秘
合併後韓半島統治と帝国憲法との関係
[「陸軍」事務用箋]
帝国において韓国を合併して帝国領土の一部とせらるる場合においても、韓半島の事情は帝国内地ともとより同一ならず、その文化もまた容易に内国人と同一程度に達せざるべきが故に、帝国内地における一切の法律·規則を合併と同時にこれに適用し得べからざるは勿論、同半島に対しては、その民情、風俗および慣習等に鑑み、文化の程度に応じて住民の幸福を増進し、その知識を開発し、漸をもって内地人民に同化せしむるに適切なる法制をこれに布き、内地と同化するに至るまでは帝国内地とは特種の統治をなすの必要あること言を俟たず。従来、欧州諸国が海外殖民地·保護地等に対する統治の実例に徴するも、仏国、西班牙[スペイン]および葡萄牙[ポルトガル]国のごときは国法上その海外領土を内地と同一視し、本国領土と一体をなすものと見なし、これに反して英国、丁抹[デンマーク]国および独逸[ドイツ]国等はその海外領土を国法上の意義における内地と同一に見なさざるがごとき、国により国法上の見解を異にすといへども、土人の民情、風俗、慣習は本国人民と同一ならず、その文化の程度は本国に及ばさること遠くして、これに本国の法律規則をことごとく適用することは不可能なるが故に、いづれの国といへどもその地方の特别なる事情に鑑み、これが改善を図りその人民の幸福を増進するに適切なる特别の立法および行政をなすの制度を執らざるものなし。
海外における本国の殖民地·保護地等は、国際法の見地よりせば本国領土の一部なること疑ひなく、全然、母国の主権の下にあるが故に、母国はその地域に対していかにこれを統治すべきやは全く母国の任意に属す。したがってその土地人民に対して内地と同一の統治をなすべきや、はた内地と異りたる特別の法制をこれに施行すへきやは、国際関係においてはもとより各国の自由なるが故に、前述のごとく諸国がその殖民地·保護地等に対し内地とは時別なる法制を施行するについては、国家のいかなる機関においてこれを統治し、いかなる形式の法令をもってその特别なる法制を施行し得るやは、各国における憲法上の問題とす。就中、仏国における殖民地の立法は第十七、八世紀以来幾多の変遷を経て、千八百五十四年、第二帝国時代には殖民地の立法権は上院、立法機関及および皇帝の手に分掌せられ、千八百七十年以後においては両議院が殖民地に対しても立法をなし得べき仏国の主権を分掌するに至りたれども、殖民地に関する従来の制度において勅令をもって制定したる事項は、特に法律を以て廃止せさる限りは、依然、勅令を以て規定し得ることとし、ことに新たなる国を殖民地となしたる場合には、軍人の総督においてその地の行政権および立法権を行使することを認め、さらにまた内国の法律規則を殖民地に及ほすべきや否については、千七百八十九年三月八日の勅令以来、内地の法律勅令その他の規則は特にその権限を与へられざる限り為政者の命令をもって直ちにこれを殖民地に適用すべからさることとし、この主義は千八百七十五年の憲法においても黙認せられ、内地の法律を殖民地に適用する場合には、政府は勅令をもって特にこれを規定することとなし、議会が一定の法律を殖民地に適用せむとする場合には、法律中にその規定を殖民地に適用することを明記することとせり。
