Ob-La-Di Oblako 文庫

帝国日本の侵掠戦争と植民地支配、人権蹂躙を記憶し、再現を許さないために、ひたすら文書資料を書き取る。姉妹ブログ「歴史を忘れる民族に未来はない!」https://obladioblako.hateblo.jp/ のデータ·ベースを兼ねる。

見出し「毒ガス弾下を衝く 人馬、マスクで進撃 」 本文「敵前250メートル──ヒユツ、ヒユツと小銃弾、機関銃弾が引っ切りなしに壕の上を飛んで行く、ヒユンという唸りがしてあちこちに敵の砲弾が時おり大地をゆるがせる」「おいみんな防毒マスクをつけろ」 「今◯◯から直ぐ近所の友軍の前線へ敵が盛んに毒瓦斯弾を射ち込んでいるという報告が來たのだ」 東京朝日新聞 1937.10.17

毒ガス弾下を衝く──
   人馬、マスクで進撃

【○○にて 浜野特派員 18日発】17日午後11時半、記者は○○方面○○部隊の最前線の壕の中に勇士とともに仮寝の夢を結んだ。陰暦14日の満月は浮雲一つない澄み切った大空に皎々たる光を放っている。冷たい風が壕の上の草をゆるがしている。足の先、手の先、そして顔が無気味な夜気に撫でられて急に緊ってくる。敵前250メートル──ヒユッ、ヒユッと小銃弾、機関銃弾が引っ切りなしに壕の上を飛んで行く。ヒユンという唸りがしてあちこちに敵の砲弾が時おり大地をゆるがせる。砲声と砲声の間の一瞬、急に静かになると、チチチと秋虫の声。兵隊さんたちは鼾をかいてよく寝ている。昼の疲れであろう。その時である。壕の一隅から、「おい、みんな防毒マスクをつけろ」と怒鳴る声が伝わって来た。俄然、壕内はざわめき立った、月明とはいえ暗闇に近い壕内を、みんな手探りで防毒面を出してつけているのだ、戦友のつけるのを手伝うもの、工合を見るもの、ひとしきり弾丸の下で大騒ぎである。

その時 記者は「しまつた」と思った。いつも携帯する防毒マスクを今日は弾雨を冒して最前線へ入って行くので、後方へ残して来てしまったのだ。部隊長に聞くと、「今◯◯からすぐ近所の友軍の前線へ敵が盛んに毒ガス弾を射ち込んでいるという報告が来たのだ」という。記者がマスクを置き忘れたのを話すと、「よし、すぐ取り寄てやる」と一兵士を後方へ走らせてくれるのだ。弾丸の中を記者は感激して無事に戻って来てくれるのを待っていた。二十分、二十五分、三十分、やっと取って来てくれたマスクを持って……記者は感激に震えつつ早速これをつけた。

そしてまた壕に寢込んだ。どこかで「馬もすぐ防毒用意」といふ叫びが揚がる。ひとしきりまたざわめく。やがて兵士達はみんなマスクをつけたまま寝込んでしまった。見渡すと月光に照らされて何とも言い得ないグロテスクな光景である。毒ガスが来てももう大丈夫。安堵して記者も寝ようとしたが、今度は寝苦しい。1時間ほどうとうとしたと思ったらもう暁が来た。朝日が照り出した頃、わが部隊は一斉に突擊に移つた、みんなマスクをつけて弾雨の中を勇猛に前進して行くのだ。

 

[東京朝日新聞、1937年10月20日付。○は原文の伏せ字]

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毒ガス彈下を衝く──
   人馬·マスクで進擊

【○○にて 濱野 特派員 十八日發】十七日午後十一時半 記者は○○方面○○部隊の最前線の壕の中に勇士と共に假寝の夢を結んだ、陰暦十四日の滿月は浮雲一つない澄み切つた大空に皎々たる光を放つてゐる、冷たい風が壕の上の草をゆるがしてゐる、足の先、手の先、そして顔が無氣味な夜氣に撫でられて急に緊つて來る、敵前二百五十メートル──ヒユツ、ヒユツと小銃彈、機關銃彈が引つ切りなしに壕の上を飛んで行く、ヒユンと云ふ唸りがしてあちこちに敵の砲彈が時折大地をゆるがせる、砲聲と砲聲の間の一瞬 急に靜かになるとチチチと秋虫の聲、兵隊さん達は鼾をかいてよく寢てゐる、晝の疲れであらう、其時である、壕の一隅から、「おいみんな防毒マスクをつけろ」と呶鳴る聲が傳はつて來た、俄然壕内はざわめき立つた、月明とはいえ暗闇に近い壕内をみんな手探りで防毒面を出してつけて居るのだ、戰友のつけるのを手傳ふもの、工合を見るもの、一しきり彈丸の下で大騒ぎである

その時 記者は「しまつた」と思つた、いつも携帯する防毒マスクを今日は彈雨を冒して最前線へ入つて行くので、後方へ殘して來てしまつたのだ、部隊長に聞くと「今◯◯から直く近所の友軍の前線へ敵が盛んに毒瓦斯彈を射込んで居るといふ報告が來たのだ」といふ、記者がマスクを置き忘れたのを話すと「よし直ぐ取寄てやる」と一兵士を後方へ走らせてくれるのだ、彈丸の中を記者は感激して無事に戻つて來てくれるのを待つてゐた、二十分、二十五分、三十分、やつと取つて來てくれたマスクを持つて……記者は感激に震へつゝ早速これをつけた

そして又 壕に寢込んだ、どこかで「馬も直ぐ防毒用意」といふ叫びが揚がる、一としきり又ざわめく、やがて兵士達はみんなマスクをつけたまゝ寢込んでしまつた、見渡すと月光に照らされて何とも言ひ得ないグロテスクな光景である、毒瓦斯が來ても もう大丈夫、安堵して記者も寢ようとしたが今度は寢苦しい、一時間ほどうとうとしたと思つたらもう曉が來た、朝日が照り出した頃、わが部隊は一齊に突擊に移つた、みんなマスクをつけて彈雨の中を勇猛に前進して行くのだ

 

[東京朝日新聞、1937年10月20日付。○は原文の伏せ字]

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