木村守江(Ⅰ/65i 軍医見習士官)手記「先日は…捕虜二万余の始末に困ったことを書いたと思ふ。…捕虜をどうしたかと言ふことは《軍司令官の令に由った丈》で此処には書くことが出来ぬから御想像にまかせることにする」(夕刊 磐城時報,1938年1月24日,第7124号,1面)
軍司令官=朝香宮鳩彦王
↑https://twitter.com/silakan_duduk/status/1400873675021115393
木村守江(Ⅰ/65i 軍医見習士官)手記「先日は…捕虜二万余の始末に困ったことを書いたと思ふ。…捕虜をどうしたかと言ふことは《軍司令官の令に由った丈》で此処には書くことが出来ぬから御想像にまかせることにする」(夕刊 磐城時報,1938年1月24日,第7124号,1面)
軍司令官=朝香宮鳩彦王
↑https://twitter.com/silakan_duduk/status/1400873675021115393