Ob-La-Di Oblako 文庫

帝国日本の侵掠戦争と植民地支配、人権蹂躙を記憶し、再現を許さないために、ひたすら文書資料を書き取る。姉妹ブログ「歴史を忘れる民族に未来はない!」https://obladioblako.hateblo.jp/ のデータ·ベースを兼ねる。

「皆紅の扇の日出したる」『平家物語』巻十二「扇的」より

 阿波、讃岐に平家を背けて、源氏を待ちける者ども、この洞、かの谷より馳せ来たりて加はる源氏、程もなく三百余騎にぞ成りにける。今日は日暮ぬ。勝負決せじ。明日の [いくさ] と定めて、源氏引き退かんとする処に、奥の方より [かざ] り尋常にしたる小船一艘、渚に寄す。渚一町ばかり隔て、船を横様になす。いかにと見る処に船船の内より、赤き袴に五衣 [いつつぎぬ] 着たる女の実に優なりけるが出で、皆紅 [くれない] の扇の、日出したるを、舷 [ふなべり] にはさみ立て、陸 [くが] へ向けてぞ招きける。

 判官これを見給ひて、後藤兵衛実基を召して、「いかに実基、あれはいかに」 と宣へば、後藤兵衛、「射よにてぞ候ふらむ。但し計り事と覚へ候ふ。大将軍、定めて矢面に進み出で、傾城を御覧せんずらむ。その時、手垂をもて、射落さむとの計と覚え候ふ。とも候へ、急ぎ扇をば射させらるべうや候ふらむ」 と申す。「射るべき者は無ひか。」 「などか候はざるべき。強弓精兵いくらも候へども、まづ下野の国の住人、那須の太郎助宗が子に、与一助孝 [すけのり] こそ小兵で候へども、手は聞きて候へ。」 「証拠は有るか。」 「さん候ふ懸鳥をも三寄に二寄は軽う仕り候ふ」と申す。「さらば与一召せ」 とて、召されけり。

 与一そのころ十八か九かの男なり。に赤地錦にて鰭袖いろへたる直垂に、萌黄匂の鎧着て、足白の太刀佩き、中黒矢のその日の軍に射捨て少々残りたるを、薄切文に鷹羽矯め交ぜたるぬた目の鏑ぞ差し副へたる

 

 

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二月十八日ノ酉剋ニ讃岐國屋嶋礒ニテ終ニ死ニケリ官是ヲ
悲ミ給テ<ノ> 邊ニ僧ヤ有ト宣テ僧一人尋出シ給フ判官此僧ニ向テ
只今終ル手屓ノ為ニ一日経書訪テタヒ候ヘトテ<ノ> 谷鵯超乗テ
落タリシ秘蔵ノ馬ヲ此僧ニソ引レケル黒キ馬ノ大逞ニ金覆輪
鞍ヲソ被置タル鵯越ヲ落シ給テ後餘リニ秘蔵シテ我五位尉ヲハ
此馬ニ讓也トテ大捕黒ト名付ラレタル秘蔵ノ馬ヲ被引ケルヲ見テ
兵共此君ノ御為ニ捨 <ン> 命事惜ト感合テ守鎧ノソテヲソヌラシ
ケル阿波讃岐ニ平家ヲ背ケテ源氏ヲ待ケル者共此ノ洞彼ノ谷

ヨリ馳来テ加ハル源氏䄇モナク三百余余騎ニソ成ニケル今日ハ日暮ヌ
勝屓決セシ明日ノ軍ト定テ源氏引退ントスル処ニ奥ノ方ヨリ荘 [カサ]
尋常ニシタル小舩一艘渚ニヨス渚一町计 <リ> 隔テ舩ヲ横樣ニナスイカ
ニト見ル処ニ舩ノ内ヨリ赤キ袴ニ栁五衣着タル女ノ實ニ優也ケルカ
出テ皆紅ノ扇ノ日出シタルヲ舷ニハサミ立テ陸ヘ向テソ招キケル
判官是ヲ見給テ後藤兵衞實基ヲ召テ何ニ實基アレハイカ
ニト宣ヘハ後藤兵衞射ヨニテソ候覧但シ計事ト覚ヘ候
將軍定テ矢面ニ進ミ出テ・傾城ヲ御覧センスラム・其時手垂ヲモテ・

https://opac.kokugakuin.ac.jp/library/lime/h16_08_11/pages/page017.html

射落トノ計ト覚候トモ候ヘ急キ扇ヲハ射サセラルヘウヤ候覧ト
申ス射者ハ無ヒカ何トカ候ハサルヘキ強弓精兵イクラモ候ヘ共
<ツ> 下野國 <ノ> 住人那須 <ノ>太郎助宗カ子ニ与一助孝 [ノリ] コソ小兵テ候ヘ
トモ手ハ聞テ候ヘ證據ハ有カサン候懸鳥ヲモ三寄ニ二寄ハ軽ウ
仕リ候ト申スサラハ与一召セトテ召ケリ与一其 <ノ> 比十八カ九カノ男也
褐ニ赤地錦ニテ鰭袖イロヘタル直垂ニ萌黄匂ノ鎧着テ
白ノ太刀佩中黒矢ノ其日ノ軍ニ射捨テ少々残タルヲ薄切文ニ
鷹羽矯交タルタ目ノ鏑ソ差副タル二所藤ノノ弓脇挟ミ甲ヲ

テ髙紐ニ懸判官ノ前ニ畏 <ル> ・判官何ニ与一傾城ノ立テタル
扇ノ真中射テ人ニ見物セサセヨトソ宣ケル与一申ケルハ是ヲ射
候ハン事ハ不定・射損セン事ハ一定ニテ候射損シ候物ナラハ
御方ノ長キ御ニテ候ハン自余ノ人ニ仰付ラルヘウヤ候覧ト
申ス判官嗔テ鎌倉ヲ出テ西國ヘ向ハン殿原ハ皆義経カ命ヲ
背クヘカラスソレニ子細ヲ被申殿原ハ自是可上トソ宣ケル
一重テ申テハ悪カリナントヤ思ケム御前ニツヰ立テ鵇毛駮ナル
馬ニ黒鞍置テ打乗テ渚ノ方ヘ静ニ歩セテ行ケレハ兵共追樣ニ

