑法㐧七十三条ノ罪ノ裁判ナルカ故ニ 尚更 公開セラレ 慎重ノ態度ニ出ルコトヲ必要トスルモノニシテ 異議ノ申立ハ理由ノアルモノト信ス 但シ公開禁止ノ決定ヲ取消サルルニ於テハ 裁判所ノ再度ノ考□ニ出テラルルモ異存ナシ 之ヲ要スルニ 本件ノ審理ヲ公開セラレンコトヲ求ムル次㐧ナリト述ヘ

此ノ申立ハ対審公開ヲ停メタル裁判長ノ宣言ヲ刑事訴訟法㐧三百四十八條ニヨリ異議ノ申立ヲ為スモノナル旨釈明セリ

上村辯護人ハ

本件ハ刑法ヨリスレハ國内問題ナルカ 新附ノ國民カ民族思想ニ驅ラレテ 起リタルモノニシテ 世界ノ主張ニ對スル判断ト為ルカ故ニ 切ニ本件ノ内容ヲ公開シテ 朝鮮國民ノ疑心暗鬼ヲ除ク為 布施辯護人ト同様 異議ノ申立ヲ為ス旨申述シタリ

小山検事ハ

右申立ハ裁判所ノ再考ヲ求ムルモノナラハ 意見ヲ述フル必要ナシ 然レトモ刑事訴訟法㐧三百四十八條ニ基ク異議ノ申立ナラハ 裁判所ノ決議ヲ以テ 公開スルコトハ安寧秩序ヲ害スルモノト認ムル旨 理由ヲ付シテ公開ヲ停メタル決定ノ言渡ナルカ故ニ 異議ノ申立ヲ為スヲ得サルモノト思料スト意見ヲ述ヘタリ

裁判長ハ

合議ノ上 布施 上村 両弁護人ノ異議ノ申立ハ理由ナキヲ以テ却下スト決定ヲ言渡シタリ

布施弁護人ハ

公開禁止ノ決定ニ対シ異議ヲ申立テタルカ却下ノ決定ヲ得タリ 此決定ハ服スル能ハサル所ナルカ 形式ニ於テハ服セサルヲ得サルナリ 然ラハ此事件ノ対審公開スルコトカ安寧秩序ヲ害スル趣旨ヲ徹底スル上ニ於テ 尚ホ 一般傍聽人ト大差ナキ程多数ノ特別傍聽人ヲ許可スルハ 公開禁止ノ趣旨ヲ没却スルコトト為ル故ニ 特別傍聽ヲ許シタル裁判長ノ處分ニ対シ異議ヲ申立ツル旨申立テリ

山崎弁護人ハ

公開禁止ハ一般ノ人ニ知ラシメサル為メナラハ 審理ノ方法ヲ公判準備ノ為メノ訊問ノ如クセンコトヲ望ム 其方法ニスルトキハ普通ノ公判廷ニ於ケルヨリモ能ク事実ノ真想ヲ知ルコトヲ得ヘシ 故ニ此理由ニ於テ 布施弁護人ト趣旨ヲ異ニスルモ 特別傍聽ヲ許可シタル處分ノ取消ヲ求ムル為メ 異議ノ申立ヲ為スト述ヘタリ

小山検事ハ

右異議ノ申立ハ孰モ理由ナシト思料スト意見ヲ述ヘ

裁判長ハ

合議ノ上 布施 山崎 両弁護人ノ異議ノ申立ハ理由ナキヲ以テ却下スト決定ヲ言渡シタリ

小山検事ハ

被告 朴準植ハ帝国政府ノ統治ノ下ニ在ルヲ憚ハスシテ 陰ニ朝鮮ノ独立ヲ計ル計画ヲ致シ 大正八年十月頃
東京ニ來リ 飴賣 其ノ他 種々ノ勞務ニ從事致シテ形勢ヲ見テ居リシカ 其ノ内ニ被告カ信シテ居タ社會主義ノ思想ニ変化ヲ来シ 無政府主義ニ変シタルカ 又 其思想ニモ據ラスシテ 人世ヲ以テ醜悪ノ府ト為シ 自己ノ生存ヲ否定シテ 人類 及 萬物ノ絶滅ヲ期スルコトヲ以テ最終ノ理想トスル 所謂虚無主義ヲ信スルト共ニ 帝國ノ基礎ヲ破壊シテ反逆的復讎ヲ為サント欲シ 畏クモ  天皇陛下又ハ  皇太子殿下ニ對シ危害ヲ加ヘ奉ランコトヲ企テ 或ル時ハ人ニ依頼シテ海外ヨリ爆弾ヲ輸入セントシ 又 或ル時ハ朝鮮人ノ某ト會シテ其ノ輸入ヲ謀議シタルモ未タ之ヲ手ニ入ルコトカ出來サル内、圖ラスモ被告 金子文子ト相識ルニ至リ 被告 金子文子ハ 幼時 不幸ニシテ父母ニ顧ミラレス 親族ノ扶助ニ依リテ成長シ 其ノ間、諸方ニ轉々シ 朝鮮ニモ至リタルコトアリシカ 後 内地ニ戻リ 甲州ニ居リシカ 大正九年四月頃 志ヲ立テテ東京ニ来リ修學中 近親ノ監督ヲ脱シ 新聞夕刊賣 其ノ他ノ勞務二從事シ居ル内 社會主義者ト交際ヲ結ビ 四囲ノ刺戟二因リ漸ク思想ノ変遷ヲ来シタル際 被告 朴準植ト相識ルニ至リ 其ノ思想ニ共鳴シ 大正十一年五月中 東京府豊多摩郡代々幡町代々木富谷千四百七十四番地ニ同棲シタリ 而テ被告 文子ハ被告 朴準植ノ企圖ニ同意シ 両名相與ニ 當時ノ風評ニ依リ 翌年 即 大正十二年秋頃 行幸啓擧行セラルヘキ皇太子殿下御成婚式ノ当時ニ於テ 行幸啓ノ鹵簿ニ対シ爆弾ヲ使用シテ 畏クモ  天皇陛下 又ハ  皇太子殿下ニ危害ヲ加ヘ奉ランコトヲ共謀シ 而シテ此計画ノ下ニ被告 朴準植ハ大正十一年十一月頃 京城ニ赴キ 當時 帝國政府ニ反抗スル目的ヲ以テ上海ニ於テ暴力團体ヲ組織セル義烈團ト連絡シテ爆弾ヲ朝鮮ニ輸入スルコトヲ計画セル金翰ト會見シテ 爆弾ノ分與ヲ求メテ 其ノ承諾ヲ得 又 一面ニ於ケル大正十二年五月頃 東京市本郷区湯島天神町一丁目三十二番地 下宿業 金城館 其ノ他ニ於テ當時来京セル朝鮮人ノ金重漢ニ対シ上海ニ赴キ右義烈団等ト連絡ヲ取テ爆弾ヲ輸入センコトヲ依頼シ 其ノ承諾ヲ得タルモ 金翰ハ爆弾ノ輸入 若クハ爆弾ヲ投シタルコトノ事実ヨリ入監シ 金重漢モ亦 爆弾輸入ヲ為サヽル内 發覺シタル爲メ 右ノ行為ハ阻止セラレタルモノナリト

公訴事実ヲ陳述シ 之カ審判ヲ求メタリ

被告人 朴準植ハ 裁判長ノ許可ヲ得テ 大正十四年十二月二十二日付「所謂裁判ニ對スル俺ノ態度」ト題スル書面ノ通リ陳述シタリ

 西紀一九二五、一二、二二日

   所謂裁判に對する俺の態度

               박 열

俺は總べての權威を否定する。従って國家の權威を否定する。従って又、其の法廷に於ける裁判の權威を否定する。俺に於ては、唯だ俺自身のみが、絶對の權威である。俺を裁き得るものは、唯だ俺自身のみである。其の他の權威は、總べて嗤ふべき迷信である。正体のない幽靈である。

汝等は言ふ。
『裁判は國家の為めに、「天皇の名に於て法律に依り」行はれるものであるが故に、其れは公明正大であり、神聖である』と。

併しながら、其の所謂公明正大とは何か? 神聖とは何か? 其れは、同一の事件に對して、或る内閣の時に、有罪で判決を為し、他の内閣の時には、無罪の判決を為すが公明正大であり、神聖であるか? 又或る内閣の時の或る政党の党員に對しては、保釋若しくは[責?]付を許し、又は假出獄を許し、他の政党の党員に對しては、此れを拒むの公明正大であり、神聖であるか? 又或る階級者の盗奪行為は、此れを公認し、他の階級者の其れは、此れを罰するの公明正大であり、神聖であるか?

