【陸軍省受領/陸支密受第3666号】
【小薗江】
【陸軍省/大臣官房/昭和12.10.23午□】
【陸軍省/軍事課/12.10.2?/546】
【印】
【陸軍省/新聞班/受領/12.10.27】
【陸軍省/軍務課/12.10.25/□1189特】
支庶第205号
支那側のガス弾使用宣伝に関する書類送付の件
昭和12年10月19日
中華民国在勤帝国大使館附武官 原田熊吉
【日本大使館附陸軍武官之印】
陸軍省副官 櫛渕鍹一殿
主題の件に関し別冊(5部)の通り送付す。
追って、支那側の連盟に提訴せる日本軍の毒瓦斯使用の内容(上海領事館通報)参考のため添付す。
【閲】【宮本】
【印刷】
【軍務】~壱部保管す【宮本】
【軍事】【中山】【印】壱部保管(軍事課)
【新聞班】【岩崎】弐部保管(新聞班)
【11月2日】【結】
支那側の連盟に提訴せる
日本軍の毒ガス使用の内容
患者は羞明を伴う結膜炎の著名なる兆候を呈す。彼らは 0.2cm より5cm までの直径を有するフリクテナエに蓋われたり。そのうち若干は既に乾燥しはじめたれど、他のものは第二次伝染と化膿の徴候を示す。患者は銅色なり。ただしあるものは黒く変色し居れり。持久的嗄れ声もあり。2名の患者は目蓋の浮腫と絶えざる流涕を呈す。また1名は著名なる気管支肺炎にて入院せり。
患者は創傷を呈せず。その言う所によれば、彼らは敵砲兵または航空機の砲·爆撃後3ないし4時間後に全身に燃えるごとき感じを受け、目は痛み涙が流れ出たり。前述の3名の兵士中の最年少者は砲·爆撃後1時間にして苦痛を感じはじめたり。
臨床検査および認定によれば、これらの患者はガス爆弾または榴弾により発出されし、恐らく芥子ガス群の発泡剤(但しこれが彼らに作用する際、著しく希薄となりおれり)の作用を蒙りつつあるものなること確実なり。
支那側のガス弾使用宣伝の件
支那軍のガス弾使用の事実につき16日、左のごとく内外に宣伝せり。
一、宣伝の対象
外国新聞記者·通信員(43名)
赤十字国際委員会視察委員(ワットビル大佐)
内地主要新聞記者(約20名)
二、要領
1. 9月23日以来、敵がガス弾を使用せる幾多の徴候ありしをもって、これが確証を得るため現物入手に努力し来たりし結果、最近に至り大平橋付近敵陣地にてガス弾を鹵獲せる経緯。
2. ガス弾を普通弾と併置対照せしめ、かつガスを発散して全員に嗅がしめ実感せしむ。
3. 化学的·物理的試験の経過および成績につき化学実験部、谷歩兵中佐説明(付録1)
4. 生理衛生的実験に就きては原田軍医中佐説明す(付録2)
三、当日の発表はガス使用に関する条約上の意見ないし将来の企図等に一言解[→触]るることなく、専ら事実を詳細に説明し、支那側が間違いなくガス弾を使用しある事実を紹介するに努めたり。
四、結果
1. 外人記者の四十数名参集せるは稀有のことにして、みな日本側の説明に傾聴し、筆記あるいは撮影するなど、熱心に真相把握に努めたり。
翌17日の当地外字新聞は悉く右記事を掲げ、あるいは写真を添付しあり。ただし論説なし。
2. 支那側は「日本側に被害なかりしこと、また公平なる第三国人立会の下に試験したるものにあらざる限り真[→信?]を置き得ず、むしろ日本が逆宣伝のため捏造したるものなり[」]となすもの多し。
付録1.ガス弾試験経過およびその成績
一、外観