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見之一定此若者ハ仕ツト覚候ト口々ニ申セハ判官モ見送給テヨニモ
憑シケニソ被思タル渚ヨリ打臨テ見レハ矢比少シ遠カリケル間遠
浅ナレハ馬ノ太腹ヲ浸ル䄇ニ打入テ見レハ今扇ノ遠ク六七段计ハ
有覧トソ見ヘシ折節風吹テ舩ユリアケユリスへ扇𫝶敷ニモ定マラス
ヒラメイタリ奥ニハ平家一面ニ舩ヲ並テ見物ス後ヲ見レハ汀ニハ御
方源氏轡?ヲ並テ引ヘタリ何レモ晴ナラスト云事ナシ猶モ風鎮ラ
サレハ扇𫝶敷ニモ不定与一何ニスヘキ樣モ無クテ暫ク目ヲ塞キ仰
天ニ祈念申ケルハ帰命頂礼御方ヲ護ラセ御坐ス 正八幡

大菩薩殊ニハ我國ノ神明日光權現宇都宮大明神々々々ハ
氏子一人ヲハ千金ニモ <不>替トコソ御誓候ナレ是ヲ射損候物ナラハ
弓切折テ海ニ沈メ大竜ノ眷族ト成テ永ク武士ノアタト成ンスル
候今一度本國ヘ迎ント被思食候ハ扇ノマ中射サセ給ヘト心中ニ祈
請シテ目ヲ見開ヒタレハ風サシ止テ扇射ヨケニ見タリケリ小兵ト
云定十二束ニ伏有ケル鏑ヲ取テ番ヒ暫シ持テ放ツ弓矢ハ勁シ
浦響䄇ニ鳴渡テ扇ノ金目ヨリ上一寸计置テヒフツト射切リ
タレハ扇コラヘス三ニサケテ空ヘアカリ風ニ一操揉マレテ海ヘサツトソ

 

https://opac.kokugakuin.ac.jp/library/lime/h16_08_11/pages/page019.html

散タリケル皆紅ノ扇ノ日出シタルカ夕日ニ耀テ白浪ノ上ニ浮ヌ沈ヌ
ユラレケレハ見之平家ハ舷ヲ扣テ喚タリ御方ノ源氏ハ箙ヲ叩テ
トヨミケリ平家ノ方ヨリ餘ノ面白サニ舩ノ中伏編目ノ腹巻ニ白
柄長刀持タル武者一人出暫舞タリケリ伊㔟三郎与一カ後ヘ
歩セ寄テ御定テ有テ憎ヒ奴ノ二ノ舞哉仕レト云ケレハ与一今度ハ
中差取テ番ヒヨ引テ射ルシヤ頸ノ骨ヲヒヤウツト被射テ舞倒レ
ニソシタリケル源氏方ニハ又□ [竹冠に白] ヲ扣テトヨミケリ平家ノ方ニハ音モセス
平家是ヲ無本意ヤ思ケム小舩一艘長刀ヘ寄ス舩ノ内ヨリ長

國學院大學図書館 デジタルライブラリー
平家物語 巻十一室町時代写 屋代本

   扇的

 さる程に阿波、讃岐に平家を背きて源氏を待ちける兵ども、あそこの嶺、ここの洞より十四五騎、二十騎うちつれうちつれ馳せ来たる程に、判官ほどなく三百余騎にそなり給ひぬ。「今日は日暮れぬ。勝負を決すべからず」 とて、源平ともに引き退くところに、ここに沖の方より尋常に飾りたる小船を一艘、汀へ向けて漕ぎ寄させ、渚七八段ほどなりしかば舟を横様になす。あれはいかにと見るところに、船の中より年の齢十八九計りなる女房の、柳の五きぬに紅の袴着たるが、紅の扇の日出いたるを舟のせがいにはさみ立て、陸へ向けてぞ招きたる。

 判官、後藤兵衛実基を召して、「あれはいかに」 と宣へば、「射よとにこそ候めれ。ただし大将軍の矢面に進んで傾城を御覧ぜられんところを、手だれにねらふて射落せとの謀とこそ存じ候へ。さりながらも扇をば射させらるべうもや候ふらん」 と申ければ、判官、「御方に射つべき仁は誰か有る」 と宣へば、「上手ども多う候ふ中に、下野の国の住人、那須太郎資高が子に与一宗高こそ、小兵では候へども

 

https://dl.ndl.go.jp/pid/1286907/1/22

弓箭取る毛能敵農矢尓當天死ぬる事
元与利期する所天こ曽候へ就中源平能
御合戦尓奥州佐藤三郎兵衞嗣信と云介ん者
讃岐國八嶋乃磯尓天主能御命尓代利天
討連多利候と末代迄乃物語尓申さ連ん叓
今生能面目冥途農思出奈流へしと天
只よハ利尓曽よハ利遣流判官もあハ連に
おもひ給ひ天鎧農袖を曽ぬらさ禮遣流
□有天此邊尓た川とき僧やあると天一
尋年出さ連多利手屓能只今死候を一日

弓箭取るもの敵の矢に當て死ぬる事
元より期する所てこそ候へ就中源平の
御合戦に奥州佐藤三郎兵衞嗣信と云けん者
讃岐國八嶋の磯にて主の御命に代りて
討れたり候と末代迄の物語に申されん叓
今生の面目冥途の思出なるへしとて
只よはりにそよはりける判官もあはれに
おもひ給ひて鎧の袖をそぬらされける
□有て此邊尓たにつとき僧やあるとて一人
尋ね出されたり手屓の只今死候を一日

經書天とふらひ給へと天黒き馬のふとう
たくましきに好鞍置天彼僧尓曽多ひ尓ける
此馬と申ハ判官五位尉尓なら禮し時是をも
五位尓奈し天太夫黒とよハれし馬也一谷能後
鵯越をも此馬尓天曽落さ連遣る弟忠信を
始とし天是を見る侍共皆涙越流て此君乃
御為尓命越失ハん事ハ全く露塵程も
扵し可らしと曽申遣流
  扇的
去程尓阿波讃岐耳平家を背て源氏越