若し夫れ果して然りとせば、此れは實に恐ろしく素晴らしい公明正大である。恐ろしく素晴らしい神聖である。斯くの如き『裁判ヲ受クルノ權』、其れに鎖づけられて居る、彼の何も知らない民衆こそ、實に好い面の皮である、と言わねばならぬ。

此れに由って觀れば、所謂裁判に於ける『事實ノ認定ハ証據ニ依ル』といふ其の所謂証據なるものは、有りの儘の事實、其れを言ふのではなく、ご都合次第に依っては、如何様にでも自由自在に、変形できるものであり、延いては無を有とし、有を無とさへする事の出來るものである、と思はねばならぬ。

然し總べて此れ等の事は、掛り裁判官の自由発意に基いてやるのではない。其処には、常に其の根底に於て、其の上官の意志が働いて居る事を、見逃す事は出来ない。若しも『其の上官の命令に従ふ』といふ其の條分に依つて言動するのは、唯だ檢事だけである、と思い込んで居るものがあるとすれば、彼れは明かに、多くの顕著なる事實に目をつぶつて居るのであると言はねばならぬ。

だが、汝等は安心せよ。斯く言へばとて、何も俺は、彼の『証據ノ証明力ハ判事ノ自由ナル判断ニ任ス』といふ、裁判官の、其の『自由』を敢へて此処で否定しようと言ふのではない。唯だ裁判官の其の『自由』は、少なくとも一々其の上官の鼻息を、窺はねばならない所の、憐れなる自由であるといふだけである。常に其の上官の御機嫌を、害はない様にと務めなければならない所の、憐れなる自由であるといふだけである。假りに、今茲に一人の裁判官があつて、其の上官の意志に反する判決を與へたとして見よ。彼は其の首が危くなるであらう。其の地位が危險に瀕するであらう。縦令其れ程までには行かないとして見ても、其のお蔭で彼の昇級が後れる様になるのは、蔽ふべからざる事實である。

『其れは餘りにも乱暴なる言い分だ』と汝等は思ふか? 宜しい。其れならば俺は、汝等に三舎を避けて、裁判官は其の裁判に於て、其の其の上官の意志から、全く独立して居るといふ事を、姑らく認めるとしよう。

さァ此れで裁判官は、其の裁判に於て、其の上官の意志からは、自由であるといふ事になつた。然し彼は、彼の議会の協賛を經て、天皇の裁可に成れる國家の法律からも、自由であり得るだらうか? 否、其れは出来ない。然□裁判官は、少なくとも法廷に於ては、常に國家の精神を、眷々と服膺して、言動せねばならないのだ。縦令其の眼前で殺人若しくは強盗が、行はれつゝあるのを見て居ても尚ほ、彼の甚だ無意味にして煩雑極まる、一定の續を經て、公判廷に引き出されるの時までは、手を措いておとなしくして、其れを待つて居らなければならないのが、裁判官の境遇ではないか? 裁判官は明らかに国法の奴隷である。機械である。而も裁判官は皆、其の奴隷たり、機械たることを以つて、寧ろ光栄ある義務であり、又權利であるとさへ思い込んで居る様である。

然らばそれ程までに、裁判官が献身的になつて、臣従し、擁護して居る所の、國家とは何か? 法律とは何か? 其れに協賛を與へる議会とは何か? 又其れを裁可する天皇とは何か?

国家とは、人間の身体、生命、財産、自由を、絶えず、侵害し、蹂躙し、劫掠し、脅威する所の、組織的大強盗団である。大規模の略奪株式会社である。

法律とは、國家てふ大強盗団の、國家てふ略奪会社の、専横を憎悪し、其れに反抗する者に對する脅迫である。

議会とは、國家てふ大強盗団の代表者会である。國家てふ略奪会社の株主の代表者会である。

次に天皇とは、國家てふ強盗団の、國家てふ略奪会社の、偶像である。神壇である。

此に由って之を觀れば、裁判とは明らかに、國家てふ大強盗團の、國家てふ大規模な略奪会社の、代表者会の協賛を經、其の偶像の裁可になれる、叛逆者に對する、脅迫の實現の第一歩である。即ち、復讎の實現の第一歩であるのだ。其処に所謂付でない、如何なる公明正大が有り得るか? 其処に如何なる權威が有り得るか? 其処に有るのは、野卑なる党派的偏見と、党派的憎悪と、そして醜い虚偽と、唯だ此れだけではないか? 此の事實に就いては、他の何人よりも、汝等自身が最も善く承知して居る筈である。此の明白なる事實にも拘らず、尚ほ其處に、自分を正しく裁き得る、神聖なる権威があると、思い込んで居るものがあるとすれば、彼は明らかに、嗤ふべき迷信に陥つて居るのだ。正体のない幽霊に取り憑かれて居るのだ。

日本帝國の法廷に於ける裁判野達よ、汝等は明かに聞け! 俺を裁く權威は汝等にないのだ。俺は、俺を裁く權威を軟弱に與へない。決して與へない。

成る程俺が、日本帝國の皇帝、又は其の皇太子の存在を、此の地上から抹殺し去ろうとしたのは事實である。俺が、汝等の其のお大切な偶像を、其の近づき難しとする神檀を、爆彈を以て打ち砕かうとしたのは確かである。そして汝等は其の俺に對して復讎を企てる事は出来る。其れは汝等の自由である。汝等の權利である。其れを俺は汝等に許す。

併しながら、若しも汝等にして、其の故に俺を裁く権威が、汝等に有ると思い込み、そして其の様に汝等が振舞ふとすれば、其れは到底許すべからざる、僭上の沙汰であると言はねばならぬ。然り、俺を裁く権威は、汝等には絶對にないのだ。

茲に繰り返して言ふ。俺は總べての權威を否定する。従つて國家の權威を否定する。従つて又、其の法廷に於ける、裁判の權威を否定する。俺に於ては、唯だ俺自身のみが絶對の權威である。宇宙間に此の俺を、裁き得る權威を有するものは、唯だ獨り俺自身のみであるのだ。

俺はおれ自身一個の國家である。他の如何なる國家の人民でもない。俺を支配する帝王は、常に俺自身である。俺は他の如何なる帝王の支配をも拒否する。俺自身より他の、如何なる者と雖も眞に俺を罰し、裁くことは出来ない。俺の法律、俺の裁判官は、常に俺自身である。此處にこそ本当に公明正大も有るのだ。此處にこそ本当に神聖なる權威も有り得るのだ。

然るに俺の胸は、今も尚ほ平静である。否、寧ろ自分の正しいと信じ、且為さんと欲する事の為めに、自分に出来得る限りを盡したといふ、其の喜びの咸激に、俺の胸の波は今高鳴つて居るのだ。

俺は此の喜び一つだけでも、俺の總べての損失を、償い得て尚ほ餘りある。俺の身に加へられる、亦現に加えられつゝある、あらゆる迫害、あらゆる侮辱に報ゆる に十二分である。

併し俺の喜びは、唯だ此れだけに止まるのではない。即ち俺は、汝等と戰つて勝[つ]たのだ。而も永遠に勝つたのだ。倒れても尚ほ勝つたのだ。縛られて勝つた奴、ではない、お方とは實に俺の事だ。

聞け! 法律は脅迫である、と俺は先に言つた。又裁判は脅迫の實現の第一歩、即ち、復讎の第一歩である、と俺は先に言つた。然り、國家の刑罰にして、脅迫と復讎とを、其の理想として居ないものはない。国家の總べての刑罰は、皆或る一定の程度の、脅迫と復讎とを其の理想として居る。

併し、如何なる脅迫も、又如何なる復讎も、彼の何物をも恐れる事のない、強い敢為なる魂に出遭ふの時、 其の時は當然、其の理想の破産を来さずにはおかない。此の脅迫の、又復讎の、理想の破産と言ふ事は、此れ取りも直さず、脅迫者の、復讎者の、永遠の敗北を意味するものではないか? 従つて又、其れは、被脅迫者の、被復讎者の、永遠の勝利を意味するものではないか? 此の意味に於て──確かに俺は汝等に勝つたのだ。

併し、俺の勝利は、斯くの如き、單なる主觀的な勝利だけではない。他にもつと實際的な勝利が又あるのだ。即ち俺の此の体は、汝等のギロチンの下に斃れるとしても、俺の手で蒔いた種は、芽を出し、完全に汝等が、此の地上から滅び去るの時、其の時までには 、愈々繁り、益々殖えて行く。そして終には汝等を斃さずには置かない。俺の汝等に與へし傷は、永く汝等の身に残り、汝等の心臓を腐らし、そして終には汝等を滅ぼさずには置かない。見よ! 茲に俺の最も健實なる勝利がある。此の故に俺は、偉大なる勝利者であるのだ。

俺は何にしても、斯くの如き俺自身を罰する事は出来ない。寧ろ其の前に跪き、心から其の勝利を祝し、其の偉大さを賛嘆し、禮拜したいのだ。

善く聞け! 俺は斯うして今此處に立つては居る。けれども其れは、汝等の裁きを受けんが為めにではない。 ああ俺自身を汝等に、正しく宣言せんが為めにである。其れと同時に又、汝等の其の甚だ煩雑にして、愚劣極まる、お芝居を觀てやりたいといふ、好奇心に動かされた為であるのだ。

尚ほ今から、汝等の質問に對しては、曾つて検事局及び豫審廷に於ても左様した様に、俺は偽る事なく、一々相當な挨拶をする。然も此處で言ふが必要を、俺が全然認めない事柄に就いては、汝等から如何に聞かれても、俺は其れに答へる事は出来ない。従つて、其の事は言はれぬ。と斯う俺の言明した事柄に就いては、決して再び聞くことをしないで欲しい。此れだけの事を、汝等の質問に應待する前に當り、豫め宣言して置く。

 

[朴烈・金子文子 大審院第1回公判調書 ② へ続く]

金子文子 大審院公判準備調書(第2回) 1925.11.21

   公判準備調書

             被告人 金子文子

右 刑法第七十三條ノ罪 並 爆發物取締罰則違反被告事件ニ付 大正十四年十一月二十一日 市ヶ谷刑務所ニ於テ 大審院第一特別刑事部 受命判事 板倉松太郎ハ 裁判所書記 戸澤五十三 立會ノ上 右被告人ニ對シ訊問スルコト左ノ如シ

