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帝国日本の侵掠戦争と植民地支配、人権蹂躙を記憶し、再現を許さないために、ひたすら文書資料を書き取る。姉妹ブログ「歴史を忘れる民族に未来はない!」https://obladioblako.hateblo.jp/ のデータ·ベースを兼ねる。

北一輝 著『日本改造法案大綱』普及版より 1928. 12. 25

北 一輝氏著

  日本改造法案大綱

 

普及版の刊行に際して

 日本改造法案の普及版は吾等多年の期望であつたが、何事も思ふに任せぬことばかりであつた。

 斯の版は同志田中操君の努力によりて刊行せらるゝものである。田中君は一下級船員である。本書を天下に普及せんと欲するが為めに同君は五年間僅かなる賃金を積んで此度の出版費を提供された。吾等は、君の深甚なる志願と不断不屈の努力に対して無限の感激敬意を捧ぐる者である。

 三年前、編集者は著者の意をうけて第三回の公刊頒布をしたことがあるが、田中君の普及版は其れに同じいものである。只異なる悦ぶべき点は、六年前交換の時に当局から伏字にせられた改造行程の手段方法の部が、此度其の大部分を解除されたことである。この事は別に隠れたる同志増田一悦君の努力によるものである。併せて茲に感謝の意を表する次第である。

  昭和三年十月

             編纂者 西田 税

 

 

    凡  例

一、此の改造法案は世界大戦終了の後、大正八年八月上海に於て起草せる者なり。「極秘」を印し謄写に附して未だ公刊に至らざる時、九年一月発売頒布を禁ぜらる。書中に存する削除部分は公刊に際し官憲の削除したるものなり。

二、固より削除せられたる一行一句と雖も日本の法律に違反せる文字に非ざるは論なし。恐らくは単なる行政上の目的に出でしと信ず。従て何等か不穏矯激なる者の伏在せるかに感じて草案者に質問照会する等のなからむことを望む。二三枝を折るも大樹は損傷さるることなし。

三、奈翁戦争が十八世紀と十九世紀とを画せる如く十九世紀の終焉二十世紀の初頭は真に世界大戦の一大段落を以て限らるべし(世紀の更新を十進数に依りて思考すべからず)天の命、二十世紀の第一年を以て此の法案を起草せしめたるを拝謝す。従て前世紀に続出したる旧き哲人等の誤謬多き革命理論を準縄として此の法案を批判する者を僖ぶ能はず。時代錯誤とは是なり。昔者娘をして其の母に背かしめんが為めに来れりと云へる者あり。二十世紀に命じて十九世紀に背くを禁ずる革命論の多きを不審なりとす。

四、 「註」 は固より説明解釈を目的とせるも、語辞悉く簡単明瞭時には只結論のみを綴りし者あり。第二十世紀の人類は聡明と情熱を増進して「然り然り」 「否な否な」にて足る者ならざるべからず。現代世界を展開せしめたる三大発明の中火薬が人類を殺すよりも甚しく、印刷術の害毒世界の頭脳を朽腐し尽くせり。為めに簡明なる一時一物をも迂漫なる愚論なくして解悟する能はざる稚態は阿片中毒者と語る如し。日本改造法案の起草者は当然に革命的大帝国建設の一実行者たらざるを得ず。従て其れが左傾するにせよ右傾するにせよ前世紀的頭脳よりする是非善悪に対して応答を免除されんことを期す。恐らくは閑暇なし。
  大正十二年五月         北 一輝

 

 

日本改造法案大綱目次

  緒  言 ·························································· 一

 巻一 国民の天皇 ·············································· 一

憲法停止――天皇の原義――華族制廃止――普通選挙――国民自由の回復――国家改造内閣――国家改造議会――◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯

 巻二 私有財産限度 ······································· 一七

私有財産限度――改造後の私有財産限度超過者――在郷軍人団会議

 巻三 土地処分三則 ······································· 二七

私有財産限度――私有地限度を超過せる土地の国納――土地徴収機関

 

 

将来の私有地限度超過者――徴集地の民有制――都市の土地市有制――固有たるべき土地

 巻四 大資本の国家統一 ································ 三八

私人生産業限度――私人生産業限度を超過せる生産業の国有――資本徴集機関――改造後支持生産業限度を超過せる者――国家の生産的組織――其一銀行省――其二航海省――其三鉱業省――其四農業省――其五工業省――其六商業省――其七鉄道省――莫大なる国庫収入