その外観は一般迫撃砲弾と大差なきも、弾頭部に赤色塗料を施しあると、弾尾翼の構造を幾分異にし、信管托螺を除けば盛んに発煙し、かつホスゲンの臭気盛んにして、D試験紙(ホスゲン検知用に使用)をたちまち黄変す。{実物供覧(普通迫撃砲弾と比較)臭気を嗅がしめ、試験紙によりてその反応を見せしむ。}
内容は御覧の通り国褐色の液体にして、本弾丸製造所の標記はこれを発見し得ざるも、弾尾牝螺部に「F①」の刻印あり。上記外観観察により本弾丸は猛毒なる純瓦斯弾なる事を知り得たるも、さらにその内容を理化学的に検討し、その実体を究めんがため各種の試験を実施せり。
二、試験の要領および結果
外観観察により、空気中において低迷性白煙を発し黄白色残渣を生ずることにより、まずいかなる発煙剤を有するやを試験せり。すなわち①四塩化錫(SnCl4)か、②四塩化チタン(TnCl4)、あるいは③三塩化砒素(AsCl3)、④クロールスルフォン酸(ClHSo3)のいずれかなるを検討せり。
まず第1回に、
1. 水を加うるに、加水分解して白色の沈殿を生ぜり。蓋し錫、チタン、砒素のごとき金属性水酸化物を生成せることを示すものなり。
2. 次にクロールズルフォン酸なるや否は、紙片、布辺等を毫も焼蝕せざることにより、しからざることを確認せり。
3. しかして青色リトマス試験紙によりて見るに、ただちに赤変せしをもって、強度の酸性を認め得たり。すなわち上記4種の発煙性化合物あるいはホスゲン(COCl2)の分解により生じたる塩酸(HCl)の作用によること明瞭なり。
4. つぎに上記4種のひとつなる三塩化砒素なるやを五酸化ヨード法(四塩化炭素にて砒素を抽出し、これに五酸化ヨードならびに硫酸を加えるときは、砒素によりヨードが遊離して紅色を呈せしむ)により行いたるに砒素を認めず。
5. さらに四塩化錫なるやを検するため3種兌?滆?反応(硫化アンモン、ヨードカリ、炭酸アンモンを各別に反応せしむ)を実施せるも、毫も錫の存在を認めず。
6. 次に四塩化チタンなるや否やは、まず硫化アンモンの作用により硫化水素を発生し、さらに原液に塩酸液に加酸化水素を加えたるに、チタン特有の□出反応ヲ示せることにより、チタンを確証せり。すなわち発煙剤は四塩化チタンなることを証明せり。
7. 最後にホスゲンを検封[→討?]するために発生ガスをアニリン液に吸収せしめたるに、ホスゲン特有反応たるジフェニール尿素を生成することにより、ホスゲンなることを確認せり。
8. なお物理的恒数を測定するに、その比重は1.85、その沸点は136~138度にして、四酸化チタンの恒数とまったく一致す。これを要するに、原液は毒ガスたるホスゲンおよび発煙剤たる四塩化チタンの混合物たることを明確に証明し得たり。
付録2.生物実験要領ならびに結果
前述毒物につき種々なる方法により生物実験を実施せり。実験動物としてモルモット、十姉妹を使用し、これら実験動物の一部はガスを自然発散せしめしガス弾と共にガス室内に10分間置き、一部は毒液をシャーレに採り加温し高濃度ガスを充満せしめしガス室内に5分間置き、他の一部は前述ガスより塩酸、塩素等雑物を除去せし御覧のごとき純ホスゲン中に(各人に嗅がしむ)放置し観察せしに、各例、特に純ホスゲン室中の動物において著名なるホスゲン特有の症状を呈し、一部は間もなく斃死し、他は漸次、高度の呼吸困難を呈し、その後解剖の結果は健康動物の肺に比しかくのごとき重度の肺水腫および肺出血を認め、まったくホスゲン中毒たることを確認す。
【陸軍省受領/陸支密受第三六六六號】
【小薗江】
【陸軍省/大臣官房/昭和12.10.23午□】