検事 小原直 弁護人 山崎今朝弥 上村進 田坂貞雄 立會ヒタリ

問 金子文子ナルカ

答 左様テス

問 前回 思想ニ付キ疑ヲ抱キ居ル如ク申タルカ ソレハ如何ナル点ナルカ

答 ソレニ付テハ書テ来タカラ ソレニ基テ申シマス

此時 被告人ハ添付ノ書面(十八枚)ヲ提出シ 其書面ト同一ニ陳述シタリ

私は、人間社会に於ける凡ゆる現象を、只、所有慾、即ち、持たうとする力によつて説明したい。そして、説明出来ると思ふ。

必要に於ける所有慾、つまり持たうとする慾求に、一切はかゝつて居る。さやう、善い物も悪い物も一切が。其処で、昔から夛くの人が其の所有慾の問題に就いて悩んだ。キリストは其の所有慾の轉換を夢み、老子は其れを否定するユートピヤの実現を思ふた。かと思うと、スチルネルは其れを飽迠満足させる処に、人間の幸福を見やうとした。

其処で、其の三つの行き方に就いて私の批判を加へると……第一、キリストの敎へに從ふには、人間は余りにも現実的に、即ち物質的に造られ過ぎて居る。第二、老子の考へ方は徹底して居る。其れは立派に理論の上にユトピヤを建設する。而し、要するに理論の上であつて、実際には成立たない。何となれば、老子が否定しやうとした所有慾こそは、生命慾のほとばしりであり、生命慾其ものであるから。即ち、人間に於ける生きやうとする力が、其の領分からあふれて、盲目的ながらも「よりよく生きやう」ともがく姿が、地上に於ける爭闘である。だから、老子の思想を実際に引き下して、さらに徹底させるなら、其れは、権力や家庭を否定する前に、先づ、生きやうとする慾其のものを否定すべきである。此処で、老子の所有慾否定の思想は人間の上に成立たないと私は云ふ。第三に、スチルネルの所有慾満足……。

私は、此の最後のと同じ考へ方をして居る。其処で、此の所有慾なるものゝ解釋をすると、所有慾とは、生命慾が域を越えて人間生活の上に溢れ出でたものゝ別稱である。そして、其れは、人間にあつて、自愛、卽ち己を利する、と云ふ形を以て現はれる。私は云ふ──人は決して他を愛し得ない。愛するものは常に自分である。凡ての人はエゴイストである──と。而し、其の自分は決して固定しては居ない。自我は伸縮する。或る時は、国家とか、又は人類とか云ふ処までも拡大され、又或る時は、此の自分一個の個体の裡に於てさへ、自他の対立を見るので、人間間に於ける所謂社会的結合は、只、此の自身の伸縮性の上に保たれて居る。

其処で、此の自我の伸縮性から二つのものが生れる。即ち、一つは、謂ゆる愛他的道德の彼方にユートピヤの実現を豫想しやうとするキリスト敎其の他夛くの人の考へ方、とも一つは、徹底的利己主義の彼岸に其れを探らうとする人たち。が、何故同じ事から斯ふして全く相反したものが生れて来たか──を私は以下のやうに批判する。

即ち、前の方の思想は、「人が他を愛し得るもの」と云ふ仮定の上に立つて居る。が、果して人は他を愛し得るものであるかどうか? 私は思う──人が若し他人を愛し得るものであるなら、人の心に憎しみと云ふものが有らう筈はない。起きる筈もない。成程、人は形の上に於て他人を愛する事がある。而し、愛されて居るものは、他人ではない。自分である。他人の中に見出し得た自分である。即ち、其れは自我の拡大に他ならないと。が、若し、其の愛を享くる対象が他人であると云い張るなら、よろしい、私は云はう──人が他人を愛する時、其の愛を享くる対象が他人であるとするなら、其の愛は、自分に対する愛と衝突しあふ処にばかり有り得るもので、一たび、他人に対する愛と自分に対する愛てが衝突したなら、前のは後のゝ足にたやすく踏みにじられて了ふのである。即ち、人は、自分を侵さぬ事を條件としてばかり、他人を抱き得るのである──と。其処で、謂ゆる愛他の彼方にユートピアを夢想する事は全くスタートを間違へて居り、そして、よしんば実現し得るとしても、其のユートピアにはしつかりした根據がない、即ち、確実性がない──と。

第二の、利己主義の彼岸にユートピアを思う思想に就いては、今私が云つた、全く反した思想への批判で私の考へは説明されて居る、と思ふ。即ち、私は利己を髙□する、と。

凡ての人はエゴイストである。誰でもが皆、よりよい物を自分の物としやうとしてもがいて居る。そして、人間其者が、本質に於て同じ姿して造られて居る以上、求めやうとする物も略〻同じである。処で、人は何を獲やうとするか? 私は今し方、キリストの敎へに從ふて、此の現実の生活と、死後の天国とを取り替へやうとするには、人は余りにも現実的に造られ過ぎて居る、と云つた。さふだ。人が求めやうとするものは、現実の生活である。地上の生活である。人の足が地の上を歩んで行くやうに、人は又地の上の生活を生きて行く事を慾する。処で、人の間に於ける地上の生活を保證すべく、恩恵は充分であるか? 私はノオと答へる。人間の所有慾には限りがなく、地上の物質には限りがある。……と斯ふ云つたら、共産主義者は云ふだらう──いや、其れは、私有財産制度が悪いのだ。分配方法が悪いのだ──と。而し、私は云ふ──人間が空気でも吸って生きて居れるやうな事が発明されない限り、仮に貨幣制度と云ふものがなくなつたとしても、何等かの形に於て、私有財産制度は維持されるであらう。即ち、限りなき人の所有慾は、必ず、何等かの形に於て、私有財産制度を保持するであらう──と。

其処で、其処に、爭闘が生れる。そして、其の爭闘に解決を与えるものは、力である。其の力とは、即ち、腕力に基礎を置く力、謂ゆる暴力である。さやう、私は云ふ──国家の尊嚴も、天皇の神聖も、只、此の力に護られて始めて、尊嚴であり神聖であり得る、と。

此の考へ方をも一つ、自然界の法則から説いて行く。手っ取り早く云ふと、人間が居て、動物が居て、植物がある。そして、生物全体から見た時、其れは孤立しては居ない。皆連つて居る。而し、其自身に於ては独立した存在である。植物は只其自身の爲に生き、動物も亦其の同じ目的の爲に生きて居る。が而も、事実はどうであるか? 動物が其の生を保つ爲には、植物の生を奪はねばならぬ。そして其の動物は、人間の生を保證する爲のいけにえにされる。地上の生きとし生けるものの凡ては、只、生きんが爲にのみ殺し合ひ、殺し合ふと云ふ事実によつてばかり僅に生きて居る。 即ち、私等の眼に触れる生の凡ては、殺りくの上に立つた生であり、そして其の生は、自分と等しき生に対して、いけにえたらん事を要求する。

誰の罪か? 私は知らない。自然の悪戯とでも云つて置かふか。が、兎も角、之れが、弱肉強食が、生きて行く者の凡てが、服従を余儀なくされる処の、只一つの法則である。私は此の法則を以て人間の関係を觀る。

其処で、善とは何であるか? 人類社会に於ける善とは、各人が共存共栄の状態である。而し、生存の法則は其れを蹂躙する。優勝劣敗の必然は、其れを許さない。此処に於て私は叫ぶ──叛逆せよ叛逆せよ!凡ての力に叛逆せよ! 強い力に制肘を加へる事は、其れは善である。即ち、壓制者に反逆する事は、被壓制者にとつて善であると同時に、其れは全人類の善である。而して、其れのみが只、人間がする事のうちに只一つの善であり、美である──と。

私は今し方、人が求めやうとするのは、現実の生活である、と云つた。そして、飽まで所有しろ、持てるだけ持て、と云つた。而し、私は今、其の「持たうとする生活」を批判してお目にかける。

処で、まず第一に、人は「持たう」とする。だが、何を持たうとするのか? 即ち、人生の目的は何であるか? 私は答へる──人生の目的は幸福の追求にある──と。よしんば其の幸福がどんな形をとらうとも。

其処で、其の幸福とはどんなものか? 私は存在てふものに対して定義する──即ち、形有るものも無いものも、凡ては、全く相反した二つのものから成り立つて居る。そして其の二つは、存在てふ條件の前に、不可璃[離?]──璃[離?]すべからざる交渉を持つて居る──と。

解り易く云ふと──此処に一つの或る物がある。其れを獲る事によつて人は幸福を感ずる。つまり、其の或る物とは幸福と云ふ事であるとする。すると、其れが、幸福であるが故に、幸福であると見るが故に、其れを得やうとして得られないものゝ上に、不幸が生ずる。そして、不幸のない処に、幸福はなく、幸福のない処に不幸はない。つまり、存在は凡て相対的である──と。私の云ひたいのは是までだが、而し、オ役人方に、他人の書物でも鵜呑みにして、受け賣りしてるのではあるまいか、との疑問を起す面倒を省いて上げる爲に、も一段、突つ込んで置く。

成程、哲学的に云つても科学的に云つても、存在は凡て全く相反したものゝ上にのみ保たれて居る。故に、不幸に禍ひされる幸福、其れは真の幸福ではない。却つて、幸福を獲やうとしない処に、不幸がない。そして、其の不幸のない処に幸福がある。つまり、その不幸のないと云ふ状態こそ、真の幸福である──と。もっと説明すると、其れは謂ゆる存在ではなく、存在の因果関係を越えた彼方、即ちニヒルの境にこそ、真の幸福、真に人間の求めるものはあるのだ──と。