 巻五 労働者の権利 ········································ 五一

労働省の任務――労働賃金――労働時間――労働者の利益配当――労働的株主制の立法――借地農業者の擁護――幼年労働の禁止――婦人労働

 

 

 巻六 国民の生活権利 ····································· 六三

児童の権利――国家扶養の義務――国民教育の権利――婦人々権の擁護――国民人権の擁護――勤労者の権利――私有財産の権利

 巻七 朝鮮其の他現在及将来の領土の改造方針                  ············· 八八

朝鮮の郡県制――三原則の拡張――現在領土の改造順序――改造組織の全部施行せらるべき新領土

 巻八 国家の権利 ······································· 一〇五

徴兵制の維持――開戦の積極的権利

  結  言 ·················································· 一二九

 

 

参考論文目次

 『支那革命外史』
 ヴェルサイユ会議に対する最高判決
 ヨッフェ君に訓ぶる公開状
 『国体論及純正社会主義』序文
 第三次公刊「改造法案」序文

 

 

日本改造法案大綱

  緒言

今や大日本帝国は内憂外患 並び到らんとする有史未曽有の国難に臨めり。国民の大多数は生活の不安に襲はれて一に欧州諸国破壊の跡を学ばんとし、政権 軍権 財権を私せる者は只 龍袖に隠れて惶々 其不義を維持せんとす。而して外、英米独露 悉く信を傷つけざるものなく、日露戦争を以て漸く保全を与へたる隣邦支那すら 酬ゆるに却て排侮を以てす。真に東海粟島の孤立。一歩を誤らば宗祖の建国を一空せしめ 危機 誠に幕末維新の内憂外患を再現し来れり。只 天佑 六千万同胞の上に炳たり。日本国民は須らく国家存立の大義と国民平等の人権とに深甚なる理解を把握し、内外思想の清濁を判別採捨するに一点の過誤なかるべし。欧州諸国の大戦は 天 其の驕侈乱倫を罰するにノアの洪水を以てしたるもの。大破壊の後に狂乱狼狽する者に完備せる建築図を求むべからざるは勿論の事。之と相反して、我が日本は 彼に於て破壊の五ヶ年を 充実の五ヶ年として恵まれたり。彼は再建を云ふべく 我は改造に進むべし。全日本国民は心を冷かにして天の賞罰 斯くの如く異なる所以の根本より考察して、如何に大日本帝国を改造すべきかの大本を確立し、挙国 一人の非議なき国論を定め、全日本国民の大同団結を以て終に天皇大権の発動を奏請し、天皇を奉じて速やかに国家改造の根基を完うせざるべからず。

支那 印度 七億の同胞は実に我が扶導擁護を外にして自立の途なし。我が日本亦 五十年間に二倍せし人口増加率によりて 百年後 少くも二億四五千万人を養ふべき大領土を余儀なくせらる。国家の百年は一人の百日に等し。此の余儀なき明日を憂ひ 彼の惨憺たる隣邦を悲しむ者、如何ぞ直訳社会主義者流の巾幗的平和論に安んずるを得べき。階級闘争による社会進化は敢て之を否まず。而も人類歴史ありて以来の民族競争 国家競争に眼を蔽ひて何の所謂科学ぞ。欧米革命論の権威等 悉く其の浅薄皮相の哲学に立脚して 終に「剣の福音」を悟得する能はざる時、高遠なる亜細亜文明の希臘は率先 其れ自らの精神に築かれたる国家改造を終ると共に、亜細亜聯盟の義旗を翻して真個 到来すべき世界聯邦の牛耳を把り、以て四海同胞 皆是仏子の天道を宣布して東西にその範を垂るべし。国家の武装を忌む者の如き 其智見 終に幼童の類のみ。

  巻一 国民の天皇

憲法停止。天皇は 全国民と共に国家改造の根基を定めんが為に 天皇大権の発動によりよりて三年間 憲法を停止し 両院を解散し 全国に戒厳令を布く。

註一。権力が非常の場合 有害なる言論 又は投票を無視し得るは論なし。如何なる憲法をも議会をも絶対視するは英米の教権的デモクラシーの直訳なり。是れデモクラシーの本面目を蔽ふ保守頑迷の者、其の笑ふべき程度に於て 日本の国体を説明するに高天ヶ原的論法を以てする者あると同じ。海軍拡張策の討議に於て東郷大将の一票が醜悪代議士の三票より価値なく、社会改策の採決に於てカルル・マルクスの一票が大倉喜八郎の七票より不義なりと言ふ能はず。由来 投票政治は 数に絶対価値を附して質が其れ以上に価値を認めらるべき者なるを無視したる旧時代の制度を 伝統的に維持するに過ぎず。