經書てとふらひ給へとて黒き馬のふとう
たくましきに好鞍置て彼僧にそたひにける
此馬と申は判官五位尉になられし時是をも
五位になして太夫黒とよはれし馬也一谷の後
鵯越をも此馬にてそ落されける弟忠信を
始として是を見る侍共皆涙を流て此君の
御為に命を失はん事は全く露塵程も
おしけらしとそ申ける
  扇的
去程に阿波讃岐に平家を背て源氏を

https://dl.ndl.go.jp/pid/1286907/1/23

待遣る兵ともあ曽こ能嶺古ゝ濃洞よ利
十四五騎廿騎うち津連/\馳來る程尓
判官本と奈く三百餘騎尓曽奈り給ひぬ
今日ハ日暮ぬ勝屓を決須偏可ら須と天
源平共に引退く處に爰に沖農方よ利
尋常耳飾多流小舩を一艘汀へ向て
漕寄さ勢渚七八段尓毛奈利し可ハ舟を
横様尓な須あ連は以可耳と見る處に
舩能中よ利年濃齢十八九計な流女房乃
栁乃五きぬに紅農袴着多る可皆紅乃扇能

待ける兵ともあそこの嶺こ〻の洞より
十四五騎廿騎うちつれ/\馳來る程に
判官ほとなく三百餘騎にそなり給ひぬ
今日は日暮ぬ勝屓を決すへからすとて
源平共に引退く處に爰に沖の方より
尋常に飾たる小舩を一艘汀へ向て
漕寄させ渚七八段にもなりしかは舟を
横様になすあれはいかにと見る處に
舩の中より年の齢十八九計なる女房の
栁の五きぬに紅の袴着たるか皆紅の扇の

日出以多るを舟能可以尓者さミ立陸へ
向天曽招き當る判官後藤兵衞實基を召天
あ連盤い可尓登宣へハ射よとにこ曽候め連
たゝし大將軍能矢面耳進ん天傾城越
御覧ら礼ん處を手多礼耳袮らふ天
射落との謀登こ曽存候へさ利奈可らも
扇をハ射させら流へうもや候らん登申け連ハ
判官御方に津へ貴仁ハ誰可有と宣へハ
上手共多う候中に下野國住人那須太郎
資髙可子尓与一宗高こ曽小兵ては候へ共

日出いたるを舟のせかいにはさみ立陸へ
向てそ招きたる判官後藤兵衞實基を召て
あれはいかにと宣へは射よとにこそ候めれ
たたし大將軍の矢面に進んて傾城を
御覧せられん處を手たれにねらふて
射落せとの謀とこそ存候へさりなからも
扇をは射させらるへうもや候らんと申けれは
判官御方に射つへき仁は誰か有と宣へは
上手共多う候中に下野國住人那須太郎
資髙か子に与一宗高こそ小兵ては候へ共

https://dl.ndl.go.jp/pid/1286907/1/24

手ハき以天候と申春判官證據ハい可尓登
乃多まへハさん候懸鳥那とをあら曽ふ天
三尓二ハか奈ら須射落候と申介礼盤判官
さらハ与一召と天召連介利与一其比盤
いま多二十計濃をのこな利可ち尓赤地錦を
も川天壬衽いろゑ多る直垂尓萌黄威乃
鎧着天足白能太刀を帯廿四さ以多流
截生矢屓う須き利婦尓鷹能羽春利あハ卋天
者以多利遣流ぬ多め乃鏑を曽差添多累
滋藤弓脇尓挟ミ甲を脱天多可ひも尓懸

判官能御前尓畏流判官以可尓宗高あ能扇乃
真中射て敵尓見物させよ可しと宣へ盤
与一仕川共存候ハ須是を射損須る程奈らハ
な可き御方濃御弓箭乃幾寸尓天候へし
一定仕らう須る仁尓仰付ら流へうもや
候らんと申介連は判官大尓怒天今度
鎌倉を立天西國へ赴可んす流者共ハ皆
義経可命をは背へ可ら須曽連尓少しも
子細を存せん殿原ハ是よりとう/\鎌倉へ
帰ら流へしと曽宣ひ介流与一重年て辞

https://dl.ndl.go.jp/pid/1286907/1/25

あし可利なんとやおもひ介んさ候ハゝ
者津連んをは志利候まし御諚天候へは
仕川天こ曽見候らはめと天御前を罷立
黒き馬のふとう多くまし幾にま路ほや
す川多流金覆輪巻鞍を置天曽乗た利遣る
弓執な本し手綱か以久以て汀へ向天曽
遣る御方能兵共与一可後を遥耳
見送天一定此若者仕利津べう存候登申遣れハ
判官もよに頼し氣尓曽見給ひ介流矢古路
少し遠可利介礼盤海著?扵も天一段ハ可利

打入多利介連共猶扇農交ハ七段ハ可利も
あるらんと曽見えし比盤二月十八日
酉剋計の叓奈るに折節北風ハ希しくて
磯う津浪も高関利介利舩ハ搖上搖居て
たゝよへ盤扇も串尓定まら須ひらめ以多利
澳尓ハ平家舩を一面尓ならへ天見物須
陸尓ハ源氏轡越並天是をミ流何連も/\
晴なら須と云事奈し与一目をふさ以天
南無八幡大菩薩別し天盤我國乃神明
日光權現宇都宮那須湯泉大明神願ハ久ハ

https://dl.ndl.go.jp/pid/1286907/1/26

安能扇能眞中射さ勢天たハ卋たまへ
射損する本と奈らハ弓切折自害し天人尓
二度面を向へ可ら須今一度本國へ向へん登
思食さハ此矢者津さ卋給ふ奈と心乃中尓
祈念し天目を見開多連は風少し吹弱天
扇も射よけ尓こ曽な利尓介禮与一鏑を
取川天つ可ひよ川ひ以てひやう登者奈津
小兵と以ふちやう十二束三ふせ弓ハ強し
鏑ハ浦響く程に長鳴し天あやま多須
扇能可那め際一寸计をいてひ以婦津と曽