英国がその殖民地を統治するの方法は、これを四種に分類し得べし。第一種は、皇帝は枢密院令をもってその殖民地における立法の権を有すれども、事実上は太守に立法およば行政の実権を与へをり、第二種は、太守をして行政委員の補助をもってその地の行政をなすとともに、立法委員の補助をもってこれが立法をなさしむるものにして、その行政委員および立法委員はともに皇帝またはその代表たる太守において任命す。第三種は、殖民地に全部または一部選挙による立法議会を有し、行政委員は皇帝またはその代表たる太守においてこれを任じ、太守は立法議会とともにその地の立法をなし、行政委員とともにこれが行政をなす。第四種は、行政機関の長官は太守にして、その部下に帝国政府の官吏を有し、立法機関としては上下両院を有す。しかれどもこの四種の殖民地を通じ立法の最高権は英国皇帝および英国国会において掌握するが故に、殖民地の立法機関は英国国会において殖民地に適用あるものとして制定したる法律に抵触する法令を発すること能はず。これをを要するに英国殖民地の立法に関する最高権は英国皇帝および国会においてこれを掌握するが故に、国会は場合により殖民地に対する法律を制定し得べしといへども、法律をもってその殖民地の立法行政に関することを皇帝および枢密院に委任しをるが故に、皇帝は枢密院令をもって立法行政をなし、国会は稀にその立法権を直接に行使するに過ぎず。
また独逸[ドイツ]国は帝国憲法第一条に憲法の施行せらるべき連合国の領土として普国を始め二十五ヶ国を列記し、これに千八百七十三年六月二十五日の法律をもってアルサスローレーンを加へたるが故に、帝国の法律、勅令等は憲法の解釈上、おのづから殖民地に及ばさること疑ひなしといへども、第四条に、殖民および移民に関する事項は帝国においてこれを管理し、その立法をなすの明文ありて、帝国の立法は上院および下院によりこれを行ふが故に、独逸国殖民地の立法は千八百八十八年五月十九日の法律をもってその立法行政を皇帝において監督することを規定すると同時に、帝国議会においてその皇帝の権限を制限し得ることとなせり。
これを要するに仏国、英国、独逸国においてはその憲法の解釈上、国会において殖民地の立法権を掌握するにかかはらず、その地方特别なる事情を顧慮し、内国の法律·規則を直ちにこれに施行し得べからざるが故に、法律をもって皇帝または政府にその立法を委任するとともに、国会においても直接に殖民地に適用すべき一定の法律を制定し得べきこととなしたるものにして、あたかもわが帝国が今日、台湾統轄に関し法律事項を勅令および律令をもって規定することとしたる制度と異なることなし。帝国が台湾合併の当初においては閣議決定をもって同島を帝国憲法施行の範囲外とせられたるも、爾後その決定を変更せられ、明治二十九年三月法律第六十三号をもって台湾総督はその管轄区域に法律の効力を有する命令を発し得ることとし、また現行の法律または将来発布する法律にして、その全部または一部を台湾に施行するを要するものは、勅令をもってこれを定むと規定せられたるが故に、台湾の統治はこの法律発布以来、内地のごとく帝国議会においてその立法をなすの主義となり、右法律によりその立法事項を台湾総督に委任したると同時に、内国の法律を台湾に施行すると否とを政府に委任し、これが施行は勅令をもって定むることとし、さらに明治三十九年四月十一日法律第三十一号をもって前記法律を改正し、その規定に一歩を進め、特に台湾に施行する目的を以て法律を制定することある旨を規定して律令の範囲を減縮し、第五条に、第一条の命令 (律令) は第四条に依り台湾に施行したる法律及特に台湾に施行する目的をもって制定したる法律および勅令に違背することを得ずと規定し、さらにまた樺太についても、明治四十年三月二十九日法律第二十五号をもって、法律の全部または一部を樺太に施行するを要するものは勅令をもってこれを定むとし、一定の事項に関しては勅令をもって時別の規定を設くることを得ることとなし、法律の委任により政府は台湾および樺太における法律事項を勅令をもって規定することとなしたると同時に、台湾については帝国議会の協賛ありたる法律をもって直接にその立法をなし得ることとなれり。