私は斯かる考へ方を大体として肯定する。其れが、精神的なものである時、人は、その存在の法則を越えてニヒルの境に生きる事が出来る。而し、凡ての人間、物質から成り立つて居る人間対しては、其れは当て嵌らない。私は、再び云ふ──謂ゆる形而上的な思想に堕落するには、人は余りにも物質的に造られ過ぎて居る──と。例を引くと、謂ゆる偶像崇拝──精神的礼拝の対象にさへも、人は何かしら形を求めたがる。偶像崇拝とは、一口に云へば、形のないものには満足し得ない、何となく物足りなさを覚える 人の心の現れに他ならない──と。

其処で元へ戻つて、存在の上に立つて、私は人生と云ふものを批判する。

即ち、人生の目的は幸福の追求にある。私等の行手に一つの幸福が、竿頭高く掲げられて居る。人は其れを獲やうとしてもがく。そして、もがく処にこそ、幸福と不幸とはある。が、愈〻〻獲た時、其れは已に幸福としての性質を失って居る。即ち、其れは幸福ではない。其処で人は又或る別の幸福を求める。斯くして人は不断に幸福を幸福をと追ふて行く。而し、其の幸福は真の幸福ではない。

成程、私等の上には、悦びがあり、幸福があり、光がある。而し、其等は皆、かなしみを伴ふた悦びであり、不幸を伴ふた幸福であり、闇を伴ふた光明である。いや、もつと突きつめて云へば、其等は、かなしみや闇や不幸があつてこそ、其の存在は保證されて居るのである。即ち、人生に普遍の形を以て存在するものは、只、不幸ばかりであると。

私は、宇宙意志なんて物は認めない。つまり、目的だの使命なんてものは認めない。而し、若し、仮に、至上意志と云ふやうなものが、我々を司つて居るとするなら、彼は、此の不完全な状態に因つて、我々に絶えざる努力と向上とを課して居る。不完全な処にばかり完全は予想され得る。即ち、幸福とは、獲やうとして、得られぬものと云ふ事である。彼は、斯ふした状態の幸福を我々の前に見せびらかす事によつて、人を何処かへ連れて行かうとして居る──若し、意志があると云ふなら──一方人間は其の幸福を幸福をと追ふて行く。而し、其の幸福は、人を嘲りつゝ先へ先へと遁げて行く。

其処で、人生とか云ふものゝ姿は、ちやうど、荒野に日が暮れた旅人が、行手に人家の灯を見つけて、腕を上げて馬にむち打てども、疲れ切つた馬は、車の重荷にたえかねて、只、から足ばかり踏んで、一歩も先へ出ない──と云ふ活動に似て居る。

私は云ふ──人生の目的は幸福の追求にある。而し、其の幸福は真の幸福ではない。其処に或るものは不幸ばかりである。そして、其の不幸を追ふ、追はねばならぬやうに宿命づけられて居る人生こそは、此の上もなく、愚にして、暗い悲しいものである──と。

 ───

と、以上二つの考へ方が、私に謂ゆる理想と云ふやうな物を持たせない。

此処で、謂ゆる理想主義と、現実主義との相違を、時間関係でちよつと説明する。

時は連つて居る。時は、革のベルトのやうに、滑らかに、私達の前を過ぎて行く。而し、明日と云ふのが何処にある。昨日と云ふのが何処にある。私等が知り得る時は、今ばかりである。さやう、時は常に、「今」の姿して我々の前に現れる。で、私は云ふ──今に於ける自分をみつめたい。自分に於ける今をみつめたい。さふして今の自分、自分の今を充実に生きたい。今を充実に生きる事ばかりが、凡ての時を充実に生きる所以である)──と。とは云ふものゝ、而し、今と云ふ時は決して孤立しては居ない。其れは、過去に支へられ、未来を予想する事によって許り、今であり得る。即ち、今に、今としての現実性が加る。抽象的な今でなく。

此処に一つの理想がある。理想とは、慾しいけれども、手の届かん処にあるもの、と云ふ事である。そして、其の理想は、実現を予想されえてこそ、始めて理想で有り得る。故に、客観的に云つてこそ、謂ゆる理想と空想との区別がつかふが、主観的にそんな区別はつけられない。つまり、アイデアリズムとリアリズムの区別は、現実其の者にはない。

私は今、自分の今を充実に生きたい、と云つた。では、其の行爲の基礎を何処に求めるか? 私等の行爲は、此と同じやうに、過去に背景づけられ、將来を想ふ事によつて、始めて確実性が備はる。そして、私等の目が、前について居、前に歩んで行くやうに、私等の行爲は常に、時間的に、前へ前へと進んで行く。

其処で、將来が一つの一つの理想を認める。が、どんな理想も、其れが現実に於て行爲される爲には現在の慾求と合致する事が必要である。其れは、誰でも同じである。只、相違する処は、アイデアリストは、將来に理想を掲げる事によつて現在を行為し、リアリストは、現在の爲に行爲する──と私は解釈して居る。

其処で、何故、私が、或る理想は否定し、或る理想は肯定するのか? 其れを撰択するものは、すなわち、私の思想である。

 ───

長くなつた。大がい私の考へて居る事は解つたらうと思ふから、此の辺で切り上げる。として、一つ云ふ事がある。私がやらうとしたのは、テロであつた。而し、其れは、謂ゆるテロリズム運動ではない。ニヒリズムに根を置いた運動である。そして、謂ゆるテロリズム運動は、一つの政治運動であるが、ニヒリズム運動は哲学運動である─と私は思ふ。そして、其の事を、娑婆に運動して居る夛くの同志たちの爲にも、オ役人の前に明にして置く。

其処で、も一つ。私は嘗て「生を否定する」と云つた。科学的に云つたらさふである。而し、あなた方お役人は、私の調書に現れた理屈が貧弱だとか云つて、私の思想をカリ物ではないかと疑つた。で、さふした物解りの好い御親切なお役人方に対しては、充分に思想のスヂ道を立てゝ置く必要があると思へるので、私が上に、ニヒリズムを哲学だと云つた以上、終まで哲学的に解釈する。

即ち、「生を否定する」と云ふ事は、哲学的には成り立たない。何となれば、生のみが、一切現象の根本である。生を肯定してのみ、凡ては意義を持ち得るから。さやう、生を否定した時、其れは凡てが無意味である。否定から否定は生れない。より強い肯定にのみ、より強い否定は生れる。即ち、より強く生を肯定してこそ、其処に、より強い、生の否定と、反逆とは生れるのである。

だから私は云ふ。私は生を肯定する。より強く肯定する。そして生を肯定するが故に、生を脅かさうとする一切の力に対して、奮然と叛逆する。そして、其れ故に、私の行爲は正しい──と。

斯ふ云つたらオ役人サマ方は、ぢやなぜ、自分の生を破かいしやうとするやうな真似をしたのだ? と云ふだらう。

私は答へる──生きるとは、只管動く、と云ふ事ぢやない。自分の意 志で動く、と云ふ事である。即ち、行動は生身一つの事⬜全部では⬜⬜しない。そして單に生きると云ふ事には何の意味もない。行爲があつて始めて、生きて居ると云へる。從つて、自分の意志で動いた時、其れがよしんば肉体の破滅に導かうとも、其れは、生の否定ではない。肯定である──と。