射切堂る鏑は海尓入介連は扇ハ空へ曽
あ可利介る春風尓一揉二揉もま連天
海へさ川と曽散堂利氣流ミ那紅農扇能
日出多る可夕日尓かゝやい天白浪能上尓
漂ぬ沈ぬ搖ら禮介るを澳尓ハ平家舷越扣天
感した利陸尓ハ源氏箙を扣天と与めき介利
 弓流
感尓堪須と覚敷天平家能方よ利年農齢
五十ハ可利奈る男濃黒革威の鎧着たる可
白柄農長刀杖尓津き扇立多流所尓立天

https://dl.ndl.go.jp/pid/1286907/1/27

舞志め多利伊勢三郎義盛与一可後耳
歩を寄卋天御諚天あ流曽是をも仕連登
以ひけ連盤与一今度ハ中差取天津可ひ
よ川ひ以天舞すまし多流男能真多ゝ中越
ひやう津者登射天舩底へ真倒尓射倒須
射多利登以ふものもあ利いや/\
情奈しと云者もお本可利介利平家濃方尓ハ
音も卋須源氏能方尓は又えひらを扣天
と与めき介利平家是越本意なしとや
扵もひ介ん弓も川天一人楯津以天一

長刀持て一人武者三人渚尓あ可利源氏
衆を寄卋よやと曽招き遣る判官安可らぬ
事也馬強ならん若黨共馳寄天蹴散卋と
乃多まへハ武蔵國住人羙尾屋四郎同藤七
同十郎上野國住人丹生四郎信濃國住人
木曽中次五騎津連天扵め以天かく
先楯乃影よ利ぬり乃に黒本者以多流
大能矢を持て真先尓進多る義尾十郎可
馬能㔫乃む奈か以津くし尓筈乃かく流ゝ
ほと尓曽射籠多る屏風を関へ須やうに

↑『平家物語』巻11,下村時房,〔慶長年間〕. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1286907 (参照 2024-05-20)

 

(中院本 慶長年間 1596~1615 年)

   なすの与一あふぎをいる事

 さる程にこの日ころ、あはさぬきに、平家をそむきて、源氏をまちけるものども、かしこのほら、ここの谷より、はせきたりてくははる間、源氏のせい、程なく三百余騎になりにけり。「けふは日暮れぬ。せうぶはけっせじ」 とて、源平たがいにひきしりぞく所に、をきのかたより、じんじゃうにかざりたる小舟一そうなぎさへよす。渚一ちゃうばかりへだたてて、舟をよこざまになす。舟のなかより、あかきはかまにやなぎの五きぬきたる女房の、十七八に見えて、まことにいうあるがみなくれないのあふぎの、つまに日いたしたるを、舟のせがいにはさみつつ.くがへむけてぞまねきたる。

 判官これを見給ひて、ごとうひゃうゑさねもとをめして、「あれはいかに」 との給へば、「いよとにこそ候めれ。ただしはかりこととおぼえて候ふ。大将軍さだめて矢おもてにすみみいでて、けいせいをみんずらん。その時てだれをもていおと
さんとにや候ふらん。さるにても、あふぎをばいさせらるべく候ふか」 と申せば、「いつべきものはなきか。」 「いかでか候はでは候へき。つよゆみ、せいひゃう、いくらも候へども、しもつけの
国のぢう人、なすの太郎すけたたが子に

 

https://dl.ndl.go.jp/pid/2543852/1/25

けるを只今津きのふ可多め尓ひ可礼介礼
者.諸国能さふらひともこ礼を見て.此馬能
御多め耳.死なんする命ハ.さら耳
扵し可ら須とかんして.見奈よろひ能袖をそ
ぬらしける
 な寸乃与一あふきをいる事
去程耳此日比.あハさぬき尓.平家をそ
むきて.源氏をまちけりものとも.可しこ乃
本ら.古ゝ乃谷よ利.はせき多りてく王ハる
間.源氏のせい.程なく三百余騎尓な利耳

けるを只今つきのふかためにひかれけれ
は.諸国のさふらひともこれを見て.此馬の
御ために.死なんする命は.さらに
おしからすとかんして.みなよろひの袖をそ
ぬらしける
 なすの与一あふきをいる事
去程に此日比.あはさぬきに.平家をそ
むきて.源氏をまちけるものとも.かしこの
ほら.ここの谷より.はせきたりてくわはる
間。源氏のせい。程なく三百余騎になりに

 

https://dl.ndl.go.jp/pid/2543852/1/26

介利.介ふハ日暮ぬ.せう婦ハ介川せしとて.
源平多可い耳ひき志利そく所耳.を起
乃か多よ利.志んしやうにかさ利たる.小舟
一そう奈きさへよ寸.渚一ちやうは可利遍
多てゝ.舟をよこさ満尓な寸.舟の中よ利.
あ可き者可満耳.や奈きの五きぬき多る.
女房能.十七八尓見えて.満ことにいうなる
可.見奈く礼ない能あふきの.津満尓日い多
し多るを.舟能せ可い耳者さミ津ゝ.具
可へむけてそ満祢き多る.判官是を見給て.

けり.けふは日暮ぬ.せうふはけつせしとて.
源平たかいにひきしりそく所に.をき
のかたより.しんしやうにかさりたる.小舟
一そうなきさへよす.渚一ちやうはかりへ
たてゝ.舟をよこさまになす.舟の中より.
あかきはかまに.やなきの五きぬきたる.
女房の.十七八に見えて.まことにいうなる
か.みなくれないのあふきの.つまに日いた
したるを.舟のせかいにはさみつゝ.く
かへむけてそまねきたる.判官是を見給て.

 

ことうひやう恵さ年もとをめして.あ礼盤
い可尓との給へ者.いよと尓こ曽候めれ.
多ゝしは可利ことゝお本えて候.大將軍.
佐多めて矢扵もてにすゝ見いてゝ.けいせい
を見ん春らん.その時て多れをもてい扵と
さんと尓や候らん.さる尓て毛.あふきを者
いさせらる遍具候加と申せ者.いつ遍支もの
ハ奈き可.い可て可候ハてハ候遍支.津よゆミ
せいひやうい久ら毛候へとも.志毛津け乃
國のちう人.な寸乃太郎すけた〻可子耳.