しかれども韓国を合併して帝国の領土とせられたる場合に、帝国憲法の解釈上、韓半島に対しても当然その適用ありとし、その地の法律事項については帝国議会においてこれが協賛権を有すること、あたかも今日台湾および樺太島におけると同一となすの必要ありや、英·仏·独諸国のごとく殖民地の立法権は帝国議会においてその最高権を有するものなりやといはば、必ずしもしからずと断定せざるを得ず。何となれぱこれら諸国の憲法は帝国憲法とは全くその性質を異にし、英国にありてはその憲法上同国の主権は皇帝およぴ国会 (King in Parliament) において掌握するところなるが故に、殖民地·保護地等海外領土も英国領土の一部なる以上はその統治権は皇帝の手にのみ存在せず、英国国会は皇帝と共同してその主権を有するをもって、その統治については皇帝および国会において制定したる法律をもってこれを皇帝および枢密院 (Kimg in Council) に委任したるとともに、国会においても特に海外領土に適用あるべき法律を制定し得べく、独逸国においては皇帝は純然たる主権者にあらず、同国現行憲法の明文に徴するも、立法権は同帝国を組成する連合諸国の代表者をもって組織する帝国議会において掌握するが故に、これまた議会の法律をもってする委任にあらざれば同国殖民地·保護地の立法を皇帝においてなし能はずして、議会は法律をもってその委任の権限を制限し得ること明白なると同時に、仏国のごときは共和政体にして、同国の主権は全然議会において掌握し、大統領は仏国の主権代表者にして行政長官たるの資格に過ぎざるが故に、同国海外領土の立法権は、もとより議会の法律をもって政府に委任せざる限りは政府において命令をもってその立法を為す能わざるとともに、議会もまた自ら殖民地に適用する法律を制定し得べきに反し、わが帝国は憲法上、これら諸国と全然その政体および国体を異にし、帝国の主権は全然天皇の一身に収攬せられ、ただに帝国主権を代表せらるるにあらず、却って帝国の主権は天皇と一体をなし、天皇は主権を親しく掌握せられをりて、帝国議会は単に憲法に規定したる権限内において帝国立法上の協賛機関たるに過きざるをもってなり。
帝国憲法の規定により帝国議会は朝鮮における統治に関しその立法事項に協賛権を当然有すべきものなりや否については議論あるべしといへども、帝国憲法制定の当時においては同憲法の条章にしたがひ統治せらるべき地域は台湾、樺太、関東州および韓国を包含せざること疑ひなきが故に、これが適用を台湾、樺太、関東州および韓半島に拡張せられんとするについては、帝国主権者においてその意思を表明せられてはじめて内地以外なる帝国領土にその適用あるを当然といはざるを得ず、従来、台湾、樺太または韓国のごとき帝国に隣接し、かつその民情·風俗等もやや帝国内地に類似したる土地を帝国に割譲し、または合併せんとすることなるが故に、この見解の当否に関して疑ひを抱く者なきを保せずといへども、もし欧米諸国が本国より遠隔し、その土人の蒙昧なる土地を殖民地となすがごとく、帝国が阿弗利加[アフリカ]洲の一部または非律賓[フィリピン]島をわが殖民地となすことありとせば、何人といへどもその殖民地の統治に関して帝国憲法の規定をことごとくこれに適用すべきものと主張するものなかるべく、必ずや英国、独逸国等における見解のごとく、かかる殖民地は国法上、帝国内地と見なさずとの見解に異議なかるべし。