【陸軍省/軍事課/12.10.2?/546】
【印】
【陸軍省/新聞班/受領/12.10.27】
【陸軍省/軍務課/12.10.25/臨1189特】
支庶第二〇五號
支那側ノ瓦斯彈使用宣傳ニ關スル書類送付ノ件
昭和十二年十月十九日
中華民國在勤帝國大使館附武官 原田熊吉
【日本大使館附陸軍武官之印】
陸軍省副官 櫛渕鍹一殿
主題ノ件ニ関シ別冊(五部)ノ通リ送付ス
追而 支那側ノ联盟ニ提訴セル日本軍ノ毒瓦斯使用ノ内容(上海、領事館通報)参考ノ為 添付ス
【閲】【宮本】
【印刷】
【軍務】─ 壱部保管ス【宮本】
【軍事】【中山】【印】壱部保管(軍事課)
【新聞班】【岩崎】弐部保管(新聞班)
【十二月二日】【結】
支那側ノ联盟ニ提訴セル日本軍ノ毒瓦斯
使用ノ内容
患者ハ羞明ヲ伴フ結膜炎ノ著名ナル兆候ヲ呈ス。彼等ハ 〇・二糎ヨリ五糎マテノ直徑ヲ有スル「フリクテナエ」ニ蓋ハレタリ。ソノ中若干ハ旣ニ乾燥シハシメタレト、他ノモノハ第二次傳染ト化膿ノ徴候ヲ示ス。患者ハ銅色ナリ。但シ或モノハ黒ク變色シ居レリ。持久的嗄レ聲モアリ。二名ノ患者ハ目蓋ノ浮腫ト絕ヘサル流涕ヲ呈ス。又一名ハ著名ナル氣管支肺炎ニテ入院セリ。
患者ハ創傷ヲ呈セス。ソノ言フ所ニヨレハ、彼螺旋ハ敵砲兵又ハ航空機ノ砲爆擊後三乃至四時間後ニ全身ニ燃エル如キ感シヲ受ケ、目ハ痛ミ涙カ流レ出タリ。前述ノ三名ノ兵士中ノ最年少者ハ砲爆擊後一時間ニシテ苦痛ヲ感シハシメタリ。
臨床検査及ヒ認定ニヨレハ、之等ノ患者ハ瓦斯爆弾又ハ榴弾ニヨリ發出サレシ、恐ラク芥子瓦斯群ノ發泡剤(但シ之カ彼等ニ作用スル際、著シク希薄トナリ居レリ)の作用ヲ蒙リツツアルモノナルコト確實ナリ。
支那側ノ瓦斯彈使用宣傳ノ件
支那軍ノ瓦斯彈使用ノ事実ニ就キ十六日 左ノ如ク内外ニ宣傳セリ
一、宣傳ノ對象
外國新聞記者、通信貟(四十三名)
赤十字國際委員會視察委貟(ワットビル大佐)
内地主要新聞記者(約二十名)
二、要領
1. 九月二十三日以来 敵カ瓦斯彈ヲ使用セル幾多ノ徴候アリシヲ以テ 之ガ確證ヲ得ル為 現物入手ニ努力シ来リシ結果 最近ニ至リ大平橋附近敵陣地ニテ瓦斯彈ヲ鹵獲セル経緯
2. 瓦斯彈ヲ普通彈ト併置對照セシメ 且 瓦斯ヲ発散シテ全員ニ急嗅カシメ實感セシム
3. 化学的物理的試験ノ経過 及 成績ニ就キ化学実験部 谷歩兵中佐説明(附錄一)
4. 生理衛生的実験ニ就キテハ原田軍醫中佐説明ス(附錄二)
三、當日ノ発表ハ瓦斯使用ニ関スル條約上ノ意見 乃至 将来ノ企圖等ニ一言解ルヽコトナク專ラ事実ヲ詳細ニ説明シ 支那側カ間違ヒナク瓦斯弾ヲ使用シアル事実ヲ紹介スルニ努メタリ
四、結果
1. 外人記者ノ四十數名参集セルハ稀有ノコトニシテ皆 日本側ノ説明ニ傾聴シ筆記 或ハ撮影スル等 熱心ニ眞相把握ニ努メタリ
翌十七日ノ當地外字新聞ハ悉ク右記事ヲ掲ゲ 或ハ写眞ヲ添付シアリ 但シ論説ナシ
2. 支那側ハ「日本側ニ被害ナカリシコト 又 公平ナル苐三國人立會ノ下ニ試験シタルモノニアラサル限リ眞ヲ置キ得ス、寧ロ日本カ逆宣傳ノ為 捏造シタルモノナリトナスモノ多シ
附錄一、瓦斯彈試験経過及其成績
一、外観
其外觀ハ一般迫擊砲弾図大差ナキモ 彈頭部ニ赤色塗料ヲ施シアルト 彈尾翼ノ構造ヲ幾分異ニシ 信管托螺ヲ除ケハ盛ニ発煙シ「ホスゲン」ノ臭気盛ニシテ D試験紙(「ホスゲン」検知用ニ使用)ヲ忽チ黄変ス{実物供覧(普通迫擊砲弾ト比較)臭気ヲ嗅カシメ 試験紙ニヨリテ其反応ヲ見セシム}