ことうひやうゑさねもとをめして.あれは
いかにとの給へは.いよとにこそ候めれ.
たゝしはかりことゝおほえて候.大將軍.
さためて矢おもてにすゝみいてゝ.けいせい
を見んすらん.その時てたれをもていおと
さんとにや候らん.さるにても.あふきをは
いさせらるへく候かと申せは.いつへきもの
はなきか.いかてか候はては候へき.つよゆみ
せいひやういくらも候へとも.しもつけの
國のちう人.なすの太郎すけたたか子に.

 

https://dl.ndl.go.jp/pid/2543852/1/27

与一春けむ年こ曽.小ひやう耳てハ候へ
とも.手ハきゝて候ヘ.せうこハある可.さ候.
可け鳥をも.三の矢耳.二ハ多やすく津可
まつ利候と申.さら者与一めせとてめさ礼
介利.与一其比十八九の男也.可ち乃あ可ち
能尓しきをもて.大くひハ多けていろ恵た
流ひた〻連尓.もよ [→え] き尓本ひ乃よろいきて.
あし志ろ能太刀ハき.中くろ能矢.其日の
いくさ耳い春てゝ.せう/\乃こ利た利
介る尓.き利ふ耳.多可の羽.ハきませ多る.

与一すけむねこそ.小ひやうにては候へ
とも.手はきゝて候ヘ.せうこはあるか.さ候.
かけ鳥をも.三の矢に.二はたやすくつか
まつり候と申.さらは与一めせとてめされ
けり.与一其比十八九の男也.かちのあかち
のにしきをもて.大くひはたけていろゑた
るひたたれに.もえきにほひのよろいきて.
あししろの太刀はき.中くろの矢.其日の
いくさにいすてゝ.せう/\のこりたり
けるに.きりふに.たかの羽.はきませたる.

 

ぬ多め能可ふらをそ佐しそへたる. 二ところ
とう乃弓和き尓者さ三.可ふとを者ぬいて
多可ひ茂尓可け.馬よ利お利て.者んく王ん
能御前に可しこまる.判官.い可尓与一.あの
多て多るあふきの満中いて.人耳見物
せさせよ加しとのたまへ者.与一加しこ満
て申けるハ.此あふき.津可まつ利扵ふせん
事ハふちやう.いそんせん事ハ介川定
耳候.もしいそんして候物なら者.な加く.
御可多の弓矢能きすて候へし.志よ能人尓.

ぬためのかふらをそさしそへたる. 二ところ
とうの弓わきにはさみ.かふとをはぬいて
たかひもにかけ.馬よりおりて.はんくわん
の御前にかしこまる.判官.いかに与一.あの
たてたるあふきのま中いて.人に見物
せさせよかしとのたまへは.与一かしこま
て申けるは.此あふき.つかまつりおふせん
事はふちやう.いそんせん事はけつ定
に候.もしいそんして候物ならは.なかく.
御かたの弓矢のきすて候へし.しよの人に.

 

https://dl.ndl.go.jp/pid/2543852/1/28

扵保津けらる遍うや候らんと申遣礼者.
判官い可利ての給けるハ.義経ハ可まくら
とのゝ御代官として.平家津い多う能う川
てに満可利む加ふた利.さ礼者.よしつ年可
下知を者そむくへ可ら寸.そ礼耳志さい
を申さん人盤.春ミや可耳本國へ下らる
べしとの給介礼者.与一可さ年て志ゝ申て
ハ.あし可利なんとや扵もひ介ん.者つ連ん
盤志り候は寸.津かまつ利てこ曽見候ハめ
とて.御前を多ちて.津きけふちなる馬の.

おほせつけらるへうや候らんと申けれは.
判官いかりての給けるは.義経かまくら
とのゝ御代官として.平家ついたうのうつ
てにまかりむかふたり.されは.よしつねか
下知をはそむくへからす.それにしさい
を申さん人は.すみやかに本國へ下らる
べしとの給けれは.与一かさねて志ゝ申て
はあしかりなんとやおもひけん.はつれん
はしり候はす.つかまつりてこそ見候はめ
とて.御前をたちて.つきけふちなる馬の.

 

くろくらを起多る尓うちの利て.みきハ能
か多へ志川可耳あゆ満せてゆけ者.津者
ものとも.おさ満耳見をく利て.一ちやう
このわ可もの.津可まつ利津と扵本え候と
申介礼者.判官も見をく利て.多のもしけ尓
お毛ハ連多利.渚耳うち乃そミけ連は.矢
ころすこしとを可利介る間. そこし毛とを
あさ奈利け連者.馬乃ふとハらひ多る程尓
うち入て見連者.其あハひ.六七多んは可利
あるらんと見え多り.を利ふし風婦いて.

くろくらをきたるにうちのりて.みきはの
かたへしつかにあゆませてゆけは.つは
ものとも.おさまに見をくりて.一ちやう
このわかもの.ちかまつりつとおほえ候と
申けれは.判官も見をくりて.てのもしけに
おもはれたり.渚にうちのそみけれは.矢
ころすこしとをかりける間. そこしもとを
あさなりけれは.馬のふとはらひたる程に
うち入てみれは.其あはひ.六七たんはかり
あるらんと見えたり.をりふし風ふいて.

 

https://dl.ndl.go.jp/pid/2543852/1/29

舟遊里あけゆ里すへ志け連者.あふきも矢
つ本佐多まら春.ひらめき多利.を起に者.平
家一めん小舟をならへてけんふ川寸。見き者
に者.御か多の津ハものとも.くつ者ミをな
らへてこ礼を見る.いつ連も/\.者礼なら
寸といふ事那し.よ一めをふさ起.なむき
ミやうちやうらい.御か多を満本茂らせ扵
ハしま寸.正八幡大菩薩.本國の神明.日く王う
古ん介ん.うつ能ミやの大明神.こと尓者氏
神な寸乃ゆせん大菩薩ハ.うちこ一人を者.