はたしてしかりとせば、韓国合併の場合に朝鮮半島は帝国の領土となり帝国の一部となるが故に、帝国憲法第一条において大日本帝国は万世一系の天皇之を統治すとあるがごとく、たとひこの憲法の規定を俟たずとするも当然、天皇は大権によりこれを統治せられ、命令をもって朝鮮総督府官制を発布し、朝鮮半島における法律事項および会計事項はことごとく命令をもって規定せらるるも、わが帝国憲法上、あへて不可なかるべし。またすでに朝鮮半島の統治は大権により勅令をもって規定せられ差支へなき以上は、台湾におけるごとく、朝鮮総督には内地にありては法律を要すべき事項を命令をもって規定するの権限を有せしめらるる必要あるが故に、台湾の律令に関する前記法律と同一趣旨の条項を命令をもって規定せられ得べし。
右見解のごとくするにおいては、すでに台湾および樺太に対してはその統治を憲法規定の範囲内とし、法律をもってその地域における法律事項に関する規定あるにかかはらず、独り朝鮮に対してのみ従来政府の方針と全然反対の見解を採り、同半島に限りては大権直接の統治となすこと憲法の解釈を二三にし論理一貫せずとの非難なきを保せずといへども、この非難たる有力となす能はず。なんとなれば前述のごとく帝国の国体および政体は英·仏·独諸国と同一ならずして、帝国憲法中一切の条項を海外帝国の領土に適用せらるると否とはわが主権者たる天皇の大権に属するが故に、台湾については当初、閣議決定をもって勅裁を経、天皇の意思をもってこれを憲法適用の範囲外とし、大権をもって統治することとせられたるも、明治二十九年律令に関する法律の制定と同時に台湾の統治を内地と同じく帝国議会の協賛をもって法律事項に関することを規定せられたるに止まり、二十八年同島の割譲以来、翌二十九年三月に至るまでの期間、同島を大権直接の統治とせられたるは決して不法にあらざると同時に、政府においてこれを不法となしたるにあらず。樺太島についても明治三十九年四月、法律第三十一号の制定と同時に同島における法律事項は帝国議会の協賛をもって統治権を施行することとせられたるに過ぎずして、前記見解よりせば台湾および樺太は元来、憲法に規定する一切の条項により統治せらるるの必要なきと同時に、天皇の意思をもって同条項により統治せらるるも全くその自由なるが故に、朝鮮の統治についてはこれを大権直接の統治とせらるるも理論上、台湾および樺太に関する実例と毫も抵触あることなし。しかれども従来、台湾についてはたまたま閣議決定ありたるにかかはらず遂にその決定の自然消滅となりたる先例もあるが故に、もし本見解のごとく朝鮮に対して大権直接の統治主義を採らるるにおいては閣議決定の形式にては不可なるべく、必ずや詔書をもってこれを言明せられ、韓国合併の際、帝国が韓国に対する指導監理および保護に関しては同国歳入をもって経費を支弁することを原則とするに拘らず、帝国政府その保護に関して年々多大の費用を要するのみならず、現下の状態においては同国施設の実蹟を挙ぐることほとんど不可能なるが故に、帝国政府は韓国人民および同半島における帝国臣民および諸外国人民の生活を安固にし、その福利を増進し、東洋の平和を永遠に保持することを期せむがため、韓国皇帝の懇請を容れ、同国を帝国に合併することを宣言せらるると同時に、同半島の民情、風俗および慣習等は帝国内地と趣を異にし、その文化の程度は内地と同一ならざるが故に、暫く同半島の統轄については帝国憲法の条章を適用せず、半島人民の生活を安固にしその幸福を増進するに適切なる施政をなすの必要に基づき、大権をもって直接にこれを統治するの趣旨を詔書中に言明せらるるの必要ありと認む。
