Ob-La-Di Oblako 文庫

帝国日本の侵掠戦争と植民地支配、人権蹂躙を記憶し、再現を許さないために、ひたすら文書資料を書き取る。姉妹ブログ「歴史を忘れる民族に未来はない!」https://obladioblako.hateblo.jp/ のデータ·ベースを兼ねる。

【外務部】 甲一〇六 【公第二二七七號】 朝鮮國蔚陵島ノ儀ニ付朝鮮政府ヘ 送翰ノ義上申朝鮮國蔚陵島ヘ我人民ノ渡航漁採スル者有之由ニテ別紙甲号ノ通右人数召還ノ儀照会有之當時事実不明了ニ付不取敢別紙乙號ノ通返簡差遣候儀ハ其節一應上申及ヒ置候事ニ有…

【工事中】大政翼賛会京都市支部 第六回京都市協力会議議事録 1943. 7. 22~23

昭和十八年七月廿二日、廿三日 第 六 回 京 都 市 協 力 會 議 議 事 錄 一、會議議事次第 二、上通事項 三、希望事項 四、第一日經過槪要 五、第二日經過槪要 大政翼贊会京都市支部 三、希望事項處理槪要 第六號 市有地及び市內の府有地を開墾すべし 提案者 右京…

大東研究所 編『アッツ島血風録』 より「山崎部隊精神」 1943. 7. 1

山 崎 部 隊󠄁 精 神 アツツ島警備將兵は上塵進發の日から、假借なき自然の障碍と戦つた。骨身に透る吹雪と烈風、一寸先も見えぬ濃霧、しかし一層うるさいものは執拗な敵機の空襲であつた。しかも空襲は日を追つて激しくなり、本年五月第一旬の空襲は五百臺以…

大日本雄弁会講談社『少女倶楽部』七月号 七月の言葉 一億玉砕の心 1943. 7. 1

―――――― 七 月 の 言 葉 ―――――― 一 億 玉 砕 の 心 無敵海軍の、連合艦隊司令長官という重い役目におられながら、いつも先頭にたって部下をひきいられ、ついに、南海の空に壮烈な戦死をとげられた故山本元帥や、濃霧たちこめる海の孤島を死守して、すぐれた兵…

身 を 捨 て 国 を 救 ふ 崇 高 極 致 の 戦 法 中外に比類なき攻撃隊 身をもつて神風となり、皇国悠久の大義に生きる神風特別攻撃隊五神鷲の壮挙は、戦局の帰趨岐れんとする決戦段階に処して身を捨てて国を救はんとする皇軍の精粋である、愛機に特別爆装し…

泣 い て 署 長 に 遺 族 の 怨 言 出来るだけ遺骨を 探すと署長の約言 署長と布施辯護士 『前髪一本でもいゝからホントの形身が欲しい』と泣き崩れる遺族等『致し方ありませぬ』と淚をのんでキツパリ断る古森署長、窓外に洩れるすゝり泣きや怨嗟の声にも哀…

判󠄁らぬ骨は受取らぬ 自警團の遺族たち 亀戶署にいきまく 十四日午前十時十分前布施辯護士は刺殺された砂町自警男員秋山等四名の 遺 族 を 伴󠄁 ふて亀戸署を訪問、古森署長と対座して骨肉の情󠄁を訴へて遺族の者に其眞相を傳へてやつて欲しいと前提して刺殺さ…

野 良 犬 が 掘 出 し た 白 骨 龜戶署で殺された十四名の 遺 骨 を 荒 川 に 見 る 京成電車 <を> 荒川停留所󠄁で乘捨てて右に一寸折れると、長い四つ木橋が白けた胴體に秋の日を受けて淋しく目につく、その下には荒川放水路の流れがところ〲の野地に水を淀…

大?陰?謀?事?件?の?裏?に? ✕ ✕ ✕ ✕ ⋯⋯ ✕ ✕ ✕ ⋯⋯ ✕ ✕ ✕ ⋯⋯ 引 ⋯⋯ ん 不良分子?の?✕✕✕⋯⋯尙報道の自由?✕✕✕⋯⋯必ら?✕✕✕⋯⋯な?い?✕✕✕序が?あ?る?✕✕⋯⋯の✕✕に?は?✕✕✕⋯⋯もこの✕✕✕⋯⋯事件?を?〇〇〇〇〇〇✕✕以?下十九名は✕✕✕⋯⋯態?度?と?な?✕東京の刑務所󠄁?に?✕✕さ?れた。…