舟ゆりあけゆりすへしけれは.あふきの矢
つほさたまらす.ひらめきたり.をきには.平
家一めん小舟をならへてけんふつす。見きは
には.御かたのつはものとも.くつはみをな
らへてこれを見る.いつれも/\.はれなら
すといふ事なし.よ一めをふさき.なむき
みやうちやうらい.御かてをまほ [→も] らせお
はします.正八幡大菩薩.本國の神明.日く王う
こんけん.うつのみやの大明神.ことには氏
神なすのゆせん大菩薩は.うちこ一人をは.

 

千きん尓も可へしとこ曽ち可ひ給な礼.
もし是をいそん志ぬるなら者.や可て弓
き利お利て.海尓志川ミ.大里う能介んそく
とな利て.な可くふし乃あ多とならんする
候.今一度本國へむ可へて.御らんせんとお
本しめさ礼候ハゝ.あふきの満中いさせ
給へと.心中尓きせいして.めを見あけた
連者.風すこしや見て.あふきハいよけ耳
こ曽見え多利介礼.与一ハこひやうといふ
ちやう.十二そく二ふせありける.可ふらを

千きんにもかへしとこそちかひ給なれ.
もし是をいそん志しるならは.やかて弓
きりおりて.海にしつみ.大りうのけんそく
となりて.なかくふしのあたとならんする
候.今一度本國へむかへて.御らんせんとお
ほしめされ候はゝ.あふきの満中いさせ
給へと.心中にきせいして.めを見あけた
れは.風すこしやみて.あふきはいよけに
こそ見えたりけれ.与一はこひやうといふ
ちやう.十二そく二ふせありける.かふらを

 

https://dl.ndl.go.jp/pid/2543852/1/30

とて津可ひよひき.志者した毛ちてひやう
といる.弓津よ可利介礼者.うらひゝ具程尓
な利王多利て.あふきの可奈めよ利.上一寸
は可利をいて.ひふ川といき利多れ者.あふ
きこらへ寸.三尓さけてそらへあ可利.風尓一
もミ二もミ毛満礼て.うみへさとそち利たり
介る.皆く礼ない乃あふきのゆふ日にか〻
やきて.なミ耳うきてゆら礼けるを見て.
をき尓者平家.ふ奈ハ多をた〻いてをめき
多り.渚耳ハ源氏乃せい.恵ひらをた〻きて

とて津かひよひき.しはしたもちてひやう
といる.弓つよかりけれは.うらひゝく程に
なりわたりて.あふきのかなめより.上一寸
はかりをいて.ひふつといきりたれは.あふ
きこらへす.三にさけてそらへあかり.風に一
もみ二もみもまれて.うみへさとそちりたり
ける.皆くれないのあふきのゆふ日にか〻
やきて.なみにうきてゆられけるを見て.
をきには平家.ふなはをた〻いてをめき
たり.渚には源氏のせい.ゑひらをた〻きて

 

本めあひ多利.是を加ん春ると扵保しくて.
舟の内よ利大乃男の.ふしなはめ乃よろひ
き多るか.志らえ能大長刀の佐や者川して.
あふきのさしき尓い天ゝ.扵連こ多礼てそ
まふ多利介る.いせ能三郎.与一可うしろへ
あゆ満せよせ.御ちやう尓てあるそ.尓くい
屋津可二のまひ可な.津可まつ連といひ介礼
者.与一あふきを多にも者つさ寸.奈し加者
いそん春遍支.今度ハ中さしと利て津可
ひよひいてひやうといる.まふ男可.くひの

ほめあひたり.是をかんするとおほしくて.
舟の内より大の男の.ふしなはめ乃よろひ
きたるか.さらえの大長刀のさやはつして.
あふきのさしきにいてゝ.おれこたれてそ
まふたりける.いせの三郎.与一かうしろへ
あゆませよせ.御ちやうねてあるそ.にくい
ゆつか二のまひこそ.つかまつれといひけれ
は.与一あふきをたにもはつさす.なしかは
いそんすへき.今度は中さしとりてつか
ひよひいてひやうといる。まふ男か.くひの

 

https://dl.ndl.go.jp/pid/2543852/1/31

本年ひやうふ川といぬ可礼て.まひたを連
尓こ曽志多利介礼.源氏の津ハ毛のともハ.
一度耳とゝ王らひ介利.平家能加多尓者.
めん本茂く奈け連者音もせ寸.是を本いなし
とや思日介ん.又小舟一そう渚へよ寸.弓毛
て一人.多て津いて一人.長刀もちて一人.三
人具可へあ可利て.源氏よせよとそま年き
介る.判官是を見給て.尓くき屋川はら可奈.
馬津よ可らんもの共.む可ふて可けちらせ.
との給へ者.うけ多満ハ利て.むさし能国の

ほねひやうふつといぬかれて.まひたをれ
にこそ志多利けれ.源氏のつはものともは.
一度にとゝわらひけり.平家のかたには.
めんほもくなけれは音もせす.是をほいなし
とや思日けん.又小舟一そう渚へよさ.弓も
て一人.たてついて一人.長刀もちて一人.三
人くがへあかりて.源氏よせよとそまねき
ける.判官是を見給て.にくきやつはらかな.
馬つよからんもの共.むかふてかけちらせ.
との給へは.うけたまはりて.むさしの国の

住人.み扵能や乃四郎.同しき藤七.同しき十
郎.かう津け能国乃ちう人尓川多の四郎.志
なのゝ国のちう人.木曽のちうた.あひとも
尓.五き津連てそ可け多利介る.多て乃可け
よ利.ぬ利の耳くろ本ろはい多る.大やを.
よひきて者奈ち多利介礼者.満さ起尓すゝ
見多る.三お乃や能十郎可.馬能.ひ多利乃む
な可い津くしを.は春乃可く流ゝは可利い
こ満れて.むま古らへ寸.ひやうふを返春やう
尓まろひ介連は.ぬ志ハあしをこして.馬の