祕
合併後韓半島統治ト帝國憲法トノ關係
[「陸軍」事務用箋]
帝國ニ於テ韓國ヲ合併シテ帝國領土ノ一部トセラ
ルル場合ニ於テモ韓半島ノ事情ハ帝國内地ト固ヨ
リ同一ナラス其文化モ亦容易ニ内國人ト同一程度
ニ達セサルヘキカ故ニ帝國内地ニ於ケル一切ノ法律
規則ヲ合併ト同時ニ之ニ適用シ得ヘカラサルハ勿
論同半島ニ對シテハ其民情風俗及慣習等ニ鑑
ミ文化ノ程度ニ應シテ住民ノ幸福ヲ増進シ其
知識ヲ開發シ漸ヲ以テ内地人民ニ同化セシムル
ニ適切ナル法制ヲ之ニ布キ内地ト同化スルニ至ル
迠ハ帝國内地トハ特種ノ統治ヲ為スノ必要アルコ
ト言ヲ俟タズ從來歐洲諸國カ其海外殖民地保
護地等ニ對スル統治ノ實例ニ徵スルモ佛國、西班牙
及葡萄牙國ノ如キハ國法上其海外領土ヲ内地ト
同一視シ本國領土ト一體ヲ為スモノト見做シ之ニ
反シテ英國、丁抹國及獨逸國等ハ其海外領土ヲ
國法上ノ意義ニ於ケル内地ト同一ニ見做ササルカ
如キ國ニ依リ國法上ノ見解ヲ異ニスト雖モ土人ノ
民情風俗慣習ハ本國人民ト同一ナラス其文化ノ
程度ハ本國ニ及ハサルコト遠クシテ之ニ本國ノ
法律規則ヲ悉ク適用スルコトハ不可能ナルカ
故ニ何レノ國ト雖モ其地方ノ特别ナル事情ニ鑑
ミ之ガ改善ヲ圖リ其人民ノ幸福ヲ増進スルニ
適切ナル特别ノ立法及行政ヲ為スノ制度ヲ執
ラサルモノナシ
海外ニ於ケル本國ノ殖民地保護地等ハ國際法ノ
見地ヨリセハ本國領土ノ一部ナルコト疑ナク全
然母國ノ主権ノ下ニ在ルカ故ニ母國ハ其地域
ニ對シテ如何ニ之ヲ統治スヘキヤハ全ク母國ノ
任意ニ属ス隨テ其土地人民ニ對シテ内地ト同一
ノ統治ヲ為スベキヤ將タ内地ト異リタル特別ノ法
制ヲ之ニ施行スヘキヤハ國際關係ニ於テハ固ヨ
リ各國ノ自由ナルカ故ニ前述ノ如ク諸國カ其殖
民地保護地等ニ對シ内地トハ時別ナル法制ヲ
施行スルニ付テハ國家ノ如何ナル機関ニ於テ之
ヲ統治シ如何ナル形式ノ法令ヲ以テ其特别ナル
法制ヲ施行シ得ルヤハ各國ニ於ケル憲法上ノ問
題トス就中佛國ニ於ケル殖民地ノ立法ハ第十
七八世紀以莱幾多ノ變遷ヲ經テ千八百五十四年
第二帝國時代ニハ殖民地ノ立法権ハ上院、立法機
關及皇帝ノ手ニ分掌セラレ千八百七十年以後
ニ於テハ両議院カ殖民地ニ對シテモ立法ヲ為シ
得ヘキ佛國ノ主権ヲ分掌スルニ至リタレトモ殖
民地ニ関スル從來ノ制度ニ於テ勅令ヲ以テ制定
シタル事項ハ特ニ法律ヲ以テ廢止セサル限リハ
依然勅令ヲ以テ規定シ得ルコトトシ殊ニ新ナル
國ヲ殖民地ト為シタル場合ニハ軍人ノ總督ニ於
テ其地ノ行政権及立法権ヲ行使スルコトヲ認
メ更ニ又内國ノ法律規則ヲ殖民地ニ及ホスヘキヤ
否ニ付テハ千七百八十九年三月八日ノ勅令以来内
地ノ法律勅令其他ノ規則ハ特ニ其権限ヲ與
ヘラレサル限リ為政者ノ命令ヲ以テ直ニ之ヲ殖民
地ニ適用スヘカラサルコトトシ此主義ハ千八百七十五
年ノ憲法ニ於テモ黙認セラレ内地ノ法律ヲ殖民
地ニ適用スル場合ニハ政府ハ勅令ヲ以テ特ニ之ヲ
規定スルコトト為シ議會カ一定ノ法律ヲ殖民地ニ適
用セムトスル場合ニハ法律中ニ其規定ヲ殖民地ニ
適用スルコトヲ明記スルコトトセリ
英国カ其殖民地ヲ統治スルノ方法ハ之ヲ四種ニ分
類シ得ヘシ第一種ハ皇帝ハ樞密院令ヲ以テ其殖
民地ニ於ケル立法ノ権ヲ有スレトモ事實上ハ太守
ニ立法及行政ノ實権ヲ與ヘ居リ、第二種ハ太守ヲ
シテ行政委員ノ補助ヲ以テ其地ノ行政ヲ為スト