問 肯定スル理想トハ何ヲ云フカ

答 强イ力ニ反逆セントスル理想ヲ云フノテアル

問 否定スル理想ハ

答 強イ力ニ反逆スル以外ノ理想ヲ指スノテアル

問 人生ノ目的ハ幸福ノ追求ニアリ云々ト云フハ ソレハ如何ナルコトカ

答 人生ノ追求スル幸福ハ得ラレナイモノテアル 得ラルナイモノヲ追求スルハ 結果ニ於テ 不幸ヲ見ル 故ニ之ヲ裏面ヨリ見レハ 人ハ不幸ヲ追求スルモノニ當ルト思ハル

問 共存共栄ハ被告ノ理想トスル所ナリヤ

答 然リ

問 舊権力ニ反逆スルコトモ亦 理想ナリヤ

答 然リ

問 権力ニ反逆スルコトハ即チ善ナリヤ

答 善ナリ

問 共存共栄ノ理想ト権力ニ反逆スル理想ノ関係 如何

答 共存共栄ハ目的ニシテ 権力ニ反逆スル理想ハ目的ヲ達スルノ手段ナリ

問 共存共栄トハ何ニカ

答 現実的ノ共存共栄ヲ意味スルノテアル

問 共存共栄ハ現実的ノモノナリトセハ 萬類ヲ絶滅スルト云フ観念ト相容レサルカ 如何

答 萬類ヲ絶滅スルト云フ考ハ 今日テハ間違テ居リタリ 先ニ疑アリト云ヒタルハ此点ナリ

問 共存共栄ノ目的ニ抵触セサル権力アリトセハ 其の権力ニ反逆スル必要ナキニ非スヤ

答 左様云フモノナキモ 若シアリトセハ 反逆スル必要ナシ

問 現在ノ社会状態ヲ観察シテ 所謂 権力ト称スルモノハ 所謂 共存共栄ノ目的ニ反スルモノト考ヘ居ルヤ

答 然リ

問 皇室ヲ権力ト思ヒ居ルカ

答 権力ノ総帥ト見テ居リマス

問 権力ノ総帥トシテ、其他ニ仁慈ノ府トシテ皇室ヲ認ムルヲ得ムヤ

答 之ヲ認ム 但シ侮蔑ヲ以テ認ムルノテアル

問 被告ハ自分ヲ害セサル他人ヲ殺ス考ヲ認め持チ居ルカ

答 左様云フ考ハ持チ居ラス

問 皇室ヲ侮辱スル考ハ如何ナル理由ナルカ

答 外出スルトキ鹵簿ヲ嚴粛スル等ヲ見ルト侮蔑ノ念ヲ生ス

問 現実的ノ共存共栄ノ考ヲ持チ居ルカ

答 持チ居レリ

問 此歌ハお前ノ云フ共存共栄の思想ト反セサルカ
年月はわか日の本の栄ゆくは
いそしむ民のありはなくなり

答 斯様ノモノハ嘘テス 之ニアル栄フルモノハ有産階級ノ者ノミナリ

問 被告ハ生ヲ否定スル觀念ヲ有スルカ

答 生ハ強ク肯定シマス

問 生ヲ強ク肯定スレハ虚無主義ト両立セサルコトニナラサルカ

答 自分ノ抱テ居ル思想カ虚無主義ト云ヘルナラ 生ト両立シマス

問 被告ノ虚無主義ハ生ノ肯定ト両立スルト云フハ 虚無思想ハ手段ノ思想ニシテ目的ノ思想ニ非ザルニヨルヤ

答 生ヲ否定スル虚無思想カ手段ノ思想ナルト同シ様ニ

問 權力ハ社會善ノ為ニ少シモ善キ結果ヲ見出シ得サルモノナリヤ

答 全体ヨリ見テ 自我ノ伸縮性ヲ認ムル意味ニ於テ 其ノ結果ヲ生シ得ルコトモ有リ得ヘシ

問 㐧一階級ニ対スル反逆心ヲ満足セシメントスル考ヘハ 抽象的ナルカ 具体的ナルカ

答 私等ノ嘗テ遣ロウトシタコトカ ソレヲ説明シテ居ルト思ヒマス

問 権力ニ反抗スルト云フ言葉カ見ヘテ居ルカ ソレハ抽象的テアロウカ 如何

答 私ノ嘗テノ行為カ ソレモ説明シテ居ルト思フ

問 御成婚式ノ時ニ挙行スルコトヲ話シ合ヒタル旨 申シテ居ルカ ソレハ誰ニ対シテ如何ナル方法テ遣ルノカ 詳シイコトハ極ツテ居ラヌノテナキヤ

答 其ノ時 㐧一ノ対象トシテ皇太子ヲ狙ツテ居タコトハ極リ居タルモ 爆彈カ這入テ居ラヌ故 私共の思想トシテ 何處ニドウスルト云フ様ナ具体的ノコトニ付 細カイ相談ハ為シ居ラサリシナリ

問 弁護人ハ 面会シタトキ 皇室ニ関スル考ヘカ未熟テアツタ様ノコトヲ申シタソウテアルカ 如何

答 皇室ニ対シ未熟ナリト云ヒタルコトナシ、生ノ否定ヨリ皇室ヲ狙フトシタト云タノハ間違タノテ 生ノ肯定ヨリ出ツヘキコトテアリ ソレヲ云タノテアル

問 大正十二年 秋 擧行セントシタ計画カ 間ニ合ハナクナリ 更ラニ具体的ノ計画ヲ立テタルコトアリヤ

答 無シ

右 讀聞タル處 相違ナキ旨 述ヘタルヲ以テ 左ニ署名セシメタリ

       金子文子

 大正十四年十一月二十一日

  大審院苐一特別刑事部

   裁判所書記 戸澤五十三

   受命判事 板倉松太郎

 

【工事中】朴烈・金子文子裁判記録 第2回公判調書より 弁護人布施辰治の弁論[新漢字ひらがな] 1926.2.27

前同日午後一時、前同一事件につき、前同一法廷において、前同一の判事、検事、裁判所書記列席の上、

公開せずして対審を続行す。

前同一の被告人出頭、身体の拘束を受けず。

前同一の弁護人出頭。

裁判長は、

引き続き審理する旨を告げたり。

弁護人布施辰治は、

私の所見を述べ、裁判所の参考に附したし。私は法律の命ずる形式に従って、ここにこの事件の審理に携り居る次第なるが、むしろこれは一個の社会事相にして、この事件が引き起こされたるその時に、これに携るべき一つの因縁を持ちしもなり。私はこの意味において本件の弁護人として、検事が対象となしたる犯罪、その捜査、裁判所の判断を求めんとする公訴事実はもとより、検事局の捜査の態度、裁判所の審理の態度等を対象として、これに厳正なる批判を加へんと欲す。特に朴・金子両氏に誤解なき様一言すると同時に、裁判所各位にも誤解なきことを望む。

しかして弁論の趣旨は、朴・金子両氏らに対する裁判所、検事局の誤解を正し、またこれらの両氏に加へたる法律的手続・態度の誤られたことを正すために、裁判所、検事局等の深き反省と考察?を求めんとするにありて、決して朴・金子両氏のためにいはゆる弁疏せんとするものにあらざるをもつて、この点は特に両氏の了解を求め置きたし。

同時に私は、両氏が自己の所信を断行するために極めて忠実なる人にして、また真理を熱愛することにおいて、この人たちの志を貴しとするものなるをもつて、両氏の立場を比較的理解し得る一人なることを信ずるが故に、この事案につき批判を試み、検事局と裁判所の反省を求むる次第にして、またこれを求め得ると否とは第二の問題とし、これを要求することが両氏に対する態度と責任なることを痛感するものなり。

問題となれる事案につき一件法律の裁する所は、 何を審理の対象として調べたるか、そは即ち朴・金子両氏の思想なり。検事はその論告に際り、この事案の怖るべきことにおいて生命を要求する所以の理由は、この両氏の思想が叛逆、暴戻、怖るべき危険を包蔵するにありとなし、また裁判所においては、昨日以来朴氏がなしたる「所謂裁判ニ対スル俺ノ態度」「一不逞鮮人より日本の権力者階級に与ふ」と題する書面の朗読、ならびに本日検事の論告に対しなしたる宣言と態度の闡明、これらの上に戰慄と脅威を感じ居らるることと思ふ。故にこの事案に対し裁判所と検事は、これを公開したる時において一般の民心、これらの人たちに万一にも与へらるる戦慄と脅威を拒否せんがために裁判をなすものであり、またしかなすことを使命となすものと言はざるべからず。ここにおいて本弁護人は朴の朗読したる書面、ならびに本日検事の論告に答へたる宣言、また金子夫人の 公判準備手続の答へに代へて書かれたるあの虚無主義の要旨、本日ここに述べられたるその思想の要旨、これらのものに対し他意なき批判を加ふべき検討の第一義となさざるべからざる様思考す。

私がかく云ふとき、それは問題となれる刑法第七十三条に該当する犯罪事件と直接せざる因縁であり、動機である。論を拡むるものとなし、これを不可とするもの者存するやも知れず。しかしながら、命を賭けて所信に邁進したるこの両人の態度につきて、そのことが果たして誤てるや否、結論の上に所見を異にする者にありても、貴き生命を賭けて邁進し所信に忠誠なる態度に、敬意を表し感激すべきなり。

しかして検事はこの両人に死刑を要求し、生命を奪ふべき死刑を要求しをれり。私はこの死刑といふ、生命を要求する刑罰法理につき多少なりとも学ぶ所もある。その理論の上に非難あるがごとく、もとより生命を奪ふべき死刑といふものに相當重大なる意義存することは言ふまでもなし。しかし生命を奪ふべく理論上正当づけられたりとするも、これを実際に取り扱ふことが、法律の命ずるままに執行の局に当たる人々の、人間としての長所と信念をいかに傷つけらるかを思はざるべからず。裁判所としても、検事としても、それくらいのことは知らざるはずこれなきなり。

また私は昨年中、獄に殪[たふ]れたる人を三人までも目撃したり。その私の感情を親?切にいへば、理論上、死刑が正当づけらるるとするも、問題を離れ、生命を奪ふ死刑の要求そのものにつき、私どもは生命ノ貴さ、生きんがための努力の上に、あるいは個人として団体として、あるいは国家として社会として、相当厳粛に考察?せざるべからざることを思ふ。

また私は裁判所と検事に対し一、二言ひたきことあり。そは、実際、その思想を抱きけれを実現せんとなしたその人たちの気持は、その人たちにあらざれば裁き得ざるの事と。この両人の考へたる思想や真理が今日の国家に取りて正しからず、また今日の法律に違反するものとしてこれらの人を処罰することを否むものにあらず。しかしながら、これらの人たちの思想そのものを是非し、これらの人たちが命を賭けたる所信に対し侮辱を与へられたくなしと思ふものなり。

私は、本日、大阪控訴院において判決を言ひ渡さるべきはずのギロチン社の事件につき、被告らの心からの叫びとしてなしたる行為に対し、思想の異なる立場にある検事がこれを批判し、被告らがその批判の誤れることを憤慨したる態度に見て、私はその真理のあることを痛感したり。何人といへども生を愛し一日にても生き延びんことを希はざる者はなかるべし。しかるに過日、東京地方裁判所において古田大次郎が死刑の宣告を受けたるに対し、わずか一通の控訴状を提出すればその生は引き延ばさるべきを、同人は敢へてこれをなさず、生を望まず、生き延びんとせず、即刻、独ひでギロチンの上に満足して受けたることのごとき、私はその心情は全く当人にあらざれば解し得ざるものにして、その信念の痛烈なるを深く感得したり。

しかるが故に、生命を賭けたる出来事につき客観的に結果の上に不祥の大罪なりと認むべきものあるとき、これが制裁は自由にして、またなさざるべからざる裁判所と検事の立場はこれを認む。またこの両人も覚悟をなせり。しかしながら現れたる範囲を逸脱して両人に対し濫りに是非の観察を敢へてせらるることを欲せざるなり。