住人.みおのやの四郎.同しき藤七.同しき十
郎.かうつけの国のちう人につたの四郎.し
なのゝ国のちう人.木曽のちうた.あひとも
に.五きつれてそかけたりける.たてのかけ
より.ぬりのにくろほろはいたる.大やを.
よひきてはなちたりけれは.まさきにすゝ
みたる.三おのやの十郎か.馬の.ひたりのむ
なかいつくしを.はすのかくるゝはかりい
こまれて.むまこらへす.ひやうふを返すやう
にまろひけれは.ぬしはあしをこして.馬の

↑『平家物語 12巻』[11],[慶長年間]. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/2543852 (参照 2024-05-21)

 

https://opac.kokugakuin.ac.jp/library/lime/heike902-11/pages/page020.html

 な春能よ一あふきをいる事

 なすのよ一あふきをいる事

 

去程尓此日比あ者さぬきに平家を曽む幾天源
氏をまちける毛の登も加しこ乃本ら古ゝの谷
よ里者せ幾多里天く者ゝ流間介んし能せい
程なく三百よ幾耳な利に海利介ふハ日暮ぬ
せう婦盤介川しと天源平多可ひ尓ひ幾し里
曽く所耳をき能加多よ里志んしやう尓可さ利
多る小舟一そうな幾佐遍よ寸渚一ちやう者可
里遍たてゝ舩をよこさ満尓な春舟乃中よ里
あ可き者可万尓屋な幾の五きぬき多る女房乃
十七八にみえ天満こと尓ゆうなる可み那くれ
な比乃あふきのつ万尓日い多し多るを舟乃せ

去程に此日比あはさぬきに平家をそむきて源
氏をまちけるものともかしこのほらここの谷
よりはせきたりてくはゝる間けんしのせい
程なく三百よきになりにけりけふは日暮ぬ
せうふはけつせしとて源平たかひにひきしり
そく所にをきのかたよりしんしやうにかさり
たる小舟一そうなきさへよす渚一ちやうはか
りへたてゝ舩をよこさまになす舟の中より
あかきはかまにやなきの五きぬきたる女房の
十七八にみえてまことにゆうなるかみなくれ
なひのあふきのつまに日いたしたるを舟のせ

 

https://opac.kokugakuin.ac.jp/library/lime/heike902-11/pages/page021.html

可い尓者さミ津ゝ具可遍む希てそま袮起多る
判官是を見給天ことうひ屋う恵さ年もとをめ
し天あれ盤い可尓と乃給へ者いよとにこ曽候
め連たゝしは可里事とお本えて候大將軍
佐多め天矢おもて尓すゝ見いてゝけいせいを
みん春らん曽能時てた連をもていおとさん
尓や候らんさる尓て毛あふ幾越盤いさら類
遍く候可と申せ盤い川へ幾もの盤なき可い可
天可候ハ天盤候へき津よ弓せいひやういくら
毛候へともしもつ希能國のちう人奈寸能太郎
すけ多ゝの子尓よ一すけむ年こ曽こひやう尓

かいにはさみつゝくかへむけてそまのきたる
判官是を見給てことうひやうゑさねもとをめ
してあれはいかにとの給へはいよとにこそ候
めれたゝしはかり事とおほえて候大將軍
さためて矢おもてにすゝみいてゝけいせいを
みんすらんその時てたれをもていおとさん
にや候らんさるにてもあふきをはいさせらる
へく候かと申せはいつへきものはなきかいか
てか候はては候へきつよ弓せいひやういくら
も候へともしもつけの國のちう人なすの太郎
すけたたの子によ一すけむねこそこひやうに

 

天盤候へとも天盤きゝて候へせうこ盤あるか
さん候可け鳥をも三乃矢尓二盤たや春く仕里
候と申佐ら者よ一め勢とてめされ介利よ一其
比十八九能男也可ち乃あ可ち能尓しきをも天
大くひは多希ていろ恵多るひたゝ連尓毛よ [→え] 幾
に本ひ能よろひき天あし志ろの多ち者き中
久ろ乃や其日乃い具さ尓い春てゝせう/\能
古利た里ける尓きり婦尓多可乃羽者幾ませた
累ぬため能可ふらをそ佐し曽遍多る二所とう
乃弓王起尓者さ見可ふと越盤ぬ以天多可ひ茂
尓可け馬よ里お利天判官の御前尓かし古ま類

ては候へともてはきゝて候へせうこはあるか
さん候かけ鳥をも三の矢に二はたやすく仕り
候と申さらはよ一めせとてめされたりよ一其
比十八九の男也かちのあかちのにしきをもて
大くひはたけていろゑたるひたゝれにもえき
にほひのよろひきてあししろのたちはき中
くろのや其日のいくさにいすてゝせう/\の
こりたりけるにきりふにたかの羽はきませた
るぬためのかふらをそせしそへたる二所とう
の弓わきにはさみかふとをはぬいてたかひほ
にかけ馬よりお利て判官の御前にかしこまる

 

https://opac.kokugakuin.ac.jp/library/lime/heike902-11/pages/page022.html

判官い可尓よ一あ乃多天多るあふき乃ま中
い天人耳見物さ勢よ加しとの給へ者よ一
加し古ま天申ける盤此あふき仕里おふせん事
ハ婦ちやうい曽んせん事者希川定尓候もし
い曽んし天候物なら者な加く見可多の弓矢
のき春て候へし志よの人尓扵保せ津遣ら類へ
うや候ら無と申介れ盤判官い可里天乃給ひけ
類盤義經盤関満くらと能ゝ御代官として平家
津いたうのう川天尓満可里む可ふ多里され者
よしつ年可下知をそむくへから春曽れ耳志
さいを申さん人盤すミや可尓本國へ久多ら類

判官いかによ一あのたてたるあふきのま中
いて人に見物せさせよかしとの給へはよ一
かしこまて申けるは此あふき仕りおふせん事
はふちやういそんせん事はけつ定に候もし
いそんして候物ならはなかく見かたの弓矢
のきすて候へししよの人におほせつけらるへ
うや候らんと申けれは判官いかりての給ひけ
るは義經はかまくらとのゝ御代官として平家
ついたうのうつてにまかりむかふたりされは
よしつねか下知をそむくへからすそれにし
さいを申さん人はすみやかに本国へくたらる