共ニ立法委員ノ補助ヲ以テ之カ立法ヲ為サシム
ルモノニシテ其行政委員及立法委員ハ共ニ皇帝又ハ
其代表タル太守ニ於テ任命ス、第三種ハ殖民地ニ
全部又ハ一部選擧ニ依ル立法議會ヲ有シ行政委
員ハ皇帝又ハ其代表タル太守ニ於テ之ヲ任シ太
守ハ立法議會ト共ニ其地ノ立法ヲ為シ行政委員
ト共ニ之カ行政ヲ為ス、第四種ハ行政機関ノ長
官ハ太守ニシテ其部下ニ帝國政府ノ官吏ヲ有シ
立法機関トシテハ上下両院ヲ有ス然レトモ此四種
ノ殖民地ヲ通シ立法ノ最高権ハ英國皇帝及英
國國會ニ於テ掌握スルカ故ニ殖民地ノ立法機関ハ
英國國會ニ於テ殖民地ニ適用アルモノトシテ制
定シタル法律ニ抵觸スル法令ヲ發スルコト能ハス
之ヲ要スルニ英國殖民地ノ立法ニ関スル最高権
ハ英國皇帝及國會ニ於テ之ヲ掌握スルカ故ニ國會ハ
場合ニ依リ殖民地ニ對スル法律ヲ制定シ得ヘシト雖モ
法律ヲ以テ其殖民地ノ立法行政ニ関スルコトヲ皇帝
及樞密院ニ委任シ居ルカ故ニ皇帝ハ樞密院令ヲ
以テ立法行政ヲ為シ國會ハ稀ニ其立法権ヲ
直接ニ行使スルニ過キス
又獨逸國ハ帝國憲法第一條ニ憲法ノ施行セラルヘ
キ聯合國ノ領土トシテ普國ヲ始メ二十五箇国ヲ列記
シ之ニ千八百七十三年六月二十五日ノ法律ヲ以テアルサス
ローレーンヲ加ヘタルカ故ニ帝国ノ法律勅令等ハ憲法ノ解
釋上自ラ殖民地ニ及ハサルコト疑ナシト雖モ第四條ニ殖民
及移民ニ関スル事項ハ帝國ニ於テ之ヲ管理シ其立法
ヲ為スノ明文アリテ帝國ノ立法ハ上院及下院ニ依リ之ヲ
行フカ故ニ獨逸國殖民地ノ立法ハ千八百八十八年
五月十九日ノ法律ヲ以テ其立法行政ヲ皇帝ニ於テ
监督スルコトヲ規定スルト同時ニ帝國議會ニ於
テ其皇帝ノ権限ヲ制限シ得ルコトト為セリ
之ヲ要スルニ佛國英國獨逸國ニ於テハ其憲法ノ解
釋上國會ニ於テ殖民地ノ立法権ヲ掌握スルニ拘ラ
ス其地方特别ナル事情ヲ顧慮シ内國ノ法律規則ヲ
直ニ之ニ施行シ得ヘカラサルカ故ニ法律ヲ以テ皇帝又
ハ政府ニ其立法ヲ委任スルト共ニ國會ニ於テモ直
接ニ殖民地ニ適用スヘキ一定ノ法律ヲ制定シ得ヘキコ
トト為シタルモノニシテ恰モ我帝國カ今日臺灣統
轄ニ関シ法律事項ヲ勅令及律令ヲ以テ規定スルコト
トシタル制度ト異ナルコトナシ帝國カ臺灣合併ノ當初ニ
於テハ閣議決定ヲ以テ同島ヲ帝國憲法施行ノ範圍
外トセラレタルモ爾後其決定ヲ變更セラレ明治二十
九年三月法律第六十三号ヲ以テ臺灣總督ハ其
管轄區域ニ法律ノ效力ヲ有スル命令ヲ發シ得ル
コトトシ又現行ノ法律又ハ將來發布スル法律ニシテ
其全部又ハ一部ヲ臺灣ニ施行スルヲ要スルモノハ勅
令ヲ以テ之ヲ定ムト規定セラレタルカ故ニ臺灣ノ統
治ハ此法律發布以来内地ノ如ク帝國議會ニ於テ
其立法ヲ為スノ主義ト為リ右法律ニ依リ其立法
事項ヲ台湾總督ニ委任シタルト同時ニ内国ノ法
律ヲ臺灣ニ施行スルト否トヲ政府ニ委任シ之カ施
行ハ勅令ヲ以テ定ムルコトトシ更ニ明治三十九年四月十
一日法律第三十一號ヲ以テ前記法律ヲ改正シ其規
定ニ一歩ヲ進メ特ニ臺灣ニ施行スル目的ヲ以テ法律ヲ
制定スルコトアル旨ヲ規定シテ律令ノ範圍ヲ減縮
シ第五條ニ第一條ノ命令 (律令) ハ第四條ニ依リ臺灣
ニ施行シタル法律及特ニ臺灣ニ施行スル目的ヲ以
テ制定シタル法律及勅令ニ違背スルコトヲ得スト規
定シ更ニ又樺太ニ付テモ明治四十年三月二十九日法律
第二十五號ヲ以テ法律ノ全部又ハ一部ヲ樺太ニ施行
スルヲ要スルモノハ勅令ヲ以テ之ヲ定ムトシ一定ノ事項
ニ関シテハ勅令ヲ以テ時別ノ規定ヲ設クルコトヲ得
ルコトト為シ法律ノ委任ニヨリ政府ハ臺灣及樺太ニ
於ケル法律事項ヲ勅令ヲ以テ規定スルコトト為シタルト
同時ニ臺灣ニ付テハ帝國議會ノ協賛アリタル法