註二。クーデターを保守専制の為めの権力濫用と即断する者は歴史を無視する者なり。奈翁[ナポレオン]が保守的分子と妥協せざりし純革命時代に於てクーデターは 議会と新聞の大多数が王朝政治を復活せんとする分子に満ちたるを以て 革命遂行の唯一道程として行いたる者。又 現時露国革命に於てレニンが機関銃を向けて 妨害的勢力の充満する議会を解散したる事例に見るも クーデターを保守的権力者の所為と考ふるは甚しき俗見なり。

註三。クーデターは国家権力 即ち社会意志の直接的発動と見るべし。其の進歩的なる者に就きて見るも 国民の団集 その者に現はるゝことあり。奈翁 レニンの如き政権者によりて現はるゝことあり。日本の改造に於ては国民の団集と元首との合体による権力発動たらざるべからず。

註四。両院を解散するの必要は 其れに拠る貴族と富豪階級が此の改造決行に於て、天皇 及 国民と両立せざるを以てなり。憲法を停止するの必要は 彼等が其の保護を将に一掃せんとする現行法律に求むるを以てなり。戒厳令を布く必要は 彼等の反抗的態度を弾圧するに最も拘束されざる国家の自由を要するを以てなり 而して無智半解の革命論を直訳して此の改造を妨ぐる言動をなす者の弾圧をも含む。

天皇の原義。天皇は国民の総代表たり、国家の根柱たるの原理 主義を明かにす。この理義を明らかにせんが為に 神武国祖の創業 明治大帝の革命に則りて[27伏せ字]以て天皇を補佐し得べき器を広く天下に求む。

天皇を補佐すべき顧問院を設く。顧問院議員は天皇に任命せられ 其の人員を五十名とす。

顧問院議員は内閣会議の決議 及 議会の不信任決議に対して天皇に辞表を捧呈すべし。

但、内閣 及 議会に対して責任を負ふものに非ず。

註一。日本の国体は三段の進化をなせるを以て 天皇の意義 亦 三段の進化をなせり。第一期は藤原氏より平氏の過渡期に至る専制君主国時代なり。此間 理論上 天皇は凡ての土地と人民とを私有財産として所有し 生殺与奪の権を有したり。第二期は源氏より徳川氏に至るまでの貴族国時代なり。此間は各地の群雄 又は諸侯が各其範囲に於て土地と人民を私有し 其上に君臨したる幾多の小国家 小君主として交戦し聯盟したる者なり。従て天皇は第一期の意義に代ふるに、此等小君主の盟主たる幕府に光栄を加冠する羅馬法王として、国民信仰の伝統的中心としての意義を以てしたり。此進化は欧州中世史の諸侯国 神聖皇帝 羅馬法王と符節を合する如し。第三期は武士と人民との人格的覚醒によりて 各その君主たる将軍 又は諸侯の私有より開放されんとしたる維新革命に始まれる民主国時代なり。此時よりの天皇は純然たる政治的中心の意義を有し、此の国民運動の指揮者たりし以来 現代民主国の総代表として国家を代表する者なり。即ち維新革命以来の日本は天皇を政治的中心としたる近代的民主国なり。何ぞ我に乏しき者なるかの如く彼のデモクラシーの直訳輸入の要あらんや。此の歴史と現代とを理解せざる頑迷国体論者と欧米崇拝者との争闘は 実に非常なる不祥を天皇と国民との間に爆発せしむる者なり。両者の救ふベからざる迷妄を戒む。

註二。国民の総代者が投票当選者なる制度の国家が 或る特異なる一人なる制度の国より優越なりと考ふるデモクラシーは全く科学的根拠なし。国家は各々其国民精神と建国歴史を異にす。民国八年までの支那が前者たる理由によりて 後者たる白耳義より合理的なりと言ふ能はず。米人のデモクラシーとは 社会は個人の自由意志による自由契約に成ると云ひし当時の幼稚極まる自大思想によりて、各欧州本国より離脱したる個々人が村落的結合をなして国を建てたる者なり。其の投票神権説は当時の帝王神権説を反対方向より表現したる低能哲学なり。日本は斯る建国にも非ず、又 斯る低能哲学に支配されたる時代もなし。国家の元首が売名的多弁を弄し 下級俳優の如き身振を晒して当選を争う制度は、沈黙は金なりを信条とし 謙遜の美徳を教養せられたる日本民族に取りては 一に奇異なる風俗として傍観すれば足る。

