このころ海陸軍の士、沙上に偶語して朝命を待たずみづから生蕃を討たんと謀る者あるを聞き、副島これを憂ふ。すならち勧喩して曰く、壮心義気、君上のためにあらざるなし。もし名を正しくしてこれを征せずんば寇と等しきのみ。幸に暴虎馮河するなかれ。種臣これを謀るに、慮るべきもの三つあり。外国、台湾を睨見する久し。一なり。清国わずかに半偏を治めておのづから全有すといへる、二なり。生蕃の野性勝つことを好み、死しての後を負とす。三なり。種臣、願くば外務の権に拠ってこの三慮を除き、しかして後、もっぱら諸君の力を用ひこの地を取って我が有となし、永く皇国の南門を鎮めんことを。この輩これを聴き、はじめて過激の気を慰む。箇中、あるひと曰く、すでに討つべからずんば彼地に漫遊し、責めては流民の体骨を拾ひ得て帰らんと。真情また語を絶せざらんや。
此頃海陸軍ノ士沙上ニ偶語□[=シテ]朝命ヲ待タス自ラ生蕃ヲ討タント謀ル者有ルヲ聞キ副島之ヲ憂フ乃チ勸喩□[=シテ]曰壮心義氣君上ノ為メニ非サル無シ若シ名ヲ正ク□[=シテ]之ヲ征セ不ンハ寇ト等キ耳ミ幸ニ暴虎馮河スル勿レ種臣是ヲ謀ルニ慮ル可キ者三ツ有リ外國臺湾ヲ睨見スル久矣一也清國僅ニ半偏ヲ治テ自ラ全有スト謂モ[ママ]ヘル二也生蕃ノ野性勝ツヿ[=コト]ヲ好ミ死□[シテ]ノ後ヲ負トス三也種臣願クハ外務ノ權ニ據テ此三慮ヲ除キ而シテ后專ラ諸君ノ力ヲ用ヒ此地ヲ取テ我カ有ト為シ永ク皇國ノ南門ヲ鎮メンヿ[=コト]ヲ此軰之ヲ聴キ始テ過激ノ氣ヲ慰ム箇中或ヒト曰既ニ討ツ可ラ不ンハ彼地ニ漫遊シ責テハ琉民ノ體骨ヲ拾ヒ得テ歸ラント不亦真情絶語乎
↑「単行書・副島使清紀略・全」JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.A04017196800、単行書・副島使清紀略・全(国立公文書館) https://www.jacar.archives.go.jp/das/meta/A04017196800