私ハ弁論ノ範囲トシテ 又 順序トシテ申立ント思
フコトハ 㐧一 此ノ事件ノ特別裁判ニ付セラルヽ迄ノ経過ヲ明ニシ 之レニ批判ヲ加エントスルコト 㐧二ニ 此等両人カ 公判開始決定ニ掲ケラレタル如キ事實アリトシ 其責任ハ 被告等両人ノ生命ヲ奪フベキモノトシテノ 檢事ノ要求ヲ承認スベキモノカ 或ハ此ノ両人ノ責ヲ問フ前ニ 他ニ責ヲ問ハルベキ者アルニアラサルカトノ奌ニ付 国家ノ反省ヲ求ムルコト 㐧三ニ 公判開始決定ニ認メ居ル事實 其モノガ 刑法㐧七十三条ノ大逆罪ノ構成ヲ認ムベキヤ認ムベカラサルヤニ付 法律論ヲ進メ度コト 最後ニ 此ノ事案ニ付 公判後ノ
裁判所ノ態度ヲ批判シ 此ノ事案ニ対スル疑惑ニ付 私ノ所信ニ従テ□明シタキコト等ニシテ 先ツ
裁判所ハ特ニ私ノ弁論ニ幾分ナリトモ注意ヲ払
ハレンコトヲ要望ス

而シテ特別裁判ト云ヘバ 何時モ傍聴ヲ禁止シ 何
時モ檢事ノ閲覧シテ審理シタル証據ヲ充分ナリトシ 公判ニ於ケル証據申請ヲ脚下シ居レリ
又 判決ノ結果ハ檢事ノ要求通リ 少シノ相違ナキモノナレハ 或ハ弁護ハ不必要ニシテ オ芝居デアルト云フモ亦 不得止トモ 私ハ私ノ所信ニ極メテ忠實ナル一人トシテ 私ハ如何ナル事情ノ下ニ於テモ裁判ノ結果付ラルヽモノニアラサルコトヲ信シ 其無理ヲ正シ 更正ヲ求メ 當ニ変更ハアリ得ルモノト思考ス 私ハ一個ノ法律ノ命スル所ニ依リ 茲ニ審理ニ携ル裁判所 檢事 弁護人ト云フ立場ヨリスルニアラズシテ 此ノ審理ノ真相ト理由ヲ明ニシ 總テノ者ノ幸福ト、正義ノ光ト、審理[ママ]ノ貴サ、ヲ宣揚セントスル一ツノ社會事相ヲ人間的覆面ノ侭 私共ノ所信ハ語ルモノト思フ 特別裁判ト云ヘハ 傍聴ハ禁止サレ 証據申請ハ却下サレ 判決ハ檢事ノ要求通リニナルモノト 一般ニ考ヘ居ルヲ以テ 裁判所ニ於テハ之ヲ裏書セサル様 其独自ノ所信 所見ニヨリ此ノ事案ヲ裁断サレンコトヲ希望スルモノナリ

次ニ此ノ事案ノ捜査ノ圣過ヲ詮議スルコトハ 㐧一義的ニ心裡ニ痛感スル所ニシテ 之レヲ批判的ニ言ヘハ 檢事局ノ捜査ハ無能 檢事ノ考察ハ無
定見ナリト云フベク 此ノ特別裁判ニ選ハルヽ迄ノ経過ヲ見ル時 何人ト虽モ其感ヲ深クセサルモノハアラザルベシ 若シ ソウシタ感情ニシテ正シカラズトセバ 本日 金子氏ノ 今日ノ考ヲ正シキモノトスルモ 明日 又ソウ考ヘルトハ考ヘ得ラレナイト謂ヒタルト同様ニ 檢事ノ此ノ事案ニ体スル考ガ 今日ノ考ハ昨日考ヘタル處ト異リ 明日ハ又 今日ノ考ト異ナルコトヲ感セラルヽニ相違ナシト思考ス 爾モ檢事ノ要求スル所ハ 両人ノ生命ヲ奪ハントスルニ在リ 一度 其ノ刑ヲ執行センカ其ノ考ハ間違トシテ両人ヲ呼起タントスルモ及ハサルナリ 其處ニ 檢事カ此ノ事案ヲ特別裁判ニ選フ迄ノ捜査ノ無能 其方針ノ定マラサルコトヲ推定スルニ足ル 最初ノ態度ト今日ノ態度トニ相違ノ甚シキヲ思ハシムル事由アリ 之レ茲ニ 此ノ事案ヲ特別裁判二迄選フニ至リタル 経過ヲ論セントスル所以ナリ

此ノ両人ニ対スル起訴状ハ 其處ニ積ミ在ル記録中ニ三枚 存シ 孰レモ宛名ヲ異ニセリ 即チ大正十二年十月二十日付 豫審請求書ニ依レハ 此両人ト共ニ所謂不逞社 同志十五名ガ治安警察法ヲ擬セラレタル秘密結社ノ事案ナリ 罪アリト断セラルヽモ禁固一年ノ罪案ナリ 其次ニ存在セル起訴状ハ 大正十三年二月十五日付ヲ以テ豫審ヲ請求セラレタル 爆發物取締罰則違反ト云フ罪名ニ依リ 此ノ両人ト未タ豫審ノ終結決定ヲ見サル金重漢等ガ 爆發物ノ輸入ヲ企テタト云フ罪案ナリ 次ニ存在スルハ 大正十四年七月十七日付ヲ以テ豫審ヲ請求セラルタル 此ノ両人二対スル刑法㐧七十三条ノ罪アルコトヲ内容トセル起訴状ナリ 卒然トシテ此ノ両人ニ対スル三個ノ起訴状ヲ罪名ヨリ考フルトキ 誰カ其内容ノ同一ヲ信スル者アラン 併シ事實 罪名ハ異テ居ル 掲ケラレタル起訴内容ノ上ニ法律該當ノ条件的事實ヲ云フ 無論 異ナル様ニ讀ル

乍併 一個ノ人間行動トシテ生レテ死スル迄 生命
ノ連續アリ 生ノ躍動 生ス 此ノ人間行為 其モノヽ上ヨリ 分ツコトノ出来サル一ツノモノヨリ 三個ノ起訴事實ハ異ナル豫審請求ニ及ヒ居ルト云フコトハ 断シテ誤ナキヲ信ス 寧ロ今 檢事ノ論告ニ引用セル 杉本船員ニ対スル供述 所謂㐧一爆弾輸入ニ關スル警察ノ調 崔嚇鎮ナル朝鮮ノ同志ト爆弾輸入ニ関スル江戸?川辺ノ會合 左様ノ事ガ此ノ朴ト云フ一人ノ被告ノ罪ヲ断スル有力ナ資料ニナルト云ヘルナレハ 夫レハ大正十二年十月二十日 治安警察法違反トシテ起訴サレテ居タ前ノ事實トシテ厳存スル朴氏ノ大逆計劃デ在ルト言ハネバナラヌ

又 金翰、金重漢関係ノ如キ 元ヨリ大正十二年十月二十日ノ治安警察法違反ノ起訴カラ實ニ法律上ニ明白ナル事實デアルト云フコトヲ誓言シ誤ナキ事ヲ信ス 此等ノ事實ハ 大正十二年十月 治安警察法違反トシテ起訴セラルヽ時 明ナリ

而シテ今ヤ之ヲ顧レハ 檢事ハ大逆罪陰謀計劃ノ一端ナリトシ 爾モ其當時ニ於テ之レガ大逆罪
陰謀計劃ノ一端ナリシ事ヲ捜査スルノ力ナカリ
シヨリ 檢事局ハ之ヲ確証セサリシト云フカ 或ハ捜査ノ力アリ確証シ居リタルモ 大逆罪ト云フ程度ニ至ラサリシト云フカ 何レニシテモ此ノ間ノ起訴事實カ檢事局ノ態度ノ グラ付ヲ思ハセルモノ有ル事ヲ考ヘサルヲ得ス 苟モ法律ヲ精讀スレハ何人モ 檢事ガ起訴方針ニ確實ナル定見ナク 之ヲ危シト見サル譯ニ行カヌコトヲ 首肯スルナラン 私ハ今茲ニ 記録ニ在ル公判開始決定ノ起訴事實ニ云フ内容ヲ新ニ瞥見セラレ 刑法㐧七十三条ノ大逆罪ト云ハレレルノデナク 事實 其モノ
ハ大正十二年十月 已ニ明ニナリ居リタルモノニシテ 夫レニ対シ或ル法律観ヨリ治安警察法違反ナリトシ 又 或ル法律観ヨリ爆發物取締罰則違反ナナリトシ 又 更ニ或ル法律観ヨリ刑法㐧七十三条ニ該當スル大逆罪ナリトシ 法律観ノ異同ニヨリテ相違アリ

事實 其モノハ異ナラズト思料ス 裁判所ニ於テモ檢事ノ所論 要求ノ何時モ其通リナリトノ考察カ特ニ加ヘラルヽト思フ 私ハ念ノ為メ此ノ起訴状ノ内容ヲ讀テ置ク

(此時 弁護人ハ治安警察法違反事件ノ豫審請求書写 及 爆發物取締罰則違反事件ノ豫審請求書写等ヲ朗讀シ 當時 已ニ大逆罪ノ事實判明シ在リタルコトヲ力説セリ)

