Ob-La-Di Облако 文庫

帝国日本の侵掠戦争と植民地支配、人権蹂躙を記憶し、再現を許さないために、ひたすら文書資料を書き取る。姉妹ブログ「歴史を忘れる民族に未来はない!」https://obladioblako.hateblo.jp/ のデータ·ベースを兼ねる。

「一旦 緩急アレハ 義勇 公ニ奉シ 御訓誡の大意は、もし我国に一旦 急なること出で来たらんには、義を守り勇を奮ひて、公の為 即 国家の為に力を尽くせよとの聖旨なるべし。」「以テ天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼スベシ 「以テ」とは、上の父母に孝により義勇公に奉じまでを含みて宣へる御言葉なり。…我等臣民には、善く人倫を全うし、智を開き、徳を成し、臣民の義務を尽し、此等の行を以て此の天地と与に窮りなき皇運をたすけよとの聖訓なり。」 那珂通世、秋山四郎著 教育勅語衍義  


f:id:ObladiOblako:20210209042236j:image
一旦 緩急アレハ 義勇 公ニ奉シ

緩急は、急と云へること、緩は添字にて意味なし、義勇 公に奉じとは、義を守り、勇を奮ひ、公(おほやけ)の為に力を尽すを云ふ。御訓誡の大意は、もし我国に一旦 急なること出で来たらんには、義を守り勇を奮ひて、公の為 即 国家の為に力を尽くせよとの聖旨なるべし。

抑 我が国の人民は、武勇を尚び、忠義の心 厚く、君の為 国の為と云へば、一身をも顧みざるは、古来 歴史に明かなる事実なり。我々臣民は、祖先伝来の遺風を守り、武勇を励まし、忠義を重んずべし。

こゝに武勇につき生徒の注意を促すべきことあり。武勇は、我が国俗の尚ぶ所とはいへども、勇にも、大勇と小勇との別あり。目を張り、腕を扼し、血気にまかせて、粗暴の振舞あるは、小勇にして、貴ぶに足らず。平生は温和にして妄りに怒らず、よく義理を弁へ、胆力を練り、一朝 事あるに臨みては、義は山岳よりも重く、命は鴻毛よりも軽しと心得、君の為 国の為に、鞠躬尽力し、死して後 止むの覚悟あるを大勇とは云ふなり。

今 我々は、此の明治の聖代に遭遇し、文も武も日々に進歩する世の中に生活するが故に、千万年の後までも弥栄えに栄え、太平の恵沢に浴するは、必定なれども、治に居て乱を忘れ給はざる大御心を以て、万が一の事にまで行く末を思召さるゝからには、我々 臣民たる者、平生 義勇の心を励まさゞるべからず。もし国に事変の起りたらん日には、生徒等も出来得べき事は、何事にても為すべし。男児は鉄砲を磨き、女児は面撒糸を作り、万分の一の効を致しても、義勇 公に奉ずる義にかなふべし。詩経に「赳々タル武夫ハ公候ノ干城ナリ」とあり。赳々は、武き貌、干は、たてにして、干も城も、共に敵を禦ぐといふ意味なり。生徒らも、我が天皇陛下の御為に干となり城となる心掛けなかるべからず。論語に「義ヲ見テ為ザルハ勇ナキナリ」といへり。何事に限らず義にかなへる事を見ながら、其の事をなさゞるは、卑怯の所為なりといへる意味なり。たとへば外国より我が国を侵すことあらんに、その時 我々は君の為 国の為に敵をふせぐは、即 義なり。義と知りつゝ禦ぐことをなさゞれば、これぞ卑怯の所為といふべき。今 左に北条時宗が蒙古を追ひ払ひたる美談を掲げ生徒の忠君愛国の志気を養ふ資に供せん。

[中略]

以テ天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼スベシ

「以テ」とは、上の父母に孝により義勇公に奉じまでを含みて宣へる御言葉なり。天壌無窮の皇運とは、初めにも説きたるが如く、我が国は、皇祖鴻基を開き給ひしより、億万年の後までも、一糸の皇統の治しめすべき国土にして、天地のあらん限りは、皇運の連続し給ふが故に、しか宣へるなり。扶翼は、扶も翼も たすくる と訓ず。我等 臣民には、善く人倫を全うし、智を開き、徳を成し、臣民の義務を尽し、此等の行を以て此の天地と与に窮りなき皇運をたすけよとの聖訓なり。

生徒等は此の聖訓を拝読して、いかにか感ずる。此の勅語は、上は大学の学生より下は小学の生徒に至るまで、凡 我々臣民子女を教育せさせらるゝにつきて、一般に下し賜へる勅語なれば、たとひ草刈り牛飼ふ童、貝拾ふ蜑乙女なりとも、学校の籍に上れる者は、皆 皇運を扶翼すべしとの聖訓を蒙れる数には漏れざれば、其の栄誉の大なること、有がたしとも勿体なしとも申すべきやうなし。かゝる栄誉を身に負ひながら、感奮激励して、其分を尽さゞる者は、木石にあらずば、禽獣と同類なるべし。返す/\も厚き思召を奉体して、勉強刻苦し、たとひ万分の一なりとも、叡旨に答へ奉らでやはあるべき。

f:id:ObladiOblako:20210209042213j:image

教育勅語衍義 那珂通世, 秋山四郎 著 共益商社 明治24年1月

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/759240/58 ~62