Ob-La-Di Oblako 文庫

帝国日本の侵掠戦争と植民地支配、人権蹂躙を記憶し、再現を許さないために、ひたすら文書資料を書き取る。姉妹ブログ「歴史を忘れる民族に未来はない!」https://obladioblako.hateblo.jp/ のデータ·ベースを兼ねる。

特別諜報班 班長 正力官房主事 (一)裏面偵察 (二)不穏不逞の徒の蠢動に対する偵察 警視庁編『大正大震火災誌』(1925年)より 1923.9.1

f:id:ObladiOblako:20200910000551j:image
警視庁編『大正大震火災誌』(1925年)より
第一章 概要
第二節 本庁活動の概要
第二、警戒本部の組織并に応急活動の概要

 九月一日、赤池警視総監は烈震後直に参内して摂政宮殿下に伺候せる後、本庁に帰り、幹部を収集して善後策を協議し、臨機の処分を講じたりしが、幾もなく有楽町一丁目、田中活版所より発したる火災は、次第に拡大して本庁の官舎、并に庁舎の一部なる厩舎及び遺失物倉庫に延焼せるを以て、総監以下幹部は一時、庁舎前の堀端に移りて諸般の応急指揮に当り、午後一時頃に至りて本庁を日比谷公園有楽門内に移転すると共に、自動車を徴発し、警察官并に庁員を各方面に派遣して市内の情況を視察せしめ、更に救護班を同公園内に設けて死傷者の救援に従ひ、又、食料を蒐集せしめたり。斯くて午後二時三十分、庁舎全く猛火の包む所となりたるに迨[およ]び、本庁仮事務所を府立第一中学校に移し、各部を督励して警戒、救護、消防等に努力せしが、火災の延焼、殆ど底止する所を知らず、都下の状態、漸く混乱に陥らんとするが如くなれば、単に警察力のみを以て安寧秩序を保持する事の困難なるを暁[さと]り、遂に近衛師団長に対して出兵を要求すると共に、臨時警戒本部の組織を定め、官房各部をして常務の外非常任務に努力せしめたり。臨時警戒本部の組織を挙ぐれば左の如し。

臨時警戒本部事務分担

(一)司令長        赤池警視総監
    総務部
   (一)事務総括
   (二)内務省、衛戍司令官、内閣との連絡

(二)警戒班        班長 馬場警務部長
   (一)警戒一般

(三)偵察班        班長 木下刑事部
   (一)状況偵察
   (二)報告統一

(四)特別諜報班      班長 正力官房主事
   (一)裏面偵察
   (二)不穏不逞の徒の蠢動に対する偵察

(五)給与班        班長 笹井保安部長
   (一)交通通信機関
   (二)食料品其の他物資の徴発配給

(六)救護班        班長 小栗衛生部長
   (一)傷病者の救護一般

(七)消防班        班長 緒方消防部長
   (一)消化防水事務一般

 此時に方り、帝都の安寧秩序を保持せんが為に最大の急務たりしは、避難者に対する食料の供給と戒厳令の実施とにあり、是に於て赤池総監は非常徴発令の発布と戒厳令の実施とに関して内務大臣に建言すると共に、先づ軍隊と協力して食料の市場、倉庫、店舗等を警戒し、食料騒擾の発生を予防せる傍ら、徴発令の実施を待つの遑あらざるが故に、行政執行法第四条に依りて物資徴集の議を定め、即日飲食料の蒐集に着手し、炊出の配給并に給水の事を開始せしが、是日の夕、赤池総監は東宮御所に伺侯して管下の形勢を言上せり。
 九月二日、非常戒厳令の公布ありしかば、本庁は警戒並に救護に要する各種物資の徴発に従ひ、更に遠く之を他府県に求むるなど非常の苦心を重ねたれども、物資は之が為に漸く潤沢を来し、食料の配給亦遺憾なく行はれ、市当局及び各署に交附せるもの亦尠からず、幸いにして都下の民衆をして飢渇より免れしむる事を得たり。而して是日、山本内閣成立して臨時震災救護事務局の成立あり、山本総理大臣は其総裁に、後藤内務大臣は副総裁となり、警視総監は参与に任ぜらるるに及び、専ら同局との連絡を保ちて警戒·救護の充実を図りしが、なほ又、戒厳令の一部も之と相前後して実施せられ、更に翌三日に至りて関東戒厳司令部条例の交付あり、是に於て本庁は警戒事務に就き同部との連絡を密接にし、且其命令に遵ひ、爾来、軍·警協力して秩序保持の任に膺れり。
 是より先、九月二日、都下の火災なほ熾なるの際、鮮人暴動の流言行はれ、所謂自警団の組織となり、民衆の鮮人に対する迫害、日を逐うて甚しく、遂に良民を殺害するに至るや、本庁は流言の由来、径路、並に其の真相を偵察·調査すると共に、流言を為すものの捜査·検挙に努め、自警団其他自衛団体並に個人の武器携帯を厳禁し、専ら救護事務に従事せしむるの方針に則りて漸次之を指導し、又、其犯罪に渉るものは之を検挙すると共に、更に流言の信ずべからざるを宣伝して軽挙を戒めたるのみならず、鮮人の収容·保護に就きては特に意を用ゐたり。然れども一部民衆の過激なる行動は依然として旧の如くなるを以て、赤池総監は其騒擾化せん事を憂ひて内務大臣に具陳せる結果、同五日、内閣告諭第二号の発布を見るに及び、漸く取締上の徹底を期するを得たり。是日、警視総監の更迭行はれ湯浅倉平、其職に就くや、本庁仮事務所を府立商工奨励館に移すと共に、各青年団に対し告諭を発して之を戒め、更に検問所を増加し、災後簇出せる諸種の事犯を検挙し、鋭意警戒·救護に当れり。
 災後、罹災民の保護、衛生並防疫に関しては重大なる問題尠からずと雖も、就中、急速実施を要するは屍体の措置なるが故に、本庁は火災の鎮まると同時に、市当局と協議を遂げ、互いに協力して其検視·収容を開始し、又、各所に臨時火葬場を設けて引取人なき屍体の償却を実行し、更に塵埃·屎尿の処置に関しても、市当局と交渉して掃除·搬出の方法を講じたるのみならず、各所にバラツクを建設して避難者を収容すると共に、消毒班を開設して伝染病者の発見、並に患家の消毒を周到にし、以て毒病の伝播を防ぎ、なほ救護班、診療班等を組織して各区に配置し一般傷病者の診療に応じ、又、多数の巡回診療班を編成してバラツク居住者の巡回診療に当らしめ、更に警視庁病院二ヶ所をも新設して救療の徹底を期せり。
 本庁は曩に政府を促して戒厳令の交付を見るに至りしが、其後物情漸く鎮まるに及び、撤兵後に於ける警察力の充実を図り、九月十二日以降、警視十一名、警部四十四名、警部補以下二千名の大増員を為し、警察分署八、巡査部長派出所二、巡査派出所並に駐在所百六十余を増設し、尋[つい]で十一月十五日、戒厳令の廃止せらるるに当り、更に臨時巡査派出所十五、同臨時立番所二百五を新設せるを以て、帝都の警戒、茲に完備するに至れり。
 以上挙ぐる所は本庁が震災以後に於て施設せる一斑を概述せるに過ぎざるを以て、更に第二章以下に於て詳述する所あらんとす。
 

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1748933/114 ~117

画像
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1748933/41