其處デ檢事ハ一ツノ弁釈ヲ為シテ曰ク 初ノ内ハ所謂大言壮語ト思ヒ 真ニ此ノ虚無思想ノ實現 或ハ権力階級ニ対スル反抗ガ 刑法㐧七十三条法益ヲ害スルモノト考ヘサリシモ 段?々 其事實ガ確實トナリ来リタリタルヲ以テ 特別公判ニ付ス
ルニ至リタリトノ事ナリ

又 檢事ハ其論告ノ冒頭ニ於テ 大正十三年秋 難波某ナル者ニ対スル大逆事件ノ審理アリタルコトハ世人ノ記憶ニ程?新ナルニ 今又茲ニ被告等両名ニ対スル大逆事件ノ審判ヲ此ノ法廷ニ見ルハ遺憾トスト云ヘリ 皇室ニ対シ如此企アリタルコトハ恐レ多イ 私共トシテモ 本件ノ如キ事案カ屡々法廷ニ現ルヽ事ヲ限ナキ遺憾トス 併シ檢事ハ 其遺憾ハ遺憾トシテ 事實ノアリタル以上 法ノ命スル處ニ従テ厳正ニ之レヲ檢討精査セザルベカラズト云ヘリ

然ルニ檢事ハ職務上 其事ヲ真ニ考ヘラレタル時 今日ヨリ見テ畏ヒト云ヒ 遺憾ナリト為スモ 一時ナリトモ大言壮語ヲ為スモノトサレタ責任ヲ如何ニカナス 私ハ両人ノ為メニ弁護ヲナスニアラズ 私ハ 起訴経過ノ上ニ誤居リ 其弾劾ノ方法ニ於テ誤テ居ルコトニ対シ 厳正ナル批判ヲ加ヘ置度 尚 之レニ関連シ 裁判所ハ檢事局ノ公明ナル態度ト云フモノヲ疑ハネハナラヌ 遺憾サヲ此ノ起訴経過ノ上ニ指指シテ 夫レハ何デアルカト云フ時 此ノ事件ノ起訴経過ノ上ニ 曩ニ治安警察法違反トシテ起訴サレ 後ニ爆發物取締罰則違反トシテ豫審ヲ求メ 更ニ大逆罪該當ノ特別裁判ヲ要求サレタ 其處ニハ昨日以来 田坂弁護人ノ 此事案ニ關スル被告両人ノ供述態度ニ挟ム疑問 又 檢事ノ論告ノ上ニ現レタル脅威 自暴自棄 夫等ノ現レナラサルヤヲ疑ハシムベキ両人ノ供述カ進展シ
起訴事實ヲ肯定スル様ニ成テ居ル関係ヲ見出サネハナラヌ

 また本件は大正十二年九月一日、人類歴史ありて以来の一大不幸とさるる大震火災の、その自然の災害より以上の不幸である鮮人虐殺事件の弁疏のために検挙されたるものなりと疑ふ者あり。私はこの間の事情を、裁判所としては世界に向かって日本国家を代表する最高権威ある裁、判所の立場を明らかにせざるべからざることを、私はこれら両人のためにあらず真にこの事案の疑問とし、日本国家の雪がねばならぬその疑ひの前に答ふべきものを要求す。法律を精査されたる方は承知せらるる所以なりと思ふ。
 本事件の起りは大正十二年十月二十日なり。しかれども被告両人がその自由を奪はれたるは震災の直後なる大正十二年九月二日なり。彼の鮮人ならびに主義者といふ者の陰謀、不逞、あるいは焼打、あるいは毒物を井中に投ずとの流言蜚語の下、鮮人、主義者等の人達に対する逆上振りは、日本国民性を世界に恥曝しした最も甚だしきものなりしことは、裁判所としても検事としても知り居らるる筈なり。この鮮人虐殺の問題が日本の国家として世界に言分けのない不祥事として悩まされ居ることは、今更事新しくいふまでもなし。日本有識人達はこれを真に自然の大災害の不幸よりも不幸なりとし善後策を論じたることは、人の記憶に新たなることと確信す。しかしてこの際、彼の誤りは誤りとし、国民性の□操をはっきり明らかになし、将来を戒め、誤りは素直に謝罪し、事の真相を鮮人に明らかにする外なしと私どもは確信したり。ある耶蘇教信者のごとき、朝鮮に自治を許すことによりこれを謝罪すべしといはれたり。しかし彼の鮮人虐殺事件の真相は遂に発表を許されず。私は当時の実情を自らの体験上最もよく知るものなり。しかしてこれらの誤まれる官憲の処置と態度に対しては誤解、怨恨、憤懣は簇生せり。朝鮮在京の同胞にしてその死体を埋葬せんとして捕へられ、あるいは一朶の花を捧げんとして勾留の刑に逢ひたるなど、悲惨なる物語は山程あるなり。しかもそれらを糊塗すべく彌縫すべく何ものが計画されたるや。朝鮮人の間にはこの大逆事件についても種々の風説あり。

 

 

而シテ本件ハ最初 治安警察法違反トシテ審理サレタルガ 其ノ刑ノ最長期ハ禁錮一年ナリ 然ルニ 後二爆發物取締罰則違反トシテ追起訴ヲナシ 事實上 自由ヲ奪フコト、實ニ半年 其ノ間 新聞ニハ 何ヲ誤リタルカ 某重大事件ト云フ事ニ依リ 未タ特別公判ニ付セラレズ 刑法㐧七十三条ニ問擬セラレザル時ニ於テ 盛ニ宣伝セラレ居レリ 単ニ秘密結社ガ何ノ重大事件ナリヤ 而シテ檢事ハ
新聞紙法ニ依リ 其事件ノ内容ヲ新聞ニ掲載スルコトヲ禁止シタル為メ 只 某重大事件 鮮人朴烈ノ事件トシテ新聞ニ見ル許リナリ 茲ニ於テカ所謂震災時ノ鮮人虐殺事件ヲ追想セシメ 内容ノ知レサル侭 此ノ事件ハ社会ノ疑惑ノ内ニ投セラレタリ 私ハ昨日 少シ遅レテ出廷シタル為メ手違ヲ生シ 夫レ等ニ関スル所見 ヲ述フル機會ヲ失ヒタリ 私ハ此ノ事案ニ付 公開ノ審理ヲ求メ 其ノ内容ヲ國民一般ニ知ラシメ 或ハ社会ノ謎トセル震災直後鮮人虐殺騒ノ出所ニ付 行政官憲ノ如何ニ拘ハラズ 裁判所ノ態度ノ出来得ル限 公明厳正ナランコトヲ望ミタルナリ 被告両人ノ供述ハ順次 起訴事實ニ添テ進展シタリトノコトナルガ 夫レハ人ノ死花ト云フカ虚栄ト云フカ ドウセコウナレバト云フ氣持等ガ両人ヲ魅惑シタル結果ニアラサルカ 私ハ大正十二年十月 確カ二十日ト記憶スル 此ノ事件ニ付 被告等ガ接見禁止トナリタル以来 特別裁判ノ公判開始決定後 一ヶ月ヲ経テ
牧野裁判長ノ接見禁止ヲ解カルヽ迄 其間 實ニ二ヶ年ノ長キ 之ヲ裁判所トシテ檢事トシテ如何ニ観ラルヽヤ 人間ハ社会的ナ 動物ト異リ相愛ノ情、共栄ヲ熱愛スル生物ナリト云ハレル 然ルニ監獄ニ於テ所謂独房ニ投セラレ 外部トノ交通杜
絶カ如何ニ人間性ヲ害フカ 此ノ間 此ノ二人ハ二年 審理ノ必要アリトスルモ接見禁止ニヨリ
外部トノ交通ヲ杜絶サレ 何時出ラルヽカ 何時外
部ノ人トノ交通ガ許サルヽカ 或ハ此ノ侭 囚ハレ
ニ 暗カラ暗ノ自分等ノ行先 ト云フモノヲ凝視
サレネバナラヌ立場ニ在リ 如何ニ思想ノ上ニ主義ノ上ニ確乎タルモノアリトスルモ 人間トシ
テノ心配、其感情ニ此ノ人達カ如何ニ悩サレタカヲ思ハスニ居ラレナイ

而シテ豫審判事 一人常ニ之ニ同情シ 之ヲ理解シ 之ヲ慰メタリト云フ 私ハ 或ハ夫等ノモノガ事件ノ進展ニ添フヘキ供述ヲ抽出シタルニアラサルカト思フ 元ヨリ脅迫サレタリトハ云ハス 壓迫ヲ受ケタリトモ云ハス 併シ夫レガ 其ノ供述ヲ アノ記録ニ記載セラレタ事實ヲ 言ハサルルモノナラサリシカト首肯スルコトガ 私ノ批判トシテ私ノ胸ニ浮ク

裁判長ハ

一時休憩スル旨ヲ告ケタリ

同日午後三時 前同一事件ニ付 前同一法廷ニ於テ 前同一ノ判事 檢事 裁判所書記 列席ノ上

公開セズシテ対審ヲ続行ス

被告人両名ハ出頭シ 身体ノ拘束ヲ受ケス

前同一ノ弁護人 出頭セリ

裁判長ハ

引キ続キ審理スル旨ヲ告ケタリ

弁護人 布施辰治ハ

以上 起訴事實ノ進展、夫レニ従ヒ両人ノ陳述スル
上ニ同様ニ成テ往ツタノデナイカト思ハルヽ私
ノ考察 私ノ所感 夫レハ軈テ檢事ノ証據調ニ対スル根本的ナ批判デアルコトヲ承知シテ貰ヒ度ト同時ニ 私ハ 私ガ要望シタ此ノ事件ノ公開ニ同意セラレサル裁判所ノ態度ト云フモノニ付 今後 判決、
夫レガ如何ナル結果ヲ見ルニセヨ、私ガ今迄 力述シタ此ノ事件ニ対シ 一般ノ疑心暗鬼、世界ノ謎 其モノニ答フル態度にニ於テ 夫レヲ敢テセラレヌ時 此ノ事案ニ対シ私カ前刻来 申述タ震災直後ノ鮮人虐殺事件ニ付 此際ニ於テ虐殺問題ニ対シ一ツノ弁明ノ道具 犠牲ニ供セラルヽモノデナイカト云フ時 當局官憲ハ如何ニ弁明スル 私ハ之ヲ提言シ度イ

