天皇御親政
尚、帝国憲法の他の規定は、すべてかくの如き御本質を有せられる天皇御統治の準則である。就中、その政体法の根本原則は、中世以降の如き御委任の政治ではなく、或は英国流の「君臨すれども統治せず」でもなく、又は君民共治でもなく、三権分立主義でも法治主義でもなくして、一に天皇の御親政である。これは、肇国以来万世一系の天皇の大御心に於ては一貫せる御統治の洪範でありながら、中世以降絶えて久しく政体法上制度化せられなかったが、明治維新に於て復古せられ、憲法にこれを明示し給うたのである。
帝国憲法の政体法の一切は、この御親政の原則の拡充紹述に外ならぬ。例えば臣民権利義務の規定の如きも、西洋諸国に於ける自由権の制度が、主権者に対して人民の天賦の権利を擁護せんとするのとは異なり、天皇の恵撫慈養の御精神と、国民に隔てなき翼賛の機会を均しうせしめ給わんとの大御心より出づるのである。政府・裁判所・議会の鼎立の如きも、外国に於ける三権分立の如くに、統治者の権力を掣肘せんがために、その統治権者より司法権と立法権を奪い、行政権のみを容認し、これを掣肘せんとするものとは異なって、我が国に於ては、分立は統治権の分立ではなくして、親政輔翼機関の分立に過ぎず、これによって天皇の御親政の翼賛を弥々確実ならしめんとするものである。議会の如きも、所謂民主国に於ては、名義上の主権者たる人民の代表機関であり、又君民共治の所謂君主国に於ては、君主の専横を抑制し、君民共治するための人民の代表機関である。我が帝国議会は、全くこれと異なって、天皇の御親政を、国民として特殊の事項につき特殊の方法を以て、翼賛せしめ給わんがために設けられたものに外ならぬ。