律ヲ以テ直接ニ其立法ヲ為シ得ルコトトナレリ<」以下略>
然レトモ韓國ヲ合併シテ帝國ノ領土トセラレ
タル場合ニ帝國憲法ノ解釋上韓半島ニ對シテ
モ當然其適用アリトシ其地ノ法律事項ニ付テハ帝
國議會ニ於テ之ガ協賛権ヲ有スルコト恰モ今日臺
灣及樺太島ニ於ケルト同一ト為スノ必要アリヤ
英仏獨諸國ノ如ク殖民地ノ立法権ハ帝國議
會ニ於テ其最高権ヲ有スルモノナリヤト云ハハ必
スシモ然ラスト断定セサルヲ得ス何トナレハ此等諸國ノ
憲法ハ帝國憲法トハ全ク其性質ヲ異ニシ英國ニ在
リテハ其憲法上同國ノ主権ハ皇帝及國會
(King in Parliament) ニ於テ掌握スル所ナルカ故ニ殖
民地保護地等海外領土モ英國領土ノ一部ナ
ル以上ハ其統治権ハ皇帝ノ手ニノミ存在セス英
國國會ハ皇帝ト共同シテ其主権ヲ有スルヲ以テ其
統治ニ付テハ皇帝及國會ニ於テ制定シタル法律
ヲ以テ之ヲ皇帝及樞密院 (Kimg in Council) ニ
委任シタルト共ニ國會ニ於テモ特ニ海外領土ニ適
用アルヘキ法律ヲ制定シ得ヘク獨逸國ニ於テハ
皇帝ハ純然タル主権者ニ非ス同國現行憲法ノ
明文ニ徴スルモ立法権ハ同帝國ヲ組成スル聯合
諸國ノ代表者ヲ以テ組織スル帝國議會ニ於テ
掌握スルカ故ニ是亦議會ノ法律ヲ以テスル委任
ニ非サレハ同國殖民地保護地ノ立法ヲ皇帝ニ
於テ為シ能ハスシテ議會ハ法律ヲ以テ其委任
ノ権限ヲ制限シ得ルコト明白ナルト同時ニ仏
國ノ如キハ共和政体ニシテ同國ノ主権ハ全然議
會ニ於テ掌握シ大統領ハ仏國ノ主権代表者ニシ
テ行政長官タルノ資格ニ過キサルカ故ニ同國海
外領土ノ立法権ハ固ヨリ議會ノ法律ヲ以テ政府
ニ委任セサル限リハ政府ニ於テ命令ヲ以テ其
立法ヲ為ス能ワサルト共ニ議會モ亦自ラ殖民
地ニ適用スル法律ヲ制定シ得ヘキニ反シ我帝國
ハ憲法上是等諸國ト全然其政體及國體ヲ
異ニシ帝國ノ主権ハ全然天皇ノ一身ニ収攬セ
ラレ啻ニ帝國主権ヲ代表セラルルニ非ス却テ帝
國ノ主権ハ天皇ト一体ヲ為シ天皇ハ主権ヲ親シ
ク掌握セラレ居リテ帝國議會ハ単ニ憲法ニ規
定シタル権限内ニ於テ帝國立法上ノ協賛機関タ
ルニ過キサルヲ以テナリ
帝國憲法ノ規定ニ依リ帝國議會ハ朝鮮ニ於ケル
統治ニ関シ其立法事項ニ協賛権ヲ當然有ス
ヘキモノナリヤ否ニ付テハ議論アルベシト雖モ帝國
憲法制定ノ当時ニ於テハ同憲法ノ條章ニ循ヒ統
治セラルベキ地域ハ臺灣樺太関東州及韓國ヲ
包含セサルコト疑ナキガ故ニ之ガ適用ヲ臺灣、樺
太関東州及韓半島ニ擴張セラレントスルニ付テ
ハ帝國主権者ニ於テ其意思ヲ表明セラレテ甫メ
テ内地以外ナル帝國領土ニ其適用アルヲ当然
ト謂ハザルヲ得ズ從來臺灣樺太又ハ韓國ノ
如キ帝國ニ隣接シ且其民情風俗等モ稍々
帝國内地ニ類似シタル土地ヲ帝来國ニ割譲シ又
ハ合併セントスルコトナルカ故ニ此見解ノ當否ニ
関シテ疑ヲ抱ク者ナキヲ保セスト雖モ若シ欧米諸
国ガ本國ヨリ遠隔シ其土人ノ蒙昧ナル土地ヲ
殖民地ト為スガ如ク帝國ガ阿弗利加洲ノ一部
又ハ非律賓島ヲ我殖民地ト為スコトアリトセハ
何人ト雖モ其殖民地ノ統治ニ関シテ帝國憲
法ノ規定ヲ悉ク之ニ適用スヘキモノト主張スルモ
ノナカルヘク必スヤ英國獨逸國等ニ於ケル見解ノ
如ク斯ル殖民地ハ國法上帝國内地ト見做サスト
ノ見解ニ異議ナカルヘシ果シテ然リトセハ韓國
合併ノ場合ニ朝鮮半島ハ帝國ノ領土ト為
リ帝國ノ一部ト為ルカ故ニ帝國憲法第一條ニ
於テ大日本帝國ハ万世一系ノ天皇之ヲ統
治ストアルカ如ク假令此憲法ノ規定ヲ俟タス
トスルモ當然天皇ハ大権ニ依リ之ヲ統治セラレ命
令ヲ以テ朝鮮總督府官制ヲ發布シ朝鮮半
島ニ於ケル法律事項及會計事項ハ悉ク命令ヲ以
