昭和二十一年八月七日（水曜日）
極東國際軍事裁判速記錄 第四十三號
◯モロー檢察官 只今實ハ順序ニ依ツテ此處ニ證人ヲ召還シタイノデアリマスガ、此ノ中國人ノ證人ノ方ハ六月十二日カラ此處ニ參ツテ居ル次第デアリマスガ、此ノ方ハ至急中華民國ニ歸ル希望ガゴザイマスノデ、只今此處ニ喚問シタイノデアリマス
◯ウエツブ裁判長 何ニ關シテ彼ハ證言スルノデスカ
◯モロー檢察官 此ノ方ハ南京ニ於ケル俘虜ノ殺害ニ關シテ證言スルノデアリマス
〔小野寺モニター 訂正、俘虜竝ニ以前軍人デアツタト疑ヒヲ掛ケラレタ者達ノ殺害ニ關シテノ證言ヲスルノデアリマス〕
◯ウエツブ裁判長 ドウシテ「ベーツ」博士ヲ此證ニ召喚シタ時ニ召喚シナカツタノデアリマスカ
◯モロー檢察官 私ノ記憶スル所ニ依リマス
ト、其ノ當時準備ガ出來テ居リマシタガ、其ノ機會ヲ得ラレナカツタノデアリマス
◯ウエツブ裁判長 誰ガアナタノ其ノ機會ヲ奪ヒ取ツタノデアリマスカ
◯モロー檢察官 ソレハ優先ノ問題デアリマシテ、早ク歸國シタイト云フ證人ガ澤山居ツタガ為ニ斯ウナツタノデアリマス、………
◯ウエツブ裁判長 ………
〔通譯 只今檢察官ハ「此ノ證人達ニハ別ニ日當ト云フモノハ出テ居リマセヌノデ、特ニ此ノ證人ニ對シマシテハ、モウ少シ長クコチラニ止ツテ呉レナイカト勸メタ所、彼ハソレヲ承知シタ次第デアリマス」ソレニ對シテ裁判長ハ、是ハ裁判長ノ言葉デアリマスガ、[「]此ノ問題ニキ辯護側ハ何カ意見ガゴザイマスカ」〕
◯フアーネス辯護人 檢察官側トシテハ、順序ニ依テ此ノ證人ヲ召喚スルト云ツテ居ルノデアリマスカラ、辯護人側トシテハ異議ヲ申立テマセヌ
◯ウエツブ裁判長 デハ喚問シテ下サイ
〔梁證人、證人臺ニ登ル〕
〔證人宣誓〕
◯ヴアンミーター執行官 只今證人梁廷芳大尉ガ宣誓サレマシタ
◯モロー檢察官 オ名前ト住所ヲ言ツテ下サイ
◯梁證人 私ハ梁廷芳ト申シマスガ、南京公家房九號ニ住ンデ居リマス
◯モロー檢察官 只今私ハアナタニ中國語ニ依ツテ書カレタ書類ヲ御渡シ致シマスガ、是ハ何デアルカ此ノ法廷デ言ツテ下サイ、又ソレヲ説明シテ下サイ
◯梁證人 是ハ私ガ自分デ書イタモノデアリマス
◯モロー檢察官 アナタハ此ノ文書ヲ書カレ又ハ之を署名サレマシタカ
◯梁證人 自分デ書イテ自分デ署名シマシタ
◯モロー檢察官 此ノ問題ニ付キ、是ハアナタノ宣誓サレタモノト主張サレマスカ
◯梁證人 之ハ私ノ宣誓口供書デアリマス
◯モロー檢察官 此ノ内容ハ全部眞實デアリマスカ
◯梁證人 皆確実ナモノデアリマス
◯モロー檢察官 只今檢察官ト致シマシテ、之ヲ書類一七四三號トシテ法廷ニ提出致シマス、是ト同時ニ法廷書紀ニ此ノ翻譯ニ關スル證明書ヲ附加ヘテ提出致シマス
◯ウエツブ裁判長 受理致シマス
〔書紀 檢察側書類一七四三號ハ、證據書類二五〇號ト登記サレマシタ〕
◯モロー檢察官 （通譯ナシ）