㐧二號ノ論ヲ進メルガ 此ノ両人ノ人ニ 公判開始決定ニ掲クル通リノ事實アリトスル場合 其責任ハ勿論 法律所定ノ条件ノ範囲ニ問ハルヽコトヲ期スルモノデアル 私共ハ 法律ヲ多少知ル立場ヨリ云ヘハ 後二云フ如ク 此ノ事實カ法律責任ト犯罪ノ豫見ハ有ル 仮リニ夫等ノ事ニ觸レル此ノ公訴事實 其侭 夫レガ檢事ノ論スル如く刑法㐧七十三条 大逆罪ニ該當スルモ 被告等ノ責ヲ問フ前ニ官憲ノ責ヲ問フモノアリハセヌカ 此ノ奌ニ付 国家ヲ代表スル裁判所ノ反省ト考慮ヲ要セラルヽ事ト考フ公訴事實ノ法益ハ刑法㐧七十三条ノ大逆罪トナレリ 乍併 刑法㐧七十三条ノ大逆罪ハ所
謂大逆不逞ノ思想ヲ罰セルニアラズ 其思想ヲ實行ニ移ス行為 其モノヲ罰セントセリ 之カ刑法㐧七十三条 大逆罪ノ構成条件ナル事ハ檢事モ否認セサルコトヲ信ス 私ハ二人ノ人ヲ大逆不逞ノ思想ノ抱持 夫等ノ事ニ付 論議スルニ非ス 只 言葉ヲ慎ムヘルキ事ヲ考フ 併シ此ノ二人ノアヽシタ大逆不逞ノ思想ヲ抱クニ至リタル原因トシテ供述セル内容ヲ子細ニ奌檢スル時 昨日ノ証據調ニ裁判長ノ讀マレタ内 刑法㐧七十三条法益ノ 天皇 皇太子 此等ノ方々ニ対シ自分等ハ何等 私怨ヲ持ツモノデナイト云ヘリ 又 言葉ノ表現ト則?シ 随分強クアラワナモノガ在ル事ヲ 謹マネバナラナイ事ヲ私共ハ注意スルガ 昨日 茲ニ朴ガ讀ミタル 一不逞鮮人より日本の権力者階級に与ふ ト云フ一文ノ内ニ 刑法㐧七十三条法益 天皇ニ対シ 皇太子ニ対シ 此等ノ方々ノ如何ニ現在ノ制度ノ上ニ於テ彼ノ政治ノ實権ヲ握ル夫等ノ人ノ為メニ 或ハ看板 或ハ置物トサルルコトヲ謂ヒ居レリ 私ハ此等両人ノ胸底ニ斯ル全人類愛ヲ、真理ヲ熱求スル氣持其モノニ端的ナ理解ヲ持ツ事ガ出来ルトスレハ 刑法㐧七十三条法益 天皇 皇太子ト云フ方々ニ対シテ觸ルヽコトヽ其法益ヲ犯スコト 夫レハ此等両人ノ人達ノ期セサル事ニテ 思想上 権力破壞ノ信念ヨリ其處ニ直到シタルモノニシテ 却テ他ニ負ハネバナラヌ責任者アリ 夫等ノ人カラ其處ニ押向ケラレタ感ヲ持ツモノデアル 果シテ然リトスレハ私ハ 此ノ両人ヲ責メ罪スル前ニ 責任ヲ持ツヘキ人ガ在ル事ヲ考ヘネバナラヌ思フ

檢事ハ朝鮮ニ於ケル統治ヲ以テ最善ノ政治ヲ行ヒ居ルモノナリト謂ヘリ 然レ共 朝鮮ノ総督政治ノ實相ヲ見聞スル者 誰カ其最善ヲ謳歌スル者アランヤ 私ハ 最モ公正ナル立場ニ在ル学者ニシテ近ク朝鮮ニ行タル穂積重遠氏ノ朝鮮行ノ感想ヲ雑誌ノ上ニ見タルガ 彼等ハ朝鮮ニ於ケル政治ハ根本ノ基調ヲ誤テルヲ嘆キ居レリ 當檢事局 如何ナル根據ヲ以テ朝鮮総督政治ノ最善ヲ云ハルヽヤ 私ハ之レヲ知ルコトガ出来ナイ 恐ラク其ノ言ハ間違ニシテ 夫レヨリ妄断 独断デアル、茲ニ一言スルヲ得サルコトアリ 刑法㐧七十三条法益 天皇ハ神聖ニシテ侵スベカラストハ憲法ノ明記スル處ニシテ 一切ノ政治ニ大臣ハ輔弼ノ責任有リ 爾モ総督政治ハ之ヲ誤リタル結果 其神聖ヲ侵ス者アルニ至ル 輔弼ノ實権者 荷フベクシテ荷ヒ切レサル責任アリト云フベシ 刑法七十三条法益ヲ政治悪ノ結果 其呪ニ直面センコトニ対シ 政治ノ實権ニ携ル者 責ナキヤ 愧ナキヤ 只其處ニ大遂不逞ノ思想ヲ抱ク者ヲ責ムレハ可ナリ 死スレハ可ナリト云フ檢事ハ 刑法㐧七十三条法益ノ神聖ヲ侵セルコトニ付 深思熟慮セラレ度シ

私ハ茲ニ於テ裁判所カ不正ヲ糺弾セラルルニ方
リ 強キ不正ヲ許シテハナラヌ事ヲ考ルモノナリ 然ルニ弱キ者ニ対スル強キ者ノ不正ハ裁カレズ 弱キ者ノ強キ者ニ対シ企テタル不正ハ厳ニ裁カレル時ニ 不正ララサルニ不拘 罪セラルルアリ 憂ヘキコトニシテ 裁判ノ神聖ナルモノヲ考ヘサルヲ得ス 之レ現在ノ裁判ニ対シ憂ヘサルヲ得サル一事相ナリ

兎ニ角 両人ノ今日 在ルニ至リタルハ 朴ニ付テハ朝鮮総督政治ノ欠陷 金子ニ付テハ同情スベキ境遇 并ニ 両人ノ優秀ニシテ□ナル才能ガ却テ周囲ノ障碍ニ対シ劇シク衝突シタル結果ナルモ 此ノ人達ノ持ツ氣分ハ決ステ極悪ナルモノニアラザルヲ以テ 此ノ事ハ充分 認テ置テ貰ヒ度

又 此ノ事案ニ付 私ハ死刑ヲ酌量セヨトハ云ハズ 両人ノ結婚問題 或ハ思想ノ上ヨリ両人ノ希
望ヲ云フナレハ 死刑ハ両人ノ今ノ希望ナルヲ以
テ 夫レヲ私共ハ止メタ處デ何等ノ慰メヲモ與フル譯ニアラサルガ故ニ 寧ロ其望ムガ侭ニ ギロチン ニ投スルコトガ両人ノ本望ト思フ 然レ共
真理ヲ熱愛スル思想、其ノ裁キハ時ガ裁クト云フコトヲ裁判所 並ニ檢事ニ於テ考慮セラレン事ヲ望ムモノナリ

最後ニ法律論トシテ 刑法㐧七十三条ノ加ヘン
トシタル トハ 危害ヲ加フル陰謀豫備ノ行為
ヲモ包含スルモノナリヤ否ニ付テハ 檢事ト所
見ヲ異ニス 即チ 刑法ニ於テ陰謀豫備ノ行為ヲ罰スル場合ハ内乱罪外患罪 其ノ他ニ於テ 夫レ〱各本條ニ規定シ在リテ 刑法七十三条ノミ特別ナル犯罪態様ヲ認メタリトハ思ハレス 故ニ豫備陰謀ハ包含セサルモノト解ス

次ニ本件㐧一、二、三、四回ノ爆弾輸入ノ關係ヲ見ルニ 爆弾ヲ手ニ入ルヽモ 之ヲ投擲スル策動ヲ開始セサル内ハ 被害法益ト何等ノ交渉ナク 従テ刑法㐧七十三条ノ大逆罪ハ構成セス 然ルニ本件
ハ爆弾ヲ手ニスラ入レ居ラサルヲ以テ 全ク
大逆罪ノ構成要件ヲ欠クモノナリ 又 本件ノ事實カラ見ルモ 爆弾入手ノ可能性ナシ 被告等 相
互ノ間ニ激越ナル言動アリタリトスレハ 他ニ罰スヘキ法条アリ

要スルニ本件ハ刑法㐧七十三条ノ大逆罪成立セザルモノト思料ス 総テニ於テ公正厳粛ナル御裁
断ヲ希望ス トノ弁論ヲ為シタリ

裁判長ハ

弁論ヲ続行スル旨ヲ告ケ 次回期日ヲ明、二月二十八日午前九時ト指定シ 關係人ニ出廷ヲ命シ 閉廷
シタリ

大正十五年二月二十七日
大審院㐧一特別刑事部
裁判所書記 戸澤五十三 印
裁判所書記 内村文彦 印
裁判長判事 牧野菊之助 印