テ規定セラルルモ我帝國憲法上敢テ不可ナカルベシ
又既ニ朝鮮半島ノ統治ハ大権ニ依リ勅令ヲ以テ
規定セラレ差支ナキ以上ハ臺灣ニ於ケル如ク朝
鮮總督ニハ内地ニ在リテハ法律ヲ要スベキ事
項ヲ命令ヲ以テ規定スルノ権限ヲ有セシメラル
ル必要アルカ故ニ臺灣ノ律令ニ関スル前記法
律ト同一趣㫖ノ條項ヲ命令ヲ以テ規定セラレ
得ヘシ
右見解ノ如クスルニ於テハ既ニ臺灣及樺太ニ對
シテハ其統治ヲ憲法規定ノ範圍内トシ法律ヲ
以テ其地域ニ於ケル法律事項ニ関スル規定アルニ
拘ラス独リ朝鮮ニ對シテノミ從來政府ノ方針
ト全然反對ノ見解ヲ採リ同半島ニ限リテハ大
権直接ノ統治ト為スコト憲法ノ解釋ヲ二三ニ
シ論理一貫セストノ非難ナキヲ保セスト雖モ此
非難タル有力ト為ス能ハス何トナレハ前述ノ
如ク帝國ノ國體及政體ハ英佛獨諸國ト
同一ナラスシテ帝國憲法中一切ノ條項ヲ海
外帝國ノ領土ニ適用セラルルト否トハ我主権
者タル天皇ノ大権ニ属スルカ故ニ臺灣ニ付テ
ハ當初閣議決定ヲ以テ勅裁ヲ經、天皇ノ
意思ヲ以テ之ヲ憲法適用ノ範圍外トシ大
権ヲ以テ統治スルコトトセラレタルモ明治二十九
年律令ニ関スル法律ノ制定ト同時ニ臺灣ノ
統治ヲ内地ト同シク帝國議會ノ協賛ヲ以
テ法律事項ニ関スルコトヲ規定セラレタルニ止マ
リ二十八年同島ノ割譲以來翌二十九年三月ニ至
ル迠ノ期間同島ヲ大権直接ノ統治トセラレ
タルハ決シテ不法ニ非サルト同時ニ政府ニ於テ
之ヲ不法ト為シタルニ非ス樺太島ニ付テモ明治
三十九年四月法律第三十一号ノ制定ト同時ニ
同島ニ於ケル法律事項ハ帝國議會ノ協賛ヲ
以テ統治権ヲ施行スルコトトセラレタルニ過キスシテ
前記見解ヨリセハ臺灣及樺太ハ元來憲法ニ規
定スル一切ノ條項ニ依リ統治セラルルノ必要ナ
キト同時ニ天皇ノ意思ヲ以テ同條項ニ依リ統
治セラルルモ全ク其自由ナルカ故ニ朝鮮ノ統治
ニ付テハ之ヲ大権直接ノ統治トセラルルモ理論
上臺灣及樺太ニ関スル實例ト毫モ抵觸ア
ルコトナシ然レドモ從來臺灣ニ付テハ偶々閣議
決定アリタルニ拘ラス遂ニ其決定ノ自然消
滅ト為リタル先例モアルカ故ニ若シ本見解ノ
如ク朝鮮ニ對シテ大権直接ノ統治主義ヲ
採ラルルニ於テハ閣議決定ノ形式ニテハ不可
ナルヘク必スヤ詔書ヲ以テ之ヲ言明セラレ韓
國合併ノ際帝國ガ韓國ニ對スル指導監理
及保護ニ関シテハ同国歳入ヲ以テ經費ヲ支
辨スルコトヲ原則トスルニ拘ラス帝國政府
其保護ニ関シテ年々多大ノ費用ヲ要スル
ノミナラス現下ノ状態ニ於テハ同國施設ノ實践
ヲ擧クルコト殆ンド不可能ナルガ故ニ帝國
政府ハ韓國人民及同半島ニ於ケル帝國臣
民及諸外國人民ノ生活ヲ安固ニシ其福利
ヲ増進シ東洋ノ平和ヲ永遠ニ保持スルコト
ヲ期セムガ為メ韓國皇帝ノ懇請ヲ容レ同國
ヲ帝國ニ合併スルコトヲ宣言セラルルト同時ニ
同半島ノ民情風俗及慣習等ハ帝國内地ト趣
ヲ異ニシ其文化ノ程度ハ内地ト同一ナラサルカ
故ニ暫ク同半島ノ統轄ニ付テハ帝國憲法ノ
條章ヲ適用セス半島人民ノ生活ヲ安
固ニシ其幸福ヲ增進スルニ適切ナル施政ヲ
為スノ必要ニ基キ大権ヲ以テ直接ニ之ヲ統治
スルノ趣㫖ヲ詔書中ニ言明セラルルノ必要有
リト認ム
↑「合併後韓半島統治ト帝国憲法トノ関係」JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.A03023678200、公文別録・韓国併合ニ関スル書類・明治四十二年~明治四十三年・第一巻・明治四十二年~明治四十三年(国立公文書館 別00139100)https://www.jacar.archives.go.jp/das/meta/A03023678200