【工事中】不平鮮人の妄動と鮮人数百名の殺害󠄂 震災直後の人心を動揺せしめた不祥事 昨日午後解禁 報知新聞 大正十二年十月二十一日朝刊 1923. 10. 21

大正十二年十月廿一日(日曜日)報知新聞(市內版)第一万六千七百七十七号 (七)面 不 平󠄁 鮮 人 の 妄 動 と 鮮 人 数 百 名 の 殺 害󠄂 震 災 直 後 の 人 心 を 動 搖 せしめた 不 祥 事 昨 日 午 後 解 禁 九 月 一 日 夜 か ら 数 日 間 の 帝󠄁 都 及 …

龜戶署に 骨函を叩き付け 遺族憤慨して引還す 四十名の憲兵警官銃劒で警戒し 遺族等現塲から追拂はる 龜戶警察署内で刺殺され平澤計七他十三名の遺骨引取りに關し十三日午後零時布施辯護士を始め勞働總同盟では折柄中央委員の爲めに上京中の西尾、末廣、靑柳、…

大正十二年十月十九日(金曜日) 東京日日新聞(夕刊) 第一万六千九百十一號 (二) 自警團を逆上させた 埼 玉 縣 の 移 牒 文 二日後に取り消したが間に合はず 當局者の責任問題起る 震災後埼玉縣における自警團の暴行の一班は旣に報道したがこの外にもな…

大正十二年十月二十九日(月曜日) 報知新聞(市内版) 第一万六千七百八十五號 (七) 警官の非を挙げて 本郷󠄁自警團が蹶起 煽動、宣傳等の事実を一々指摘して 內相、総監に檢挙團員の釋放を迫る 秘密𫝓議で决定 本郷󠄁区会議員の一部と区有志と自警團代表者と…

大正十二年十月廿九日(月曜日) 報知新聞(廿八日夕刊) 第一万六千七百八十五號 (四) _同胞の死を悼む 鮮人が 淚の弔辞 けさ增上寺に 慘死者追悼会 朝󠄁鮮同胞の殉難者諸靈を慰むるため二十八日午前十時から芝增上寺本堂で追悼の 大 法 要 が 行はれた、…

大正十二年十月廿八日(日曜日) 報知新聞(廿七日夕刊)第一万六千七百八十四號 (四) 自警團檢挙を打切り 今度は不正配給へ 警視廰活動を始む けさから刑事部が一齊に 警視廰が市郡各方面に亙りあまりにしつこく暴行自警團の檢挙に力を入れたのでかへつて…

大正十二年十月二十二日(月曜日)夕刊 東京日日新聞 第一万六千九百十四號 [二十一日夕発行] (一) 自警團の兇行 普通犯罪と同視するのは何うか 某法学博士談 震災當時各所󠄁において演出された自警團の兇行は言語道断であるがこれを普通の犯罪と同視して官…

大正十二年十月二十一日(日曜日) 市内版 東京日日新聞 第一万六千九百十三號 (二) 震災の混亂に乘じ 鮮人の飽󠄁くなき暴行 道に内地婦人を襲うて殺害 强盗放火を隨所󠄁に 今回の震災に際し鮮人で不法行為をしたものゝあつた事は盛んに喧傳されたがその筋の…

夕刊 東京日日新聞、9 月 21 日付 (20 日夕発行) より 【各地の騒擾事件】記事の掲載解禁となる 群馬県藤岡町で自警団の大惨虐、警察を襲ひ鮮人を殺害/埼玉県で殺害した鮮人百六十六名、加害者の収監百十四 1923. 10. 20

大正十二年十月二十一日(日曜日) 夕刊 東京日日新聞(二十日夕発行)第一万六千九百十三号(二) 【各地の騒擾事件】記事の掲載 解禁となる 群馬県藤岡町で 自警団の大惨虐 警察を襲ひ鮮人を殺害 九月一日大震災の後、群馬県下で一斉に流言蜚語におそはれ…

救援と称して宣伝に レーニン号に退去命令 『大阪朝日新聞』1923. 9. 15

大正十二年九月十五日(土曜日)大阪朝日新聞 夕刊 第一万五千三号 第二面 救援と称して宣伝に レーニン号に退去命令 震災見舞のため救恤品を積載せりと称して浦潮から十二日横浜に入港したレーニン号は、震災救援を名として革命の宣伝を行ふものとの理由の…

戦場の如き江東 平沢氏と共に焼いた [¿朝鮮人死?] 体百個 古森亀戸署長談 『読売新聞』 1923. 10.