内容ハ御覧ノ通リ国褐色ノ液体ニシテ 本彈丸製造所ノ標記ハ之ヲ発見シ得サルモ 弾尾牝螺部ニF①ノ刻印アリ 上記外觀々察ニヨリ本彈丸ハ猛毒ナル純瓦斯弾ナル事ヲ知リ得タルモ 更ニ其内容ヲ理化学的ニ検討シ其実体ヲ究メンカ為 各種ノ試験ヲ実施セリ
二、試験ノ要領 及 結果
外觀々察ニヨリ空気中ニ於テ低迷性白煙ヲ発シ黄白色
残渣ヲ生スルコトニ依リ 先ツ如何ナル発煙剤ヲ有スルヤヲ試験セリ 即チ ①四塩化錫(SnCl4)カ ②四塩化チタン(TnCl4) 或ハ③三塩化砒素(AsCl3) ④クロールスルフオン酸(ClHSo3)ノイヅレカナルヲ検討セリ
先ツ第一囬ニ
1. 水ヲ加フルニ 加水分解シテ白色ノ沈殿ヲ生セリ 蓋シ「錫」「チタン」「砒素」ノ如金属性水酸化物ヲ生成セルコトヲ示スモノナリ
2. 次ニ「クロールズルフォン」酸ナルヤ否ハ 紙片 布辺等ヲ毫モ燒蝕セザルコトニヨリ 然ラザルコトヲ確認セリ
3. 而シテ青色「リトマス」試験紙ニヨリテ見ルニ 直ニ赤変セシヲ以テ 強度ノ酸性ヲ認メ得タリ 即チ上記四種ノ発煙性化合物 或ハ「ホスゲン」(COCl2)ノ分解ニヨリ生シタル塩酸(HCl)ノ作用ニ依ルコト明瞭ナリ
4. 次ニ上記四種ノ一ナル三塩化砒素ナルヤヲ 五酸化ヨード法(四塩化炭素)ニテ砒素ヲ抽出シ 之ニ五酸化ヨード 竝 硫酸ヲ加ヘルトキハ 砒素ニヨリ「ヨード」カ遊離シテ紅色ヲ呈セシム)ニ依リ行ヒタルニ 砒素ヲ認メス
5. 更ニ四塩化錫ナルヤヲ検スル為「三種兌?滆?反応(硫化アンモン、沃度加里、炭酸アンモン ヲ各別ニ反応セシム)ヲ実施セルモ 毫モ錫ノ存在ヲ認メス
6. 次ニ四塩化「チタン」ナルヤ否ヤハ 先ツ硫化「アンモン」ノ作用ニヨリ硫化水素ヲ発生シ 更ニ原液ニ塩酸液ニ加酸化水素ヲ加ヘタルニ 「チタン」特有ノ□出反応ヲ示セル事ニ依リ「チタン」ヲ確証セリ 即チ発煙剤ハ四塩化「チタン」ナルコトヲ證明セリ
7. 最後ニ「ホスゲン」ヲ検封スル為ニ発生瓦斯ヲ「アニリン」液ニ吸収セシメタルニ 「ホスゲン」特有反応タル「ヂフエニール」尿素ヲ生成スルコトニ依リ 「ホスゲン」ナル事ヲ確認セリ
8. 尚 物理的恒数ヲ測定スルニ 其比重ハ一、八五、其沸点ハ一三六─一三八度ニシテ 四酸化「チタン」ノ恒数ト全ク一致ス 之ヲ要スルニ 原液ハ毒瓦斯タル「ホスゲン」 及 発煙剤タル「四塩化チタン」ノ混合物タルコトヲ明確ニ証明シ得タリ
附録二、生物実験要領并ニ結果
前述毒物ニ付キ種々ナル方法ニヨリ生物実験ヲ実施セリ 実験動物トシテ「モルモット」「十姉妹」ヲ使用シ 之等実験動物ノ一部ハ瓦斯ヲ自然發散セシメシ瓦斯彈ト共ニ瓦斯室内ニ十分間置キ 一部ハ毒液ヲ「シャーレ」ニ採リ加温シ高濃度瓦斯ヲ充満セシメシ瓦斯室内ニ五分間置キ 他ノ一部ハ前述瓦斯ヨリ塩酸 塩素等雜物ヲ除去セシ御覧ノ如キ純ホスゲン中ニ(各人ニ嗅ガシム)放置シ観察セシニ 各例 特ニ純「ホスゲン」室中ノ動物ニ於テ著名ナル「ホスゲン」特有ノ症状ヲ呈シ 一部ハ間モナク斃死シ 他ハ漸次 高度ノ呼吸困難ヲ呈シ 其後解剖ノ結果ハ健康動物ノ肺ニ比シ如斯重度ノ肺水腫 及 肺出血ヲ認メ 全ク「ホスゲン」中毒タルコトヲ確認ス。
↑「支那側の瓦斯弾使用宣伝に関する書類送付の件」JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.C04120071500、支受大日記(密)其9 15冊の内 昭和12年自11月2日至11月6日(防衛省防衛研究所 陸軍省-陸支密大日記-S12-3-98)