註三。現代の宮中は中世的弊習を復活したる上に欧州の皇室に残存せる別個の其等を加へて、実に国祖建国の精神たる 平等の国民の上の総司令者を遠ざかること甚し。明治大帝の革命は此の精神を再現して近代化せる者。従て同時に宮中の廓清を決行したり。之を再びする必要は 国家組織を根本的に改造する時 独り宮中の建築のみ傾柱壊壁のままに委ぬる能はざればなり。

註四。[すべて伏せ字]

[中略]

  巻八 国家の権利

徴兵制の維持。国家は国際間に於ける国家の生存 及び発達の権利として 現時の徴兵制を永久に亘りて維持す。
現役兵に対して国家は俸給を給付す。
兵営 又は軍艦内に於ては階級的表章以外の物質的生活の階級を廃止す。現在 及び将来の領土内に於ける異民族に対しては義勇兵制を採用する者あるべし。

[中略]

開戦の積極的権利。国家は自己防衛の外に不義の強力に抑圧さるる他の国家 又は民族の為めに戦争を開始するの権利を有す。(即ち当面の現実問題として印度の独立 及び支那保全の為めに開戦する如きは国家の権利なり)。

国家は又 国家自身の発達の結果 他に 不法の大領土を独占して人類共存の天道を無視する者に対して戦争を開始するの権利を有す。(即ち当面の現実問題として豪州 又は極東西比利亜を取得せんがために其の領有者に向て開戦する如きは国家の権利なり)。

[中略]

  結言

…印度文明の西したる小乗的思想が西洋の宗教哲学となり、印度其者に跡を絶ち、経過したる支那 亦 其形骸を存して独り東海の粟島に大乗的宝蔵を密封したる者。茲に日本化し 更に近代化し 世界化して 来るべき第二大戦の後に復興して全世界を照すとき 往年のルネサンス 何ぞ比するを得べき。東西文明の融合とは 日本化し世界化したる亜細亜思想を以て今の低級なる所謂文明国民を啓蒙することに存す。

天行健なり。国は興り 国は滅ぶ。欧州諸国が数百年以上にジンギス汗 オゴタイ汗等 蒙古民族の支配を許さざりし如く、アングロサクソン族をして地球に闊歩せしむる 尚 幾年かある。歴史は進歩す。歴史に階梯あり。

東西を通じたる歴史的進歩に於て 各々 其の戦国時代に亜ぎて封建国家の集合的統一を見たる如く、現時までの国際的戦国時代に亜ぎて来るべき可能なる世界は、必ず世界の大小国家の上に君臨する最強なる国家の出現によりて維持さるる封建的平和ならざるべからず。国境を撤去したる世界平和を考ふる各種の主義は 其の理想の設定に於て、是れを可能ならしむる幾多の根本的条件 即ち人類が更に重大なる科学的発明と神性的躍進とを得たる後なるべきことを無視したる者。全世界に与へられたる現実の理想は 何の国家 何の民族が豊臣 徳川たり 神聖皇帝なるかの一事あるのみ。日本民族は主権の原始的意義 統治権の上の最高の統治権が国際的に復活して、「各国家を統治する最高国家」の出現を覚悟すべし。「神の国は凡て謎を以て語らる。」嘗て土耳古の弦月旗ありき。ヴェルサイユ宮殿の会議が世界の暗夜なりしことは 其れを主裁したる米国の星条が黙示す。英国を破りて土耳古を復活せしめ、インドを復活せしめ、支那を自立せしめたる後は、日本の旭日旗が全人類に天日の光を与ふべし。世界各地に予言されつつある基督の復活とは実にマホメツトの形を以てする日本民族の経典と剣なり。

日本国民は速かに此の日本改造法案大綱に基きて国家の政治的経済的組織を改造し 以て来るべき史上未曽有の困難に面すべし。日本は亜細亜文明の希臘として已に強露波斯をサラミスの海戦に破砕したり。支那 印度 七億民の覚醒 実に此の時を以て始まる。戦なき平和は天国の途に非ず。

 

日本改造法案大綱
著者:北一輝
出版者:西田税
1928年普及版
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1273534