戦場の如き江東 平沢氏と共に焼いた ◯◯◯◯体百個 古森亀戸署長談 震災当時最も東京市内で鮮人騒ぎの激しかったのは江東、南葛方面で、亀戸署の如きは平常管内に二百三十六名の多数が居住し、これ等は全部筋肉労働に従事し、なほ同種の 支 那 人 が二百名近く…

勅令第四百三号 治安維持の為にする罰則に関する件 1824. 9. 7

勅令第四百三号 朕茲に緊急の必要ありと認め、枢密顧問の諮詢を経て、帝国憲法第八条第一項に依り、治安維持の為にする罰則に関する件を裁可し、之を公布せしむ。 大正十二年九月七日 内閣総理大臣兼 外 務 大 臣 伯爵 山本権兵衛 内 務 大 臣 子爵 後 藤 新…

不逞鮮人の巨頭捕はる/また始まった赤い団体征伐、九月革命の記念日に神経を尖らした当局 『東京日日新聞』 1923. 8. 24

大正十二年八月二十四日(金曜日)(E)東京日日新聞 第一萬六千八百五十六號 (九) 不逞鮮人の巨頭捕はる 北京にある不逞鮮人の一巨頭朴客万は、上海仮政府の勢力失墜とともに窮迫を訴へてゐたが、二十三日総督府警務局着電によると、朴は本月十五日支那官…

寺田寅彦『震災日記より』より 1923. 9. 1~2

九月二日。曇 朝大学へ行って破損の状況を見廻ってから、 [中略] 帰宅して見たら焼け出された浅草の親戚のものが十三人避難して来て居た。いづれも何一つ持出すひまもなく、昨夜上野公園で露宿してゐたら巡査が来て支那人の放火者が徘徊するから注意しろと云…

物騒千万な連盟デー、ロシヤ記念日に計画した左傾派の諸団体、間者の密告で露見 『報知新聞』1923. 8. 24

大正十二年八月二十四日(金曜日)報知新聞(市内第二版)第一万六千七百二十三号 (十一) 物騒千万な連盟デー ロシヤ記念日に計画した 左傾派の諸団体 間者の密告で露見 社会主義巨頭連が相ついで検挙されて以来、左傾的分子の運動は漸く悪化して猛烈を加…

与謝野鉄幹 宣戦令の出でたる日つつしみて詠める歌 (八首) 1894. 8. 1/大和田建樹 編『軍人亀鑑 : 日清戦話 上』より 1895. 6. 20

https://dl.ndl.go.jp/pid/773630/1/1 https://dl.ndl.go.jp/pid/773630/1/33 ●宣戦令の出でたる日つつしみて 詠める 鉄幹 与謝野 寛えみし討つ詔勅は出でぬ大地も てる日に裂くる水無月の空捧げよむ小手に涙ぞこぼれける 神の御声のこのおほみこといにしへ…

【リンク·メモ】松井石根 と興亜観音

観音寺の興亜観音愛知県立大学名誉教授 倉橋 正直ピースあいち メールマガジンVol.20https://share.google/m5UJMI3RocA71ksXD 松井石根 と興亜観音山田雄司https://mie-u.repo.nii.ac.jp/record/1039/files/AA115395930090003.pdf 「怨親平等の観音様」松井…

CONVENTION INTERNATIONALERELATIVEÀ LA RÉPRESSION DE LA TRAITE DES BLANCHES. Les Souverains, Chefs d'État et Gouvernements des Puis-sances ci-après désignées, Également désireux de donner le plus d'efficacité possible à la répression du tra…

国体護持の論理 マリアナ失陥による 「絶対国防圏」 の破綻が明らかとなるや、七月二八日 (一九四四年)、大本営陸海軍部は、新たな作戦方針を定めた 「陸海軍爾後の作戦指導大綱」 を策定する。 それ以後の作戦では、本土・南西諸島・台湾・フィリピン方面を次の決…

八月八日政務官会議 1原子爆弾を重視せよ 2政治力強化の為政治界を活用すべし 3軍内の統制必要 幕僚政治の排撃 軍民離間の封殺 地方食料を中心として 八月九日陸軍大臣(予に対し) 飽く迄戦争継続の決意なり 玉砕するも瓦全のなる勿れ 但し外交交渉は活…

歩兵第三十三連隊速射砲中隊 南京附近戦闘詳報 其二 下関附近揚子江岸の戦闘 1937. 12. 13

秘 第三号 自昭和十二年十二月十日 至昭和十二年十二月十三日 南京附近戦闘詳報 其一 紫金山の戦闘 其二 下関附近揚子江岸の戦闘 <十三日 戦死 下一 兵三 負傷 准下一 兵九 十四 負□二> 歩兵第三十三聯隊速射砲中隊【印】 其二 下関附近揚子江岸の戦闘 一、…