 

へしとの給ひたれ者よ一可さ年天志ゝ申天者
あしか里なんとや思ひけん者つ連ん盤し里候
ハ寸仕里天こそ見候者めとて御前を立てつ幾
希婦ちなる馬能久ろ久らを幾多る尓うち能利
て見幾者の可多遍志つ可尓あゆ万卋天由け盤
つ者毛の登も扵さ満耳見をく里て一ち屋う
此和可毛の津かまつ里つ登扵保え候と申け連
者判官も見をく里て多の毛しけ尓思ハれ多里
渚尓うちのそミ介れ者矢ころす古しと越可里
ける間曽こ志もと越あさなり介れ盤馬乃婦と
はらひ多類程尓うち入てみ連者曽能あ者ひ六

へしとの給ひたれはよ一かさねてしゝ申ては
あしかりなんとや思ひけんはつれんはしり候
はす仕りてこそ見候へめとて御前を立てつき
けふちなる馬のくろくらをきてるにうちのり
てみきはのかたへしつかにあゆませてゆけは
つはものともおさまに見をくりて一ちやう
此んかものつかまつりつとおほえ候と申けれ
は判官も見をくりてたのもしけに思はれたり
渚にうちのそみけれは矢ころすこしとをかり
ける間そこしもとをあさなりけれは馬のふと
はらひたる程にうち入てみれはそのあはひ六

 

https://opac.kokugakuin.ac.jp/library/lime/heike902-11/pages/page023.html

七たんはか里有らん登みえ多りおりふし風婦
ひ天舩ゆ里あ遣ゆ里すへ志介れ者あふきもや
津本さ多まら寸ひら免幾た利をき尓盤平家一
めんに舩をなら遍天介ん婦つ春見幾者尓盤見
か多のつ者毛の登もく川者ミをなら遍て是越
みるいつれも/\ハれなら春といふ事なし
与一めを布さ起なむさミやうちやうらい御方
をま茂らせお者しま須正八幡大菩薩本國の神
明日く王う古ん介んう川乃ミや乃大明神こと
尓盤氏神な春乃ゆせん大本さつ盤うちこ一人
越盤千きん尓も可遍しとこ曽ち可ひ候なれ

七たんはかり有らんとみえたりおりふし風ふ
ひて舩ゆりあけゆりすへしけれはあふきもや
つほさたまらすひらめきたりをきには盤家一
めんに舩をならへてけんふつす見きはにはみ
かたのつはものともくつはみをならへて是を
みるいつれも/\はれならすといふ事なし
与一めをささきなむさみやうちやうらい御方
をまほ [→も] らせおはします正八幡大菩薩本國の神
明日くわうこんけんうつのみやの大明神こと
には氏神なすのゆせん大ほさつはうちこ一人
をは千きんにもかへしとこそちかひ候なれ

 

もし是を以そん志ぬる物なら者や可て弓き利
扵利天海尓し川見大里うの介んそく登な利天
な可くふしのあ多と那らんする候今一度本國
へむ可遍て御ら無んとおほし免され候者ゝ
あふき乃万中いさせ給へと心中尓きせい
し天免を見あ遣たれ者風春古し屋ミてあふき
盤いよけ尓こ曽見えた里介れよ一盤こひやうと
いひな可ら十二曽く二婦□□□けるかふら
越と天津可ひよひ幾志はしたもち天ひ屋うと
いる弓津よ可里介れ者うらひゝ具程尓なり王
多里てあふき乃可那めよ里上一寸者可里をい

もし是をいそんしぬる物ならはやかて弓きり
おりて海にしつみ大りうのけんそくとなりて
なかくふしのあたとならんする候今一度本國
へむかへて御らんせんとおほしめされ候はゝ
あふきのま中いさせ給へと心中にきせい
してめを見あけたれは風すこしやみてあふき
はいよけにこそ見えたりけれよ一はこひやうと
いひな可か十二そく二ふ [せあり] けるかふら
をとてつかひよひきしはしたもちてひやうと
いる弓つよかりけれはうらひゝく程になりわ
たりてあふきのかなめより上一寸はかりをい

 

https://opac.kokugakuin.ac.jp/library/lime/heike902-11/pages/page024.html

てひを婦つ登い幾理た連盤あふ幾古らへ春三
尓さけて曽らへ上里風尓一毛見二毛み毛まれ
てう見遍さとそちり多里介る見なくれな□乃あ
婦き能ゆふ日尓可ゝやき天なミ耳うき天ゆ
られけるをみ天をきに盤平家婦奈は多をたゝ
い天をめき多里なきさに盤源氏の勢恵ひら越
多ゝき天本めあひた利古連越可んする登扵保
し具て舟乃内よ里大の男乃ふしな者めのよろ
ひ幾多るか志ら盈能大長刀乃さや者つしてあ
婦き能佐しきに出天扵れ古たれ天そまふた里
けるいせの三郎よ一のうしろ遍あゆ満せよ卋

 

やうに天あるそ尓くいや津の二乃まひ可
な仕連といひ介れ者よ一あふ幾をた耳も者つ
佐春なしか者い曽ん春へ幾今度盤な可佐し登
里天津可ひよ飛以天ひ屋うといるまふ男か首
乃本ねひやう婦つといぬ可れ天まひたふ連尓
こ曽志多り介れ源氏の兵登も者一度尓とゝわ
らひ介利平家の可多尓盤めん茂くなけ連者音
も卋す是をかいなしとや思ひ介ん又小舩一楚
う渚へよす弓もて一人たて川い天一人な幾奈
たもちて一人三人具可遍あ可りてけんしよ
卋よとそ満ね幾多る判官是をミ給天尓くきや


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平家物語 巻十一 平仮名古活字版 中院本 (異植字版) https://opac.kokugakuin.ac.jp/digital/diglib/heike902-11/mag1/pages/page001.html https://opac.kokugakuin.ac.jp/digital/diglib/heike902-11/mag1/pages/page002.htm

 

 

山田孝雄 編 底本:覚一別本