◯ウエツブ裁判長 ドウゾ御讀ミ下サイ
◯モロー檢察官 ………
〔モニター朗讀〕
國際檢事局
書類番號一七四三番
梁廷芳大尉ノ陳述
一九四六年（昭和二十一年）四月七日私ハ陸軍軍醫部ニ加ハツテ居リマシテ、支那軍ガ上海カラ南京ニ退却ノ後、ソシテ私達ガ南京ニ駐在シテ居ツタ時ニ、南京ハ占領サレル樣子デシタ、私達ハ南京ニ駐リ、支那人負傷者ヲ看護シ、日本軍ガ同市ヲ占領シタ後モ駐ル樣ニ命令サレマシタ。私達ハ赤十字章ガ何ノ防衞ノ役ニモ立タナイコトガ判ツタノデ、日本軍ガ同市ヲ占領シマシタ時ハ庶民服ヲ着テ避難民收容所ニ居リマシタ。十六日ニ我々ハ南京ニアル揚子江岸ノ下関（ ）ニ赴ク樣ニ命ゼラレマシタ。私ハ、四列ニ竝ンデ五千人以上ノ者ガ行進シテ居タト推定シマス。ソシテソノ行列ハ四分ノ三哩ノ長サデシタ。私達ガ其處ニ到着シタ時ニ、江（揚子江）ニ近ク一列ニ竝ベラレマシタガ、列ノ兩側及前面ニ機關銃及日本兵ガ居リマシテ、機關銃ハ列ノ方ヲ向イテ居マシタ。網ヲ載セタ二臺ノ貨物自動車ガアリマシテ、人々ハ後ロ手ニ五人宛ヲ一團トシテ縛ラレマシタ、ソシテ、其ノ樣ナ團體ノ中ノ者デ最所[ﾏﾏ]ニ日本人ニ小銃デ擊タレ、江ニ投ゲ込マレタ人達ヲ私ハ目擊シマシタ。其處ニハセダン型自動車ニ乘ツテ居ル將校及其他ノ將校ヲ含メテ約八百人ノ日本人ガ居合セテヰマシタ。私達ハ江ノ緣ニ沿ツテ竝バセラレマシタガ、手ヲ縛ラレル前ニ私ノ友人ガ此ノ樣ニシテ死ヌノナラ寧ロ河ニ飛ビ込ンデ死ンダ方ガ良イト言ヒマシタ。私達ハ午後五時頃避難者收容所ヲ出發シテ、午後七時頃ニ江岸ニ到著シマシタガ、捕虜ヲ縛ツタリ射擊シタリスルノハ、二時迄續キマシタ、ソノ時ハ月ガ輝イテ居マシタ、ソシテ其處ノ有樣ガ見エマシタシ、又時計ハ手首ニ在リマシタ。射殺ガ四時間續ケラレタ頃ニ、私ノ友人ト私ハ逃ゲルコトニ決心シマシタ。ソシテ十一時頃友人ト私ハ江ノ方ニ駈ケ出シテ跳ビ込ミマシタ私達ニ向ツテ機關銃ヲ打ツテ來マシタガ中リマセンデシタ。江岸ニ嶮シイ崖ガアリ水ガ僅カ腰ノ深サ位ナノデ、ソノ嶮シイ岸ノ下ニ隱レマシタガ蔭ノ爲ニ日本兵ニ見付カリマセンデシタ。然シ日本兵ハ機關銃ヲ以テ私達ヲ擊チマシテ、私ハ肩ヲ擊タレマシタ、捕虜ヲ射ツコトハ午前二時迄續キマシタ。
私ハ貧血ノタメ、氣ガ遠クナリ朝氣ガツイタ時ハ友人ハ居マセンデシタ。彼ハ後ニナツテ私ガ死ンダモノト思ツタト語リマシタ。ソレカラ私ハ江岸ヲ匍ヒ上ツテ、近クノ小屋二隱レマシタ。此ノ時ハ二時過ギデ日ノ出前デシタ。私ハ飲食物無シニ三日間此ノ小屋ニ居リマシタ、スルト日本兵ガヤツテ來テソノ小屋ヲ燒キマシタ。小屋ガ燃エテヰル時、私ハ匍ヒ出シタノデ、日本兵ガ私ヲ見付ケマシタ。將校ノ一人ガ私ヲ訊問シタノデ、私ハ常民デ荷物ヲ運ブ爲ニ日本軍ニ雇ハレタ苦力デアルト答ヘマシタ。其ノ將校ハ私ノ傷ニツイテハ尋ネマセンデシタ。其ノ將校ガ家ニ歸ル通行證ヲ呉レタノデ歸ヘリマシタ。
彼等ガ避難者收容所デ皆ノ者ヲ竝バセテ居タ時ニ姓名ノ判ラナイ數人ノアメリカ人ガ來テ、日本人ガ私達ヲ江ノ方ニ行進サセルコトヲ止メサセヤウトシマシタガ、退去スル樣ニ命令サレ、此ノ鏖殺ヲ止メサセルコトニ成功シマセンデシタ。
江ニ跳ビ込ンダ者ガ他ニ數名アリマシタガ、日本兵ガ直チニ射擊シタノデ、私ハソノ中デ逃ゲ遂セタ者ガアルカ存ジマセン。私ノ知ツテ居ル限リデハ私ノ友人ト私ノ二人ダケガ逃レタモノト思ヒマス。射殺ノ行ハレテ居ル間ニ、一人ノ靑年ガ「支那萬歳」ト叫ブノヲ聞キマシタガ、ソノ外ハ發砲ノ音ダケデ何モ聞エマセンデシタ。
私ハモウ一度捕ヘラレテカラ終ニ非占領地域ニ歸ツテ來マシタ、一九三八年(昭和十三年)六月ニ非占領地域ニ戾ツテ來マシタ。
私ハ杜大佐ニ此ノ陳述ヲ翻譯シテ貰ヒマシタ、ソシテ其ノ陳述ニハ間違ガアリマセン。
證人
トーマス・エイチ・モロウ
杜 イン クワン大佐
一九四六年(昭和二十一年)四月七日
◯モロー檢察官 反對訊問ヲシテ宜シイ
◯伊藤辯護人 松井石根ノ辯護人ノ伊藤清デアリマス、供述書ニ依レバ、證人ハ南京陷落ノ際ニ、軍服ヲ脱ギ、庶民服ヲ着テ南京ニ留マツタ由デアリマスガ、當時軍服ヲ庶民服ニ着更ヘタ中國兵ハ證人ノ外ニモ多數居リマシタカ
◯梁證人 自分以外ニハ別ニ外ノ人ヲ見マセヌデシタ
◯伊藤辯護人 當時南京ノ市街ニ澤山ノ軍服ガ脱ギ棄テテアツタト聞イテ居リマスガ、其ノ通リデスカ
◯梁證人 私ハ難民區デ軍服ヲ見マセヌデシタ
◯伊藤辯護人 アナタハ着更ヘタ庶民服ヲ何處カラ得マシタカ
◯梁證人 私ガ平日カラ持ツテ居タモノデアリマス
◯モロー檢察官 ………
◯ウエツブ裁判長 ………
〔通譯 檢察官ト致シマシテ「其ノ問題ノ重要性ニ付テ疑ヒマス」併シ裁判長ハソレニ對シテ「サウデアルガ、モウ囘答ハ得マシタ」ト仰シヤイマシタ〕
◯伊藤辯護人 平生カラ敗軍ノ時ニハ着更ヘル爲ニ庶民服ヲ持ツテ居ラルヽノデスカ
◯梁證人 私ハ當時戰鬪員デハナクテ、救護員デアリマシタ
◯伊藤辯護人 當時軍人デハナカツタノデスカ
◯モロー檢察官 ……
〔小野寺モニター 訂正、質問ハ關聯性ガナイモノデアルトノ理由デ檢察側カラ異議ノ提出ガゴザイマシタ〕
◯ウエツブ裁判長 證人ハソレニ答ヘル必要ハアリマセヌ
◯伊藤辯護人 デハ是レダケデ終リマス
◯ロヴイン辯護人 辯護側ト致シマシテ、反對訊問ハ是レ以上ゴザイマセヌ
◯モロー檢察官 再訊問モアリマセヌ
〔梁證人退席〕
↑https://www.jacar.archives.go.jp/das/meta/A08071309400 270/380
JACAR（アジア歴史資料センター）Ref.A08071309400、Ａ級極東国際軍事裁判速記録（和文）・昭和２１．５．３～昭和２１．８．２８（第１～５７号）（国立公文書館）
